独断時評


2018年ドイツの展望 -「メルケル後」の時代が始まった

例年のように華やかな花火とともに、新しい年が始まった。暦は一歩一歩、春へ向けて進んでいく。しかし、ドイツは第二次世界大戦後、一度も経験したことのない暗雲に覆われている。

2018年ドイツの展望

3カ月を超える政権不在

去年9月24日に行われた連邦議会選挙からすでに3カ月以上経っているのに、次期政権の姿形は見えない。ドイツ人達にとって、このような事態は初めてだ。

現在最も可能性が高いとされているのは、キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)と、社会民主党(SPD)の大連立政権である。しかし連立交渉が本格的に始まるのはクリスマス休暇以降であり、政権誕生までには時間がかかりそうだ。トーマス・デメジエール連邦内務大臣(CDU)は、去年末に「政権樹立は、3月までずれ込むだろう」という見方を明らかにした。彼の予測が的中すると、選挙から6カ月も「決定力のある中央政府を持たない状態」が続くことになる。

SPDの右往左往

私は27年間にわたりドイツの政治を観察して記事を書いてきたが、2017年ほど伝統的な国民政党(Volkspartei)が右往左往するのを見たのは一度もない。一番悲惨なのはSPDだ。同党は、9月の連邦議会選挙で惨敗した。得票率が約20%という結党以来最低の水準まで下がったために、敗軍の将マルティン・シュルツ党首は、9月24日の夜に「次期政権には加わらず、野党として党の改革を目指す」と宣言した。彼は11月19日にCDU・CSUと自由民主党(FDP)、緑の党のジャマイカ連立政権をめざす交渉が決裂した時にも、「政権不参加」の方針を再確認した。大半の政党指導者は選挙をやり直すことになると考えていた。

だがフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領が再選挙に否定的な姿勢を示すと、シュルツ党首は「政権不参加」の方針を撤回し、「大連立政権の可能性について協議する」と言い出した。SPDの左派や若い党員の間では、シュルツ氏の「朝令暮改」を批判する声が聞こえる。現在のままでは、SPDはメルケル氏を首相の座に据えるために利用されているという印象を与える。シュルツ氏は去年の選挙期間中にメルケル氏の政策を「社会の格差を拡大する」と批判していたが、あの時の態度をもう忘れたのか。

FDPは、「政権に加わるために、党の原則を曲げたら、有権者の期待を裏切る」として、連立交渉から離脱する道を選んだ。FDPは、2013年に連邦議会から締め出されるという屈辱を味わった後、去年の選挙でカムバックを果たした。したがってFDPは不利な妥協を重ねるよりは、原則に忠実であることを重視したのだ。それに比べると、周囲の圧力に負けて、わずか3カ月で前言を翻したシュルツ党首の姿勢は、一貫性と信用性に欠ける。有権者がどちらの党を強く信頼するかは、言うまでもないだろう。

政局混乱はAfDに追い風

私が懸念しているのは、混乱の長期化によって、より多くの有権者が国民政党に対し失望感や怒りを抱き、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に賛同することだ。AfDは、ツイッターやフェイスブックを最大限に利用して、国民政党の不甲斐なさや、難民問題、イスラム教の脅威についてのプロパガンダを社会に流し続けている。その頻度において、CDU、CSU、SPDはAfDに負けている。国民政党は、AfDほどソーシャルメディアの重要性を理解していないのだ。

私は、大連立政権が成立する可能性も、五分五分だと考えている。その理由は、健康保険制度の改革や、難民の家族の呼び寄せなどをめぐり、CDU・CSUとSPDの間に大きな隔たりが残っているからだ。CDUにはイェンツ・シュパーンのように、「少数派与党政権」を望む議員がいるし、SPDには「再選挙へ向けて準備を始めるべきだ」と主張する勢力がある。

