独断時評


仏大統領選でのマクロン勝利に安堵するドイツ

マクロン氏とルペン氏
仏大統領選の決選投票を戦った
マクロン氏(右)とルペン氏

5月7日に行われたフランス大統領選挙の決選投票で、39歳のエマニュエル・マクロン元経済大臣が66.06%の票を獲得して、勝利を収めた。欧州諸国は、この結果を聞いて胸を撫で下ろした。右派ポピュリスト政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン候補の得票率は33.94%に留まり、敗北。米国に次ぐポピュリスト大統領の誕生は、避けられた。

ドイツ・EUはマクロン氏を歓迎

ルペン候補は「大統領に就任した場合、フランスの欧州連合(EU)からの離脱に関する国民投票を行う」と宣言していた。英国と異なり、フランスはEU創設国の一つ。したがってフランスが離脱した場合、EU崩壊の可能性すら浮上する。彼女はユーロ圏からの離脱や移民の制限など、過激な政策を提案していた。

これに対しマクロン氏の基本路線は社会民主主義であり、EUを重視する。彼の当選によって、フランスのEU離脱(Frexit)の可能性がひとまず遠のいたことは、欧州にとって朗報である。マクロン氏の当選後、ドイツのメルケル首相は、「私はマクロン大統領とともに働くことを楽しみにしている。両国の協力関係が良好になることを確信している」と記者団に語っている。欧州理事会のドナルド・トゥスク議長も「フランスの有権者が自由・平等・博愛を選び、専制主義とフェイクニュースを拒絶したことを祝福する」という声明を出している。

マクロン氏は、フランスで戦後最年少の大統領だ。フランス人達は、2017年まで一度も選挙を経験したことがなく、議員として働いたこともない政治家を、エリゼ―宮に大統領として送り込む。彼が率いる政治運動組織En marche!(オン・マルシュ)は、議会に基盤を持たない。それでも過半数の有権者達は、変革を望んだ。この投票結果には、伝統的な二大政党に対する有権者の失望と、「政治と経済を改革しなくてはならない」という固い決意が感じられる。

右派・左派の反EU陣営が約41%に

マクロン氏にとって無視できない、もう一つ衝撃的な事実は、第1次投票でEU離脱を求める勢力の得票率が40%を超えたことだ。EU離脱を求めているのは、右派ポピュリストのルペン氏だけではない。左派ポピュリストのジャン・リュック・メランション氏も、反EU勢力。二人の得票率を合わせると、40.88%に達する。EU創設国の一国であるフランスで、1467万人もの市民がEUに背を向けた事実は、重い。

また第1次投票で約766万人もの市民がルペン候補に票を投じ、FNの得票率が初めて20%を超えたことも、フランス人達を震撼させた。決選投票では、1100万人がルペン候補を選んだ。

フランスでも都市と地方の格差が拡大

ルペン氏にとって追い風となったのは、「大都市と地方の格差」、そして「庶民のグローバル化への不信感」だった。米国でトランプを大統領に就任させ、英国でBREXIT派を勝たせた格差問題は、フランスをも侵食しつつある。フランスでも英国同様に、首都と地方の格差が広がりつつある。ルペン候補は、経済のグローバル化が国内産業を衰退させ、フランス市民の職を奪っていると主張する。マクロン氏はフランス経済の競争力を強化し、失業率を大幅に下げなくてはならない。現在フランスの失業者数は、約347万人。欧州連合統計局によると、フランスの今年2月の失業率は10.0%で、EU28カ国の平均(8.0%)よりも高い。ドイツの失業率の2.6倍である。1990年末から21世紀の初めにかけて、低成長と失業禍に苦しんだドイツは「欧州の病人」と呼ばれたが、今この不名誉なあだ名はフランスの状況を言い表している。

