独断時評


ドイツは国境を閉鎖するべきなのか?

今年に入って、難民危機にどう対処するかをめぐる議論が白熱化している。メルケル首相は難民数を減らすべきだとしながらも、「基本法(憲法)が保障する亡命権に上限はない」という立場を崩していない。

国境を開くべきか閉ざすべきか
難民に対し、国境を開くべきか閉ざすべきか

上限設定を求めるCSU

これに対し、大連立政権に属するキリスト教社会同盟(CSU)は、今年ドイツが受け入れる難民数を20万人に制限するべきだと主張している。

CSUに属するバイエルン州政府のゼーダー財務大臣は、「欧州連合(EU)境界線の警備も、EU加盟国への難民の配分も機能していない。今年、ドイツの難民受け入れ数が20万人に達したら、少なくとも内戦などが起きていない国からやってきた外国人は、ドイツに入国させずに国境で追い返すべきだ」と主張する。

ゼーダーによると、昨年ドイツに入国した110万人の難民のうち、亡命する資格があるのは約67%。彼は「亡命のための要件を満たしていない残りの35万人は、ドイツから追い出すべきだ」と訴える。また彼は、「EUではドイツとフランス、英国、東欧諸国との間で難民の扱いをめぐって不協和音が高まり、分裂の危機さえ高まっている。ドイツが昨年、独断的に国境開放という決断を下したことが、現在のEUの内部対立の大きな原因になっている」と述べ、メルケルの決定を強く批判している。

現在、欧州でドイツの孤立は深まっている。今年1月に隣国オーストリアは、「2019年までに受け入れる難民の数を12万7500人に制限する。今年の受け入れ数の上限は、3万7500人にする」と発表した。これまで難民受け入れに積極的だったスウェーデンが、国境検査を強化し始めたことも、メルケル首相にとって大きなプレッシャーとなっている。

AfDへの支持率急上昇

難民問題は、ドイツの政局の台風の目である。今年ドイツでは、南部のバーデン=ヴュルテンベルク州など3つの州議会で選挙が行われる。また来年には日本の総選挙に相当する連邦議会選挙が行われる。こうした重要な選挙が近づいているため、メルケルに対する圧力は刻一刻と高まっている。

公共放送ARDが今月行った世論調査によると、排外主義を主張する右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率は約12%に達し、キリスト教民主同盟(CDU)・CSUと社会民主党(SPD)に次いで、第3党となった。右派政党が、緑の党や自由民主党(FDP)を追い抜いたのである。

さらに「連邦政府の仕事に満足している」と答えた回答者の割合は、昨年7月には57%だったが、今年2月には、19ポイントも下がって38%になった。メルケル首相に対する支持率は今年1月には58%だったが、2月には12ポイントも下がって46%になった。また、「連邦政府は難民問題にきちんと対応していると思うか」という設問に「ノー」と答えた市民の割合は、81%にのぼった。

これらの数字は、既成政党の難民危機に関する対応に不満を抱いた有権者たちが、抗議の姿勢を示すために、AfDを支持し始めていることを示している。AfDが、今年と来年の選挙で州議会や連邦議会に議席を獲得することは、ほぼ確実だ。

多くのドイツ人が抱く「今年も100万人の難民がドイツにやって来るのだろうか」という漠然たる不安感が、ポピュリスト政党にとって追い風となっている。

しかしAfDは、信頼するに足る政党だろうか。同党の幹部は、今年1月に「ドイツは国境を閉ざすべきだ。もしも難民が警官の制止にもかかわらず国境を突破した場合、警察官は銃を使用してでも、難民の侵入を防ぐべきだ」と発言した。ドイツの法律によると、警察官は国境を越えようとする外国人に対して発砲することを禁じられている。

