独断時評


英国EU離脱派の勝利とドイツの苦悩

2016年6月23日、欧州そして世界が英国で発生した政治的な「激震」に揺さぶられた。この日行われた国民投票で、英国のEU離脱(BREXIT)に賛成する有権者が51.9%を占めた。つまり英国の有権者の過半数が、43年にわたったEU加盟に終止符を打つべきだという意思表示を行ったのだ。

テロの脅威
ロンドンでは数万人の市民がEU残留を訴え、
大規模デモを実施(撮影: 熊谷 徹)

「ヨーロッパの死」?

BREXITに賛成した人々の数は、約1680万人。ロンドン、スコットランド、北アイルランドを除き、全ての地域で離脱派の数が、残留派を上回った。ドイツの多くのメディアは、この日を「暗黒の木曜日」と呼んだ。ニュース週刊誌「デア・シュピーゲル」は、表紙に「ヨーロッパの死」という大きな見出しを掲げた。

金融市場の反応も激しかった。投票結果が判明した6月24日には、一時ポンドのドルに対する為替レートは約10%下落し、1985年以来最も低い水準に達した。欧州だけでなくアジアや米国の株式市場でも株価が一時下落し、全面安の状態となった。

英国では、過去数カ月にわたって離脱派と残留派が激しい論戦を行ってきた。世論調査の結果も拮抗していたが、世界中の多くの政府は「英国がEUを去ることはないだろう」と楽観視をしていた。特に、残留派の議員ジョー・コックスが、極右勢力と繋がりのある離脱派の暴漢によってロンドンで殺害されてからは、「BREXITの可能性は低くなった」と考えた人が多かった。

混乱する英国の政界

だが開票の結果、「まさか」と思える事態が現実のものとなった。英国には、政治の真空状態が生まれた。国民に残留を勧めていたデイビッド・キャメロン首相は今年秋に辞任する方針を表明。本稿を執筆している7月6日の時点では、後継者は決まっていない。

英国市民だけでなく、欧州市民に衝撃を与えたのは、離脱派の指導者たちが次々に政治の表舞台から去ったことだ。たとえば保守党内の離脱派の総帥だったボリス・ジョンソンは、保守党の党首選挙に立候補しないことを明らかにした。またポピュリスト政党英国独立党(UKIP)の創設者の一人で、BREXIT運動を最も積極的に推進してきたナイジェル・ファラージも、党首を辞任。有権者の間では、「これらのポピュリストたちは、EU離脱後の英国を率いるための具体的な青写真を持っていなかったために、指導者としての地位を投げ出した」として、その無責任な態度を批判する声が強まっている。7月6日の時点では、英国政府はまだ正式な脱退申請を欧州委員会に対して提出していない。EU加盟国の脱退に関する規定を定めたリスボン条約第50条によると、英国の加盟国としての地位は、脱退申請を出した日から2年以内に消滅する。もしも英国が実際にEUから脱退した場合、英国・EUにとって失うものが多い。

単一市場の利点を失う英国

約1000社の日本企業をはじめとして、多くの外国企業は英国に欧州本社を置いている。英語圏という利点だけでなく、英国がEU加盟国として単一市場の一部となっていたことも、大きな理由だった。外国企業は英国で製造した製品を、まるで国内取引であるかのように、関税を払うことなく他のEU加盟国に輸出することができた。またEUの金融サービス自由化指令によって、金融機関は英国で営業許可を取得すれば、他のEU加盟国で自由に営業を行うことができた。

だが英国がEUから離脱した場合、これらの利点は消滅する。今後英国政府は、EUと関税の適用免除などについて交渉しなくてはならない。特に外国の金融機関の中には、「英国がEUから脱退したら、ロンドンで働く社員を減らして他のEU加盟国で増員する」という方針を明らかにしている企業もある。

特に大きな影響を受けるのが、ロンドンの金融業界だ。英国の国内総生産(GDP)の中に金融サービスが占める比率は約8%で、ドイツよりも大幅に高い。「シティ」と呼ばれる金融街や東部のカナリー・ワーフは、約70万人が働く、欧州最大の金融センターだ。BREXITが本当に起きた場合、金融業界で働く7万から10万人の雇用に悪影響が出るという予測もある。またロンドンとフランクフルトの株式取引所は、ロンドンに統合する計画を進めていたが、EU離脱派の勝利後はドイツ側から、「欧州最大の株式取引所をEU圏外に置くことはできない」という意見が強まっている。

