独断時評


トランプはなぜ、ドイツを叩くのか

米国のトランプ大統領は、既成の秩序の破壊者だ。友好国に対して懲罰関税を導入し貿易戦争を仕掛ける。多国間の自由貿易協定や地球温暖化を防ぐための協定から脱退し、英国のEU離脱を支援する。各国首脳と合意した共同声明について、ツイッターで合意を撤回する。クリミア半島を併合して国際法に違反しているロシアの指導者プーチン大統領にすり寄る。女性や外国人、イスラム教徒などを侮辱する発言を行う。

「人を撃っても支持者は減らない」

米国優先主義と保護主義を掲げるトランプ氏は伝統的な制度を破壊し常識に挑戦することで、米国の政治制度に不満を持つ有権者の心をつかむ。彼の支持者の中核は、グローバル化の負け組と感じている、白人の低所得層。彼らはヒラリー・クリントンに代表される職業政治家たちに不信感と憎しみを抱いている。

トランプ氏は2016年の選挙戦の時に行った演説で「私が五番街の真ん中に立って、通行人を銃で撃っても私は支持者を失わないだろう」と言ったことがある。通行人を銃で撃つというのは、常識的には「悪事」と見なされる行為だ。通常は大統領選挙の候補者がするべき発言ではない。「政治的に穏当(politically correct)」な発言ではないからだ。だが、彼はポリティカル・コレクトネスにあえて挑戦する。トランプ氏は普通の職業政治家が避ける発言をあえて行うことによって、社会の負け組から支持される。実際この挑発的な言葉は、トランプ氏の支持率に悪影響を及ぼさなかった。彼のようなタイプは、歴代の米国大統領の間には、全くいなかった。いわゆるポリティカル・コレクトネスを攻撃するのは、米国に限らず世界中で勢力を広げるポピュリストに共通する特徴である。これまでの非常識が、ポピュリストの間では「常識」になる。

ドイツを攻撃するトランプ

読者の皆さんは、トランプ氏がドイツを特に厳しく槍玉に上げることに気づかれただろうか? そのことがはっきり表われたのは、今年7月の欧州歴訪の際である。北大西洋条約機構(NATO)は2014年にウェールズでの首脳会議で、「2024年までに防衛費の対GDP比率を少なくとも2%まで引き上げるよう努力する」という決議を行っていた。今年の時点で米国は国内総生産(GDP)の3.5%を防衛費に充てている。これに対しドイツは1.24%にすぎない。

トランプ氏は7月11日から2日間にわたり、ブリュッセルで開かれたNATO首脳会議に出席し「ドイツは防衛費を十分に負担せず、米国に守ってもらっている一方で、米国に対して巨額の貿易黒字を抱えている。さらにロシアから直接天然ガスを輸入するためのパイプライン『ノルトストリーム2』も建設している。ドイツはロシアの囚人(captive)になっているようなものだ」と主張。主権国家ドイツに対する強い侮辱である。

NATO首脳会議に参加したメルケル首相(左)とトランプ大統領
NATO首脳会議に参加したメルケル首相(左)とトランプ大統領

NATO首脳会議の大混乱

NATO首脳会議は防衛支出をめぐって大混乱に陥った。まず初日の会議でトランプ氏が2%の目標を満たしているのが米国など5カ国にすぎず、ドイツなどほかの23の加盟国がこの数値に達していないことについて怒りを爆発させた。ほかの加盟国首脳はトランプ氏を説得して、「加盟国は2014年のウェールズ首脳会議での目標を順守することを再確認した」という内容を含む共同声明について合意した。

ところが合意後もトランプ氏は、矢のようにツイッターのつぶやきを打ち続けた。その矛先は、またもやドイツに向けられた。
「ドイツがロシアに対しエネルギーとガスのために数10億ドルも払っているとしたら、NATOに何の意味があるのだ? なぜ28カ国の内、5カ国しか防衛費の対GDP比率の目標を守っていないのだ? 米国は欧州の防衛のために費用を負担しているのに、貿易では何10億ドルも損をしている。ほかの加盟国は、2%の目標を2025年までにではなく、すぐに達成するべきだ」

