Hanacell

メルツ政権が新しい兵役制度を導入へ

メルツ政権は8月27日、連邦軍の兵力を大幅に増やすための、志願制を中心とした兵役制度に関する法案を閣議決定した。だが政府が兵員数の目標を達成できるかどうかについては、疑問の声が上がっている。

8月27日の閣議後、記者会見で話すピストリウス国防大臣(SPD)とメルツ首相(CDU)8月27日の閣議後、記者会見で話すピストリウス国防大臣(SPD)とメルツ首相(CDU)

ドイツには1956年以来、兵役義務法に基づく徴兵制度があったが、政府はソ連崩壊後の2011年に「欧州における脅威が減った」として徴兵制度を停止した(廃止ではない)。これによって2011年以降は、兵役義務法が「再起動」されて強制的な徴兵が行われるのは、原則としてドイツが外国軍などによって攻撃される防衛事態(Verteidigungsfall)か、ドイツに対する攻撃の危険などが高まり、連邦議会の票決で3分の2を超える賛成が得られた時(Spannungsfall、緊張事態)などに限られていた。

2026年から質問票を送付

2022年以降ロシアのウクライナ侵攻によって地政学的状況が大きく変化し、ドイツも抑止力を高める必要が生じたため、政府は連邦軍の兵員数を増やすことを決めた。ただしメルツ政権が閣議決定した兵役制度は、東西冷戦時代の徴兵制度とは異なり、志願制を中心にしたスウェーデンの制度をモデルにしている。

ボリス・ピストリウス国防大臣(社会民主党・SPD)の法案によると、2026年から、政府は18歳の誕生日を迎えた男女に質問票を送る。男性は回答義務があるが、女性は任意だ。市民はこの質問票を通じて、連邦軍で基礎訓練を受けることに関心があるかどうかや、資格などについて答えることを求められる。

連邦軍は、「関心がある」と答えた市民の中から、軍務に適していると判断した者を適格検査に招く。連邦軍は、適格検査で「軍務に向いている」と判断した若者に対し、基礎訓練を受ける気があるかどうか、質問する。ピストリウス大臣は、兵士の給与などの待遇を大幅に改善することで連邦軍の魅力を高める。志願した若者は、6カ月の基礎訓練を受け、軍務に関心がある者は兵役期間を17カ月延長することができる。

ちなみに2026年から適格検査に招かれるのは「軍務に関心がある」と答え、連邦軍から「軍務に適している」と見なされた若者だけだ。ただし2027年7月1日からは、2008年以降に生まれた全ての男性が、適格検査を義務付けられる。その際にも、連邦軍での基礎訓練は任意であり、強制はされない。

ただし政府は法律に、強制的な徴兵に関する新しい条文を盛り込んだ。政府は、地政学的な変化などのために短期間に兵員数を増やす必要が生じ、それが志願制では実現できない場合には、連邦議会の承認を得れば、法令により市民を連邦軍の基礎訓練などに強制的に参加させることができる。この法令は、防衛事態や緊張事態が発生していなくても施行できる。

46万人の兵力が目標

現在連邦軍の現役兵士(aktive Soldaten)の数は約18万2000人。ピストリウス大臣は、ロシアの脅威に備えるために、現役兵士の数を2030年までに26万人に増やすことを目指している。連邦軍は2026年には、5000人の現役兵士の採用を目標にしている。

基礎訓練を含めて、軍務に就いた経験を持つ者は予備役兵士(Reservist)として登録される。現在連邦軍の予備役兵士の数は約93万人。だが予備役兵士は、アクティブな予備役とそれ以外の予備役に分けられる。アクティブな予備役兵士の数は、現在約3万4000人。彼らは普段会社員や公務員などとして働いているが、連邦軍の要請があれば歩哨、警戒任務などの短期的な軍務に就いたり、定期的に訓練や軍事演習に参加したりする。ピストリウス大臣は、このアクティブな予備役兵士の数を現在の3万4000人から20万人に増やすことを目指している。つまり政府の計画通りに進めば、連邦軍は、2030年までに現役兵士とアクティブな予備役兵士を合わせて46万人の兵力を持つことになる。

保守政党は「志願制は不十分」と批判

ただし連立与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)からは、「志願制中心の兵役制度では、短期間に十分な数の兵員を集められない」という危惧が出ている。ヨハン・ヴァーデプール外務大臣(CDU)は8月25日に「この法案は十分ではない」と異議を唱えたが、ピストリウス大臣との協議の結果、異議を取り下げた。連邦議会・国防委員会のトーマス・レーヴェカンプ委員長(CDU)も、「連邦軍が必要とする兵員数を、志願制中心の制度で達成できるかは、大いに疑問だ」と述べている。CSUのマルクス・ゼーダー党首は、東西冷戦時代のような徴兵制の復活を提案している。

ピストリウス大臣が属するSPDには、徴兵に反対する者が多い。特にSPD青年部は、完全な志願制を要求していた。ピストリウス大臣は、結局SPD左派の意向に配慮して、志願制に近い制度を採用した。

昨年5月に公共放送局MDRが公表した世論調査の結果によると、回答者の61%が兵役義務の復活に賛成すると答えた。しかし、兵役義務が導入された場合、軍務に就くことを求められる可能性が高い16~29歳の回答者の間では賛成者が32%にとどまった。

メルツ政権は憲法を改正して債務ブレーキに変更を加え、GDP(国民総生産)の1%を超える防衛支出については国債を無制限に発行できるようにした。だが「生命を危険にさらし、自由時間を犠牲にしても、国の防衛に貢献するべきだ」と考える市民を増やすことは、防衛支出の増額よりも難しい。政府がこの制度により目標の兵員数を達成できるかどうかは、未知数だ。

 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
Nippon Express SWISS ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作