EUにも痛烈な打撃

EUとドイツにとっての影響も甚大だ。英国はドイツに次ぐEU第二の経済大国。同国が離脱したら、EUは国内総生産(GDP)の約18%、人口の約13%、輸出額の約12%を一挙に失う。EU加盟国はGDPなどに応じた拠出金を払っている。英国が2014年に払った拠出金は、独仏に次いで3番目に多い拠出額だった。したがって英国がEUを離脱した場合、他の加盟国の負担額は引き上げられる。

ドイツにとって、英国は米国・フランスに次いで3番目に重要な輸出先である。英国がEUを離脱した場合、ドイツ企業の英国への輸出額は2019年の時点で68億ユーロ(7616億円)減少すると予想されている。英国に子会社を持つドイツ企業の数は約2500社で、約45万人を雇用している。

ドイツ、EUそして英国は、歴史上例のない異常事態に、今後どう対処するのだろうか。欧州で活動する日本企業も、今後の展開を注意深く見守る必要がある。

15 Juli 2016 Nr.1030

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:40
 

ドイツにも迫る 無差別テロの影

6月2日にカールスルーエの連邦検察庁が行った発表は、ドイツ社会に強い衝撃を与えた。

テロの脅威
欧州、ドイツにテロの脅威が迫っている

デュッセルドルフでもテロ未遂

昨年この国に難民を装って紛れ込んだテロ組織「イスラム国(IS)」の戦闘員たちが、デュッセルドルフの旧市街で無差別テロを計画していたことが明らかになったのだ。昨年1月と11月にパリで起きた無差別テロ、今年3月にブリュッセルで発生したテロの記憶がまだ生々しく残っているだけに、このニュースはデュッセルドルフに住む多くの日本人たちにも、ショックを与えた。

連邦検察庁によると4人のシリア人たちが、ライン川に近いハインリヒ・ハイネ・アレーで自爆ベストによって通行人を殺傷したり、自動小銃を市民に向けて乱射したりすることを計画していた。この地域はレストランやバーが多い繁華街で、地元市民だけでなく観光客にも人気がある。つまりテロリストたちは、昨年11月にパリでISが起こしたような大惨事を、デュッセルドルフで再現することを狙っていたのだ。

難民に紛れ込み潜入

捜査当局によると、テロリストたちの内25歳~31歳の3人は、2014年にISからドイツを攻撃するよう指令を受けた。そして昨年ドイツに押し寄せた多数の難民たちに紛れ込み、この国に到着して亡命を申請。彼らはノルトライン=ヴェストファーレン州(NRW)、ブランデンブルク州、バーデン=ヴュルテンベルク州の難民収容施設にいたところを逮捕された。

この計画が発覚したのは、グループのリーダー格だったサレフ・Aというシリア人がパリのグット・ドール地区の警察署に出頭し、ドイツでテロ計画があることを自白したためだった。一説によると、Aは自分の娘が殺人者の子どもとして一生後ろ指をさされるという良心の呵責に耐え切れず、警察に計画を漏らしたと言われる。テロリズムに詳しい専門家によると、実行グループのリーダーは通常、狂信的なイスラム主義者なので、自ら警察に出頭するというのは極めて珍しい。つまり事件が未然に防がれたのは、捜査当局の努力によるものではなく、テロリストが精神的な重荷に耐えられなかったという、いわば僥倖(ぎょうこう)のためだった。

昨年秋の混乱を悪用

昨年ドイツには、シリアなどから約110万人の難民が流入した。デュッセルドルフのテロ未遂事件が捜査当局にとって衝撃を与えたのは、ISが意図的にテロリストを難民に紛れ込ませて西欧に送り込んだことが再び確認されたからだ。

昨年9月にメルケル首相がシリア難民に対してドイツでの亡命申請を許して以来、一時は難民の登録すら困難になるほど、到着する人数が多かった。ISは行政当局の対応が後手に回った混乱期を利用して、テロリストをEU域内に潜入させたのだ。万一他のISのテロリストたちがEUに入っていたとしても、もはや捜査当局には確認の術はない。

ドイツもテロ組織の標的

デュッセルドルフに対するテロ攻撃は幸い未然に防がれたが、油断は禁物だ。ISはフランスや英国同様、ドイツも攻撃目標としている。ドイツは、米国を中心とする有志国連合がシリアで行っているIS空爆作戦に、電子偵察機を参加させているからだ。

NRW州政府のラルフ・イェーガー内務大臣は、多くの人が集まるイベントでの保安措置について、再点検をするよう命じた。私が知るある治安担当者は、「ドイツではいつ無差別テロが起きても、不思議ではない」と語る。実際、イスラム過激派のテロの影は、時折ドイツをよぎる。昨年の大晦日には、フランスの諜報機関から「ISが自爆テロを計画している」という確度の高い情報がドイツ政府に届いたため、真夜中近くにミュンヘン中央駅とパーズィング駅が突然閉鎖された。だがテロは発生せず、犯人グループも摘発されなかった。

各国の捜査機関は連携強化を!

