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ミュンヘン安保会議で ドイツが見せた「覚悟」

ドイツのフリードリヒ・メルツ首相はミュンヘン安全保障会議(MSC)での演説で、欧州の経済力と軍事力を強化し、米国のドナルド・トランプ政権とは一線を画すという態度を打ち出した。

2月13日、基調講演で話すメルツ首相2月13日、基調講演で話すメルツ首相

「ルールに基づく国際秩序は崩壊した」

今年のMSCは2月13日から3日間にわたり、ミュンヘン中心部のホテルで開催された。1963年に「防衛学会議」として始まったこの会議は、毎年2月に開かれる。115カ国から約60人の首脳、国防大臣、外務大臣、軍関係者を含む約1000人が参加した。民間団体が主催する安全保障会議としては、世界で最も注目される会合だ。日本からは小泉進次郎防衛大臣と茂木敏充外務大臣が出席した。大ホールでの講演だけではなく、会議室や小部屋、廊下で、国際政治のキーパーソンたちと、プライベートな環境で交流したり、意見を交換したりできることが大きな特長だ。

メルツ首相は初日に基調講演を行った。まず彼は、今日の世界を悲観的な言葉で形容した。同氏は、「世界の秩序が破壊されつつある。いや、法とルールに基づく国際秩序は、もはや存在しないと言うべきだろう。力が物を言う時代、大国がパワーポリティクス(覇権主義的な外交政策)を堂々と実行する時代がやって来た」と述べた。

彼が演説の中で念頭に置いていたのは、2022年にウクライナに侵攻し、現在もミサイルや自爆ドローンで団地や発電所を破壊し続けるロシアのウラジーミル・プーチン政権だ。メルツ氏が言う「大国」にはトランプ政権が率いる米国、そして中国も含まれている。

メルツ首相は演説の中で、「パワーポリティクスの時代は、中小国にとって危険な時代だ」と予想する。大国は、影響圏の拡大を目指し、テクノロジーや資源を使って、中小国に圧力をかけようとする。米国は昨年発表した安全保障戦略の中で北米・中南米を「西半球」と位置づけ、米国の影響圏と定義している。トランプ政権はベネズエラだけではなく、キューバやメキシコに対しても圧力をかけている。中国はレアアースなど世界で大きなシェアを占める資源や物資の輸出規制によって、他国にプレッシャーを与えている。

メルツ氏がMAGA思想を拒否

米国の核の傘によって守られ、自由貿易の恩恵を享受してきたドイツ、そして欧州諸国にとって、「力の時代」の到来は悪いニュースである。メルツ氏は「地政学的リスクと緊張が高まっている時代に、欧州の安全は脅かされている。今日、欧州は眠りから覚めた。欧州はこれまで国際政治から遠ざかっていたが、そうした時代は終わった。これまで欧州は、自由を当たり前のものとして享受してきた。だが今日の世界では、自由が脅かされている。自由を守るには、強固な意志の力が必要だ。われわれ全員が変化と犠牲を求められている。われわれはそのための努力を今始めなくてはならない」と述べた。

興味深いことに、メルツ首相は演説で米欧関係の間にひびが入っていると断言するとともに、トランプ政権の右派ポピュリズム思想「MAGA」(Make America Great Again)路線に対して「ノー」の姿勢を示した。同氏は「米国と欧州の間には、深い亀裂が生じた。そのことは米国のJ・D・バンス副大統領が、昨年のMSCでの演説で指摘した」と述べた。

バンス氏は、2025年2月にMSCで「欧州にとっての脅威は中国やロシアではなく、欧州諸国の政府だ。欧州諸国の政府は多数の難民を受け入れ、SNSを検閲して、言論の自由を弾圧している。このままでは欧州文明は衰退する」と批判した。彼は、欧州を救えるのは「ドイツのための選択肢」(AfD)のような、体制変革を目指す政党だと指摘した。この演説は、トランプ政権の欧州懐疑論を象徴するものとして、欧州人たちに強い衝撃を与えた。

メルツ氏は、「私はMAGA運動の文化闘争に反対する。人間の尊厳や基本法に反する言葉については、言論の自由は適用されない。われわれは関税や保護主義に反対し、自由貿易を促進する。われわれは気候保護政策や世界保健機関を守る。われわれは、グローバルな試練は各国が協力しなければ解決できないと考えているからだ」と述べ、トランプ政権の姿勢に正面から反対した。

欧州独自の核抑止力保有を目指す

メルツ氏は、北大西洋条約機構(NATO)の中で欧州の柱を強化するという方針も打ち出した。ドイツなど欧州諸国は、すでに国内総生産(GDP)に防衛支出が占める比率を5%に引き上げることを約束している。ドイツは防衛支出のうちGDPの1%を超える部分を、国債でまかなうことを可能にすべく、昨年基本法(憲法)を改正した。

首相の演説の中で、聴衆が最も注目した発言は、メルツ氏が欧州独自の核抑止力について述べた部分だ。彼は「私は、マクロン大統領と、欧州の核抑止力についての協議を始めた」と述べ、独仏間で欧州諸国が独自に決定権を持つ核抑止力の枠組みをどうするかについて、話し合いが始まっていることを明らかにした。メルツ首相が公式の席で、核抑止力について独仏政府が協議していることを明らかにしたのは初めてである。ただしメルツ氏はこの演説の中で「もちろんドイツは核抑止力に関する法的な義務を守る。われわれは欧州の核抑止力を、NATOの枠組みの中で強化するつもりだ」と注釈を加えた。

欧州は、安全保障について対米依存度を減らす方向に向けて歩み始めた。この目標を達成するには長い歳月と多額の費用がかかるが、欧州諸国にとってほかの選択肢はない。多大な困難を伴っても、彼らが「自立性と主権性」を強化するための努力をやめることはないだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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