フランス版「アゲンダ2010」が必要

マクロン氏が企業の競争力を高めるには、ドイツが行ったような痛みを伴う改革が不可欠である。ゲアハルト・シュレーダー前首相は、2003年に「アゲンダ2010」の名の下に、雇用市場と社会保障制度の大改革を断行した。長期失業者への給付金を生活保護の水準まで引き下げて、再就職への圧力を高めた。彼は、第二次世界大戦後のドイツで最も根本的なこの改革によって、労働コストの伸び率を抑えて、企業の競争力を高めることに成功した。2010年以降のドイツが好景気に沸いている理由の一つは、アゲンダ2010である。シュレーダー氏は低賃金部門を拡大することによって、一時は500万人に達していた失業者数を約200万人減らした。この改革は、少なくとも雇用統計の上では失業者数を増やすことに貢献した。ドイツの失業率が、フランスの半分に下がったのも、シュレーダー氏の功績である。

フランスの政治家達も、同国の経済を建て直すには、ドイツと似たような荒療治が必要であることを知っている。マクロン氏は、選挙運動の前半では、国の歳出を600億ユーロ(約7兆2000億円)減らし、公務員や公共企業の社員数を12万人減らす方針を明らかにしていたが、後半戦ではこれらの公約を口にしなくなった。彼は経済大臣だった時の経験から、改革案が市民の猛反対に遭遇することを知っているのだ。

マクロン氏は、国民に痛みを強いる改革を断行できるだろうか。フランスの労働組合は、ドイツよりもはるかに戦闘的であり、改革の歩みは難航するだろう。彼はまず6月11日と18日に行われる国民議会選挙で、政治的基盤を固めなくてはならない。マクロン氏は、勝利の美酒に酔っている暇はない。

最終更新 Mittwoch, 17 Mai 2017 11:36
 

トルコ憲法をめぐる国民投票は なぜドイツ人に衝撃を与えたか

抗議デモ
国民投票の結果に不信感を持つ在独トルコ人による
抗議デモ(4月21日、ベルリン)

4月16日、トルコの憲法改正をめぐって行われた国民投票では、票を投じた有権者のうち、51.4%が憲法改正に賛成した。この結果、議会や裁判所のチェック機能が弱まり、エルドアン大統領にこれまで以上に権力が集中することになった。

トルコ社会の亀裂、浮き彫りに

トルコの野党は、「この憲法改正により、19世紀以来トルコが進めてきた欧州への歩み寄りに、終止符が打たれる。エルドアン大統領による専制政治が行われ、メディアや野党に対する圧力がさらに高まる」と厳しく批判している。野党は「多くの投票所で不正があり、国民投票は無効だ」と主張している。

大統領が51.4%という僅差で辛勝したことは、トルコ社会がエルドアン氏の支援者と反対者の間で真っ二つに分裂していることを示唆している。トルコは、欧州連合(EU)への加盟を希望しており、長年にわたり交渉を続けてきた。しかしEU側では、「トルコが今回の国民投票によって、三権分立を事実上廃止した場合、EU加盟は不可能」という意見が強まっている。ドイツの保守系の政治家の間では、「トルコとの交渉は停止すべきだ」という意見もある。

EU加盟交渉は風前の灯火

ただしEUでは、「トルコの加盟交渉をEUが一方的に打ち切った場合、エルドアン大統領の怒りの火に油を注ぎ、トルコをロシアにさらに接近させる危険性がある」という見方もある。トルコは米国を盟主とする軍事同盟・北大西洋条約機構(NATO)に加盟しており、イスラム・テロとの戦いでも重要な役割を果たしている。例えば、欧米諸国がシリアにある過激組織イスラム国(IS)の拠点に対して行っている空爆作戦は、トルコの空軍基地を拠点として行われている。

だがEUには、譲れない一線がある。エルドアン大統領は、去年発生したクーデター未遂事件以来、死刑を復活させる可能性を示唆している。もしもトルコが死刑を復活させた場合、EUはトルコとの加盟交渉を打ち切るだろう。第二次世界大戦でのナチスの暴虐に対する反省から生まれたEUは、人権と民主主義、差別の禁止を重視しており、死刑制度を持つ国は加盟できない。EUは、この一点については譲歩できないのだ。エルドアン大統領は、死刑を復活させた段階で、EU加盟交渉に自ら終止符を打つことになる。