2007年に捜査当局は、NRW州で、過酸化水素水を使った爆弾テロを計画していた3人のトルコ系ドイツ人らを逮捕した。ドイツの捜査当局は、米国の電子諜報機関・国家安全保障局(NSA)が盗聴した携帯電話の通話内容から、摘発の端緒をつかんだ。

また2011年には、フランクフルト空港のバスの停留所で、コソボ人のイスラム教徒がバスに乗り込もうとしていた米空軍の兵士たちにピストルを乱射し、4人を死傷させた。この犯行は、イスラム過激派によるテロで死傷者が出たドイツで唯一の事件である。

さらに2012年には、ボン中央駅のプラットフォームで警察が持ち主のいないトランクを検査したところ、金属片を混ぜた爆薬が見つかった。幸いトランクは爆発せず、死傷者はなかった。検察庁は、駅の監視カメラに残された映像から、イスラム教徒に改宗したドイツ人の若者が大量殺人を狙ったテロ未遂事件と断定し、この男を殺人未遂などの罪で起訴している。

捜査当局の関係者は、「フランクフルトの事件を除けば、これまでドイツで無差別テロによる死傷者が全く出ていないのは、単なる偶然と幸運によるもの」という見方が強い。捜査当局も、無差別テロを100%防ぐことは不可能だ。米国、EU加盟国の諜報機関と捜査当局は横の連携と情報収集体制を強めて、犠牲者の数を最小限に抑える努力をしてほしい。

1 Juli 2016 Nr.1029

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:44
 

TTIP文書が暴露した 欧米間交渉の実態

ここ数年、ドイツの日刊紙「南ドイツ新聞(SZ)」の特ダネ攻勢がすごい。オフショア口座の実態を暴露した「パナマ文書」、「オフショア・リークス」に関する調査報道は、世界的なスクープとなった。

SZは今年5月2日にも、スクープを放った。欧州連合(EU)と米国政府が3年前から行っている大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)についての交渉内容を、暴露したのだ。この報道は、環境団体グリーンピースがEU側の協力者から入手したオリジナル文書に基づくもの。SZはグリーンピースから事前に240ページの機密文書を入手し、文書が公表される日の朝に内容を詳細に伝え、米国政府とEUの間の交渉が事実上暗礁に乗り上げている実態を明らかにした。その中で、米国政府がEUに強い圧力をかけていることも分かったのだ。

高レベル放射性廃棄物
欧米間で難航する大西洋横断貿易投資
パートナーシップ協定(TTIP)

最大の焦点は食品輸入規制

米国では、遺伝子組み換え処理を行った農作物や、ホルモンを投与した家畜の食肉、塩素で消毒された鶏肉などに対する規制が、欧州ほど厳しくない。米国は、EUにこれらの食品への規制を緩めることを要求している。農業バイオ大手モンサントなどの米国企業が、こうした食品の欧州への輸出を増やせるようにするためだ。

これに対し、EU側は「消費者保護の観点から、これらの食品の規制を緩める気はない」として、米国の要求を拒否している。一方EUは、米国に対して自動車部品の市場を開放し、欧州メーカーの米国への部品輸出を容易にすることを求めている。

グリーンピースが暴露した文書から、米国側がこの問題で態度を硬化させていることが明らかになった。米国は「EUが食品の輸入規制を緩めない限り、自動車部品市場の開放について話し合う気はない」と通告し、欧州の要求を拒否したのだ。

交渉が難航している背景には、EUと米国との間に横たわる「リスク」についての考え方の違いがある。欧州ではリスク意識が比較的高い。このため欧州委員会は、人体に対する悪影響が懸念される場合には、具体的に病気の例などが報告されなくても、予防的に輸入や販売を禁止することができる。欧州、特にドイツなど欧州大陸の国々では、米国の自由放任主義とは一線を画し、政府が企業活動に対して厳しい枠組みをはめるのが普通である。特に近年、欧州委員会は消費者保護を重視する傾向が強い。

