独断時評


アゲンダ2010を修正せよ! SPDシュルツ候補の野望

メルケル首相とプーチン大統領
社会民主党(SPD)の連邦首相候補マルティン・シュルツ氏

今年9月の連邦議会選挙へ向けて、社会民主党(SPD)の連邦首相候補に選ばれたマルティン・シュルツ氏が、大胆な戦略を打ち出した。彼は、2003年にSPDのゲアハルト・シュレーダー前首相が断行した雇用市場改革プログラムを修正し、富の再配分を強化する方針を明らかにしたのだ。

「アゲンダ2010」を批判

「アゲンダ2010」と呼ばれるこの改革で、シュレーダー氏は失業者への国の給付金を切り詰め、長期失業者の数を大幅に削減することに成功した。さらに彼は社会保障サービスの切り詰めによる、労働コストの削減、人材派遣業などの規制緩和など、企業の利益を増大させる政策を次々に打ち出した。この政策は、財界だけではなく、キリスト教民主同盟(CDU)からも高い評価を受けた。

2009年に表面化したユーロ危機にもかかわらず、ドイツ経済が絶好調であった理由の一つは、シュレーダー改革によって労働コストの伸び率を他国に比べて、低く抑えることに成功したからだ。

だがシュルツ氏は、「ドイツでは所得格差が拡大する一方で、不安定な仕事しか持てない人が増えている。これは、過去に社会の主流派が犯した過ちの結果だ。我が党も過ちを犯した。だが、我々はそのことに気づき、過ちを修正しつつある」と述べた。つまり、彼は「アゲンダ2010」が過ちだったとして、この改革プログラムを批判しているのだ。彼は、中高年の失業者のための援助金の支給期間を延長する方針を打ち出しているが、なぜ、この点を問題視しているのだろうか。

市民に公平な労働政策を求める

シュレーダー改革以前のドイツには、失業者給付金(Arbeitslosengeld)と失業者援助金(Arbeitslosenhilfe)という二つの援助金があった。前者は税引き前の年収(上限6万2000ユーロ)から社会保険料と税金を引いた額の60%~67%を、最長32カ月支給し、後者は失業者給付金の支給期間が過ぎた後に、手取り所得の53%~57%を支給。その期間は、無期限だった。

シュレーダー氏は「失業者への援助が手厚すぎるので、賃金の低い仕事につきたがらず、失業者でいる方が良いと考える人が多い」として、これらのシステムを廃止。彼は、第一次失業者給付金と第二次失業者給付金という二つの給付金を導入した。前者は税引き前の年収から社会保険料と税金を引いた額の60%~67%を支給するが、その期間を18カ月に短縮。以前のシステムに比べて、14カ月も短い。18カ月が過ぎると、失業者は第二次失業者給付金(ハーツIV)を受け取ることになるが、その金額は当初西独で毎月345ユーロ(4万1400円・1ユーロ=120円換算)、東独では月331ユーロ(3万9720円)と定められた。これは、生活保護とほぼ同じ水準である。

2005年に誕生したメルケル政権は、シュレーダー改革では失業者に対しあまりにも厳しいと考え、2008年に58歳以上の失業者に対する第一次失業者給付金の支給期間を24カ月に延長した。さらにハーツIVの金額も若干引き上げられた。

シュレーダー改革は、長年企業に勤めた後に解雇された失業者も、ほとんど働いていない若年失業者と同様に、生活保護と同水準の援助金しかもらえないシステムを生んだ。このことは、特に中高年の労働者層のSPDに対する怒りを増幅させた。彼らは長年にわたり失業保険制度に保険料を払い込んでおり、若年労働者と同じ扱いを受けるのは、不当だと感じたのだ。

シュルツ氏は、これらの政策が社会の不公平感を強めていると主張。彼は期限付き雇用契約についても批判の目を向けている。ドイツの雇用契約は、原則として無期限だったが、シュレーダー氏は規制緩和によって、企業が期限付きの雇用契約を締結しやすいようにした。シュルツ氏は、企業が期限付きの雇用契約を締結できる条件を、これまでにより厳しくする方針を打ち出している。