今後の展開によっては、EUとトルコの間の亀裂は決定的に深まるだろう。トルコでは将来イスラム色が強まり、欧州の価値や文化から遠のいていくことになるのかもしれない。その意味で今回の国民投票は、欧州とトルコの関係史の中で、一つの分岐点となる可能性がある。BREXITとともに、欧州で遠心力が強まっていることを象徴する出来事だ。

在独トルコ人の間で高い賛成率

今回の国民投票の結果で、ドイツ人に特に衝撃を与えた事実がある。ドイツ国内に住むトルコ人の有権者数は143万人。その内、約70万人が国民投票に参加した。彼らのうち、63.2%がエルドアン氏の求める憲法改正に賛成したのだ。これは、トルコ国内で憲法改正に賛成した比率を、12ポイントも上回る。

ドイツは議会制民主主義の国であり、言論、表現、結社の自由が保障されている。それにもかかわらず、エルドアン大統領への権力集中に賛成した人の比率は、トルコ国内よりも、ドイツに住んでいる在外トルコ人社会の方が高かったのである。

「トルコ人の社会への統合は不十分」

ドイツの保守派政治家たちの間では、「在独トルコ人の投票行動は、彼らがドイツ人社会にいかに溶け込んでいないか、彼らが我々ドイツ人といかに価値を共有していないかを示している」という失望の声が強まっている。二重国籍の付与を慎重にすべきだとの意見もある。

今回の投票結果は、ドイツに住むトルコ移民のドイツ社会に対する見方が、過去60年間で変化してきたことを浮き彫りにしている。1950年代、トルコから多数のガストアルバイター(労働移民)たちがルール工業地帯の製鉄所や炭鉱で働くためドイツにやってきた。彼らの大半は、イスタンブールなどの大都市ではなく、東部アナトリア地方の貧しい寒村の出身だ。

移民たちの第一・第二世代の中には、ドイツで就職できたことや、家族を呼び寄せられたことについて、ドイツに対して感謝の念を抱く者が多かった。だがドイツで生まれた第三世代の中には、「我々は就職などで差別される犠牲者だ」と思い込み、ドイツ社会に敵意を抱く者が現れている。彼らはドイツ社会に溶け込むことを拒み、メルケル政権を批判するエルドアン大統領に親近感を抱く。2008年にエルドアン氏がケルンでの演説会で「ドイツへの同化を強制することは、人間性に対する犯罪だ」と断言し、多くの在独トルコ人が喝采(かっさい)を送った時、ドイツ人は強い衝撃を受けた。

ちなみにこれはドイツに限られた現象ではない。憲法改正に賛成した在外トルコ人の比率はベルギーで約75%、オーストリアで約73%、オランダで約68%に上った。彼らの西欧社会への怨念が、エルドアン大統領への高い支持率となって噴出したのである。

今回の投票結果は、2015年の難民危機と並んで、ドイツ人が外国人に対する態度を硬化させる原因の一つとなるだろう。

最終更新 Mittwoch, 03 Mai 2017 10:16
 

米国・シリアに軍事介入 トランプの戦略転換とドイツ

4月7日、トランプ政権のシリア軍事攻撃に抗議する米国市民
4月7日、トランプ政権のシリア軍事攻撃に抗議する米国市民

ドナルド・トランプ氏が米国大統領に就任してから約3カ月。初めて米国と欧州の歩調が一致した。トランプ政権が4月7日に初めて、シリアのアサド政権に対する軍事行動に踏み切ったのだ。

毒ガス攻撃に激怒

4月7日未明、地中海に展開していた米軍の艦船は、59発のトマホーク型巡航ミサイルを発射し、シリア空軍の基地を攻撃した。欧州のメディアは「米国第一主義と孤立主義を掲げていたトランプ政権が、世界の警察官に立ち返る予兆か」と報じた。

