独断時評


ポピュリズムの拡大とデジタル社会の落とし穴

SNS

12月初めにミュンヘン工科大学(TUM)で行われた日独統合学会のシンポジウムで、TUMのクラウス・マインツァー教授から、新しい言葉を学んだ。それは「postfaktisches Zeitalter(事実が大きな役割を果たさない時代)」という新語だ。教授は言う。「今日では、ある情報が事実であるかどうかが、重要な尺度ではなくなりつつある。例えば、米国での大統領選挙では、トランプ陣営が大量に流したデマを多くの有権者が信じて、結局トランプの勝利につながった。私はこの状況について、強い懸念を抱いている」。

デマを使って他陣営を攻撃

確かに今回の米大統領選ほど、目を覆いたくなるようなデマが垂れ流しになり、それが結果を左右した選挙はなかった。

ドナルド・トランプは、選挙運動の期間中に多くの偽情報を流した。彼は、「オバマはケニア人だ」「2001年9月11日の同時多発テロのとき、米国各地でイスラム教徒が道に出て大喜びした」「地球温暖化は、中国が米国産業界の競争力を弱めるためにでっち上げた」などのデマを公言し、しかも取り消さなかった。トランプのスポークスマンは、こうした発言について、「彼は言葉よりも行動を重んじる人物であり、支持者は彼の言葉を額面通りに取ってはいない」と苦しい弁明をしている。さらに彼の支持者たちは、「ローマ教皇はトランプを支持している」「ヒラリー・クリントンのチームはワシントンの『コメット・ピンポン』というピザ屋の地下室に子どもたちを監禁して拷問したり、児童ポルノのネットワークを運営したりしている」など、根も葉もない情報を流した。12月上旬には、自動小銃を持った男が「噂を確認するため」と称して、このピザ屋に乱入して発砲している。

デマがネット上で独り歩き

問題は、こうしたデマがフェイスブック(FB)やツイッターなどのソーシャル・ネットワーク(SNS)を通じて社会に瞬く間に広がり、米国の多くの庶民が信じたことである。特に高等教育を受けていない市民は、いわゆるメディア・リテラシー(情報の信ぴょう性を見分ける能力)に欠け、ネットで目にした情報が事実かどうかを確認することなく、うのみにする傾向が強い。トランプに票を投じたのは、まさにこうした人々だった。嘘を言っても取り消さない人物がホワイトハウスの主となり、世界で唯一の超大国の指導者となる。デジタル時代が、このような事態を可能にしたのだ。

SNSに載った偽情報は、誰にも訂正されることなく多くの人々に共有され、独り歩きする。数が決め手となる選挙の世界では、瞬時に数百万人の人が目にするSNSほど有効な武器はない。選挙戦において、新聞やテレビは、SNSやネットマガジンの敵ではない。選挙参謀たちにとっては、もはや情報が事実であるかどうかよりも、噂が人々の感情に影響を与え、自分の候補者に共感を抱くことの方が重要なのだ。これは極めて危険な現象である。

ゲッベルスの主張との共通点

私は、ナチス・ドイツの宣伝大臣だったヨーゼフ・ゲッベルスの言葉を思い出さざるを得ない。彼はこう言った。「人々は、真っ赤な嘘でも、繰り返し聞かされると、それを信じるようになる。嘘を長い間繰り返せば、人々はその嘘が政治的、経済的にもたらす結果に気づかなくなる。したがって政府にとっては、政府の主張に反する事実を抑圧することに全力を注ぐべきだ。真実は、政府にとって最大の敵である」。ナチスは、ユダヤ人についての悪い噂やヘイトスピーチを繰り返し流すことによって、市民の間にユダヤ人に対する偏見や憎しみを広めた。この結果、多数の市民や企業がナチスのユダヤ人弾圧に加担した。もちろんトランプ陣営と、犯罪集団ナチスを同列に並べることはできない。しかし目的を達成するために、嘘を意図的に使って人心を掌握(しょうあく)する点では、危険な共通点を見出さざるを得ない。

