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デジタル社会の落とし穴、個人情報リークの衝撃

デジタル革命は人々の生活を便利にした。もはやインターネットやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)がない暮らしは考えられないという人も多いだろう。だが便利さの裏には必ず落とし穴がある。ドイツでは年明け早々、デジタル化時代の危険な一面を示す事件が発覚した。

1月8日にドイツ・ベルリンで開催された連邦記者会見の様子
1月8日にドイツ・ベルリンで開催された連邦記者会見の様子

家族との写真まで盗難、ネット上で公開

ハッカーがドイツの政治家、俳優、歌手、ジャーナリストら約1000人の住所や電話番号、メールアドレスなど大量の個人情報を盗み出し、去年12月以降ツイッターのアカウントで公開していたことが、今年1月4日に明らかになったのだ。

「G0D」というアカウントを通じて公開された個人情報の中にはアンゲラ・メルケル首相、フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領、マルティン・シュルツ前欧州議会議長らの個人的なメールアドレスや手紙、電話番号も含まれていた。シュルツ氏は、公開していない携帯電話の番号にたびたび市民から電話がかかってくることを不審に思い、警察に通報した。

最も深刻な被害に遭ったのは緑の党のロベルト・ハベック党首で、住所や電話番号だけではなく家族とバカンス中に撮影した写真のほか、子どもとのチャットの内容まで公表されていた。さらに俳優のティル・シュヴァイガー氏、コメディアンのヤン・べーマーマン氏など芸能人も被害に遭った。

捜査当局によると、連邦政府や連邦議会の機密を含んだ文書などは暴露されていない。だが暴露されたデータの量が多いので、被害の全貌が明らかになるまでにはまだ時間がかかるだろう。

AfD議員だけが被害を受けず

連邦刑事局(BKA)は、1月8日に20歳のドイツ人生徒をデータ窃盗容疑などで逮捕した。BKAは若者が犯行を自供し、逃亡の危険が低いことから同日釈放している。警察は、現在のところこの若者の単独犯行とみている。この生徒は犯行の動機として、「これらの人物の発言に憤慨したため」と説明している。

犯人の政治思想などは明らかになっていないが、一つの傾向は見える。それは右派政党への共鳴だ。キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)、社会民主党(SPD)、自由民主党(FDP)、緑の党、左翼党(リンケ)の政治家らがサイバー攻撃の被害を受けたのに対し、右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の政治家は、1人も被害に遭わなかった。

また現在支持率が高まりつつある緑の党のハベック党首が特に多くの個人情報を暴露されたことにも注目するべきだ。SPDに落胆した多くの有権者が、緑の党を応援している。緑の党は、AfDに対して最も批判的な政党である。さらに右翼勢力に批判的な発言を行っている芸能人が標的にされたことも、犯人が右寄りの思想を持っている可能性を示唆している。

犯人が最初に個人情報をネット上で暴露したのは2017年7月。次に2018年8月にも個人データを暴露した。最も大量のデータを公開したのは去年12月で、その際には1週間ごとに扉を開けるアドベントカレンダーのような形を取った。2017年以来犯人とネット上で会話をしていた人々は、「アカウントの所有者は右寄りの思想を持っていた」と証言している。

監督官庁の対応に遅れ?

この事件では、連邦IT安全局(BSI)の対応の遅さが指摘されている。BSIの任務はサイバー攻撃からドイツ連邦政府のITシステムや重要な経済インフラを守ることである。

BSIのアルネ・シェーンボーム長官は、「われわれは数週間前からデータの窃盗について情報を得ていた」と語っている。BSIは去年12月初めにある連邦議会議員から「個人的なEメールやSNSのアカウントに対して、不審な動きがある」と通報を受けた。しかし、BSIが大量の情報暴露を把握したのは、今年1月3日の夜。同庁は「12月初めの議員からの通報が、大量の個人情報リークと関係があることは、当初分からなかった」と説明している。連邦政府のさまざまな機関の対応に不備な点がなかったか解明されるのは、これからだ。

デジタル時代にプライバシーはない

今回の事件は、米国のNSA(国家安全保障局)のような大規模な電子諜報機関ではなく、一生徒でも、自宅のPCから首相や大統領の個人情報を易々と盗めることを示した。いわんや国家が大量の人員を投じて組織的にハッキングを行えば、盗めない情報はないと言っても過言ではないだろう。つまり、われわれは「デジタル時代に、プライバシーというものは存在しない」ということを改めて意識するべきだ。

PCやネット上に蓄積した情報を100%守ることは不可能である。失いたくない情報は、ネットに接続していないPCやハードディスクに、必ずコピーするべきだ。

欧米では数億人のホテル利用客のクレジットカード番号・パスポート番号がハッカーに盗まれたり、PCを凍結するランサムウエアによってグローバル企業の業務が数週間にわたって妨害されたりするなどの事件が起き、経済損害の額が増えつつある。今後サイバー攻撃はさらに悪質化し、規模は大きくなるだろう。

政府、経済界は「明日は我が身」という心構えで、サイバー攻撃への防御措置を強化する必要がある。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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