独断時評


VW、排ガス不正で創業以来最大の赤字に転落

昨年9月に発覚したフォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正は2015年の同社の業績に深い爪痕を残し、VWは創業以来最大の赤字を記録した。2016年4月22日、VWのミュラーCEOは2015年12月期の業績を発表した際に、「排ガス不正は、我が社に非常に大きな経済的負担をもたらした」と述べ、VW史上最悪のスキャンダルが、業績の大幅な悪化につながったことを認めた。

監査役会会長
ハンス・ディーター・ペッチュ監査役会会長と、
VWのマティアス・ミュラーCEO(右)

排ガス不正対策費用を増額

VWの本業からの儲けを示す業務利益は、2014年には126億9700万ユーロ(1兆6506億円・1ユーロ=130円換算)だった。だが2015年の業務利益は、40億6900万ユーロ(5290億円)の赤字となった。

またVWは2014年に110億6800万ユーロ(1兆4388億円)の当期利益(税引き後)を稼いでいたが、2015年は13億6100万ユーロ(1769億円)の赤字に転落した。

その最大の原因は、排ガス不正対策費用の大幅な増加である。2015年9月にVWは、「排ガス不正による追加コスト」として67億ユーロ(8710億円を準備した。しかしこの額ではリコール費用や米国での訴訟での和解費用、民事制裁金をカバーできない可能性が強まった。このためVWは「排ガス不正対策コスト」を当初の2倍を上回る162億ユーロ(2兆1060億円)に引き上げたのだ。

この結果、VWは配当を前年に比べて大幅に引き下げた。2014年に基幹株を持っていた株主は、1株あたり4.80ユーロ、優先株を持っていた株主は4.86ユーロの配当を受け取ったが、VWの取締役会は、2015年度の配当を基幹株について0.11ユーロ、優先株について0.17ユーロに引き下げた。

ミュラーCEOは株主の怒りをなだめるために、コメントを出した。「VWの基幹ビジネスそのものは、非常にうまくいっている。売上高は、前年に比べて5.4%増えている。排ガス不正がなければ、2015年度12月期の業務利益は、128億ユーロ(1兆6640億円)になるはずだった」。

ミュラーは、排ガス不正が2016年度の業績にも影を落とすという見通しを明らかにした。同社は年度の売上高が2015年度よりも最高5%減ると予想している。特に米国市場ではVWの車の売れ行きが鈍っている。2016年の第1四半期の米国での販売台数は、排ガス不正のために、前年比で13%減った。

取締役の巨額報酬に対する批判

2016年の春、ドイツではVWの取締役が受け取る巨額の報酬について、激しい議論が行われた。ドイツの日刊経済紙「ハンデルスブラット」のガボア・シュタインガルト編集長は、2016年4月8日付の電子版でこう述べている。「2014年に財務担当取締役だったハンス・ディーター・ペッチュの2014年の年間報酬は、646万ユーロ(8億4000万円)だった。ペッチュは2015年に監査役会長に就任し、その報酬は1000万ユーロ(13億円)に引き上げられる。約55%の増額である。排ガス不正によって、多くの人々が迷惑を受けている。VWの社員は会社の将来を案じ、株主は経済損害を受け、顧客はだまされたと感じている。こうしたときに、VWの深刻な危機について責任の一端がある人物が、以前の報酬を大幅に上回る報酬を受け取るのだ。長い伝統を持つVWという企業が、今日ほど市民感覚から遠ざかったことは一度もなかった」。

VWの取締役報酬の計算方法は、複雑である。取締役報酬の大半は、業績連動型のボーナスである。しかも単に前年の業績だけではなく、その年に先立つ数年間の業績に基づいて計算される。例えば、排ガス不正の責任を取って2015年9月にCEOを辞任したヴィンターコルンの2014年度の年間報酬は、1502万ユーロ(19億5260万円)だった。次の表が示すように、その内基本給は192万ユーロ(2億5000万円)で、残りは前の年もしくはそれ以前の年の業績に連動して支給されるボーナスだ。

事故保険料例

ドイツ社会からの批判を受けて、2016年4月22日にペッチュは、2015年の業績連動型ボーナス230万ユーロの一部を返上することを明らかにした。取締役も、契約に基づく報酬の一部を返上する。

さらにVWは、排ガス不正による業績悪化を理由に、取締役の業績連動型ボーナスのうち30%を優先株の形で3年間にわたって凍結する。3年後のVWの株価が、2016年春の株価に比べて25%高くなっていない場合には、ボーナスの内凍結された部分は、支払われない。