ドイツの右派もSNSを多用

米国だけでなく、世界中で右派ポピュリストたちが同様の手法を使っている。ドイツのザクセン州で生まれた極右市民団体「欧州のイスラム化に反対する愛国者たち(PEGIDA)」や右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持者の急激な増加も、FBなしには考えられない。FBやツイッターは便利な道具だが、論理よりも感情に訴えるメディアだ。人々は信憑性について考えるよりも、太字で書かれたメッセージだけを読んで、「いいね」をクリックする。約30万人がフォローしているAfDのFBのサイトを見ると、数千から数万回も「いいね」ボタンが押されている。

人心を汚染するデジタル公害に歯止めを!

公共放送局ARDが11月に行った世論調査によると、AfDの支持率は約13%。同党が来年の連邦議会選挙で初の議会入りを果たすのは、確実だ。英国のEU離脱決定やフランスでの極右政党の躍進に続き、米国で右派ポピュリストが大統領に就任することは、不健全なナショナリズムと排外主義が個別の国に限られたものではなく、グローバルな現象となりつつあることを示している。こうした時代に、SNSやウェブマガジンで流されるデマや流言飛語は、人々の精神を汚染するデジタル公害である。

私は、全てのSNS運営企業やネット企業に対し、デマやヘイトスピーチを禁止する措置を求めたい。

最終更新 Mittwoch, 14 Dezember 2016 11:36
 

メルケル首相 4選へ向け出馬表明

メルケル首相
11月20日、笑顔で登壇するメルケル首相

11月20日にメルケル首相は、ドイツの政局に大きな影響を与える発表をした。来年9月に行われる連邦議会選挙で、再び連邦首相候補として出馬することを明らかにしたのだ。同時に、キリスト教民主同盟(CDU)の党首としても続投する方針を打ち出した。もしもメルケル首相が4選を果たして、2021年まで首相を務めれば、在職16年間となり、これまで最も長く務めたコール元首相と並ぶことになる。

「ドイツのために尽くしたい」

メルケル首相は出馬表明の記者会見の際、あえてにこやかな表情を見せるように努めていた。その理由は、彼女の出馬表明が大幅に遅れたからである。メルケル氏が4期目を目指すことを、なかなか公表しなかったことは、ベルリンの政界で様々な憶測を呼んだ。

たとえば、ドイツではこれまで連邦首相が、同じ党に属する自分よりも年齢の低い政治家に、首相候補の座を自ら明け渡したことは一度もなかった。この伝統がついに打ち破られるのではないかという見方もあった。メルケル氏は、今年62歳。来年から首相を4年間務めると66歳になる。

こうした憶測を吹き飛ばすように、メルケル氏は朗らかな表情で語った。彼女は出馬表明までに長い時間がかかった理由をこう説明した。「11年間首相を務めた後に、さらに4年間この職務を続けるということは、国家、政党、そして私個人にとっても、重大な決定です。このため、私は時間をかけて、考えに考えを重ねました」。

メルケル首相は、この決定を自分の野心よりも、国家と国民のために行ったという点を強調した。「ドイツは、私に多くの物を与えてくれました。私はお返しをしたい。私はドイツのために貢献したい」。「Ich will dienen(貢献したい)」は、メルケル氏が2005年の連邦議会選挙で、初めての首相の座を目指したときに使った、いわば首相のトレードマークである。

不安定な時代だからこそ続投を表明

そしてメルケル氏は、英国の欧州連合(EU)離脱、難民危機、ロシアと西欧諸国の間の緊張の高まり、イスラム過激派によるテロの増加、米国での右派ポピュリスト政権の誕生など、世界中でかつてなかった事態が起きつつある中、首相の座を投げ出すことは、無責任であると主張した。「この困難で不安に満ちた時代に、私がこれまで積み重ねてきた経験と能力を、再び首相として生かさなかったら、多くの人が私の態度に理解を示さないでしょう。したがって私は、もう一度首相の座を目指すべきだと決心したのです」。