トランプ氏を動かしたのは、毒ガスによって殺害されて累々と横たわる、シリア市民たちの遺体の映像だった。犠牲者には、多くの子供たちも含まれていた。

化学兵器による攻撃があったのは、シリア北西部・イドリブ県のカーン・シェイクン。アサド政権と戦う反政府勢力が支配する地域だ。この村で4月4日に化学兵器を使った攻撃が行われ、市民約90人が呼吸困難に陥り死亡した。化学物質はまだ特定されていないが、サリンのような神経ガスではないかと見られている。サリンなどの毒ガスの使用は、1997年に発効した化学兵器禁止条約によって禁じられている。化学兵器は、「貧者の核兵器」と呼ばれる。核兵器に比べると製造が容易で高いコストがかからない割に、多数の兵士や市民を殺傷する能力があるからだ。

誰が毒ガスを使ったのかは特定されていないが、米国はシリア軍による攻撃という疑いを深めている。犠牲者の映像を見たトランプ氏は、「可愛い赤ん坊まで殺された。アサド政権は、最後の一線を超えた」と激怒し、シリア攻撃命令を出した。彼は重要な同盟国の指導者らに対し、攻撃について電話で通告していた。

ロシアとの関係も悪化

米国の攻撃は、大きなターニング・ポイント(転換点)だ。米国がシリア内戦に軍事介入したのは、初めて。シリアでは2013年にもサリンによって民間人が殺害されたが、当時大統領だったオバマ氏は軍事介入しなかった。彼はアフガニスタン、イラクでの対テロ戦争で疲弊した米国を、泥沼のシリア内戦に引きずり込むことを避けたのだ。トランプ氏は大統領に就任する前は、シリア内戦への介入に反対していた。彼は毒ガスの使用を見て、アサド政権に対する考えを変えたと告白している。

さらにこの攻撃は、トランプ政権のロシアとの関係を決定的に悪化させたという意味でも、大きな変化を意味する。アサド政権の最も重要な支援者であるプーチン政権は、米国の軍事介入に激怒している。大統領に就任する前のトランプ氏には、ロシアのプーチン大統領との関係を改善しようとする言動が目立っていた。そのことは閣僚の顔ぶれにも表れており、国務長官にはロシア通の石油会社幹部を抜擢した。

トランプ氏の方向転換には、2017年2月にホワイトハウスの国家安全保障担当補佐官に就任したハーバート・マクマスター氏の影響が大きい。前任者のマイケル・フリン氏のような右派ポピュリストではなく、生粋の軍人であるマクマスター補佐官は、トランプ氏に対して「アサド政権の毒ガス攻撃を傍観していたら、米国の威信が失墜し、世界中の独裁者たちからなめられる」として、シリア攻撃を進言したのだろう。

欧州が珍しくトランプを支持

今回のシリア攻撃について、欧州の指導者たちはトランプ支援で足並みをそろえた。ドイツのメルケル首相も今回のシリア攻撃を前向きに評価している。欧州諸国は、アサド大統領失脚をシリア和平の前提条件と見なしているが、米国はその立場に近付いたのだ。欧州諸国とトランプ政権の間では、アラブ諸国からの市民の入国禁止問題、通商問題、地球温暖化防止、防衛費の増額問題などをめぐって、不協和音が目立っていた。また、ドイツや欧州連合(EU)は、ロシアがクリミア半島を強制的に併合したことや、ウクライナ内戦に介入するなど、強権的な姿勢を強めていることを強く懸念している。プーチン政権はバルト三国に対しても圧力を高めており、欧州には東西冷戦の再来を思わせる雰囲気が漂っている。それだけに、トランプ氏がシリアとロシアに対し今回毅然とした態度を取ったことは、ドイツにとっては良いニュースである。さらに、右派ポピュリストのフリン氏が国家安全保障担当補佐官を辞任し、極右ニュースサイトの主宰者だったスティーブン・バノン氏が国家安全保障会議から外されたことも、欧州諸国には安心感を与える材料だ。