これらのツイッターは欧州諸国首脳を戦慄させた。メルケル氏らは2日目の会議で「防衛支出の追加額をこれまで予定していた額よりも増やし、これまでを上回るスピードでGDP比2%ラインに近づける」と約束せざるを得なかった。

ポピュリズムに対する防波堤・ドイツ

ドイツは多国間の自由貿易協定や環境保護のための協定を重視し、人権保護、人種や性別、宗教による差別の禁止を重んじる。つまりトランプ氏の政策と真逆の方針を貫く国だ。彼にとって「ポピュリズムと戦う防波堤」メルケル氏の存在は目の上のコブだ。

メルケル氏は2016年にトランプ氏が大統領選挙に勝った時に贈った祝辞に「あなたが人権、自由の尊重、差別の禁止などの価値を我々と共有するという前提があるならば、私はあなたとともに働く準備があります」という辛口の文章を入れた。同盟国の首相が米国大統領との協力に条件を付けるのは異例だ。トランプ氏は内心カチンときたに違いない。

米国はEUに対して当面自動車への関税をかけない方針を打ち出している。だがトランプ氏は発言や考えを猫の目のように頻繁に変えることで有名だ。今後もメルケル氏とトランプ氏の確執は続くに違いない。

最終更新 Donnerstag, 16 August 2018 11:05
 

多民族社会の「英雄」、エジル選手の栄光と悲劇

トルコ系ドイツ人メスト・エジル選手(29歳)がドイツ・ナショナルチームを7月22日に脱退し、「ドイツサッカー連盟(DFB)とメディアは、私がトルコ人の血を引いているために差別した」と強い口調で非難。2015年の難民危機以来、外国人の社会への統合や人種差別に関する議論が激しく行われている中、彼が取った態度はドイツ社会で賛否両論を巻き起こした。

「独裁者」とのツーショット

引き金となったのは、2018年5月13日にエジル選手がトルコのエルドアン大統領にユニフォームを贈呈し、ツーショットで撮影された写真である。エジル選手は「この写真撮影は政治とは無関係だ」と説明しているが、エルドアン氏が6月の大統領選挙で得票率を引き上げるために、知名度の高いエジル選手を利用したことは明白である。

エルドアン政権は2016年に同国で起きたクーデター未遂事件以来、反体制派など数万人を逮捕。その中にはジャーナリストなど知識人も含まれている。法治主義を軽んじ、言論の自由を抑圧するエルドアン政権の姿勢は、「独裁者」にたとえられている。このためドイツではエジル選手に対して「政治的にあまりにも鈍感」という強い批判の声が上がった。特にDFBのラインハルト・グリンデル会長は「エルドアン大統領は、我々が重視する価値観を軽視している。したがってナショナルチームの選手がエルドアン大統領の選挙戦のために悪用されることは良くない。DFBは外国人の血を引く選手たちの社会への統合を促進するために努力してきたが、エジル選手らの行為はそうした努力を損なうものだ」と強い言葉でエジル氏を批判した。

人種差別的発言の嵐

彼はドイツのゲルゼンキルヒェンでトルコ人の両親から生まれ、2007年にドイツの国籍を取った「元外国人」である。ソーシャルメディア上でのエジル選手に対する批判に、人種差別的な性格も混ざっていたことは否定できない。

こうしたトラブルを抱えたまま今年6月の第21回ワールドカップに出場したドイツチームは、緒戦であえなく敗退。多くのドイツ市民を失望させた。エジル氏は「W杯での対スウェーデン戦の後、ドイツ人のファンから『トルコ人の豚野郎、早く消え失せろ』と罵倒された。あるドイツの政治家は、私を『山羊を獣姦する男』と呼んだ。ミュンヘンのある劇場支配人は私に『アナトリア(トルコ東部)へ帰るが良い』と発言した。私と家族は、ドイツ人からの多数のヘイトメールや脅迫電話に悩まされた。エルドアン大統領の写真を口実に、それまで隠していた人種主義者としての感情を爆発させているのだ。これはドイツ社会にとって危険なことだ」と語っている。