確かに、今日の世界では不透明感と不安感が強まっている。特に11月の米大統領選でのトランプ氏の勝利は、英国やフランスで強まっていた市民の政治不信とグローバル化への反感が、米国でも予想以上に広がっていたことを示している。国際的な貿易協定に懐疑的なトランプ氏は、大統領になった初日に、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に関する交渉を打ち切る方針を表明するとしている。ポピュリストのホワイトハウス入りによって、米欧関係にも大きな変化が生じる可能性がある。

こうした時代に、リーマンショック、ユーロ危機、ウクライナ危機など様々な事態に対応してきたベテラン政治家が続投することは、欧州にとってかすかな安定感を与えるかもしれない。

メルケル氏の苦戦は確実

ただし、昨年メルケル首相がシリア難民を受け入れる決定を行って以来、CDUへの支持率は下がっている。彼女の難民政策を批判する反イスラム、反EU政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、昨年以来多くの州議会選挙で2桁の得票率を確保し、議会入りしている。だがCDUとキリスト教社会同盟(CSU)は、メルケルに代わって首相候補になり得る、力量と経験を備えた政治家を見つけることができなかった。メルケル再出馬は、CDU・CSUの人材不足の結果である。

メルケルの影響力には陰りがさしている。彼女には、もはや2013年当時のような人気はない。たとえば、メルケルはCDU・CSUからガウク大統領(無所属)の後任にふさわしい人物を見つけることができなかった。このため彼女は、東独の秘密警察(シュタージ)の文書を分析・管理する官庁を率いたマリアネ・ビルトラー(緑の党)を大統領候補として推薦した。だがこの人選は保守陣営で全く理解を得ることができず、連立を組む社会民主党(SPD)のシュタインマイヤー外務大臣が来年3月、連邦大統領になる見通しだ。AfDは、連邦議会選挙でも保守陣営の票を奪うだろう。メルケル氏が来年の選挙で苦戦することは確実だ。

人選に苦慮するSPD

CDU・CSUとSPDにとっては、単独過半数を取ることは難しい情勢で、大連立政権以外に道はない。だがSPDの人材不足と弱体ぶりは保守陣営よりも深刻で、11月末になっても連邦首相候補を決めることができないでいた。その理由の一つは、SPD党首のガブリエル経済大臣が、すでに「メルケル首相とは連立しない」という方針を数年前に打ち出しているからだ。この発言にもかかわらず、ガブリエル氏が首相候補として出馬を表明した場合、彼の信用性は一段と低下することになる。

ドイツは混迷の度を深める欧州で、「安定を保証する唯一の錨」としての地位を保つことができるだろうか。来年9月の連邦議会選挙の行方から、目を離せない。

最終更新 Mittwoch, 30 November 2016 11:18
 

トランプ大統領の誕生は世界をどう変えるか

トランプ大統領の支持者たち
トランプ大統領の誕生を喜ぶ米国の支持者たち

11月8日に米国で行われた大統領選挙で、全世界が懸念していた事態が現実になった。政治の経験がゼロの不動産王ドナルド・トランプ候補(共和党)が大接戦の末、ヒラリー・クリントン候補(民主党)を下し、第45代大統領としてホワイトハウス入りすることが決まったのだ。共和党は米国議会の上院でも勝利したため、トランプ氏は民主党に妨害されることなく、絶大な政策実現能力を握ることになる。

全世界に衝撃

この勝利は大方の予想を覆すものであり、多くのメディア関係者を驚かせた。投票日直前の世論調査ではクリントン候補がリードしており、金融市場などでは「トランプが大統領になる可能性は低い」という楽観論が支配していた。トランプ氏が11年前に行った女性に対する差別的な発言を録音したビデオも公開され、多くの人々が、彼の大統領候補としての命運は絶たれたと考えていた。