これに対し米国では、政府が食品や化学物質の販売を禁止できるのは、人体に対する悪影響が科学的に証明された場合か、実際に病気や後遺障害が発生した場合に限られている。自由放任主義と市場のダイナミズムを重視する米国は、政府の経済活動への介入を最小限にしようとする。

消費者保護を重視する欧州

欧州、特にドイツでは「消費者の間で有機農業やビオ農産物への人気が高まりつつあるところへ、遺伝子組み換え処理を行った農作物が米国から流入すると、市場が混乱する」として反対意見が強い。

ドイツ消費者センター連合会のクラウス・ミュラー会長は、「我々は、米国がTTIPによって食品規制の大幅な緩和を狙っていると懸念していたが、今回公表されていた文書によって、我々の懸念が正しかったことが証明された」と述べている。

政界からも、米国側の態度への批判が強い。社会民主党(SPD)のヴェストファール連邦議会議員は、「環境保護と消費者保護は、SPDにとって越えてはならない一線。我が党は、現在の協定案に同意することはできない」と述べている。また、バイエルン州の首相ゼーホーファー(キリスト教社会同盟=CSU)は、「透明性と消費者保護が確保されない限り、TTIPには同意しない。EUの消費者保護の水準をTTIPによって引き下げることはできない」と批判している。

投資家保護でも対立

また米国は、TTIP交渉の中でEUに対し、米国の投資家保護を強化するように求めている。具体的には米国政府は、「外国の投資家が欧州で政府から差別されたり、補償金を受けることなしに財産を剥奪された場合には、投資家が欧州政府を相手取って、裁判所ではなく投資家差別を専門に審判する裁定機関に提訴できるようにするべきだ」と主張している。これに対しEU側は、「米国企業は各国の裁判所に提訴すれば済む問題だ」として、米国側の要求を拒否。さらに欧州では、「現在の形でTTIPが妥結した場合、各国政府が行っている芸術活動への補助金、出版物の再販制度などが禁止される恐れがある。さらに、労働者の権利が制約される危険もある」という懸念も出されている。

交渉は一層難航か

フランスのオランド大統領も「現在のTTIPの内容にイエスと言うことはできない。我々は、ルールを欠いた自由貿易には反対だ。農業や文化に関する欧州の原則を犠牲にすることはできない」と述べ、TTIPに反対。同国の通商問題担当次官マティアス・フェクルも「EUにとっては、TTIP交渉を凍結するというのが、最も現実的なオプションだ。私が悲観的な理由は、米国が相互主義を無視しているからだ。EUは多くの提案を行ったのに対し、米国側の提案は限られていると語っている。TTIP反対派にとって、グリーンピースが暴露した文書は追い風となる。今後、欧米間の交渉は一段と難しくなるだろう。

17 Juni 2016 Nr.1028

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:45
 

高レベル放射性廃棄物の処理費用をめぐる激論

ドイツは、2011年に東京電力福島第一原発で起きた炉心溶融事故をきっかけに、2022年12月31日までに、全ての原発を停止させることを決めた。

高レベル放射性廃棄物
高レベル放射性廃棄物の処分場の
場所をドイツは2031年までに決める

高レベル廃棄物との戦い

しかしその後も、原子力発電の負の遺産との戦いは続く。原発を使い終わっても、使用済み核燃料や、強い放射能を帯びた圧力容器など、高レベル放射性廃棄物を処理しなくてはならないからだ。

核のゴミは、長期間にわたって放射線を出し続ける。このため放射線が人体や環境、地下水などに悪影響を及ぼさないように万全の注意が必要だ。例えば原子力発電の燃料に使われるウラン235の半減期は約7億年。核のゴミの捨て場の安全は、気が遠くなるほど長い歳月にわたって確保されなければならないのだ。

こうした原発からの廃棄物の処理にかかるコストのことを、電力業界ではバックエンド費用と呼ぶ。今ドイツでは、この費用の負担をめぐり、連邦政府と電力会社の間で激しい議論が行われている。

国と企業が責任分担

ドイツ連邦議会の「脱原子力のための費用負担に関する調査委員会(KFK)」は、今年4月27日に、原子炉のバックエンド費用に関する提案を発表した。この中でKFKは、政府(納税者)と電力会社が、バックエンド費用を分担するという案を打ち出した。つまり電力会社は原発の廃炉と解体、廃棄物の貯蔵容器への収納を担当し、国(納税者)は廃棄物の最終貯蔵処分場の建設・運営を担当する。