彼は7月22日にツイッターに公開した書簡の中で「私がトルコ人の血を引いているという事実をおとしめる人々の態度は、絶対に受け入れられない。私はもはやドイツチームのユニフォームを着てサッカーの試合に出場することはない」と述べ、ナショナルチームとの絶縁を全世界に向けて宣言。彼は特にDFBのグリンデル会長に対し「あなたは、ドイツチームが勝つと私をドイツ人と見なし、負けると私をトルコ人と見なした」と痛烈な批判を浴びせている。DFBは「人種差別主義的な態度を取ったというエジル選手の批判は適切ではない」と弁解している。

サッカーによる社会への統合の象徴だった

エジル選手の脱退は、ドイツ連邦政府やDFBにとっても大きな打撃だ。政府とスポーツ界は「サッカーによって外国系市民を社会に溶け込ませる」というキャンペーンを行ってきた。確かに人種や宗教、文化的背景が異なってもチームが団結してゴールを目指すサッカーは、移民やその子どもたちを社会に溶け込ませる上で役立つ可能性がある。ドイツの2万5000のサッカークラブでは、難民としてドイツにやって来た4万人がプレーしている。これらのサッカークラブに参加する外国人やドイツに帰化した元外国人の数は、約14万人に上る。

ツイッターのフォロワーが2300万人を超え、年収が2100万ユーロ(27億3000万円・1ユーロ=130円換算)のエジル選手は、政府が標榜する「サッカーによる社会への統合」のシンボルだった。2014年にブラジルで行われたW杯でドイツが優勝した時に、メルケル首相がエジル選手を抱擁して喜びを表現する写真が残っている。

エジル選手とメルケル首相
2014年サッカーW杯で優勝したドイツチームで活躍したエジル選手(右)と
喜びを分かち合うメルケル首相(右奥)

政治の危険性を軽視してはならない

エジル選手を口汚い言葉で罵倒したドイツ人の態度は許しがたい。この国にトルコ人差別が残っていることも事実だ。しかし「スポーツと政治は関係ない」という彼の弁解にも首をひねらざるを得ない。少なくとも2016年のクーデター未遂事件以降、エルドアン大統領が人権や言論の自由を抑圧していることは、誰の目にも明らかだった。ナショナルチームのスター・プレーヤーはもはや私人ではなく公人であり、細心の注意が必要である。彼を政治目的に利用しようとする政治家は数多くいるのだからだ。

危険なポピュリスト政治家が世界を跋ばっこ扈する今日、スポーツ選手といえども政治から完全に無縁でいることはできない。その危険を軽視したことは、エジル選手にとって一生の不覚だった。彼を襲った悲劇は、我々にとっても対岸の火事ではない。

最終更新 Montag, 06 August 2018 09:25
 

難民問題で合意するも、CDU・CSU間に深い亀裂

7月3日、メルケル首相(キリスト教民主同盟・CDU)とゼーホーファー内務大臣(キリスト教社会同盟・CSU)は「難民対策において合意に漕ぎつけた」と発表し、大連立政権崩壊という最悪の事態を回避した。

だが3週間にわたる内紛は、2つの政党の間に修復が極めて困難な亀裂を生んだ。欧州では、発足からわずか4カ月間であわや空中分解状態に追い込まれたメルケル政権の前途を危ぶむ声が強まっている。

