年金パッケージ法案をめぐる議論が膠こうちゃく着し、フリードリヒ・メルツ首相(キリスト教民主同盟・CDU)が袋小路に陥った。政権誕生からわずか約半年で、大連立政権の崩壊の危険すら取り沙汰されている。
11月15日、南バーデン地方ルストで開かれたJUの大会で演説するメルツ氏
CDU・CSU青年部が反旗
大連立政権は今年末までに、年金パッケージ法案を連邦議会と参議院で可決させることを目指している。法案の中で最も重要なのは、2031年まで年金の水準を、平均賃金の48%に維持するという点だ。ただし大連立政権は、法案に、2031年以後も年金水準が急激に下がらないようにする仕組みを加えた。この点には、社会民主党(SPD)の「年金水準を減らさない」という意向が強く反映している。全体として、年配の市民にとって有利な仕組みである。
だがメルツ氏をこれまで支えてきた、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の青年部(JU)は、「現在の年金パッケージ法案は、われわれの世代に大きな負担を課すものであり、絶対に受け入れられない」として、法案に反対する姿勢を打ち出した。JUは、「この法案が可決されると、2032年以降年金のための支出が1200億ユーロ(21兆6000億円・1ユーロ=180円換算)増えてしまう」と主張している。
問題は青年部の議員たちが、議会で法案をブロックできることだ。JUに属する連邦議会議員は18人。大連立政権の議席数は、野党を12議席しか上回っていないので、18人全員が法案に反対すると、法案は否決される。メルツ氏自身、若い時にはJUに属しており、彼が首相に就任できた背景には、青年部の強力な支援があった。彼にとって、JUが反旗を翻したことは想定外の事態だった。
メルツ氏は11月15日の演説で「法案に付随文書を付け加えて、年金委員会が2032年以降の年金改革について具体策を打ち出す」と提案して理解を求めたが、JUは「不十分だ」とはねつけた。
SPDは年金パッケージの変更を拒否。CSUのマルクス・ゼーダー党首も変更に反対している。その理由は、パッケージの中に同党が連邦議会選挙前から約束していた母親年金の改善措置が含まれているからだ。ゼーダー氏はメルツ氏と共に、JUに対して妥協するように求めている。彼は、「このままの状態では、大連立政権が崩壊する可能性もある」と述べた。CDU・CSUでは、「法案を修正した場合、SPDが連立政権を離脱するので、CDU・CSUが少数派政権になるべきだ」という声もあるが、「少数派政権では、円滑な政権運営は望めない」という反対意見も根強い。
経済学者・経営者団体も反対
年金パッケージ法案に反対しているのは、若者たちだけではない。11月24日にはifo経済研究所のフュスト所長、政府の経済専門家評議会に属するモニカ・シュニッツァー教授、ヴェロニカ・グリム教授など20人の経済学者たちも、メルツ政権に法案の撤回を要求する声明を公表した。彼らは「年金受給者の増加速度が、保険料を払う勤労者たちの増加速度を上回っている。この状態を改善するために、政府は時間をかけてより抜本的な年金改革を行わなくてはならない」と主張している。
企業経営者たちも法案に反対している。企業経営者連合会(BDA)のライナー・ドゥルガー会長は11月25日、ドイツの日刊紙とのインタビューの中で、「私はJUと同意見だ。メルツ政権は高齢者だけではなく、若者の立場も尊重するべきだ。世代間の公平性を確保するために、メルツ氏は年金パッケージ法案を撤回してほしい」と述べた。さらに、「メルツ政権は、国債発行を可能にしてインフラ特別予算5000億ユーロ(90兆円)を確保した。ただし資金だけでは不十分であり、構造改革が不可欠だ。ゲアハルト・シュレーダー元首相が2003年に実行したアゲンダ2010のような、抜本的な社会保障改革が進んでいない」と述べて、メルツ氏を批判した。
メルツ氏は11月25日にBDAに招かれて演説した。メルツ首相については、「多くの国を積極的に訪問して、『外務首相』として活躍している印象を与える。それだけではなく『改革首相』でもあってほしい」という指摘がある。これに対してメルツ氏は「私は世界を飛び回っているだけではない。ロシアから欧州を守り、アグレッシブな中国に対抗するために、日夜努力している」と、怒りをあらわにして反論した。
メルツ氏に対する失望感の強まり
メルツ氏が今年2月の連邦議会選挙へ向けて首相候補になった時、学界と経済界は「米国の投資銀行で一時働くなど、経済通として知られるメルツ氏ならば、マイナス成長と構造不況に苦しむドイツを建て直してくれるだろう」という大きな期待感を持っていた。しかし経済学者たちや経営者団体の最近の発言からは、メルツ氏の政策に対する失望が感じられる。
連邦議会選挙前からの公約である年金パッケージ法案ですらこれだけもめているのであれば、メルツ氏が約束した「痛みを伴う社会保障改革」など実行できるのだろうか? この論争は、高齢者・若年層の間の「国富」をめぐる競争の深刻化、そしてメルツ氏の党内での指導力の弱まりを象徴している。メルツ氏が5月6日に連邦議会での首相指名選挙で、一度落選したことが思い出される。法案が可決、否決、撤回のどの道をたどるにせよ、今回の議論は、メルツ政権が薄い氷の上を歩いていることをはっきり表わしている。



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