「メルケル後」を模索するCDU

CDU党員の間でも、メルケル首相に対する不満は強まっている。たとえばメルケル氏は、連邦議会選挙の結果が判明した時、集まった支持者とメディアの前で「これまでの政策を変える必要はない」と断言した。この言葉は、多くのCDU・CSUの党員を唖然とさせた。保守層の間では「メルケル氏は現実世界と切り離され、自分だけの殻の中に閉じこもっているのではないか」という意見が出ている。CDU内部でも、「メルケル後の時代について協議するべき時期が来た」という意見が出ている。2018年秋には、バイエルン州とヘッセン州で州議会選挙が行われる。有権者は、これらの選挙で国民政党に対する不満を表明するだろう。

マクロン大統領の野望

ほかのEU加盟諸国も、ドイツの政治の空白が長期化することについて当惑している。メルケル首相の影響力が低下する中、仏・マクロン大統領は、「欧州のリーダー」の地位に就くことを狙っている。去年12月にマクロン氏が、パリに約50人の首脳を招いて「気候サミット会議」を開いたのは象徴的である。政権が成立していないため,メルケル氏はこの会議に出席しなかった。「欧州の女帝」の威光に影が落ちつつある。

2018年は、ドイツの政治が安定する年であって欲しい。こう祈っているドイツ人は、少なくないはずだ。

 

 

ー 筆者より読者の皆様へ ー

いつも独断時評をお読み下さり、どうも有り難うございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

 

最終更新 Mittwoch, 03 Januar 2018 13:29
 

迷走するドイツ政治 - 選挙で敗北した大連立政権が復活?

ドイツの町にはクリスマス市場が作られ、師走の雰囲気に包まれている。だがこの国を覆う黒雲は厚い。

読者の皆さんの中には、「連邦議会選挙から2カ月以上も経っているのに、政権の姿形も見えない。EUのリーダー国、ドイツがこんな状態で、大丈夫なのか」と呆れている方もいるのではないだろうか。

シュタインマイヤー大統領とメルケル首相とシュルツSPD党首
11月30日に行なわれたシュタインマイヤー大統領(中央)との会合を終えた
メルケル首相(左)とシュルツSPD党首(右)

ジャマイカ連立交渉決裂後の混乱

実際、我々が今ドイツで経験しているのは、この国で未曽有の事態である。キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)、自由民主党(FDP)、緑の党が約5週間にわたって続けてきた、ジャマイカ連立政権を樹立するための交渉は、11月19日に決裂した。FDPが「連立協定書にはあまりにも緑の党の筆跡が濃すぎる」と判断して、交渉から離脱したからである。連邦議会選挙の後に、各党が交渉により連立政権の樹立に失敗したのは、ドイツの歴史で初めてのことである。

社会民主党(SPD)のマルティン・シュルツ党首は、その直後に「SPDは政権に加わるつもりはない」と発言した。シュルツ氏は、9月24日の連邦議会選挙で同党の得票率が約20%という史上最低の水準に落ち込んだことから、次期政権には加わらず、野党席に戻ることを宣言していた。シュルツ氏としては、ジャマイカ連立交渉が決裂した後も、政権復帰の意思がないことを再確認したのだ。このため大政党の幹部達は、選挙をやり直して改めて民意を問うべきだという姿勢を打ち出していた。メルケル首相も交渉決裂後のインタビューで、「少数派与党政権を作るよりは、選挙をやり直すべきだと思う」と語っていた。

突如浮上した「大連立政権・復活論」

だが交渉決裂後、1週間も経たない内に政界の風向きは、大きく変わった。SPD内部で「シュルツ党首は前言を撤回して、CDU・CSUと協議を開始し、大連立政権に加わるべきだ」という意見が高まり始めたのだ。特にフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領は、「選挙結果は、国民が政治家に与える最も重要な意思表示だ。政界がこれを無視して、有権者にもう一度選挙をやり直せというのは、許されない」として、再選挙に否定的な姿勢を打ち出した。彼は各党の党首と協議して、政権樹立へ向けて協調するように要請した。ドイツの新聞社や放送局も11月26日頃から一斉に、「シュルツ党首にSPDを大連立政権に参加させるべきだという圧力が高まっている」という論調の記事やニュースを流し始めた。