メルケル首相と、ゼーホーファー連邦内務大臣
7月3日、難民政策合意について発表したメルケル首相(右)とゼーホーファー氏

首相と内相が対立

今回の内紛が多くの国民に衝撃を与えた理由は、難民対策という政策論争が2人の政治家の感情的な対立に発展したことである。特に事態をエスカレートさせたのは、ゼーホーファー内相の最後通牒だ。彼は「ほかのEU加盟国で難民として登録された人については、ドイツ国境で入国を拒否する。もしもメルケル首相がEU首脳会議で実効性のある対策について合意できなかったら、ドイツが独自に入国拒否に踏み切る」と宣言した。彼は自分の主張が聞き入れられない場合には、内相を辞任するとまで啖呵を切った。

メルケル首相はゼーホーファー氏の主張について「難民政策はEUおよび周辺諸国と協議した上で決めるべきであり、ドイツが独断で入国拒否に踏み切ることは許されない」と真っ向から拒否。その上で「ゼーホーファー氏が首相の意向を無視して入国拒否に踏み切った場合には、首相の権限(Richtlinienkonpetenz)を侵すことになる」と威嚇した。メルケル氏が首相の権限という言葉を使ったことは、武士が刀を抜いたようなものだ。首相の権限を侵した閣僚は、通常罷免されるからだ。連邦議会のショイブレ議長(CDU)も、「首相の指示に反した閣僚が解任されるのはやむを得ない」と援護射撃を行った。

この言葉はゼーホーファー氏を激怒させ、「私のおかげで首相になった人物が、私を解任するというのか」とメルケル氏に対する批判をエスカレートさせた。通常政治家の感情的な言葉の応酬は密室で行われるものだ。だが今回はメルケル氏・ゼーホーファー氏ともに挑発的な発言を公の場で行った。これは異常な事態である。またゼーホーファー氏はCSUの会議でメルケル氏について「もうこの女とは一緒に働くことはできない」と語ったと言われる。CSUの別の幹部は「メルケル氏は退陣するべきだ」と発言した。

地元でAfDの躍進を恐れるCSU

CSUは今年10月に行われるバイエルン州議会選挙で、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)に票を奪われて、単独過半数を達成できないことを恐れている。このためゼーホーファー氏はAfDから支持者を奪回するべく、難民政策を急激に右傾化させメルケル氏に対する態度を硬化させているのだ。だがメルケル氏も壁際に追い詰められていた。もしもゼーホーファー氏を解任するか、彼が内相を辞任していたらCSUが抗議のために大連立を解消し、政権が崩壊する危険があったからだ。その場合、連邦議会選挙をやり直すことが必要となり、ドイツに再び政権空白状態が出現することになる。政治が混乱して大喜びするのはAfDだけだ。

メルケル氏は、6月28日から2日間にわたって行われたEU首脳会議で、EU外縁部の警備強化などによって難民の流入をこれまで以上に制限することや、ギリシャ、スペインとの間で登録済みの難民の送還に関する合意をまとめることに成功。ゼーホーファー氏は「これらの合意だけでは不十分」と難色を示したものの、メルケル氏は最後の瞬間に彼を説き伏せた。

トランジット方式は機能するのか?

両者の合意によると、ドイツ政府はオーストリアとの国境に近い地域に「難民審査センター」を設置する。CSUはこの施設をトランジット・センターと呼んでいる(社会民主党はこの言葉に難色を示しているので、公にはトランジット・センターとは呼ばれない)。

オーストリアからドイツに入国しようとする難民が、すでに別のEU加盟国で難民として登録されていることが分かった場合、その難民は48時間以内に最初の到着国へ送り返される。

メルケル政権は、「この施設は空港のトランジット領域と同じで、難民はここに入ってもドイツに入国したことにはならない。入国資格のない難民は追い返される」と説明している。つまりメルケル氏はトランジット方式を認めることによって、事実上国境での入国拒否を容認して、ゼーホーファー氏の顔を立てたのだ。

だが欧州の周辺諸国の間では、この合意について疑問の声も上がっている。たとえば「難民が最初に入ったEU圏内の国が、ドイツからの難民の送還を拒否した場合や、ドイツとの二国間協定の締結を拒んだ場合には、どうするのか」という疑問が出ている。オーストリア政府からは「引き取り手のない難民を、我が国に押しつけるのは御免だ」という批判も聞こえる。