それだけに、トランプ氏の勝利が世界に与えた衝撃は大きかった。金融市場に「トランプ優勢」の報が伝わると、投資家が円高・ドル安によって、日本の輸出産業に打撃を与えると懸念し、日経平均株価が一時1000円以上下落した。逆に世界中で金の価格が上昇したのは、投資家が「先行きの見えない時代がやってくる」と判断した証拠だ。

なぜトランプ氏は勝ったのだろうか。彼は、「ワシントンの政界や大手メディアは庶民の利益を代弁しておらず、腐敗している。私が大統領になったら、政治や社会を根本的に変える」と主張し続けた。

トランプ氏が選挙運動の中で使った「Make America great again(米国を再び偉大にしよう)」というスローガンは、1981年に第40代大統領になったロナルド・レーガン氏が使ったもの。レーガン氏のこの言葉は、米国民の愛国心をくすぐり、彼は熱狂的な支持を集めた。

「グローバル化の負け組」が支持

クリントン候補がリベラルな考えを持つ市民や、黒人やヒスパニックなどの票に頼ろうとしたのに対し、トランプ氏を最も強く支持したのは、「自分はグローバル化やデジタル化の負け組だ」と感じている白人の単純労働者や低所得層である。ニューヨーク州やカリフォルニア州、マサチューセッツ州など、教育水準が高くグローバル化によって恩恵を得てきた市民が多い地域では、クリントン氏が勝っている。これに対し、保守層が多く、多数の市民がグローバル化について不信感を抱いている州では、トランプ氏が圧勝した。

米国の知識階層だけではなく、ドイツなど欧州諸国でも「クリントン氏に、大統領になってほしい」と望む人が多かった。その理由の一つは、トランプ氏の歯に衣を着せぬ非常識な言動である。

彼は2015年8月の最初の政策提言書で米国に不法滞在している1100万人の外国人を全て国外退去処分にすることや、メキシコからの不法入国を防止するために同国との間に壁を建設し、その費用を同政府に負担させることを提案した。また同年10月に米国に滞在していたシリア難民の国外追放を求めたほか、シリア難民を受け入れたドイツのメルケル首相の決定について、「狂っている。ドイツでは暴動が起こるだろう」とコメントした。

欧州のポピュリズム台頭と同根

彼のこうした言動は、高学歴の市民の眉をひそめさせたが、「メキシコからの不法移民によって職を奪われる」という不安を抱いている低所得層からは、喝采を受けた。その意味で私は、トランプの勝利には、移民問題が大きなテーマとなった英国の欧州連合(EU)離脱に関する国民投票、フランスでの反移民、反EU政党である国民戦線(FN)の躍進と共通するものがあると考えている。つまり、グローバル化や所得格差に不満を抱く「負け組」の反乱である。彼らは、財力も知識も乏しい。しかし有権者として、投票によって政治を変えることができる。つまりトランプ大統領の誕生は、欧州を席巻している右派ポピュリスト運動が、超大国アメリカにも達したことを意味しているのだ。トランプ氏は、今後移民への規制を強化する可能性が高い。

軍事負担の増加を要求か

さてワシントン政界のアウトサイダー・トランプ氏が大統領になった今、内政・外政に大きな変化が生まれることは必至だ。彼は米国の国外での関与を減らし、国富を国内の諸問題の解決に回そうとするだろう。特に防衛面で欧州・アジアに駐留する米軍を減らすために、同盟国に負担を求めることは確実だ。