VWは「この結果、2015年12月期の業績について、取締役に払われる業績連動型ボーナスは、2014年に比べて57%減る」と説明している。当初取締役たちからは、「契約に基づく報酬の一部を、なぜ減らされなくてはいけないのか」という声も出ていた。だがさすがのVW経営陣も、世論の批判や従業員の感情を無視することはできず、報酬を削減せざるを得なかったわけだ。

VWは排ガス不正をきっかけに、今後も企業体質の改善を迫られるだろう。

6 Mai 2016 Nr.1025

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:53
 

パナマ文書 暴露の衝撃

調査報道に基づくドイツ発のスクープが、全世界を揺るがしている。4月4日、ドイツの日刊紙南ドイツ新聞(本社ミュンヘン)は、多数の政治家、スポーツ選手、ビジネスマンらがパナマなどに持っていたオフショア資金口座の実態を暴露した。この報道をきっかけに、資産を隠していた富裕層に対し、税務署や検察庁の捜査のメスが入る可能性もある。

パナマ文書
パナマ文書を基に、各国指導者や著名人による脱税など
不正取引がなかったか調査を開始

アイスランドの首相が退陣

南ドイツ新聞は、パナマの弁護士事務所「モサック・フォンセカ」が、政治家や富裕層のために英国バージン諸島、パナマ、バハマ、セイシェルなどの租税回避地(タックス・ヘイブン)に設置した21万4488件のペーパーカンパニーに関する情報を入手した。その情報量は、2.6テラバイト、文書にして1150万枚に達する。同紙はデータの量が膨大である上、取材対象が多くの国にまたがっていることから、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の協力を依頼。約80カ国の新聞社や放送局100社から、約400人の記者が取材に加わった。

取材チームは、ペーパーカンパニーの名義人のリストの中に、多くの有力者や著名人の名前を発見した。たとえばウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領、アイスランドのシグムンドゥル・ダヴィード・グンラウグソン首相、ロシアのプーチン大統領の側近セルゲイ・ロルドゥギンらの名前がリストに載っていた。またシリアのアサド大統領の従弟や、アルゼンチンのサッカー選手リオネル・メッシもこの弁護士事務所を通じて、郵便受けだけがあって実体のない幽霊会社を開設していた。

この内アイスランドのグンラウグソン首相は、2009年末まで妻とともにペーパーカンパニーを持っており、オフショア口座にアイスランドの銀行の社債を保管していた。首相は4月5日に市民らの抗議を受けて辞任した。

各国政府が調査を開始

ドイツ連邦政府の副首相ジグマー・ガブリエル経済大臣は、「名義人に匿名性を与えるペーパーカンパニーや財団の設置を、世界中で禁止するべきだ」と要求。連邦財務省のヴォルフガング・ショイブレ大臣も、「パナマ文書の暴露によって、実体のないオフショア幽霊会社への資金隠しを禁じるための圧力が高まったと言える」と述べた。各国の政府も、モサック・フォンセカ弁護士事務所を通じてペーパーカンパニーを作った企業や個人に対する調査を開始。さらに南ドイツ新聞の報道から、ドイツの銀行28行が、モサック・フォンセカ弁護士事務所の仲介でオフショア幽霊会社を開設していたことも明らかになった。この事務所の仲介でオフショア幽霊会社を顧客のために作った銀行の数は、世界中で約500行に上る。ペーパーカンパニーを作ること自体は違法ではないが、脱税のために使われた場合は、法律に触れる可能性がある。各国の税務当局は、金融機関に対して会社設立を仲介した経緯について、事情聴取を開始する方針。 モサック・フォンセカ弁護士事務所は、「過去40年間にわたり、全く違法行為を行っていない」と述べた上で、わが社が仲介して創設されたオフショア会社を悪用する顧客がいたとしたら、遺憾である」という声明を発表している。また同事務所は、「我々はハッカーによって情報を盗まれた被害者だ」と主張している。

背景に金融業界の変化

インターネット上では、この事務所だけでなく、 多くの会社が顧客のためにオフショア資金口座を開設するサービスを行っている。これらの企業は、顧客に匿名性と秘密厳守を約束する。このため資金を目立たない場所にプールしたいと考える企業や個人にとっては、オフショア幽霊会社や秘密口座は「隠れ家」として悪用されかねない。