緊迫する東アジア情勢

さて我々日本人にとって気になるのは、東アジアでの緊張の高まりである。北朝鮮が弾道ミサイルの発射実験を繰り返し、周辺諸国で不安が強まる中、トランプ政権は空母「カール・ビンソン」など複数の艦船を朝鮮半島へ派遣した。

万一朝鮮半島で戦端が開かれた場合の被害は、甚大なものになる。戦争になった場合、北朝鮮は米国の敵ではないが、自暴自棄になった金正恩政権が周辺諸国にミサイル攻撃を行う危険がある。「米国の先制攻撃」という言葉が飛び交っているが、このカードは、あくまでも敵を抑止する盾としてのみ使うべきだ。トランプ氏はシリア攻撃によって欧州諸国から高く評価されたことで気を良くしていると思うが、東アジアでは偶発戦争を避けるために、くれぐれも細心の注意を払ってほしい。戦火で最も苦しむのは、常に庶民だ。

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 10:34
 

英政府BREXITを正式通告 深まるドイツとEUの苦悩

英政府BREXITを正式通告

ついにBREXITへ向けたカウントダウンが始まった。3月29日に、英国のメイ政権は欧州連合(EU)に対して、離脱の意志を正式に通告したのだ。

2019年にEU離脱へ

EU法によると、離脱通告日から2年が経過すると、その国のEU加盟権は消滅する。昨年6月に英国で国民投票が行われるまでは、欧州の大半の人々が「まさか起こらないだろう」と高をくくっていた、英国とEUの「離婚」が、現実の物になる。BREXITは、ベルリンの壁崩壊並みに大きな影響を欧州に与えるだろう。英国のEU離脱は、1951年にEUの前身である欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が創設されて以来、着々と進んできた欧州統合に、初めて逆行する出来事だ。

エリートと庶民の意識のギャップ

BREXITは、1990年代の東西冷戦終結以降、EUが統合と拡大を急速に進める中で、EUのエリート官僚たちが、庶民の感情をいかに軽視してきたかを浮き彫りにしている。

欧州のエリート、つまり政治家やビジネスマン、学者、報道関係者の間では「欧州人」という意識が育ちつつある。彼らは庶民の感情に配慮せずに、独断的にEUの統合と拡大を進めてきた。これに対し、欧州各国の庶民の間では、欧州人というアイデンティティーは希薄である。むしろ彼らは、「EUが移民の流入を許したり、グローバル化を進めたりすることによって、我々の職を脅かしている」という不信感を強め、自分たちはグローバル化時代の負け組だと感じてきた。多くの庶民が、EUをグローバル化の象徴と見なして敵視している。

英国ではグローバル化に賛成するロンドンの政治家、金融業界と、グローバル化に反対する地方の労働者たちとの間で、深い亀裂が生まれていた。エリート層は社会に横たわる格差とこの深い地割れに気付かなかった。いや彼らは格差に気付いても、見て見ぬふりをしていた。反EUを旗印に掲げる右派ポピュリズム勢力は、移民問題を誇張する宣伝によって、市民の不満を増幅した。

グローバル化の「負け組」の逆襲

当時のキャメロン政権は、英国がEUに加盟していることで共通市場にアクセスでき、自由貿易の恩恵を得ていることや、多くの外国企業が英国に投資して雇用を創出していること、コーンウェルなどの地方都市にEUからの援助金が出ていることを国民に伝えた。しかし大半の庶民は、こうした説明に耳を貸さなかった。当時英国に駐在していたあるドイツの外交官は、「離脱派の市民の選択は、最初から決まっていた。これは理性ではなく、感情による決定(Bauchentscheidung)だ」と私に語った。

2016年6月23日の国民投票によって、庶民は自分たちを無視してきたエリート層に対して「NO」の意思表示を行い、一矢を報いたのだ。右派ポピュリストたちの思い通りの結果が生まれた。この危険な傾向は、英国だけに限られるものではない。昨年の米国大統領選挙で右派ポピュリスト、ドナルド・トランプ氏が勝ったように、エリート層と庶民の意識のギャップや社会の亀裂は、他の国にも存在する。右派ポピュリスト勢力は、インターネットを利用した巧みな宣伝により、グローバル化時代の負け組を扇動し、「政治エスタブリッシュメント」に対して反旗を翻させている。