トランプ氏は、ドイツも属している軍事同盟・北大西洋条約機構(NATO)に大きな変化を及ぼすかもしれない。これまでNATOでは、加盟国が軍事攻撃を受けた場合、他国も自国への攻撃と同等に考えて反撃する義務を負った。いわゆる集団安全保障の原則である。だがトランプ氏は選挙運動の期間中に、「NATOが反撃するのは、攻撃された国がNATOに対して十分な貢献を行っていた場合に限るべきだ」と主張していた。

最近「世界のタガが外れた」という言葉をよく聞くが、多数の核兵器を持つ軍事大国でも同様の現象が起きつつあることは、大きな不安の種である。欧州諸国と対決姿勢を強めているロシアのプーチン大統領は、トランプ勝利の報を聞いて喜んでいるに違いない。

最終更新 Mittwoch, 15 März 2017 12:23
 

メルケル対プーチン シリア・ウクライナ内戦

メルケル首相とプーチン大統領
10月19日、握手をするメルケル首相とプーチン大統領

10月19日、ロシアのプーチン大統領が2014年のクリミア併合以来初めて、ドイツの首都ベルリンの土を踏んだ。メルケル首相、フランスのオランド大統領、ウクライナのポロシェンコ大統領との首脳会議に出席するためである。

ロシアの空爆を「非人道的」と非難

メルケル首相とプーチン大統領はカメラの前で握手をしたものの、二人の表情は硬く、その笑顔はメディアの前に立つときだけにつける仮面のように見えた。

連邦首相府での6時間の会議の雰囲気は、緊迫したものだった。特にプーチン大統領の態度は氷のように冷たく、彼はポロシェンコ大統領との握手を拒否したほか、ドイツ政府が準備していた晩餐会への参加も拒んだ。10月20日未明に会議を終え、記者団の前に現れたメルケル首相は、「今回の話し合いは、非常に明瞭かつ厳しいものだった」と述べた。

メルケル首相はその日の内に、EU首脳会議で同会議の内容について報告するためブリュッセルに飛んだ。彼女は会議に先立ち、ロシアがシリアのアサド政権を軍事的に支援し、シリアのアレッポで無差別爆撃を行っていることを厳しい言葉で非難した。「アレッポでロシアの支援の下に起きていることは、全く非人道的だ。長期的な停戦を実現し、包囲下のアレッポで苦しんでいる市民に救いの手を差し伸べなくてはならない。数時間だけ爆撃をやめた後、再び攻撃を繰り返すことは許されない」。

オランド大統領も「アサド政権とロシア空軍がアレッポで行っている空爆は、戦争犯罪に他ならない」とプーチン大統領を批判した。民間人に対する軍事攻撃は、ジュネーブ条約によって禁止されている。

市街地を無差別爆撃

シリア北西部のアレッポは、トルコとの国境に近い戦略的な要衝である。この町の西半分はシリア政府軍が占拠しているが、東半分にはアサド大統領に対抗する反政府勢力、イスラム主義者の民兵組織などが潜伏。約30万人の市民が包囲下のアレッポに残されている。アサド大統領を支援するロシア空軍は、「町に隠れているテロリストを殲滅する」という名目でアレッポの市街地を無差別に爆撃している。アレッポの死傷者数に関する公式な統計は存在しないが、女性や幼児を含む多数の市民が犠牲となっていることは確かだ。アレッポ東部の市街地の大半は瓦礫の山となっており、一部の地域では食糧はおろか、水や電気も断たれている。

アレッポでの戦闘は、何でもありの「ダーティー・ウォー(汚い戦争)」だ。今年9月19日には、国際赤十字がアレッポ市民のための食糧や医薬品を運んでいた31台のトラックが、空爆を受けて破壊された。国連などは、この攻撃がロシア空軍によるものという疑いを強めている。国際赤十字のミリバンド委員長は、「アレッポで起きていることは、ジェノサイド(民族虐殺)だ」と断定している。

国連シリア特使は、シリア内戦による死者数を約40万人と推定している。SOHR(シリア人権監視団)は、「シリア内戦に介入しているロシア空軍の爆撃によりこれまで約9900人が死亡した」と推定している。