なぜドイツの大政党や大手メディアは、大連立政権へ向けて動いているのだろうか。まず第一に、政権の空白状態が長期化することへの懸念だ。選挙をやり直す場合、投票日は早くとも来年初めにずれ込む。総選挙から約5カ月も政府が決まらないというのは、前代未聞である。さらに政治家達の間には、「有権者がここ数カ月間の政界の迷走を見て、大政党に対する不信感を一段と募らせ、ドイツのための選択肢(AfD)の得票率がさらに上昇する危険がある」という読みもある。実際、AfDは選挙のやり直しを求めている。

シュルツ党首は、シュタインマイヤー大統領との会談の後、態度を軟化させ、大連立政権の可能性を完全に否定しなくなった。彼は、大連立政権に参加するかどうかについては、最終的にSPD党員の投票で決める方針だ。

大連立政権は万能薬ではない

しかし、大連立政権も全く問題がないわけではない。CDU・CSU、SPDは、難民政策を理由に有権者から厳しい審判を受けた。この三党は9月の総選挙で得票率を大幅に減らし、歴史的な後退を経験したのだ。つまり一旦「敗北」した政党が、再び大連立政権を構成して権力の座に就くのは、政治の変革を求めた有権者の意向に反するのではないかという疑問が湧いてくる。市民の伝統的政党への不信感は、増すかもしれない。またSPDの中には、若年層を中心として、大連立政権への参加に強硬に反対する勢力もある。SPDは、政権に参加する条件として、さまざまな注文を付けるだろう。

民間健康保険の廃止を求めるSPD

現在取りざたされているのは「市民健康保険」の導入だ。現在ドイツでは、所得が一定水準を超える市民が民間健康保険に入っている。市民の約10%が加入している民間健康保険は、保険料が高いが、支出額に上限がないので医師や病院にとって重要な収益源となっている。このため民間健康保険に入っている市民は、医師のアポイントを取りやすいなどの利点がある。

SPDは民間健康保険を廃止して、自営業者や富裕層も強制的に「市民健康保険」に加入させるべきだと主張している。保険業界やCDU・CSUは、この案に強く反対している。またSPDは公的年金など社会保障制度の充実も要求するだろう。このためCDU・CSUとSPDの間の交渉も難航することが予想される。

さらに、SPDの党首をめぐる議論も再燃するだろう。シュルツ氏は、9月末に行った「下野する」という宣言を、3カ月足らずであっさり撤回した。シュルツ氏の政治家としての信頼性は、地に落ちたも同然だ。仮に大連立政権が誕生するにしても、シュルツ氏が党首
の座に留まるのは困難だろう。

EUの中心に位置するドイツの政局の流動化は、欧州全体に悪影響を与えかねない。私は、この国に住む市民の1人として、一刻も早い政局の安定化を望む。

最終更新 Mittwoch, 13 Dezember 2017 18:19
 

ジャマイカ連立交渉決裂の衝撃 「ドイツよ、どこへ行く?」

欧州連合(EU)を牽引する最大の経済パワー・ドイツの政治が漂流している。キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)、自由民主党(FDP)、緑の党は、いわゆるジャマイカ連立政権を樹立するための交渉を約5週間続けてきたが、FDPは11月19日深夜にこの交渉から離脱したのだ。