ワーキングプアと右派ポピュリストに歯止めを

ドイツの雇用統計上の失業者数は、2005年には486万人だったが、2012年には290万人に減った。だがその一方でシュレーダー改革は、低賃金労働者を増加させた。2011年の時点で、ミニジョブなどの仕事に就いているものの、給料が低くて生活できないためにハーツIVを受け取っていた市民の数は、286万人に達している。シュレーダー改革は、ドイツにも米国や日本同様のワーキングプア問題を生んだのだ。

シュレーダー改革に対しては、旧東独を中心に抗議の声が上がった。SPDは州議会選挙だけで次々に惨敗。シュレーダー氏は2005年の連邦議会選挙でも敗北して、政界を追われた。1998年の連邦議会選挙でのSPDの得票率は約40%だったが、2009年には23%という史上最低の得票率を記録。党内の左派勢力はSPDを去って、「リンケ」を創設した。

シュルツ氏に対する有権者の反応は、上々だ。公共放送ARDが2月初めに行った世論調査によると、「もしも首相を直接選ぶとしたら、シュルツ氏を選ぶ」と答えた回答者は50%に達し、メルケル氏(34%)を上回った。SPDに対する支持率も、前月に比べて8ポイント増えて28%となった。逆にCDU・CSUは支持率を3ポイント減らした。

シュルツ氏は、アゲンダ2010の修正によって、右派ポピュリズムの躍進に歯止めをかけられるだろうか。

最終更新 Mittwoch, 15 März 2017 12:25
 

「トランプ主義」に反発するドイツ

1月28日、大統領執務室でメルケル独首相と電話会談するトランプ米大統領1月28日、大統領執務室でメルケル独首相と電話会談
するトランプ米大統領

米国の強さだった多様性と自由の精神が、政治の素人である一人の大統領によって崩されようとしている。ドナルド・トランプ氏は1月末にホワイトハウスの主になるや否や、矢継ぎ早に過激な内容を含む大統領令に署名した。大統領就任からわずか2週間で、米国内の世論の分裂を深めただけではなく、世界全体に衝撃波を送った。

入国禁止令で大混乱

特に物議をかもしたのが、トランプ氏が1月27日に署名した「外国のテロリストの入国から米国を守るための大統領令」である。彼はこの命令によって、120日間にわたって難民の受け入れを停止するとともに、シリア、イラク、イラン、リビアなどイスラム教徒が多い7カ国の市民の入国を90日間にわたって禁止した。この措置は世界中で混乱を引き起こした。すでにビザを持っているイラク人やイエメン人も米国行きの飛行機に搭乗することを拒否され、外国の空港で足止めされたからだ。米国の多くのIT企業は、外国籍の優秀なエンジニアを採用している。入国禁止の対象となった7カ国のパスポートを持っている社員の内、外国へ出張していた者は、米国へ戻れなくなった。この前代未聞の措置に対しては、米国内だけでなく世界全体で激しい抗議の声が上がった。

メルケル首相が大統領令を批判

ドイツのメルケル首相も1月30日の記者会見で「テロリズムに対する戦いを理由に、特定の宗教(この場合はイスラム教)を持つ人々や特定の国々の市民全員に疑いをかけることは、許されない」と述べて、トランプ氏による入国禁止措置を厳しく糾弾。