メルケル氏の指導力にも疑問符

さらにドイツの論壇では「メルケル氏とゼーホーファー氏は協調路線を歩むことはできない」という観測が強まっている。その意味で、ゼーホーファー氏はメルケル政権にとって危機の火種であり続ける。AfDの脅威がなくならない限り、今後も「CSUの反乱」の炎が吹き上がるかもしれない。3週間続いた内紛はむしろAfDへの支持率を引き上げるかもしれない。閣僚の行動を十分にコントロールできない場合、メルケル氏の政権運営能力にも疑問が投げかけられるだろう。

最終更新 Donnerstag, 19 Juli 2018 16:40
 

メルケル対ゼーホーファー、難民政策をめぐり激しく対立

バカンスシーズンを告げる夏の青空とは対照的に、ドイツの政界はどんよりとした黒雲に覆われている。この国は6月下旬以来、難民政策をめぐる政府内の対立で激しく揺さぶられた。

メルケル首相と、ゼーホーファー連邦内務大臣
6月20日、ベルリンのドイツ歴史博物館で行われたイベントに参加した
メルケル首相(左)と、ゼーホーファー連邦内務大臣

首相と内相が対立

アンゲラ・メルケル首相とホルスト・ゼーホーファー連邦内務大臣の間で、難民の受け入れをめぐる意見が真っ向からぶつかり合い、キリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)の亀裂が深まったのだ。

ゼーホーファー氏は、「EUでは外縁部の境界での警護や入国管理がずさんだ。この状態が改善されない限り、ほかのEU諸国で登録済みの難民はドイツ国境で入国を拒否し、追い返す」という方針を打ち出した。これに対しメルケル首相は、「難民受け入れはEU全体で解決するべき問題。隣国とのすり合わせも不可欠だ。ドイツだけが独りで解決しようとしてはならない」とし、ゼーホーファー氏の主張に反対している。

ドイツに集中する難民たち

中東やアフリカからEUにやってくる難民の大半は、まずギリシャやイタリアに到着する。EUのダブリン協定によると、難民は最初に到着したEU加盟国で登録を受け、そこで亡命申請を行わなくてはならない。だが多くの難民は、社会保障制度が充実しており生活水準が高いドイツに移住しようとする。確かにドイツの難民に対する扱いは寛容だ。ここで亡命を認められた難民は国から住む所を斡旋してもらえるほか、失業者として登録されれば家賃や社会保険料だけではなく、毎月約300ユーロの小遣いも支給される。多くの難民がこの国を目指すのも無理はない。

実際、2015年には100万人近いシリア難民がギリシャやハンガリーではなく、ドイツでの亡命申請を望んだ。当時メルケル首相はダブリン協定を一時的に無効にしたのだ。現在ドイツに入国する難民の数は、2015年に比べると大幅に減っている。しかし長期的に見れば難民危機はまだ終わっていない。人口学者たちは、将来中東や北アフリカからEUを目指す経済難民が増加すると警告している。

もしもドイツがゼーホーファー氏の政策を実行したら何が起きるだろうか。たとえばイタリアに船で到着し、氏名や指紋をEUのシステムに登録された難民は、ドイツ国境で入国を拒否される。隣国のオーストリアも同様の措置を取ると予想されるので、オーストリアもこの難民をイタリアへ送り返す。つまりEUの南端にあるイタリアやギリシャは、ドイツやオーストリアから送還された難民でごった返すことになる。イタリアは、「EU加盟国の間で難民を分配するべきだ」と主張してきたが、東欧諸国などは頑として拒否している。

つまりゼーホーファー氏の主張通りドイツが登録済み難民の入国を拒否したら、他国で混乱が生じる。メルケル氏が首を縦に振らないのはそのためだ。

内務大臣の罷免の可能性?