10月27日、バルセロナにて行われた独立宣言を祝う人々
シュタインマイヤー連邦大統領(写真奥)と会合するFDPのリントナー党首

FDPと緑の党が鋭く対立

FDPのクリスティアン・リントナー党首は、顔に疲労の色をにじませながら「他党との間に信頼関係を築くことができなかった。連立協定書の草案には、まだ237カ所も対立点が残っている。緑の党の影響が強すぎる。自分の政党の原則を曲げてまで政府に参加するより、政府に参加しない方が良い」と説明。FDPは小さな政府と自由市場経済を重視する。企業経営者や自営業者から強く支援されている政党だ。FDPは、旧東ドイツ支援のための連帯税の廃止を主張して、他党と対立した。さらに環境・エネルギー政策をめぐって緑の党と鋭く対立。緑の党は、地球温暖化に歯止めをかけるため、褐炭・石炭火力発電を2030年までに廃止することや、ディーゼル・ガソリンエンジンを使う車の認可を2030年までに禁止することを求めていた。これに対しFDPは、「化石燃料の使用を早期に禁止することは、ドイツ産業界の国際競争力を弱める」とし、真っ向から反対していた。メルケル首相は「緑の党は大幅に譲歩し、交渉の75%は終わっていただけに、FDPの離脱は残念だ」とコメントしている。

FDPは2013年の連邦議会選挙で、最低得票率である5%を確保できず議会から締め出された。38歳のリントナー党首は、精力的な選挙活動によって今回の選挙で、同党を連邦議会にカムバックさせた。リントナー氏はこれまで緑の党など左派勢力との対決姿勢を前面に押し出すことにより、支持者の信頼を回復してきた。したがって、彼は連立政権に参加するために、緑の党の筆跡が濃い連立協定書を受け入れた場合、再び支持者が減ると危惧したのだ。その意味でリントナー氏は、権力の座よりも政党の原則を重視した。

伝統的政党の機能不全

FDPにとっては、一貫性を守ったことになるが、国家全体にとって彼らの決定は、大打撃である。ジャマイカ連立政権の構想は潰え、政府を樹立する作業は振出しに戻った。連邦議会選挙から8週間もの時間が空費されたことになる。政党が連邦レベルで、連立政権の樹立について合意できなかったのは、ドイツという国の建国以来、初めてのことだ。有権者の間には、伝統的な政党に対する不信感と不満が募っている。今年9月の選挙で、有権者は第三次メルケル政権の難民政策に対する不満から、CDU・CSUとSPDを厳しく罰した。これらの党の得票率は激減し、排外主義を掲げる極右政党が初の連邦議会入りを果たした。特にSPDの得票率は史上最低の水準まで下落し、同党は次期政権への参加を拒否した。この政治的激震のために、伝統的な政党が話し合いで連立政権を作るという、これまでは常識だったプロセスすら、もはや機能しなくなったのだ。EUの中核であるドイツで、政治の空白が長期化しようとしている。このことについて、欧州のほかの国々の間でも不安感が強まっている。

ジャマイカ連立が破綻した今、カギを握るのはフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領だ。彼は「連邦議会選挙の結果とは、市民が政治家に託した最も重要な任務である。その任務を安易に投げ出して、有権者にもう一度選挙を行うように求めることは許されない」と述べた。大統領は、政権参加を拒否したSPD、交渉を離脱したFDPなど伝統的政党の党首と話し合い、翻意を促そうとしている。だがこれらの党が一度決めたことを翻す可能性は低い。

少数派政権か再選挙?

各党が現在の姿勢を崩さない場合、残された手段は、少数派政権か再選挙しかない。連邦大統領はメルケル氏を首相候補に指名する。メルケル氏が連邦議会で絶対過半数(議員数の過半数)を確保した場合、首相として再選される。だがメルケル氏の難民政策などについての批判が根強い中、彼女が絶対過半数を取れる保証はない。また、仮に首相に再選されても、CDU・CSUは議会の過半数を持たないため、法案を通過させるには野党といちいち交渉しなくてはならず、政局運営はこれまで以上に困難になる。メルケル首相が「レーム・ダック」(足の悪いアヒル=事実上統治能力がない指導者のたとえ)となることは、ほぼ確実だ。議会選挙で首相が決まらない場合、連邦大統領は議会を解散し出直し選挙を実施するしかない。その場合、投票日は来年の2月か3月になると予想されている。11月20日に公共放送局ARDが行った世論調査によると、57%が出直し選挙を望むと答えた。