ドイツにとっても影響は大きい。ドイツはナチス時代に対する反省から亡命申請者に寛容である。このため同国には、二重国籍を持つ市民が多い。たとえばイランのパスポートも持つドイツ人の数は、約8万人、ドイツとイラクの二重国籍者は3万人、シリアのパスポートも持つドイツ人の数は2万5000人にのぼる。ヘッセン州政府の副首相タレク・アル・ワジール氏は、ドイツとイエメンの二重国籍者である。トランプ政権の大統領令によれば、ワジール氏も米国に入国できなくなる。このためメルケル氏は、大統領令によって影響を受けるドイツ在住の二重国籍者に援助を約束するとともに、二重国籍者の法的地位を明確化するために、他の欧州連合(EU)加盟国と対応策を協議していることを明らかにした。メルケル氏は、米国が難民受け入れを一時的に停止したことについても、険しい表情で「ジュネーブ難民協定を批准した国は、戦火を避けて逃げてきた難民を受け入れる義務がある。トランプ政権の大統領令は、国際的な難民援助の基本理念と国際協力の精神に反する」と批判した。

だが米国の良心は、完全に眠ってはいない。ワシントン州連邦地裁のジェームズ・ロバート判事は、市民の仮処分申請を受けて、2月3日にこの大統領令を一時的に差し止めるよう命じた。トランプ政権はサンフランシスコの連邦控訴裁判所に控訴したが、却下された。この紛争が最高裁判所に持ち込まれることは確実だ。トランプ大統領はツイッターで「ひどい判決だ。何か事件が起きたら、この判事の責任だ」と述べて、裁判官を批判。大統領が個人攻撃を行い、法治主義を軽蔑するような発言を行うのも、前代未聞である。

アルト右翼が政府の主任戦略官に

世界最大の移民国家・米国は異なる文化、価値観を受け入れることによって、優秀な頭脳や勤勉な市民を磁石のように吸い寄せてきた。アップルの共同創業者の一人であるスティーブ・ジョブズもシリア移民の息子である。トランプ政権の入国禁止令は、米国の強さの源泉の一つを自ら否定しようとするものだ。

この政策の背景には、トランプ政権の主任戦略官スティーブン・バノン氏がいる。彼は人種差別的な内容を持つウェブサイト「ブライトバート・ニュース」の主宰者を一時期務め、大統領選挙期間中に、トランプ氏を強力に支援した。自らをアルト右翼(Alternative Right)と呼ぶバノン氏は、当時「レーニンは国家を打倒することを目指したが、私も同じだ。私は、今日のエスタブリュッシュメント(既成の体制)を完全に破壊したい」と述べている。トランプ氏は、そのような人物を、国家安全保障会議の常任メンバーにまで任命した。白人至上主義者バノン氏が、トランプ氏とともにホワイトハウスの大統領執務室(オーバル・オフィス)に座っている写真を見ると、「米国は一体どうなってしまったのか」と慨嘆せざるを得ない。

欧州にも広がるポピュリズムの波

EUにも排外主義は押し寄せている。英国は移民増加に歯止めをかけるべく、昨年の国民投票でEU離脱を決めた。重要な国政選挙を控えるオランダ、フランスでも反EU、反移民を旗印とする極右政治家が、最も高い支持率を得ている。

多様性とリベラリズムを重視する世界の人々の間では、「ドイツのメルケル首相だけが、排外主義に抵抗する防波堤だ」という意見が強まっている。しかし、豊富な政治経験を持つメルケルといえども、一人だけで世界中で高まるポピュリズムに対抗することは不可能だ。各国政府は、所得格差の拡大など、トランプ主義につながる病根を取り除く努力を、始めなくてはならない。市民の一人一人が、移民・難民排斥など、トランプ主義を醸成する心を克服しなくてはならない。

最終更新 Montag, 06 September 2021 08:49
 

ガブリエル出馬辞退が象徴する、SPDの苦悩

シュルツ前欧州議会議長 ガブリエル党首
SPDの首相候補となったシュルツ前欧州議会議長(左)
とガブリエル党首

1月24日に、メルケル政権のジグマー・ガブリエル副首相(社会民主党=SPD)が行った発表は、ドイツの政界を驚かせた。彼は今年9月の連邦議会選挙に首相候補として出馬しないことを明らかにしたのだ。