EUの未来を左右する仏大統領選

今ドイツ政府が最も懸念しているのは、4月23日のフランス大統領選挙で右派ポピュリスト政党・国民戦線(FN)が大躍進することだ。フランスは深刻な移民問題、イスラム・テロによる治安問題、大都市と地方の格差、エリート層と庶民の意識のギャップを抱えている。さらにオランド大統領の失策のために、失業率がドイツの2倍に達するなど、経済状態も悪化している。私はフランス社会を分断する亀裂は、英国以上に深いと思っている。反EU派であるFNのルペン党首は、革新勢力のマクロン候補と接戦を繰り広げているが、「大統領になったら、EU離脱に関する国民投票を行う」と宣言している。彼女は「私はEUでメルケル首相に仕える副大統領になる気はない」と述べ、ドイツに対する反感も露わにしている。

保守勢力のフィヨン候補はスキャンダルにより弱体化しているほか、社会党の支持率も低迷している。5月に行われる決選投票で、投票率が低い水準に留まった場合、ルペン候補が過半数の票を集める可能性もある。その場合、多くの人が「まさか起こらないだろう」と思っているFNの勝利が、現実化する。英国、米国で2回も想定外の事態を経験した我々は、もはやルペン勝利のシナリオを頭から否定することはできない。事前の世論調査の過信は、禁物だ。

フランスの反EU派と移民排斥を求める庶民は、BREXITやトランプの大統領就任を追い風と見ている。

EUは、BREXITには耐えられる。しかし、EU創設国の一つであるフランスが離脱した場合、EUは崩壊する。このことは、メルケル首相をはじめ、多くのドイツの政治家に強い不安を与えているはずだ。

ドイツは欧州統合を最も積極的に推進する国だ。EU貿易で最も大きな恩恵を受けているのも、ドイツである。BREXITはEU崩壊の序曲となるのか。それともフランスはオランダ同様に、土俵間際で踏みとどまるのか。我々欧州に住む日本人も、今後数カ月の政局から目を離すことはできない。

最終更新 Mittwoch, 05 April 2017 15:23
 

どん底のドイツ・トルコ関係 難民危機への悪影響は?

メルケル首相と握手するエルドアン大統領
2月2日、トルコを訪問したメルケル首相と握手する
エルドアン大統領(右)

ドイツとトルコの関係が、急速に険悪化している。トルコのエルドアン大統領は、3月5日に行った演説で、「ドイツ人たちよ、お前たちのやっていることは、ナチスのやり方と全く変わらない。ドイツは民主主義国ではないし、その態度はナチス時代から変わっていない。私はナチズムは死に絶えたと思っていたが、今日でも続いている」と、強い言葉で批判した。私は27年間ドイツに住んでいるが、外国の元首がこれほど酷い言葉でドイツを非難するのは、聞いたことがない。

演説会禁止に対して怒りが爆発

トルコの怒りの理由は、エルドアン政権の閣僚たちがドイツ国内に住むトルコ人向けに計画していた演説会を、ガッゲナウ市やケルン市などが中止させたことだ。エルドアン大統領は、自分の権力を強化するための「大統領直接統治制(Präsidialsystem)」について、4月16日に国民投票を実施する。彼は、ドイツに住む140万人のトルコ人有権者のために、閣僚の演説会を予定。ところがガッゲナウ市とケルン市当局は、3月初めに「会場では大変な混雑が予想され、安全を確保できない」という理由で、一度出した演説会の許可を取り消したのだ。だが大統領は、「ドイツ政府が国民投票に関するキャンペーンを妨害しようとして、地方自治体に圧力をかけて演説会を中止させた」と考えて、メルケル政権を非難したのだ。