AfDに追い風

だが選挙をやり直しても、首相候補やマニフェストに大きな変化がない限り、可能なオプションは、大連立かジャマイカ連立だけになるだろう。この場合、9月24日の選挙以来のプロセスが再び繰り返されることになりはしないか。伝統的な政党に嫌気がさした有権者が増え、「ドイツのための選択肢(AfD)」の得票率がさらに伸びる危険もある。我々が目撃しているのは、ドイツ民主主義の危機である。この国の政治家達は、過去に例のないこの危機から、どのように脱出するのだろうか。世界中の目がドイツに注がれている。

最終更新 Mittwoch, 29 November 2017 14:40
 

迷走!カタルーニャ危機とEUの苦悩

スペイン北東部カタルーニャ州の独立をめぐる混乱は、10月末から11月初めにかけ、一気にエスカレートした。

10月27日、バルセロナにて行われた独立宣言を祝う人々
10月27日、バルセロナにて行われた独立宣言を祝う人々

州議会が「独立」を宣言

10月1日にカタルーニャ州政府が挙行した独立に関する住民投票に続き、10月27日には同州の議会で半数を超える議員がスペインからの独立と、カタルーニャ共和国の樹立に賛成した。

事実上の一方的な「独立宣言」に対して、中央政府は強硬手段に出た。スペイン政府のマリアーノ・ラホイ首相は、憲法第155条に基づいて、カタルーニャ州政府の自治権を停止し、同州に対するコントロールを掌握した。カルラス・プッチダモン首相をはじめとする州政府の閣僚を罷免した。同時にラホイ首相は、12月21日に前倒し総選挙を実施することを明らかにした。中央政府がカタルーニャ州政府に対して取った強硬措置について、改めて国民の信を問うためである。

プッチダモン前首相を国際手配

スペインの検察当局は、10月30日にプッチダモン氏らを反逆や国家権力への不服従、公金の横領の罪で起訴した。プッチダモン氏ら一部の全閣僚達は逮捕を免れるためにブリュッセルに逃走。スペインの検察はプッチダモン氏らを国際手配し、彼はベルギーの警察に出頭して一時拘留されたが、釈放された。カタルーニャ州に残った元閣僚9人は、11月2日にスペインの検察によって逮捕されている。カタルーニャ人達はスペイン語と異なる言語を持ち、自主独立の精神が強い。このため同州の独立問題は、長年にわたりくすぶり続けてきた。これに対しラホイ首相は一貫して「独立は憲法違反」という姿勢を取り、カタルーニャ州政府に対しては話し合いで問題を解決しようと提案してきた。だがプッチダモン氏は10月1日に住民投票を強行。有権者の内投票したのは42.5%だったが、有効票の90.09%は独立に賛成だった。独立に向けて突き進むカタルーニャ州政府の態度を見て、中央政府も堪忍袋の緒を切らせて国家秩序の回復へ乗り出した形だ。

多数の企業がカタルーニャから流出

カタルーニャは、スペインの国内総生産(GDP)の約20%を生み出している。19世紀以来、自動車製造、化学、製薬などの企業がここに集中しており、同国で最も裕福な地域の一つとなっている。その経済力はデンマークにほぼ匹敵する。独立派が「スペインと袂を分かっても自立していける」と考えた理由の一つは、経済力だろう。だがカタルーニャの多くの企業にとって、独立は最悪のシナリオだった。同州がスペインから独立すると、EUから一度脱退することになる。したがってカタルーニャはEUに加盟申請を提出しなくてはならないが、そのためにはすべての加盟国の同意が必要だ。スペイン政府はカタルーニャのEU加盟に反対するので、同国はEUの蚊帳の外に置かれる公算が強い。その場合、カタルーニャからの輸出品に関税がかかり、価格競争力が低下する可能性がある。またEUから輸入する製品や原材料も、価格が上昇する。このため、カタルーニャの1400社もの企業が、本社をカタルーニャからほかの地域に移した。つまりカタルーニャが独立した場合、失業率が高まり、経済力が弱まるのは確実である。独立派はカタルーニャの経済力を過信したのかもしれない。