ガブリエル党首に対し党内で不満高まる

2009年からSPDの党首を務めているガブリエル副首相は、選挙の約8カ月前に、党内の首相候補を選ぶレースから降りた。このためSPDは、欧州議会のマルティン・シュルツ前議長を首相候補にする予定だ。ガブリエル氏は自発的に出馬を断念したように伝えられているが、現実にはSPD指導層によって詰め腹を切らされたようだ。同党内部で「ガブリエルでは選挙に勝てない。新しい顔が必要だ」という意見が強まっていた。

実際、ここ数年間にわたり、連邦経済エネルギー大臣としてのガブリエル氏の仕事ぶりは、精彩を欠いていた。2015年に、赤字に苦しむスーパーマーケット・チェーン「テンゲルマン」をエデカが買収しようとした際、連邦カルテル庁は「寡占状態が強まる」として、買収を許可しなかった。だが彼は、「1万6000人の従業員の雇用を守る」という大義名分の下に、独占禁止委員会などの抗議にもかかわらず、買収を許可した。

しかしデュッセルドルフ高等裁判所がガブリエル大臣の買収許可を「違法」と断定。ガブリエル氏の面目は丸つぶれとなった。(この問題はまだ完全に決着していないが、エデカだけでなく、そのライバルであるレーヴェがテンゲルマンの店舗の一部を取得することで、連邦カルテル庁の許可を得ることになりそうだ)

経済大臣として失政が続いた

ガブリエル大臣は、カナダとEUの間の自由貿易協定であるCETA(包括的経済貿易協定)を受け入れることを提案し、昨年9月のSPDの会議で参加者の3分の2の賛成を取り付けることに成功した。だがガブリエル氏は、バイエルン州、ブレーメン州支部や党内の左派勢力からは、「CETAはドイツの利益にそぐわない」と激しい批判にさらされた。

またガブリエル大臣は、温室効果ガスの削減をめぐる議論でも、苦い経験を持つ。彼は2015年に、二酸化炭素(CO2)の排出量が多い旧式の褐炭火力発電所に「褐炭特別税」を導入することを提案した。発電コストを高めることによって、老朽化した火力発電所を閉鎖させるのが目的だ。だが彼の提案に対し、産業界、電力業界、労働組合が「石炭産業が滅亡する」と強く反対。このため大臣は、特別税の導入を撤回した。

さらに彼は、東西ドイツ間で送電線の使用料金(託送料金)を平準化することを提案していたが、平準化によって電力コストが上昇するノルトライン=ヴェストファーレン州政府などの反対に合い、この案も凍結せざるを得なかった。

これらの問題は、ガブリエル氏への党内の支持を、じわじわと浸食していった。彼の「出馬辞退宣言」は突然に見えるが、実はSPD内部で彼に対する不満が高まっていたことを示唆している。

SPD結党以来の危機

SPDに対する世論の眼差しは厳しい。公共放送局ARDが今年1月5日に行った世論調査によると、SPDの支持率はわずか20%だ。キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の支持率(37%)に大きく水をあけられている。SPDの支持率は、1カ月前の調査に比べて2ポイント減っている。それに対し、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持率は、前回の調査に比べて2ポイント増えて、15%になっている。つまりAfDは、SPDまであと5ポイントの所まで肉薄しているのだ。

前回つまり2013年の連邦議会選挙で、SPDは25.7%の得票率を確保していた。つまり同党はこの4年間ですでに得票率を5.7ポイントも減らしているのだ。逆にAfDへの支持率は、この4年間で3.2倍に激増した。現在の傾向が続けば、SPDの得票率がAfDよりも低くなるという事態もあり得る。

支持率だけを見れば、SPDは深刻な危機にあると言うべきだろう。支持率の低下も、SPD指導部がガブリエル氏に出馬を断念させた理由の一つであろう。つまりSPDは、全く新しい候補者を立てることによって、起死回生を狙っているのだ。