社会主義時代の東ドイツ政府は、国境警備兵に対し、ベルリンの壁を越えて西側に逃亡しようとした市民を見つけた場合には、射殺してでも逃亡を食い止めるよう命じていた。AfD幹部の発言は、民主国家ドイツを、社会主義時代の東ドイツのような国にすることを求めるものであり、噴飯物である。この発言は、今日のドイツ社会での議論が難民危機のために、いかに感情的なものになっているかを浮き彫りにするものだ。

メルケルの言動に微妙な変化

そうした中、メルケル首相も次第に難民に対する姿勢を硬化させつつある。特に大晦日にケルンで起きた集団暴力事件以降、メルケル首相の言動に変化が生じている。

たとえばメルケル首相は1月30日にメクレンブルク=フォアポンメルン州での党の集会でこう語った。「シリアが平和になり、ISが撃退されたら、シリア難民はドイツで学んだ知識を持って、シリアに戻ってほしい」。これは、メルケル首相が難民に対し祖国への帰還を望んでいることを示した初めての発言として、ドイツの政治家やメディアによって注目された。彼女は心の中で、「難民に対して寛容な姿勢を見せ続けた場合、AfDによって、州議会選挙や連邦議会選挙で票を奪われる」という、冷徹な計算を行っているのかもしれない。

ドイツやオーストリアが国境を閉ざした場合、難民たちはどこへ行けばよいのか。数万人の難民が国境の前で立ち往生する悪夢が再現されるのか。難民危機という長く暗い夜に、まだ明かりは見えない。

19 Februar 2016 Nr.1020

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:54
 

ドイツの原発のゴミをめぐり激しい議論

 西側先進国で最悪の原子力災害となった、東京電力・福島第一原子力発電所での炉心溶融事故から、今年で5年目となる。

夜のケルン中央駅前
最終所蔵処分場をどこにすべきか議論されている放射性廃棄物

今も約10万人が避難

だが福島事故は今も終わっていない。福島県によると、2015年11月の時点で、約10万2000人が避難生活を強いられている。

この内、住んでいた場所が原発からの放射能で汚染されたために避難している人の数は、12の市町村で約9万人。彼らが住んでいた地域は、放射線量の強さに応じて、政府から帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域に指定されている。

双葉町などでは、大半の地域で年間積算線量が50ミリシーベルトを超えており、政府から帰還困難区域に指定されている。帰還困難区域では、放射能汚染がひどいために、福島事故から6年経っても線量が年間20ミリシーベルト未満にならないと予想されている。

帰還困難区域の広さは、約337キロ平方メートル。事故前にこの地域に住んでいた住民約2万5000人の大半は、今後も長年にわたって故郷に戻ることができないと見られている。福島県の原野では、汚染土を詰めた黒いビニール袋がうず高く積まれている。このビニール袋の山は、今後我々日本人が何十年にもわたって取り組んでいかなくてはならない、放射性廃棄物との戦いの象徴である。

廃棄物貯蔵処分場をどこに作るのか

ドイツでも、原発からのゴミをめぐる議論が激しく行われている。メルケル政権は、放射性廃棄物の最終貯蔵処分施設の建設へ向けて、本格的な作業を始めている。ドイツ連邦議会と連邦参議院は、2014年4月に「高レベル核廃棄物の貯蔵処分に関する委員会」を発足させた。この委員会の任務は、「最終貯蔵処分場の選定に関する法律」に基づき、原発からの使用済み核燃料など、放射能で著しく汚染された廃棄物を、長期的に貯蔵する場所を選定することだ。

委員会のメンバーは、連邦議会議員と州議会議員、科学者、宗教関係者、環境団体、産業界の代表33人である。この委員会は、次の問題について、議会と政府に提言書を提出する。

  • 最終貯蔵処分場の場所をどのように選ぶべきか?
  • 最終貯蔵処分場が満たすべき、安全基準は何か?
  • 放射性廃棄物は永久に貯蔵するべきか、それとも将来放射性廃棄物の新しい処理方法が開発される場合に備えて、廃棄物を取り出すことができるようにするべきか?