バージン諸島やパナマなどのタックス・ヘイブンが多くの企業・個人によって使われる背景には、金融業 界のグローバルな変化がある。近年、欧米の捜査当局や税務署はテロ組織の金の流れや資金洗浄、脱税犯に対する捜査を強化しており、スイスやルクセンブルク、リヒテンシュタインの銀行は匿名口座を原則として禁止している。30年前には、ドイツの富裕層が多額の現金を車でスイスまで運んで、銀行に匿名口座を作り、ドイツの税務署の目を逃れることができたが、現在では金融機関側が拒否する。多くの国の銀行では、税務当局からの問い合わせがあった場合、「銀行の顧客に関する情報の守秘義務」は存在しない。

ドイツでは、2008年頃からドイツ・ポストの社長だったクラウス・ツムヴィンケルや、サッカーチームFCバイエルン・ミュンヘンのマネジャー、ウリ・ヘーネスなど大物脱税者の摘発が目立っている。これらの脱税犯が摘発されたきっかけは、リヒテンシュタインなどの銀行員が、資産を隠していた富裕層のリストをドイツの税務当局に数億円の報酬と引き換えに売ったことだった。これを受け、ドイツでは富裕層が刑事訴追を逃れるために、税務署に脱税の事実を暴露するケースが急増している。このように欧州で税務調査が厳しさを増していることから、一部の富裕層は、匿名性を保証するオフショア・カンパニーに資金を隠しているのだ。世界中の大半のサラリーマンは、源泉徴収で税金を取られているので、資産隠しは難しい。多くの国々で所得格差が拡大し、市民の不公平感は強まっている。パナマ文書の暴露報道で、各国政府はタックス・ヘイブンへの圧力を高めるだろう。

15 April 2016 Nr.1024

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:53
 

メルケル首相に衝撃! - AfDの躍進

2016年3月13日にドイツの3つの州で行われた州議会選挙の結果は、メルケル政権だけでなく、この国のすべての在来政党に強い衝撃を与えた。

メルケル(キリスト教民主同盟=CDU)の難民受け入れ政策に反対する右派ポピュリスト政党・「ドイツのための選択肢(AfD」が大躍進し、初の議会入りを果たしたのだ。

AfDが旧東独の州で第2党に

「難民危機をめぐる国民投票」と呼ばれたこの選挙で、多くの有権者がメルケルの難民政策に「ノー」の意思表示をした。日本の新聞社や放送局はこの選挙についてほとんど報じていないが、この選挙結果は来年の連邦議会選挙の行方を占う上で、極めて重要な意味を持っている。

今回、州議会選挙が行われたのは、旧西ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州、ラインラント=プファルツ州、旧東ドイツのザクセン=アンハルト州。

この内、ザクセン・アンハルト州では、約27万人がAfDを選び、得票率を24.2%に押し上げた。これは、第一党であるCDUの得票率(29.8%)に肉薄するものだ。この州では、有権者のほぼ4人に1人が、右派ポピュリスト政党を選んだことになる。有権者の3人に1人が、AfDに票を投じた選挙区もあった。

同州での選挙結果は、驚異的である。AfDの得票率が、現在ベルリンで大連立政権に加わっている社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)、リンケ(左派党)の得票率を大幅に上回ったからだ。この州では、前回の選挙の投票率は51.2%だったが、今回は投票率が10ポイント近く上昇して、61.1%となった。前回棄権した有権者10万1000人が、メルケルの難民政策に抗議するために投票所へ行ってAfDに票を投じたためだ。また、前回CDU、SPDなど5つの在来政党を選んだ有権者の内、11万2000人がAfDに鞍替えした。

旧西独でも2桁の得票率

AfDが躍進したのは、旧東ドイツだけではない。同党は、ドイツ南西部のバーデン=ヴュルテンベルク州でも15.1%、ラインラント=プファルツ州でも12.6%と、二桁の得票率を記録した。

バーデン=ヴュルテンベルク州でのSPDの得票率は、AfDよりも低かった。ガブリエル党首には、大きな屈辱である。同州では、実に80万9000人がAfDに投票。同党は、CDUから19万人、SPDから9万人、緑の党から7万人の票を奪っている。

投票率の増加は、バーデン=ヴュルテンベルク州(61.8%から70%に上昇)と、ラインラント=プファルツ州(66.2%から70%に上昇)でも見られた。難民危機は、多くの有権者を投票所へ駆り立てたのだ。