シュルツ候補でも苦戦は確実

だがシュルツ氏を首相候補として起用することで、SPDの連邦議会選挙での得票率は上昇するだろうか。私にはそうは思えない。大半のドイツ人にとって、欧州議会は遠い存在だ。このためシュルツ氏は多くの有権者に知られていない。唯一よく知られていることは、シュルツ氏が人権擁護と欧州統合を重視する、リベラルな政治家であるということだ。たとえば、シュルツ氏はメルケル首相が2015年にシリア難民のドイツでの亡命申請を許したことを、高く評価している。

その意味でシュルツ氏は、メルケル首相と大連立政権を組むためには、適した人物である。だが次の連邦議会選挙の最大の争点は、難民と治安である。特に多くの有権者が、現在の大連立政権の、難民に関するリベラルな路線に不満を抱いており、次の選挙で厳しいしっぺ返しを行うことは確実だ。

難民受け入れに前向きだったSPDが「人権派」シュルツ氏を首相候補にしても、苦戦することに変わりはない。

最終更新 Mittwoch, 01 Februar 2017 10:15
 

イスラム・テロの脅威とドイツの治安維持

事件現場となったカイザー・ヴィルヘルム記念教会の近く(1月5日撮影)
事件現場となったカイザー・ヴィルヘルム記念教会の近く
(1月5日撮影)

テロ組織イスラム国(IS)に忠誠を誓うチュニジア人アニス・アムリ(24)が、大型トラックでベルリンのクリスマスマーケットに突っ込み、11人を殺害し、55人に重軽傷を負わせたテロ事件から、1カ月が経った。大惨事の衝撃は、まだ収まっていない。

首都の心臓部を直撃したテロ

アムリは逃走してフランス経由でイタリアへ向かったが、ミラノで警察官に職務質問を受けた際に発砲したため、射殺された。私はこの事件について聞いたとき、2016年7月にフランスのニースでテロリストが大型トラックで観光客ら86人をひき殺した事件を思い出した。ベルリンの犯行に使われたトラックには、障害物にぶつかると自動的にブレーキが作動して車が停止する装置が付けられていた。もしもこの装置が付いていなかったら、さらに多くの市民が犠牲になるところだった。

これまでドイツでは、2016年夏にテロリストが列車内で乗客に斧で襲いかかったり、音楽祭の会場の外で自爆したりする事件があったが、死者は出なかった。だが今回の事件は、イスラム・テロがドイツの首都の心臓部を直撃したことを意味する。

この事件が起きる前から、ドイツの米国大使館は、「クリスマスマーケットはテロの目標となる危険性がある」と警告していた。クリスマスマーケットはキリスト教の行事に関係がある上、多くの市民が集まる。空港や駅に比べると警備が手薄なソフト・ターゲットなので、ISのテロリストが狙いやすい。だがベルリンのクリスマスマーケットでは、特別な警備態勢が取られていなかった。ISは、その盲点を衝いた。

警察に監視されていたアムリ

さらに不可解なのは、実行犯の男がドイツの対テロ機関の捜査線上に浮かびながら、犯行を防ぐことができなかったことだ。

アムリは、2011年春にチュニジアを離れて、船でイタリアに到着。その目的は仕事を見つけるためだった。彼はイタリアで暴力行為や放火の罪で禁固4年の刑を受ける。刑務所に収監されている時に、イスラム過激派の思想に感化された。刑務所を出たアムリは、ドイツに着くと亡命を申請。しかし現在チュニジアでは内戦などは起きていないため、彼の亡命申請は認められなかった。彼は国外追放されるはずだったが、パスポートを放棄していたために、チュニジア政府はアムリの受け入れを拒否。ドイツ政府は、チュニジア政府から身分証明書が届き次第、彼を送還する予定だった。