これに対してロシア側は、「アレッポでは市民とテロリストを区別することは不可能だ」として、無差別爆撃を正当化しようとしている。

ロシアへの追加制裁も視野

メルケル首相は、今回の首脳会議でシリア内戦に関してプーチン大統領から譲歩を引き出すことはできなかった。メルケル首相が当面目指している目標は、シリアへの軍事介入を理由に、ロシアに対し制裁措置を追加する可能性をちらつかせることによって、アレッポでの長期的な停戦を実現することだ。EUはロシアのクリミア併合以来、同国に対して経済制裁を実施している。つまりEUがシリア介入に関しても追加的な制裁措置を発動すれば、ロシアにとってはダブルパンチとなる。

今回プーチン大統領がドイツでの首脳会議に臨んだ理由も、制裁措置がロシア経済に悪影響を与えているためだと見られる。プーチン大統領に対する国民の支持率は、クリミア併合直後には約80%だったが、現在では約50%に下がっている。つまりメルケルとEUは、追加制裁というオプションでロシアに対する圧力を高めながらも、交渉のチャンネルを開き続けるというダブル戦略を取っているのだ。英国のメイ首相も「シリアでの残虐行為を終わらせるために、我々はあらゆる手段でモスクワに圧力をかけなくてはならない」と述べ、メルケル首相に同調した。

ウクライナ問題では小さな前進

このダブル戦略はウクライナ問題については、功を奏した。ウクライナ内戦では、ロシアに支援された分離独立派とウクライナ政府軍の小競り合いが続き、2014年の「ミンスク合意」が形骸化している。メルケル首相とプーチン大統領は、ベルリンでの首脳会議で「ミンスク合意」の崩壊を防ぎ、内戦終結のための枠組みを作るべく、外務大臣レベルで協議を始めることで合意した。だがEUが、泥沼化したシリアでの流血に歯止めをかけられるかどうかは、未知数である。アレッポの長期的な停戦を実現できるかどうかは、EUとロシアの今後の力関係を占ううえで、重要な試金石となるだろう。

最終更新 Mittwoch, 15 März 2017 12:22
 

統一記念日が浮き彫りにしたドイツ社会の深い溝

デモ
10月3日、ドレスデンで行われたデモに参加した市民

10月3日は、東西ドイツが1990年に統一されたことを祝う記念日である。統一から26年目にあたる今年、連邦政府は旧東ドイツ・ドレスデンのゼンパー歌劇場で記念式典を開催した。だが、ドイツが東西分断を克服し、国家主権を回復したという偉業を思い起こすべき記念日は、今日のドイツ社会に刻まれた深い溝と混乱を浮き彫りにする日となった。

首相に対する怒号

式典にはメルケル首相、ガウク連邦大統領、ラマート連邦議会議長のほか、閣僚や経済団体の代表など、この国の政財界や学会、論壇を代表する数百人が出席した。ラマート議長は、「ドイツは、かつてなかったほど良好な状態にある。我々の状況は、世界中の人々がうらやむほどだ。ドイツ人は、もっと自信と楽観主義を持つべきだ。なぜならば、東西は統一され、我々は自由と正義を手にした。これは、東西分断時代には夢想することすらできなかったことだ」と述べ、統一がこの国を大きく成長させたという立場を打ち出した。これはドイツの指導層、いわばメインストリーム(主流派)の代表的な意見である。

しかし、式典会場の外では、全く異なる雰囲気が支配していた。「Merkel muss weg(メルケルは退陣しろ)」などと書かれたプラカードを掲げた約200人の市民がデモを行い、笛を鳴らして政府に抗議した。彼らはメルケル首相やガウク大統領に対して、「Volksverräter(裏切り者)」、「Widerstand(我々は抵抗する)」などという罵声を浴びせかけた。