委員会は2031年頃までに最終貯蔵処分場の候補地を決定し、連邦政府と議会関係者に提案。最終的には連邦議会と連邦参議院が決定する。連邦政府は、計画通りに運べば、2050年頃には最終貯蔵処分場に高レベル放射性廃棄物の搬入を始める方針だ。

密室で決められた候補地・ゴアレーベン

この委員会での討議内容の議事録は、ネット上で公開され、誰でも読めるようになっている。高い透明性が確保されている理由は、環境団体や緑の党が「福島事故が起こるまで、高レベル核廃棄物の貯蔵処分場の選定作業は密室の中で決められてきた」と批判したからである。1977年に、当時のシュミット政権とニーダーザクセン州政府は、同州東部のゴアレーベンの岩塩坑が、高レベル放射性廃棄物の最終貯蔵処分場に適しているかどうか調査を開始した。当時の西ドイツ連邦政府は、ここに原発のゴミの捨て場所を作ることについて、事前に住民たちの意見を全く聞かなかった。このため地元の住民らの激しい反対運動が起きた。

だが1998年に、ゴアレーベンでの調査に反対していた緑の党が政権に参加すると、状況は一変した。シュレーダー政権の環境大臣に就任した緑の党のトリティンは、ゴアレーベンに関する調査活動を10年間にわたって凍結したのだ。2011年の福島事故後、メルケル政権はそれまで最有力候補地だったゴアレーベンだけにとらわれず、ほかの候補地も探すという方針を明らかにした。この決定は、ゴアレーベンを最終貯蔵処分場にしようとしていた、シュミット政権、コール政権の方針を事実上白紙撤回したものである。

日本での選定作業もガラス張りに!

ドイツでは、市民の強い反対によって原子力発電所や高速増殖炉の建設プロジェクトが中止に追い込まれたケースがいくつもある。ゴアレーベンの最終貯蔵処分場プロジェクトの挫折も、そうしたケースの一つである。地元住民たちの強硬な反対姿勢が、1998年の左派連立政権の誕生、緑の党の政権参加によって、国のエネルギー政策の大きな変更につながったのである。このエピソードは、市民の意思をエネルギー政策に反映させる上で、二大政党制が健全に機能することが、いかに重要かを示している。

日本でも、高レベル核廃棄物の貯蔵処分場がどこに作られるかは、まだ決まっていない。使用済み核燃料は、原子力発電所に中間貯蔵されている。中間貯蔵される使用済み核燃料の量は、時間とともに増えていく。

このため、日本でも高レベル核廃棄物の貯蔵処分場の正式な選定作業を、一刻も早く始める必要がある。その場合、日本政府と国会は、ドイツ政府と議会が現在行っているように、討議と決定のプロセスをガラス張りにして、技術者の意見だけではなく、住民の意思にもできるだけ配慮してもらいたい。

5 Februar 2016 Nr.1019

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:55
 

ケルンの暴力事件とドイツの難民政策

大晦日からにかけて、ドイツ社会と政界を大きく揺さぶる事件が起きた。この出来事は、単なる刑事事件ではない。その地震波は、メルケル首相に対するドイツ市民の信頼感にも大きな影響を与えた。

夜のケルン中央駅前
夜のケルン中央駅前

ケルン・狂気の夜

最も深刻な事態が起きたのは、ケルン中央駅と大聖堂の間の広場である。ここには、花火や爆竹で新年の到来を祝うために、多くの人々が集まっていた。ノルトライン・ヴェストファーレン(NRW)州のラルフ・イェーガー内務大臣が発表した報告書によると、ここにいた約1000人の群衆の大半は、北アフリカ、またはアラブ系の外国人だった。その内、酒に酔った外国人たちが、数時間にわたって、市民を取り囲んで財布や携帯電話を奪ったり、女性の胸や下半身を触ったりした。1月18日の時点では、約880人が警察に被害届を出している。その内、約40%が性的犯罪だった。