メルケルの難民政策への抗議

AfDが躍進した最大の理由は、同党がメルケルの寛容な難民政策に批判的な有権者の票を集めることに成功したからだ。AfDは、難民受け入れ数の制限を求めている。さらに、同党はユーロ圏からの脱退や、ギリシャへの金融支援の停止などを要求している。

だがAfDには、ネオナチに近い過激思想の持ち主も加わっている。今年1月末には、同党のフラウケ・ペトリ党首が「ドイツは国境を閉ざすべきだ。もしも難民が警官の制止にもかかわらず、国境を突破した場合、警察官は銃を使用してでも、難民の侵入を防ぐべきだ」と発言した。ドイツの法律によると、警察官は国境を越えようとする外国人に対して発砲することを禁じられている。この発言については、警察関係者やメディアから強い批判の声が上がった。社会主義時代の東ドイツ政府は、国境警備兵に対し、ベルリンの壁を越えて西側に逃亡しようとした市民を見つけた場合には、射殺してでも逃亡を食い止めるよう命じていた。ペトリ党首の発言は、民主国家ドイツを、社会主義時代の東ドイツのような国にすることを求めるものだ。党首がこのような発言をしたにもかかわらず、多くの有権者がAfDを選んだことは、いかに多くのドイツ人が政府の難民対応に不満を抱いているかを示している。

投票直前の2016年2月に公共放送ARDが行った世論調査によると、「連邦政府の仕事に満足している」と答えた回答者の割合は、昨年7月には57%だったが、今年2月には、19ポイントも下がって38%になった。

メルケル首相に対する支持率は今年1月には58%だったが、2月には12ポイントも下がって46%になった。また、「連邦政府は難民問題にきちんと対応していると思うか」という設問に「ノー」と答えた市民の割合は、81%にのぼった。

強まる右傾化傾向

バーデン=ヴュルテンベルク州で興味深いのは、緑の党が30.3%を確保し、州議会選挙で初めて第一党になったことだ。その理由は、現州首相クレッチュマン(緑の党)が、同州で保守・革新を問わず高い人気を集めているからだ。同時に、前回はCDUを選んだ有権者の内、メルケルの難民政策を支持する市民が、CDUの保守派が難民問題をめぐってメルケルを攻撃していることに不満を持ち、緑の党に鞍替えしたことも、緑の党の躍進の理由だ。この事実は、メルケルの政策がいかに緑の党に接近しているかを示している。

ただし全体的にみると、ドイツの有権者は右傾化傾向を強めた。移民に批判的な右派政党が支持率を増やしているフランスやオランダ、英国に似た現象がドイツでも起き始めていることは、残念である。

1 April 2016 Nr.1023

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:28
 

欧州難民危機 - トルコの野望

欧州連合(EU)加盟国首脳とトルコのアフメト・ダウトオール首相は、3月7日から8日の早朝まで、ブリュッセルで約12時間にわたり、難民危機について協議した。この会議で、トルコは極めて大胆な提案を行い、メルケル首相を初めとするEU加盟国首脳たちを驚かせた。

トルコのダウトオール首相
3月7日、EU・トルコ首脳会合後の記者会見で話す
トルコのダウトオール首相

「不法難民を全て送還させる」

ダウトオール首相は、「今年6月から、我が国を通過してギリシャに渡った不法難民を、全てトルコに受け入れる用意がある。不法難民がどの国から来たかは問わない。そのかわり、EUはギリシャがトルコに送還した不法難民と同数のシリア難民を、合法的に受け入れてほしい」と提案したのだ。

すでにトルコには、270万人のシリア難民が滞在している。同国は、経済難民も含めてギリシャへの全ての不法入国者を引き取る代わりに、今トルコにいるシリア難民をEUが受け入れることを求めているのだ。難民受け入れの負担が過重になることを防ぐためだ。

ギリシャは、ドイツなど西欧諸国を目指すシリアやアフガニスタンからの難民たちにとって、最も重要なEUへの玄関口である。ギリシャの島の中には、トルコの沿岸から数キロしか離れていない島もある。このため、「人間運搬業者」たちがフェリーや小舟に難民を詰め込んで、トルコからギリシャに不法入国させる例が後を絶たないのだ。昨年10月には、211万663人もの難民がギリシャに入国した。しかも今月ギリシャの北側のマケドニアが国境を封鎖したために、大半の難民たちはいわゆる「バルカン・ルート」を通って西欧へ行くことができなくなり、数万人が国境付近で野宿させられている。今もユーロ危機の後遺症に苦しむ小国ギリシャにとっては、極めて重荷である。