エスカレートする極右勢力

抗議デモには、ドレスデンで2014年に結成された右派市民団体PEGIDA(先進国のイスラム化に反対する愛国的ヨーロッパ人)のメンバーも加わっていた。彼らは外国からの移民や難民の受け入れに強く反対しており、メルケル政権やメディアに敵対する姿勢を隠さない。毎週月曜日のPEGIDAのデモには毎回3000~5000人の市民が参加するが、2015年には2万5000人が参加したこともある。

今回の抗議行動は、特にメルケルの難民政策をめぐり、旧東ドイツの一部の市民の間でいかに反感が強まっているかを浮き彫りにした。右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の得票率が旧東ドイツで高くなっている背景にも、こうした反感がある。ドレスデンでは、式典直前の9月28日にイスラム教寺院の前で爆弾テロも起きている。幸い死傷者はなかったが、極右勢力はイスラム教徒を標的としている。

1989年のドレスデンとの格差

私はドレスデンで市民が政治家たちに罵声を浴びせる光景を見て、1989年11月28日に、当時西ドイツの首相だったヘルムート・コールがドレスデンを訪れた夜のことを思い出した。ベルリンの壁が崩壊してから約2週間。当時東ドイツ市民の間では、西ドイツとの統一を求める声が急激に高まり、「Deutschland, einig Vaterland(ドイツよ、祖国を統一せよ)」という言葉が、プラカードに目立つようになった。

当時ドレスデンの聖母教会はまだ再建されておらず、がれきの山だった。車で近くに到着したコールは、聖母教会の廃墟前に集まった数千人の群衆をかき分けるようにして、演説台にたどり着いた。人々は東西ドイツ国旗を掲げ、西ドイツの首相を「ヘルムート、ヘルムート」という歓呼の声で迎えた。コールは「自由なしに平和はあり得ない。東西ドイツ人が共通の家に住めるよう努力する」と語り、聴衆から万雷の拍手を浴びた。多くの東ドイツ人が、コールに大きな期待を寄せていた。

東ドイツ市民が西側の首相の言葉に熱狂してから、27年後の今、当時の歓呼の声は怒号に変わり、統一を喜ぶ雰囲気よりも中央政府を敵視する姿勢の方が目立つようになった。当時コールが人波の中を歩いても、身の安全を心配する必要はなかった。そこでは、政治家と群衆の心が一体となっていた。今年のドレスデンでの式典では、警官隊が金属製の防護柵を立てて、メルケルやガウクが群衆に襲われないように注意しなくてはならなかった。政治家たちと市民の心は、冷戦時代の東ドイツと西ドイツのように、バリケードによって隔絶されていた。

東西ドイツ間の格差も原因

東西ドイツ間には、今も生活水準の格差がある。今年9月の旧東ドイツの失業率は7.9%で、西側(5.4%)よりも高い。旧東ドイツの5州の市民一人当たりの国内総生産は旧西ドイツよりも低く、同じ職種でも旧東ドイツで働くと、賃金が西側に比べて数百ユーロ少ないケースが見られる。旧東ドイツでは大手企業の投資が進まず、多くの若者たちが職を求めて旧西ドイツに移住した。このため旧東ドイツ市民の間では、「自分は統一による負け組だ」という不満感がある。東西を分断していた壁は取り除かれたが、心の中の壁は一部の市民の間に残っている。

東ドイツ出身のメルケル首相とガウク大統領は、抗議デモを見てもポーカーフェイスを崩さなかったが、その心中は穏やかではなかったに違いない。ドレスデンの怒号は、難民危機をめぐってこの国がもはや真の意味で「統一」されていないことを浮き彫りにした。来年は連邦議会選挙など重要な選挙が目白押しだ。メルケル首相だけでなく、伝統的な政党の指導者たちは社会を分断する亀裂を埋めることができるだろうか?

最終更新 Donnerstag, 20 Oktober 2016 09:44
 

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