警察の対応の悪さには、唖然とするばかりだ。現場には約140人の警察官がいたが、外国人が市民を取り囲んで視界を遮っていたためか、多くの警官たちは、現場で女性たちが外国人に襲われていたことに気づかなかった。

NRW州内務省によると、1月10日の時点で警察は19人の容疑者を捜査しているが、その内10人が亡命申請者で、9人が不法に滞在している外国人だった。亡命申請者の内9人は、昨年ドイツにやってきた外国人。また容疑者の内14人は、モロッコとアルジェリア出身だった。

ある外国人は、警察官に対して「俺はメルケルに招待されたのだから、丁寧に対応しろ」と言い放った。

行政側が、事態の深刻さに気がついたのは、事件から4日経った1月5日。当初、主要メディアもこの事件について、ほとんど報道しなかった。

NRW州政府は、ケルン市警察の対応に重大な落ち度があったとして、ヴォルフガング・アルバース本部長を解任した。さらに同様の事件は、ハンブルクとシュトゥットガルトでも発生していた。女性2人が強姦されたという報道もある。

メルケル政権にも強い衝撃

ドイツはこれまで比較的治安が良い国として知られていた。警察官が近くにいたのに、公共の場で多数の女性が性犯罪の被害者となるという事件は、戦後ドイツで初めてだ。メルケル首相は、「一部の外国人は、女性を蔑視しているのだろうか。そうだとしたら、我々は徹底的に取り締まる。ケルンの事件は、氷山の一角だ」と強い不快感を表明。またマース連邦法務大臣は、「ケルンでは、一時的に文明国とは呼べない状況が出現した」と述べた。

メルケル政権は、罪を犯した外国人の国外追放に関する規定を、厳しくする方針だ。これまでドイツでは、罪を犯した外国人のうち、国外追放処分になるのは、裁判所から禁固2年以上の実刑判決を受けた者に限られていた。今後は、禁固2年未満で、執行猶予付きの有罪判決を受けた外国人でも、国外追放が可能になる。さらに政府は警察官を増員するとともに、広場など公共の場所を監視するカメラの数を増やす。

今回の事件で、メルケル首相の難民政策に対する批判が、一段と強まっている。普段はリベラルな論調で知られる「シュピーゲル」誌も、「ケルン事件以来、多くのドイツ人が、自分の国で外国人によって危険にさらされるという疎外感と不安感を抱いている。メルケル政権は、難民数を大幅に減らして、市民の不安を取り除くべきだ」と主張している。メルケル首相の難民受け入れ政策を支援していた人々にとって、ケルンの暴力事件は、大打撃である。これまで右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」などは、「難民に紛れて犯罪者がドイツに流れ込む」と主張して、難民の受け入れに反対してきた。彼らはケルンの事件を見て、「我々の言う通りだったではないか」と豪語している。 

難民数は今後も急増する

昨年ドイツには約100万人の難民が到着した。大連立政権に参加しているキリスト教社会同盟(CSU)のホルスト・ゼーホーファー首相は、「今年ドイツが受け入れる難民の数を20万人に抑えるべきだ」と要求している。メルケル首相は、「難民の数は減らすべきだ」としながらも、受け入れ数に上限を設けることには反対している。ドイツの保守派たちは、「ドイツに到着した難民には、ドイツの法律や規則を守ることや言語の学習を義務付け、この国の社会に適応することを強制するべきだ。従わない者については、国からの生活保護などを削減するべきだ」と主張している。

あと数カ月して欧州に春が訪れ、地中海の波が穏やかになれば、再び多くの難民がドイツを目指す。今後3年間で欧州連合(EU)にやってくる難民の数は、約300万人に達すると見られている。今ドイツで我々が見ている状況は、まだ序章なのだ。

私は、全ての難民を犯罪者と同一視することには反対だ。だが、一人一人の難民を詳しく審査せずに、毎年100万人の外国人をこの国に受け入れることは、ドイツに大きなストレスをもたらす。メルケル首相の「Wir schaffen das(私たちはやり遂げられる)」というスローガンだけでは、もはや国民は納得しない。