だがゼーホーファー氏はメルケル氏がEU首脳会議で新たな難民受け入れのルールなどについて合意を達成し、CSUを納得させる解決策を打ち出さない場合には、独断で登録済み難民の入国拒否を実施すると言い始めた。これに対しメルケル氏は「ドイツが独自に入国拒否を開始したら、それは私の指揮権を侵す行為だ」と述べている。つまりゼーホーファー氏が国境での入国拒否を命じた場合、首相は彼を罷免する。

ゼーホーファー氏が解任された場合、CSUは大連立政権から離脱する可能性が強い。つまり3月に生まれたばかりのメルケル政権が崩壊し、連邦議会選挙をやり直さなければならない可能性が浮上したのだ。

10月のバイエルン州議会選挙が原因

なぜゼーホーファー氏は政権の存立を危うくするような態度を取るのか。その理由は今年10月にバイエルン州で行われる州議会選挙だ。1945年に創立されたCSUはバイエルン州の地方政党で、CDUの姉妹政党。1957年以来、同党は61年間にわたってバイエルン州の首相を輩出してきた。だがメルケル政権の難民政策に対する不満から、CSUは極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に支持層を切り崩されており、去年9月の連邦議会選挙ではCSUの得票率が前回の選挙に比べて約11ポイントも下がった。CSU支持者の間では、2015年にメルケル氏が独断的に多数の難民受け入れを決めたことに対する不満が強い。

世論調査機関やメディアは今年10月の州議会選挙で、CSUが初めて単独過半数の確保に失敗し、他党との連立を迫られるという見方を強めている。このためCSUは今年に入って、政策を急速に右旋回させて、AfDに奪われた支持者を取り戻そうとしている。

政権崩壊を避けるべきだ

CSUは「2015年の難民危機から3年近く経っているのに、メルケル首相は抜本的な解決策を打ち出していない。CSUは今こそ行動しなくてはならない」と主張。つまり彼らはメルケル氏に公然と反旗を翻すことで、秋の選挙での得票率を増やそうとしているのだ。この態度については、バイエルン州の住民の間からも「あまりにも頑迷な態度だ」という批判が出ている。

CDUとCSUは運命共同体であり、内部抗争はドイツだけではなくEU全体にとってもマイナスである。メルケル氏とゼーホーファー氏の衝突、大連立政権の崩壊という事態だけは絶対に避けてほしいものだ。

最終更新 Donnerstag, 05 Juli 2018 11:39
 

ドイツの武器輸出をめぐる激論

今年1月、トルコ軍はシリアに進撃し、北西部の町アフリンへの攻撃を開始した。この町は2012年以来、クルド人の組織PYDが支配している。PYDはトルコ政府がテロ組織と見なすPKK(クルド人労働者党)と関係が深い。このためエルドアン大統領は、アフリンからPYDを駆逐することを目指している。トルコ軍とクルド人武装勢力YPGの間では激しい戦闘が展開されたが、この戦いでドイツ人を悩ませた問題がある。

シリアのクルド自治領アフリンで戦闘を繰り広げるトルコ軍
シリアのクルド自治領アフリンで戦闘を繰り広げるトルコ軍

ドイツの戦車がクルド人攻撃に使われた

トルコのテレビ局は、最前線で撮影した映像を流した。黄土色と暗緑色の迷彩塗装を施された威圧的な戦車が、シリアとの国境へ向けて進撃していく。だがドイツの政治家たちは、この映像を見てギョッとした。これらの戦車が、ドイツ製のレオパルド2・A4型だった。ドイツで製造された戦車が、クルド人攻撃に使われているのだ。トルコはドイツと同じくNATO(北大西洋条約機構)に加盟。このためドイツは1990年代にレオパルド1型を400台、2009年にレオパルド2型を350台、トルコに輸出した。同盟国に武器を輸出することは、通常ならば問題はないとされている。