このため、「トルコ経由でギリシャへ渡った不法難民を全て引き取る」というトルコの提案は、EU諸国には朗報である。だがメルケルらEU加盟国首脳は、直ちにトルコの提案を受諾することができなかった。その理由は、ダウトオール首相が持ち出した交換条件が、EUにとって厳しいものだったからだ。

トルコ側の厳しい要求

ダウトオール首相は、EUが難民支援のために、これまで供与を約束した30億ユーロ(3900億円・1ユーロ=130円換算)では足らないとして、供与額を2倍の60億ユーロにすることを要求。

さらにトルコは、EUのシェンゲン協定加盟国に対し、今年6月末にはトルコ人のビザなしでの渡航を可能にすることを求めた。これまでトルコは、今年10月からビザなし渡航を可能にすることを求めていたが、実施時期を4カ月早めたことになる。またトルコは、同国のEU加盟交渉を加速することも要求した。

EU側にとって、このトルコ側の提案は寝耳に水だった。このためEUはどう対応するかについて内部で協議した上で、3月17日にトルコと再び首脳会議を開くことを明らかにした。

欧州だけでなく、国内でも孤立しつつあるメルケル首相にとって、トルコは唯一の「盟友」だ。「EUの連帯」は、難民問題に関しては、すでに事実上崩壊している。他のEU諸国は、国境を閉ざしたり、国境検査を厳しくしたりして、難民の受け入れに難色を示している。昨年EU諸国は、ギリシャとイタリアに到着した16万人の難民を、人口や失業率、国内総生産に応じて加盟国に分配することを決定した。だがこれまでに実際に分配された難民の数は、1000人に満たない。ハンガリーやチェコ、スロバキアなどの東欧諸国の政府は、難民の強制的な割り当てに頑強に反対している。隣国オーストリアは、「2019年までに受け入れる難民の数を12万7500人に制限する。今年の受け入れ数の上限は、3万7500人にする」と発表している。つまりメルケルは、もはや難民受け入れについて、他のEU諸国に頼ることはできないのだ。

メルケルの最後の「盟友」

彼女にとって唯一の頼みの綱は、トルコである。メルケルは、これまでしばしばトルコを訪れて支援を求めた。トルコは、1997年からEU加盟交渉を続けているが、ドイツを初めとして多くの国々が同国のEU加盟に反対してきた。だが昨年以来、難民危機がエスカレートし、EUに100万人を超える難民が流れ込んだことから、トルコの立場は大幅に有利になった。

ドイツなどEU側に残された時間は少ない。冬の間は、ドイツに到着する難民の数は毎日2000~3000人だ。だが4月以降は気温が上昇し、エーゲ海や地中海が穏やかになるので、西欧を目指す難民の数が再び増加する。昨年9月には、毎日1万人近い難民がドイツの土を踏んだ。だがバルカンルート沿いのマケドニア、スロベニア、セルビアなどは、3月初旬以降国境を閉ざしている。このため、ギリシャ北部で多数の難民が足止めを食らい、混乱が生じる恐れがある。

ダウトオール首相は、「EUに対する要求を引き上げるのは、春が目前に迫った今しかない」と考えて、ブリュッセルで大胆な提案を行ったのだ。

だがトルコの民主主義は、EUの水準には達してない。EU諸国は、トルコ政府の言論の自由の抑圧、クルド人に対する弾圧について批判してきた。ドイツでは、「難民問題でトルコへの依存を高めることは、逆にトルコから『脅迫』される危険も生じる」という意見もある。

メルケルや、他のEU加盟国首脳は、苦しい選択を迫られている。

18 März 2016 Nr.1022

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:54
 

高額紙幣とテロ対策をめぐる激論

ユーロ圏には、500ユーロという高額紙幣がある。日本円にして、約6万5000円だ(1ユーロ=130円換算)。だが私は、実物をまだ見たことがない。一体誰がこんな紙幣を使っているのだろうか?