メルケル首相への支持率も低下する可能性がある。ケルンの駅前で繰り広げられた光景は、ドイツの「歓迎する文化(Willkommenkultur)」の終わりを意味するのかもしれない。この国で難民に対する目が厳しくなることは避けられない。

22 Januar 2016 Nr.1018

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:13
 

2016年のドイツを展望する

ドイツ、そして欧州は五里霧中の状態にある。その理由は、第二次世界大戦後に一度もなかった事件が2015年に立て続けに起きたことにある。私は1990年からドイツに住んでいるが、過去25年間に今ほど日本で欧州が注目されたことは、一度もなかった。これらの事件の余韻はまださめておらず、2016年にも長い影を落とす。

ケルン大聖堂と新年の花火
ケルン大聖堂と新年の花火

イスラム・テロとの戦い

最も大きな影は、イスラム過激派の脅威が欧州の街角に到達したことだ。残念だが新春の欧州は、テロと戦争の暗雲に覆われている。2015年1月には、パリの風刺週刊新聞「シャルリー・エブド」とユダヤ系スーパーマーケットがテロリストに襲われて編集者らが殺害された。過激主義者らの凶弾は、その10カ月後にパリのコンサートホール、カフェ、レストランで130人の市民を殺害した。

フランスのオランド大統領はこのテロを「戦争行為」と断定。今年からシリアとイラクでテロ組織イスラム国(IS)に対する空爆を強化する。メルケル政権も、フランスなど有志国連合を電子偵察機や空中給油機によって支援することを決めた。今年から約1200人の連邦軍兵士が欧州版対テロ戦争に参加する。

だが対テロ戦争の先行きは不透明だ。テロ組織を空爆だけで壊滅させることは、不可能だ。フランスが地上部隊を送るとしたら、シリア政府軍、IS、クルド人部隊、ロシア軍、ヒズボラ(神の党)など種々の戦闘部隊が入り乱れて戦う泥沼に足を踏み入れることになる。オランドにはそれだけの覚悟があるのか。有志国連合は、ISとの戦いで何を達成したら戦争を止めるのかという「出口戦略」を確立するべきだ。出口戦略を持たずに軍事介入を行う国は、アフガニスタンやイラクでの米軍と同じ運命にさらされる。軍事攻撃だけではなく、シリア和平を実現するための外交工作にも力を入れるべきだ。

難民危機は終わっていない

シリアの内戦を一刻も早く終結させることは、難民危機を解決する上でも極めて重要だ。2015年、ドイツでは約100万人の難民が亡命を申請した。2015年からの3年間で、欧州連合(EU)に流入する難民の数は300万人に達すると予想されている。

英仏など多くのEU加盟国が難民受け入れに難色を示す中、メルケル首相は戦火を逃れてきた難民たちに対して寛容な態度を示した。彼女の「Wir schaffen das(我々は達成できる)」という言葉は、未知の世界に対して門戸を閉ざさない、新しいドイツの楽観主義を象徴するスローガンになった。

だがドイツの地方自治体や保守派は「難民の受け入れ数の上限(Obergrenze)を設定するべきだ」と主張し、メルケルへの批判を強めた。メルケルは昨年12月14日に行われたキリスト教民主同盟(CDU)の党大会で採択された「カールスルーエ宣言」で「難民数の大幅な削減を目指す」という文言は受け入れたが、上限という言葉の使用を拒否。それにもかかわらず、代議員の99%がこの宣言を承認した。メルケルは、「難民急増も、グローバル化時代の一側面だ。外国に向けて扉を閉ざして孤立することは、21世紀の解決策にはならない」と力説。メルケルに対して、代議員たちが起立したまま約10分間にわたって拍手を送った。

この出来事は、難民危機というドイツ戦後最大の試練の中で、メルケルに代わる強力な指導者がいないことを示している。2016年の欧州でも、メルケルは大きな存在感を示し続けるだろう。

極右政党の動向は?