近年「世界のタガが外れた」としばしば語られる。英国の国民投票でのEU離脱派の勝利、米国でのトランプ大統領の誕生、ドイツの極右政党の連邦議会入りはその例だ。かつての国際政治の常識を逸脱する事態が、次々に現実化している。カタルーニャの一方的な独立宣言についても、多くの人々が「まさか」と思ったに違いない。ドイツでいえば、バイエルン州が独立するようなものである。中央政府が州政府の自治権を剥奪し、州首相らを反逆の罪で刑事訴追しなくてはならないというのは、欧州の歴史でも未曽有の事態だ。

直接民主制のリスク

カタルーニャ危機の背景には、欧州に広まるナショナリズムがある。カタルーニャ独立派の間には、中央政府の態度を、かつての独裁者フランコと同列視する声もあった。だが民主的に選ばれたラホイ首相をフランコと比較するのは、明らかに行き過ぎである。

地域ナショナリズムや孤立主義を優先して、経済的利益を二の次に考えるのは、BREXITを選んだ英国民と似ている。ナショナリスト達は、全国レベルの議会制民主主義よりも住民投票の結果を錦の御旗として掲げ、「我々は民意を代表している」と主張する。

欧州の大半の国々は、カタルーニャに対して冷淡な態度を取った。欧州連合(EU)は一貫してスペインの中央政府を支援し、カタルーニャ州政府との協議を拒否。メルケル首相も「カタルーニャ独立運動はあくまでもスペインの内政問題」として、中央政府と州政府の間の仲介役を果たすことを拒否した。欧州では一部の国で遠心力が強まりつつある。EUがカタルーニャを支援したら、スコットランドやバスク地方、イタリア北部などでも独立機運が強まる危険がある。EUがカタルーニャを冷遇したのはそのためだ。カタルーニャ危機は、地域ナショナリズムや直接民主制がはらむリスクを浮き彫りにした。今後ヨーロッパ諸国は、ナショナリストによる「民主主義」の悪用を防ぐための方策について、真剣な議論を行わなくてはならない。

最終更新 Mittwoch, 15 November 2017 16:43
 

ジャマイカ連立交渉とエネルギー政策の隔たり

バルーン
ジャマイカ連立政権を表す、黒・黄・緑のバルーン

10月18日に、キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)、自由民主党(FDP)と緑の党の四党は、新しい政権を作るための協議を始めた。

ジャマイカへの道は遠い

社会民主党(SPD)が連邦議会選挙で大敗し、次期政権に参加しない方針を明らかにしたため、メルケル首相はこれらの四党と連立しなくては、議会で過半数の議席を確保できない。各党のシンボルカラーが黒色、黄色、緑色でジャマイカの国旗の色と同じであることから、この連立形式は「ジャマイカ」と呼ばれる。

ジャマイカへの道程は遠い。ベルリンでの会議に参加した政治家達も、「各党がまず主張を発表しあい、折り合いをつけていくための作業が始まったばかり」と慎重な発言を行っている。各党の間の主張は、難民政策などいくつかの点で大きく隔たっている。CDU・CSUは「毎年ドイツが受け入れる亡命申請者の数は、20万人を超えないようにする」という方向で一致したが、これは左派勢力である緑の党にとって受け入れにくい。ドイツの憲法である基本法は亡命権を保障しており、人数の上限は定められていないからだ。