だがクルド人の武装組織は、テロ組織イスラム国(IS)とも戦ってきた。このためドイツや米国などは、クルド人の武装組織に武器を供給したり、軍事教練を施したりしてきた。つまりクルド人はドイツにとっては、ISとの戦いにおいては味方である。そのクルド人たちを、ドイツから輸出された戦車が殺傷する。これはドイツにとって大きなジレンマだ。

緑の党、トルコへの武器輸出停止を要求

緑の党で防衛問題を担当するアグネシュカ・ブルガー氏は、ドイツ政府に対してトルコへの武器輸出を直ちにやめるよう要求。同党のクラウディア・ロート氏も「エルドアン大統領は中東地域の情勢をさらに不安定化している。メルケル政権は、トルコへの武器輸出を即時停止するとともに、シリア難民に関するトルコとの合意も廃棄するべきだ」と語っている。

エルドアン大統領は、2016年のクーデター未遂事件以来、独裁的な性格を強めており、敵視してきたクルド人に対する弾圧を強化している。トルコ政府がドイツのジャーナリストや人権活動家を逮捕して長期間にわたり投獄するなど、両国の関係は悪化している。ドイツ政府はそのような国に大量の武器を輸出したことを、いま悔やんでいるに違いない。

ロシアに接近するトルコ

エルドアン大統領はEUやNATOに対して敵対的な姿勢を強めている。彼はEUを挑発するために、時折ロシアのプーチン大統領に接近するかのような態度を見せる。一方欧米との対決姿勢を強めるプーチン氏は、NATOの足並みを崩すために、トルコを自分の側に引き入れたいという思惑を持っている。たとえばロシアはシリア上空の制空権を握っているが、トルコ空軍の戦闘機がクルド人武装勢力を爆撃できるように、アフリン上空の飛行を許した。欧米諸国は「ロシアとトルコが接近しつつある兆候」と見て懸念を強めている。

ドイツは世界4位の武器輸出国

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2013年~2017年までの世界の武器輸出額のなかでドイツは5.8%を占め、世界で4番目に武器輸出額が多い。2016年のドイツの武器輸出額は、前年比で57%も増えて、28億1300万ユーロ(3657億円・1ユーロ=130円換算)。ドイツ市民の間に平和主義的な思想を持った人が多いことを考えると、ドイツが武器輸出大国であるという事実は、違和感を与える。

ドイツ政府では、民間企業が外国政府に武器の輸出を希望する場合、首相、外務大臣、国防大臣、経済エネルギー大臣などが構成する「国防評議会」の許可を得なくてはならない。ドイツは原則として「紛争地域には武器を輸出しない」という方針を持っている。だが、武器を輸出する時点で輸入先が紛争に関与していなくても、トルコのケースのように輸出後、数年経ってからその国が紛争に巻き込まれ、ドイツの兵器を使用するという事態もあり得る。その意味で、現状の原則だけでは、不十分である。

中東地域の不安定化

すでに7年間も続くシリア内戦の影響で、中東地域では、不安定化の傾向が強まっている。サウジアラビアやアラブ首長国連邦などは、イランやイランに支援された過激勢力との対立姿勢を強めている。イランの革命防衛隊は、シリア西部に拠点を設置し、レバノンのシーア派過激組織「神の党(ヒズボラ)」への軍事支援を強めている。ヒズボラはイスラエルとの戦争に備えて、数万発のミサイルを持っていると伝えられる。

イスラエルはイランとヒズボラを最大の脅威と見なしており、これらの勢力との間でいつ戦端が開かれても不思議ではない。中東では今日の事態が平穏でも、明日何が起こるかわからない。

武器輸出三原則を守るべきだ

こうした状況を考えると、ドイツ政府は中東地域への武器輸出を大幅に減らすべきだろう。日本でも武器輸出三原則の大幅な緩和を求める声が強まっているが、私は日本に対し武器輸出には慎重な態度を貫いてほしいと思う。クルド人に砲口を向けるドイツのレオパルド戦車は、日本人にも教訓を与えている。

最終更新 Donnerstag, 14 Juni 2018 12:11
 

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