原発を運転している大手電力会社4社(エーオン、RWE、ENBW、バッテンフォール)は、2014年末の時点で、バックエンド費用として約370億ユーロ(4兆8100億円)の準備金を積み立てている。FKKの提案によると、大手電力はこの内198億ユーロ(2兆5740億円)を使って、原子炉の解体、廃炉、廃棄物の貯蔵容器への収納を担当する。

KFKは、「2022年以降、高レベル放射性廃棄物の最終貯蔵処分場の建設と運営については、国が責任を負うべきだ」と提案。つまり、電力会社は最終貯蔵処分については一切の費用負担責任を免除される。そのかわりKFKは、大手電力会社4社に対し、233億ユーロ(3兆290億円)の資金を、2022年までに公的な基金に払い込むよう要求した。万一電力会社が倒産した場合にも、準備金を確保するためである。だがこれまでに電力会社が積み立てている370億ユーロから、廃炉解体費用198億ユーロを差し引くと、172億ユーロしか残らない。KFKは、「最終貯蔵処分場の建設と運営のためのコストがいくらになるかについては、不確定要素が多い。このため電力会社の準備金だけでは足りなくなる場合に備えて、61億ユーロ(7930億円)上乗せした」と説明している。

大手電力4社にとって、2022年以降、放射性廃棄物に関する一切の費用負担責任とリスクから一切免除されることは大きなメリットだ。最終貯蔵処分場の運営者は、今後何百年にもわたって安全を保障しなくてはならないからだ。投資家はこの提案を歓迎した。KFKがこの提案を発表した日、エーオンの株価は4%、RWEの株価は6%上昇している。

電力会社は提案を拒絶

しかしKFKが、払い込む額を61億ユーロも増やしたことは、電力会社にとって大きなショックだった。電力会社はこの資金を準備するために、国内外の発電所や子会社などを売却しなくてはならない。メルケル政権の脱原子力政策だけでなく、再生可能エネルギー拡大による電力の卸売り価格の低下のために、大手電力会社の業績は、大幅に悪化している。バックエンド費用の負担増加によって、電力会社の業績がさらに悪化する可能性もある。

このため大手電力4社は、「我々はバックエンド費用について、相応の負担を引き受ける覚悟がある。だが61億ユーロの増額は、我々の支払い能力の限界を超える」という声明を発表し、KFKの提案を拒絶。同時に電力会社は、「脱原子力の費用をどう負担するかについて、KFKとの合意を目指したい」として、政府と話し合いを続ける用意があることを明らかにした。

これまで電力会社は「我々が1950年代に原子力発電を始めたのは、西ドイツ政府のエネルギー政策によるものだ。したがって、政府もバックエンド費用を負担するべきだ」と主張してきた。KFKの提案は、電力会社の主張を部分的に受け入れたものである。

2050年に稼働開始へ

フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)のエネルギー専門記者アンドレアス・ミームは、「KFKは、今回の提案の中で、大手電力が過度な負担によって倒産しないように、配慮した。政府と企業にとって公平な内容であり、電力会社はこの提案を受け入れるべきだ」と主張している。

ドイツ政府と電力会社が基金に払い込む金額について合意できれば、この国では核のゴミ処理のためのプロジェクトが大きく前進する。ドイツ政府は2031年までに最終貯蔵処分場を作る場所を決め、2050年頃に廃棄物の搬入を開始する方針。しかし候補地を選定する際には、地域の住民が激しく反対することが予想される。今後も紆余曲折がありそうだ。日本政府も、高レベル放射性廃棄物をどう処分するのかについて、本格的な議論を始めるべきではないだろうか。

3 Juni 2016 Nr.1027

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:52
 

ドイツ社会はAfDに歯止めをかけられるか?

「イスラム教は、ドイツには属さない」。これは、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が5月1日、シュトゥットガルトで開いた党大会で綱領に盛り込んだ言葉である。同党はイスラム過激派だけではなく、イスラム教そのものがドイツの基本法(憲法)と相いれないという立場を打ち出したのだ。

イスラム教全体を敵視

さらに同党は、イスラム教寺院の尖塔(ミナレット)や、尖塔から拡声器を使ってイスラム教徒に礼拝を呼びかけるムアッジンの禁止、外国からの資金で建設されたイスラム教寺院の閉鎖も要求している。AfDが「イスラム教はドイツの法秩序や文化と相いれない」と主張するのは、同党が「イスラム教は政治的性格が強く、キリスト教と違って、国家の支配を目指す宗教」と考えているからだ。