脱褐炭・石炭を求める緑の党

難民政策と並んで、保守党とリベラル政党の意見が鋭く対立しているのが、エネルギー・環境政策だ。

今回の連邦議会選挙で、緑の党は大胆な政策を打ち出した。同党は、政策マニフェストの中で「地球温暖化の防止を目指す国際公約を達成するために、ドイツは2030年までに褐炭・火力発電所を全廃し、再生可能エネルギーの比率を100%に高めるべきだ」と主張。特に、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量が最も多い老朽化した褐炭・火力発電所については、2020年までに停止することを求めている。緑の党は、「脱原子力」を達成した後は「脱褐炭・脱石炭」を目指しているのだ。さらに緑の党は、「メルケル政権は産業界の意向を尊重して、再生可能エネルギー拡大にブレーキをかけている」と主張して、エコ電力の普及に拍車をかけることも求めている。たとえばメルケル政権は、再生可能エネルギー賦課金の上昇率を抑えるために、2016年に陸上風力や太陽光による発電装置の設置容量に上限を設けた。緑の党はこれらの上限を撤廃するよう要求している。

これまでメルケル政権は、「気候保護計画」の中で、地球の平均気温が工業化開始以前に比べて2度以上超えないように、2050年の温室効果ガスの排出量を1990年比で80~95%減らすことを目標にしていた。再生可能エネルギー促進法(EEG)は、ドイツ政府に対し、2050年までに再生可能エネルギーが電力消費に占める比率を80%に高めることを義務付けている。つまり緑の党は、連邦政府の目標達成時期を20年も前倒しする、野心的な計画を持っているのだ。

「車のエネルギー転換の加速を!」

今回の選挙では「車のエネルギー転換」が争点の一つとなったが、緑の党は排ガス問題でも思い切った提案を行っている。同党は「ドイツの市街地で排出される有害物質の70%は、交通機関によるものだ」として、「車のエネルギー転換」を大きな目標の一つとした。そして、2030年からは内燃機関を使った車の認可禁止を要求。電気を使った路線バスを増やすとともに、市町村には電気自動車(EV)の充電ステーションの整備のために補助金を出す。さらに内燃機関を使う車への車両税を引き上げ、EVを優遇することを求めている。

2011年の福島第一原子力発電所事故以来、ドイツでは保守政党も脱原子力と再生可能エネルギー拡大政策を取り始めた。このため緑の党の個性が失われ、同党はここ数年支持率の低下に悩んでいた。しかし同党は今回の選挙で野心的なマニフェストを打ち出したため、前回の選挙に比べて0.5ポイント得票率を増やすことができた。

CSU・FDPは大反対

一方、保守政党は緑の党の主張に真っ向から反対している。市場原理を重んじるFDPは、2030年までに褐炭・火力発電所を全廃し、内燃機関を使う車の認可を禁止するという緑の党の提案に全面的に反対。クリスティアン・リントナー党首は「褐炭火力発電所を廃止したら、EVに充電できなくなる」と発言している。FDPは当分の間は褐炭火力、石炭火力による発電を続け、ディーゼル車やガソリン車を使い続けるべきだと考えている。

またCSUのホルスト・ゼーホーファー党首も、「内燃機関を使う車の禁止は、我が国の経済力の根源に斧をふるうような行為だ。内燃機関の使用継続は、連立交渉の中で妥協できない一線だ。自動車に対する魔女狩りのようなキャンペーンはやめるべきだ」と述べている。CSUが内燃機関の車の禁止に強く反対するのは、同党の地盤であるバイエルン州にBMWとアウディの本社があり、自動車産業が雇用確保の上で重要な役割を果たしているからだ。

だが第四期メルケル政権で、緑の党が環境大臣のポストを獲得しようとするのは確実。同党は1998年~2005年までシュレーダー政権で環境政策を担当し、この国で初めて原子炉の稼働年数を制限し、再生可能エネルギーの拡大政策を導入した。そう考えると緑の党が妥協することは考えにくい。指導部が安易にCSUやFDPの企業寄りの政策を受け入れたら、支持者から強い反発を受けるだろう。ジャマイカ連立政権の誕生までには、まだ相当の時間がかかるに違いない。

最終更新 Mittwoch, 01 November 2017 11:20
 

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