500ユーロ
一般市民には縁のない500ユーロ紙幣の束

500ユーロ紙幣に高まる批判

欧州連合(EU)では、「高額紙幣は、テロリストや麻薬の密売人などに使われるほか、脱税にも使用されるかもしれない」として、500ユーロ紙幣を廃止するべきだという意見が強まっている。つまり政府や金融機関によって金の流れを把握されたくない人々が、このような紙幣を使っているというのだ。

昨年12月にドイツ連邦財務省のヴォルフガング・ショイブレ大臣は、欧州委員会に対して、資金洗浄に関する法律を強化するよう求めた。彼は、500ユーロ紙幣を廃止するとともに、ユーロ圏での現金による支払いに、5000ユーロ(65万円)の上限を設定することを提案している。今のところユーロ圏での現金支払いについては、統一された上限がない。フランスでは現金支払いについて1000ユーロ、イタリアでは3000ユーロの上限が設けられている。

さらに今年1月末には、社会民主党(SPD)の議員団が、「500ユーロ紙幣を廃止し、現金による支払額に上限を設ければ、犯罪組織などによる資金洗浄を防止することができる」とする意見書を公表した。実は欧州ではこれまでも現金の使用について様々な意見が出されてきた。ノルウェーでは一部の銀行が、紙幣と貨幣の全廃を提案したことがある。

欧州中央銀行(ECB)の大半の理事は、500ユーロ紙幣の廃止に賛成している。同理事会は、銀行委員会に対し、500ユーロ紙幣廃止のための技術的な手続きを検討するよう命じた。

市民に無縁の高額紙幣

ECBの統計によると、これまでに発行された500ユーロ紙幣の総額は、ユーロの紙幣・硬貨の総額の約28%を占める。しかしECBが行ったユーロ圏の市民を対象とした世論調査では、回答者の56%が「500ユーロ紙幣を一度も見たことがない」と答えている。

ECBのベノワ・ケーレ理事は、「今日では、電子決済の重要性が高まる一方だ。500ユーロ紙幣が、犯罪組織などによって、違法な目的のために悪用されているという事実を、無視することはできない。この紙幣を使い続けるという理由は、どんどん減っている」と述べ、廃止に賛成する姿勢を打ち出している。ドイツ銀行のジョン・クライアンCEO(最高経営責任者)も今年のダボス会議で、「現金による支払いは時代遅れだ」と語っている。

また通貨政策関係者の一部からは、「現金を完全に廃止すると、通貨政策の有効性がこれまでよりも高まる」という意見も聞こえる。その理由は、ユーロ圏やスイスのようにマイナス金利が存在する国では、企業や個人が預金を引き出して現金として金庫に保有する可能性が高まり、通貨政策が及ばない分野が生じるからである。このように、ECBや政治家の間では、高額紙幣や多額の現金支払いに対する風当たりが徐々に強まっている。

現金制限に反対する人々

だが、ドイツでは、現金使用の制限についての批判も根強い。ドイツの右派ポピュリスト政党アルファに属する経済学者のヨアヒム・シュターバッティー教授や、マンハイム大学で国民経済学を教えているロラント・ファウベル教授は、「現金支払いが禁止された場合、市民は国家と銀行によって、完全に監視されることになる」と主張している。

UBS銀行のチーフエコノミストだったアンドレアス・ヘーフェアト氏も、「現金支払いが廃止されて、金の流通が完全に電子化された社会では、プライベートな金のやりとりが全く不可能になってしまう。犯罪防止という大義名分のために、個人の領域が犠牲にされる」と警告している。またドイツ連邦憲法裁判所のハンス・ユルゲン・パピーア元長官は、「現金支払いについて制限を加えることは、契約形態を選ぶ自由などの個人の権利を侵害するものであり、憲法違反だ。市民のあらゆる行動を国家が監視することを許してはならない」と述べている。

「タンス預金の自由を」?

ドイツ産業連盟(BDI)のハンス・オラーフ・ヘンケル元会長も「現金支払いの制限は、監視国家への入り口。現在多くの国々でマイナス金利が問題になっているが、今後は、民間の銀行でも預金者に対して、「預金料」を請求するようになるかもしれない。その場合、市民は、金を銀行に預けずに、現金として持っていれば、マイナス金利による損失を防ぐことができる。資産を現金で保有することは、マイナス金利による財産没収を免れるための、唯一の道だ」と述べ、現金廃止に反対している。

日本や米国には、高額紙幣はない。1枚で6万5000円の価値がある500ユーロ紙幣は、先進国の通貨としては突出した存在である。こう考えると、500ユーロ紙幣は将来廃止されるかもしれない。

ただし、現金の完全廃止は別問題だ。そのような提案が浮上した場合、ドイツで経済学者や企業経営者らが連邦憲法裁判所に違憲訴訟を提起するだろう。

現金が地球から完全に姿を消す日は、まだかなり先のことになるのではないだろうか。

4 März 2016 Nr.1021

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:54
 

<< 最初 < 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 > 最後 >>
39 / 114 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express SWISS ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作