アンゲラ・メルケル首相はこれに対し「ドイツの憲法は宗教の自由を保障している」と述べ、AfDの主張に反対している。

ドイツにはトルコなどから来た約400万人のイスラム教徒が住んでいる。この数は、人口の約5%に当たる。彼らの大半は、平和を愛しテロを拒絶している。テロ民兵組織「イスラム国」(IS)のような過激集団は、糾弾されるべきだが、AfDの主張は全てのイスラム教徒を敵視するものだ。

AfDの主張は、メルケル首相への攻撃でもある。メルケルは、「イスラム教はドイツに属する」と公言したことがあるからだ。この発言には、キリスト教民主同盟(CDU)やキリスト教社会同盟(CSU)内の右派からも、疑問視する声が出た。AfDは、「メルケルの政策はリベラル過ぎる」という不満を持つ保守勢力を、ひきつけようとしているのだ。

シュトゥットガルトでの党大会では、「イスラム教徒と対話を深めるべきだ」と発言した党員もいたが、激しいやじとブーイングで沈黙させられた。

「AfDは外国人に敵意を抱いている」

同党は政策綱領の中で「ドイツ経済が必要とする技能を持ち、この国に溶け込もうとする外国人の移住は促進する。しかし、ドイツの社会保障制度を利用することを目的とする無秩序な移民の受け入れは禁止するべきだ」と主張している。だが今年1月末には、同党のフラウケ・ペトリー党首が「ドイツは国境を閉ざすべきだ。難民が警官の制止にもかかわらず、国境を突破した場合、警察官は銃を使用してでも、難民の侵入を防ぐべきだ」と発言した。

法律によると、ドイツの警察官は国境を越えようとする外国人に対して発砲することを禁じられている。ペトリー党首の発言はそうした法律を無視するものだが、AfD内部からは抗議の声は出なかった。

メルケル政権のハイコ・マース連邦法務大臣は、あるインタビューの中で、「AfDはドイツを全く異なる国に改造しようとしている。同党は外国人に敵意を抱いており、極右勢力との間に明確な一線を画していない。AfDはドイツ人を扇動して、外国人と対立させようとしている。多くのドイツ人は、AfDが望むような国には住むことを拒否するだろう」と述べている

またCDUのペーター・タウバー幹事長も、「AfDは、我々の国を強くし、成功させてきた価値体系を踏みにじる、反ドイツ政党である。その政策の背後にあるのは愛国心ではなく、反動主義と権威主義だ」と断定している。

州議会選挙で大躍進

確かに、AfDが主張する政策は極端である。同党は徴兵制度の復活を求めている。反EU政党であるAfDは、ドイツがユーロ圏から脱退し、マルクを復活させることを望んでいる。さらにテレビやラジオの受信料支払い義務に反対し、公共放送局の数を減らすべきだと主張している。また「メルケル政権のエネルギー転換、特に再生可能エネルギーの振興によって電力料金が高くなっていることは受け入れがたい」として、再生可能エネルギー拡張政策を見直して、原子力発電所の再稼働を求めている。

興味深いのは、これまでAfDの主張を大きく取り上げてこなかったドイツの大手メディアが、今年春以降はAfDの提案を具体的に報じ始めたことである。その背景には、報道関係者の間で、「難民危機を追い風にして、ドイツでは中間階層にもAfDの支持者が増えている。このため、AfDについて、極右政党という烙印を押すだけでは、もはや問題を解決できない。AfDの主張を詳しく報道・分析して、その誤りを暴くことにより、市民にAfDの危険性を伝える必要がある」という意見が強まっているからだ。

報道関係者がこのような危機感を抱く理由は、AfDが3月に旧西ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州、ラインラント=プファルツ州、旧東ドイツのザクセン=アンハルト州で行われた州議会選挙で、二桁の得票率を記録し、大躍進したことだ。特にザクセン=アンハルト州では、約27万人がAfDを選び、得票率は24.2%に達した。AfDが来年の総選挙で連邦議会入りすることは、確実と見られている。

AfD現象は、フランスでの極右政党の躍進、米国大統領選挙でのドナルド・トランプへの人気集中、ポーランドやハンガリーの右傾化と共通の根を持つ。社会と経済の急激な変化に不安を持つ庶民が、排外主義に拠り所を求めているのだ。

ドイツ社会は、AfDの躍進に歯止めをかけることができるだろうか?

20 Mai 2016 Nr.1026

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:26
 

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