さらに、アムリはアブ・ワラーというイスラム過激派指導者のグループと交流があった。捜査当局は、組織に送り込んだ協力者の通報から、アムリが会合の際に「自動小銃を購入するために銀行強盗を行う」と発言していたことをつかんだ。このため捜査当局はアムリを「テロを起こす可能性がある危険人物」と見なして、ベルリンで数カ月にわたり監視。しかしアムリの行動に不審な点が見つからなかったため、昨年9月から尾行は中断されていた。ドイツには彼のような危険人物が約200人いる。一人の危険人物の監視には、30人の警察官を張り付けなくてはならない。警察に全員を24時間監視する余裕はない。アムリを国外追放するのに必要な書類がチュニジアから届いたのは、テロ事件が発生した2日後だった。つまり捜査当局が危険人物と見なしていた男から目を離したすきに、その人物が大惨事を引き起こしたのだ。

メルケル政権、治安対策強化へ

 このためメルケル政権は、治安確保のために様々な措置を取る方針を打ち出した。メルケル首相は1月9日にケルンで行った演説で「ベルリンでのテロ事件は、我々に迅速に行動することを求めている。言葉だけではなく、行動する必要がある」と固い決意を表明した。具体的には、危険人物の出身国の政府がパスポートがないという理由で、本人の送還を拒否しても、連邦政府は危険人物のドイツへの滞在延長を認めずに、強制送還する方針。さらにチュニジア、モロッコ、アルジェリアを「安全な国」に指定して、これらの国々からの亡命申請者を原則として受け入れない方針だ。首相は「ドイツに留まる資格のない外国人は、母国へ帰らせる。亡命を認められた難民も、ドイツ社会に適応する努力をしなくてはならない」と強調した。これまでドイツでは、亡命申請を却下されても、人道的・医学的な理由で国外退去処分を免れる外国人が少なくなかった。

またメルケル首相は、デメジエール内務大臣とマース法務大臣に、テロを起こす可能性がある人物の足に固定し、居場所を警察に送信する装置(Fußfesseln)の導入などについて協議するよう命じた。

連邦議会選挙でも重要な争点に

 さらに現在は連邦刑事局、各州の刑事局、連邦憲法擁護庁、各州の憲法擁護庁など30を超える省庁がテロ対策を担当しているが、デメジエール内務大臣は、連邦憲法擁護庁の権限を強化し、テロリストに関する情報を集中管理することによって、捜査態勢を強化したいと提案。だが州政府からは強い反対意見が出ており、結論は出ていない。

今年ノルトライン=ヴェストファーレン州議会などで行われる4つの地方選挙と連邦議会選挙では、治安の確保が、難民政策とともに重要な争点の一つとなる。メルケル政権が治安をめぐって市民の信頼を回復できるかどうかは、選挙の行方をも左右するだろう。

最終更新 Mittwoch, 18 Januar 2017 12:59
 

2017年のドイツを展望する

2017年のドイツを展望する

新年早々、あまり物騒なことは書きたくない。しかし今年は2016年に続き、激動と混乱の年になるという気がしている。

トランプ大統領の誕生

1月20日には米国で、政治の経験ゼロのポピュリスト、ドナルド・トランプ氏が大統領に就任する。「アメリカ・ファースト」の旗印の下に保護主義を掲げ、欧州の安全保障の要である北大西洋条約機構(NATO)を「時代遅れだ」と批判する、初めての米国大統領の誕生だ。

ドイツの最大の貿易パートナーである米国が門戸を閉ざして国内産業と雇用の保護を目指すとすれば、ドイツ経済にも深刻な影響が及ぶ。トランプ氏は、中国の貿易黒字を批判しているが、同じ矛先が多額の貿易黒字を抱える「優等生」ドイツに向けられる危険もある。さらに、台湾問題をめぐって非難の応酬をしている米国と中国が、万一本格的な貿易戦争に突入した場合、世界全体の経済に悪影響が及ぶことは必至だ。ドイツにとって米国の動向は今年最大の関心事である。

BREXIT交渉開始?