ナチスとの同列視は最大の侮辱

今日のドイツ人にとって、「お前たちはナチスと同じだ」と言われることは、最大の侮辱である。第二次世界大戦後、西ドイツの時代からドイツ人たちはナチス・ドイツの過去と真剣に対決してきた。彼らはナチスによる迫害の被害者らに多額の補償金を支払い、歴史教育などを通じて、若い世代にナチス時代の犯罪の事実を伝える努力を続けている。世界を見渡しても、ドイツほど真剣に、前の世代の犯罪と真摯に対峙(たいじ)し続ける国はない。つまりエルドアン氏は、演説会の中止に抗議するために、ドイツ人を最も激しく怒らせる言葉をわざと使ったのである。トルコとドイツは、共に軍事同盟・北大西洋条約機構(NATO)に加盟している。NATOの加盟国がほかのメンバーを公に侮辱するというのは、未曽有の事態である。これは、すでに「言葉を使った戦争」と言ってもおかしくない。

普段は冷静なメルケル首相も、厳しい言葉でエルドアン氏に反論した。彼女は「今日の民主国家ドイツの政策を、ナチズムと同列に並べる態度は、絶対に受け入れられない。ナチスとの同列視は、愚かであり的外れだ。ドイツのやり方はナチスのやり方と同じだという発言は、ナチスの犯罪を矮小化することにもつながる」と述べ、大統領の発言を批判した。

演説禁止は集会の自由と矛盾?

一方でメルケル首相は、「ドイツには集会の自由や、発言の自由がある。したがって、地方自治体が安全上問題がないと判断すれば、トルコの閣僚はドイツで演説することができる」と述べ、連邦政府が演説会を禁止させているわけではないという姿勢を強調した。

だがこれは苦しい発言である。メルケル政権は、昨年7月にトルコで起きたクーデター未遂事件以降、エルドアン政権が同国で多数の公務員や政治家、報道関係者を逮捕、拘留して人権弾圧を行っていることに抗議してきた。ドイツは、エルドアン氏が「治安確保」を理由に、大統領直接統治制の導入により権力を集中させ、同国が一段と独裁国家のような性格を強めることに、懸念を抱いている。同国の司法当局が、ドイツ・トルコの二重国籍を持つ「ヴェルト」紙の記者を「テロ組織の支援者」として拘留していることも、メルケル政権を怒らせている。

ドイツには、「連邦政府が、トルコの閣僚の演説会に関する判断を、地方自治体に任せるのは誤りだ。基本法を改正して、非民主的な政府の閣僚演説などを禁止できるようにするべきではないか」という意見もある。だが外国の政治家の演説を連邦政府が禁止することは、民主主義の原則に抵触する機微な問題だ。

難民合意取り消しの危険

エルドアン大統領は、「私はドイツで演説すると決めたら、ドイツに行く」とも述べ、メルケル政権に圧力をかけた。気になるのは、大統領の次の言葉だ。「もしもドイツ政府が私を入国させず、演説を禁止したら、私は世界を混乱させてやる」

私は、エルドアン氏がこの言葉によって、欧州連合(EU)・トルコ間の難民合意をキャンセルする可能性を示唆したものと考えている。難民危機の解決をめぐり、EUはトルコに依存している。トルコは昨年3月以来、同国経由でEUに不法入国した難民を国内に受け入れ、現在は、約270万人のシリア難民を滞在させている。トルコ政府がドイツとの対立を理由に難民合意を取り消して「水門」を開いた場合、西欧をめざすシリア難民の数が再び急増する可能性がある。

ドイツ政府のガブリエル外相は、3月7日の公共放送ARDとのインタビューで「トルコの挑発に乗らずに冷静な態度を保ち、正常な対話ができる状態を回復しよう」と語り、事態のエスカレートを避けるべきだという姿勢を強調した。

9月に連邦議会選挙を控えた今、メルケル政権にとって難民危機の再燃は、最悪のシナリオ。ドイツにとっては、トルコとの関係を一刻も早く正常化することが重要だ。欧州全体にとっても大きな関心事である。

最終更新 Mittwoch, 15 März 2017 12:26
 

<< 最初 < 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 > 最後 >>
34 / 114 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express SWISS ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作