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燃料価格対策で苦悩するメルツ政権

ドイツでもイラン戦争による燃料価格の高騰が市民に不安を与えている。メルツ政権は対策を打ち出したが、効果を疑問視する声が強い。

イラン戦争勃発後、ドイツのガソリンスタンドでは、一時ディーゼル用軽油価格が過去最高値を記録した(筆者撮影)

ディーゼル用軽油価格が40%上昇

北ドイツ放送局(NDR)の統計によると、ディーゼルエンジン用軽油1リットルの価格は、イラン戦争が始まる前日の2月27日には1.75ユーロだったが、4月7日には40%上昇して2.45ユーロとなった。過去最高値だ。ガソリン(スーパー)価格も、同時期に1.83ユーロから2.24ユーロに22.4%増えた。米国とイランが停戦交渉を開始してからは価格が下がり、4月21日の時点では軽油価格が2.13ユーロ、スーパーの価格が2.11ユーロになっている。

ドイツには、車で通勤する人が多い。2025年に連邦統計庁が発表した統計によると、就業者の約60%が毎日自宅と職場の間を車で往復している。それだけにイラン戦争によってガソリンやディーゼル用軽油の価格が高騰したことは、多くの市民にとって頭痛の種だ。

ドイツはガソリン価格が欧州で最も高い国の一つだ。連邦統計局によると、4月13日の時点でドイツのガソリン(ユーロスーパー95)の1リットルの価格は2.14ユーロだった。欧州連合(EU)加盟国27カ国の中で、オランダとデンマークに次いで3番目の高さである。そこでドイツ政府は4月1日に新法を施行させ、給油所の燃料価格の変更を1日に1回、正午だけに限った。だがこの措置は価格の大幅な下落につながらなかった。このため4月13日、メルツ政権は2カ月間にわたりガソリンと軽油にかけられている鉱油税(エネルギー税)を1リットル当たり17セント引き下げると発表した。現在の税率は65.45セント、軽油では47.04セントである。

フリードリヒ・メルツ首相は、ベルリンでの記者会見で「政府はこの措置のために16億ユーロ(2992億円・1ユーロ=187円換算)投じる」と述べた。さらにメルツ政権は、企業経営者が社員に対し、無税で最高1000ユーロ(18万7000円)の「エネルギー費用軽減ボーナス」を支払うことを可能にする。このボーナスからは所得税だけではなく社会保険料も差し引かれない。ボーナスを支払うかどうかは、企業経営者の判断に任される。

「社会的に不公平」の批判

だがこれらの提案に対しては、経済学者や企業経営者たちから強い批判の声が上がった。鉱油税引き下げは2022年のロシアのウクライナ侵攻の際にも、前政権によって実施されたが、石油販売企業が税率の引き下げ分の一部を保有したため、消費者の負担が十分に軽減されなかった。ドイツ経済研究所(DIW)のマルセル・フラッチャー所長は、「過去の経験から、鉱油税率引き下げが、全額市民に行きわたるとは思わない」と批判した。さらに同氏は、1000ユーロのボーナスを社員に払えるのは、一部の大企業だけだと指摘し、「失業者、年金生活者、学生など、政府の援助を最も必要とする人々には、ボーナスは支払われない。社会的に不公平な措置だ」と述べた。

ドイツ消費者センター総連盟のラモーナ・ポープ会長は、「社会全体で見ると、今回の措置の負担軽減効果は薄い。鉱油税引き下げで最も得をするのは、自動車を頻繁に使う富裕層だ。政府は、低所得層に対して支援金を直接支給したり、食品の付加価値税や電力税を引き下げたりするべきだ」と主張する。

ドイツ企業経営者連合会や、中小企業経営者連合会も、「製造業不況が続いている時期に、中小企業に特別ボーナスを支払う余裕はない」と述べ、メルツ政権の提案に懐疑的な見解を表明。政府の経済専門家評議会のメンバーであるヴェロニカ・グリム教授も「鉱油税引き下げは、政府援助を必要としない市民の負担を軽くするものだ。しかも燃料節約につながらない、間違った政策だ。むしろ、高速道路の全区間に最高時速制限を導入するべきだ」と主張した。

ライヒェ大臣の発言が物議

燃料対策をめぐって、メルツ政権内の亀裂も表面化した。社会民主党(SPD)の共同党首ラース・クリングバイル財務大臣は、4月に入ってから、「価格高騰で偶発的収益を得ている燃料販売企業への臨時課税、鉱油税の引き下げおよび燃料価格への上限設定を行うべきだ」と提案した。

これに対しキリスト教民主同盟(CDU)のカテリーナ・ライヒェ経済エネルギー大臣は4月10日、複数の放送局のビデオカメラの前で、クリングバイル財務大臣の提案をこき下ろした。

ライヒェ大臣は「連立政権のパートナー(筆者註:SPDのこと)の提案は、多額の費用がかかり、効果が弱く、憲法に照らして問題がある。例えば私は偶発的収益への臨時課税に反対だ。このような時期に、新しい税金によって石油関連企業の体力を弱めることには意味がない」と発言。大臣の間の意見の対立は通常、表に出されずに、閣内での調整・協議によって解決される。だがライヒェ大臣は、副首相のエネルギー対策を、メディアの前で批判してしまった。

ライヒェ大臣の発言はSPDだけではなく、メルツ首相をも怒らせた。メルツ氏は政府関係者を通じて、メディアに対し「メルツ首相は閣僚が公にほかの閣僚の意見を批判していることに奇異の念を抱いている。メルツ氏はライヒェ大臣に対し、言動を慎むよう伝えた」というコメントを流させた。

現在ドイツの論壇では、「閣僚がほかの閣僚をメディアの前で公に批判する状況は、SPD、緑の党、自由民主党(FDP)の三党連立政権の末期に似ている」という見方が出ている。社会保障改革を断行しなくてはならないメルツ首相にとっては、大連立政権内の閣僚たちの意見のすり合わせをこれまで以上に巧みに行うことが必要となりそうだ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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