ドイツ人にとって、英国政府が今年、欧州連合(EU)離脱の正式な意思を発表するかどうかも気がかりな所だ。メイ政権は、交渉によって、移民を制限しつつEU単一市場へのアクセスを維持しようとしている。だがEU側は、人の移動と就業の自由を受け入れない国に対し、単一市場へのアクセスを許した場合、他国に対して悪しき前例を作ると警戒。英国とEUの交渉は難航するだろう。英国では、同国がEU単一市場へのアクセスを完全に失った場合の「ハード・ランディング」が、巨額の経済負担につながり、税収と雇用を大幅に減らすと予測されている。BREXITによる景気悪化が、ドイツの自動車業界や機械製造業界にも影を落とすことは避けられない。

メルケル苦戦は確実

一方ドイツにとって、2017年は重要な選挙が重なる年だ。9月17日か24日には、連邦議会選挙が行われる。メルケル首相が4選を目指して出馬することを表明したが、難民危機のために同氏への支持率は低下している。このため、キリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)が苦戦することは確実だ。CDU・CSUが単独過半数を確保することは困難であり、再び社会民主党(SPD)との大連立を迫られるだろう。メルケル氏の指導力の低下は避けられそうにない。

欧州各国で高まる右派ポピュリズムの波は、ドイツにも到達。ユーロ圏からの脱退や、外国から資金援助されたイスラム教寺院の建設禁止を求める右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、連邦議会入りを果たすと予想されている。ドイツにはこれまでも共和党やDVUなど多くの右派政党があったが、いずれも泡沫(ほうまつ)政党だった。しかしAfDは違う。同党は、難民流入に対する市民の不満をバネにして、中産階級に食い込むことに成功。「CDU・CSUの政策は、メルケル氏のために左傾化してしまった」と疎外感を抱く保守層を着々と取り込みつつある。

昨年11月のARDの世論調査では、回答者の13%がAfDを支持していた。AfDは、昨年ベルリン、メクレンブルク=フォアポンメルン州やザクセン=アンハルト州などで行われた州議会選挙で、二桁の得票率を確保して連戦連勝。排外主義を掲げる政党の初の連邦議会入りは、我々ドイツに住む日本人にとっても、不安の種である。

今年は、地方議会選挙も目白押しだ。3月26日にはザールラント州、5月7日にはシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州、さらに5月14日にはノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州で州議会選挙が行われる。特にドイツ最大の人口を持つNRW州の選挙は、連邦議会選挙の方向性を示す選挙として注目される。

フランス大統領選の行方

また他のEU加盟国でも、重要な選挙日程が迫っている。まずドイツにとって最も重要な同盟国フランスで、大統領選挙が実施される。(第1次投票・4月23日、決選投票・5月7日)ユーロ危機の後遺症に苦しむ同国では、英国同様に右派ポピュリズムが地方で強まっている。フランスのEU脱退を求める極右政党・国民戦線(FN)は、20%~30%の有権者から支持されている。保守陣営からは、サルコジ政権で首相を務めたフランソワ・フィヨン氏が出馬する。フィヨン氏は、ドイツのシュレーダー氏が断行した「アゲンダ2010」に似た「痛みを伴う改革」によって、フランス経済の再建を目指している。彼はFNのマリーヌ・ルペン党首の支持層を切り崩すことに成功するだろうか。

また3月15日には、オランダ議会でも選挙が行われる。前回の2012年の選挙では、右派ポピュリスト、ヘルト・ウィルダースが率いる自由党(PVV)は第3党に留まったが、難民問題が大きな争点となっている今日、PVVが得票率を前回の約10%から伸ばす可能性もある。

欧米では、トランプ氏と英国の離脱派勝利の背景に、有権者に関するビッグ・データの分析に基づく、フェイスブックなどのSNSを使った個別プロパガンダ戦略があったと伝えられている。ポピュリスト政党が、同じ手法をドイツやフランスの選挙でも使う危険がある。今年も我々は、想定外の事態に直面するかもしれない。

最終更新 Mittwoch, 04 Januar 2017 16:28
 

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