気になるのは、欧州での右派ポピュリズムの拡大だ。昨年12月に行われたフランス地方選挙の第1回投票では、右派ポピュリスト政党「国民戦線(FN)」が社会党や国民運動連合(UMP)を上回る得票率を記録し、第一党になった。第2回投票では既存政党が団結して戦ったため、FNは敗北したものの、第1回投票の結果はフランスだけでなく、欧州全体に強い衝撃を与えた。この背景には難民急増やEUの権力拡大に対する庶民の強い不満がある。フランス以外の国でも、極右勢力が伸長する傾向が見られる。

VWにとって正念場の年

昨年ドイツでは、戦後未曽有の企業スキャンダルが表面化した。欧州最大の自動車メーカー・フォルクスワーゲン(VW)が、約1100万台のディーゼル車のエンジンに不正なソフトウエアを搭載して、米国などの排ガス規制をくぐり抜けていたのだ。

今年は、VWにとっては正念場となる。1月には製品のリコールが始まるが、同社は今年末までに欧州でのリコールと補修作業を完了させる方針。65億ユーロ(8775億円・1ユーロ=135円換算)のリコール費用が同社の業績にずしりとのしかかる。

米国での法務関連コストも顕在化する。米国・環境保護局(EPA)の罰金支払い命令や、市民による損害賠償訴訟、株主代表訴訟など様々な試練が、VWを待ち受ける。

今年も欧州では、予想外の事態が次々に起こるに違いない。社会や経済の変化に機敏に対応するためには、情報収集をこまめに行うことが一段と重要になる。

筆者より読者の皆様へ

旧年中はご愛読下さり、どうもありがとうございました。
今年もよろしくお願い申し上げます。

8 Januar 2016 Nr.1017

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:56
 

対テロ戦争に突入するドイツ

不吉な戦争の鼓動が鳴り始めた。街角を彩るクリスマスの装飾とは対照的に、欧州は沈鬱な空気に覆われている。

軍事攻撃を間接支援へ

メルケル政権は、テロ組織イスラム国(IS)を攻撃するフランスなどによる有志国連合を軍事的に支援することを決定し、ドイツ連邦議会も12月4日にこの提案を承認した。ドイツ連邦軍は、シリアやイラクのISの拠点に対する空爆には直接参加しないが、トルナード電子偵察機6機や軍事衛星によって、地上の状況をリアルタイムでフランスや英国の戦闘部隊に伝達する。また、空中給油機によって有志国連合軍の戦闘機に燃料を補給し、航続距離を延長する。さらに、シリア沖に展開するフランス海軍の空母「シャルル・ド・ゴール」をISのテロ攻撃から警護するために、フリゲート艦「アウグスブルク」を地中海に派遣する。

ドイツ連邦軍
ドイツ連邦軍は、監視偵察任務や兵站面で支援(写真はイメージです)

メルケル政権は、約1200人の連邦軍将兵をこの作戦に参加させる。来年1月には、兵士たちがシリア・イラク上空での監視偵察任務や、兵へいたん站(後方活動)面での支援を開始する。フォン・デア・ライエン国防相は連邦議会での演説で、「シリアとイラクでの支援任務は危険を伴い、長期間に及ぶだろう」と述べ、この作戦に大きなリスクが伴うことを認めた。同時に「この作戦は、盲目的に行われる冒険ではない。外交交渉と組み合わせることによって、シリアでの内戦を終結させるために必要な手段だ」と述べ、軍事支援と政治的プロセスを並行的に進めるという点を強調した。

「知らん顔はできない」

シュタインマイヤー外相は、同盟国フランスと連帯することの重要性を強調した。「テロリストが町を闊歩しているときに、我々ドイツ人が窓を閉め、シャッターを下ろして知らん顔をしていて良いのだろうか? ドイツはそのような態度を取ってはならない。テロリストの行為がエスカレートし、拡大しつつある今、我々も一致団結してテロと立ち向かわなければならない」

11月13日にパリで起きた同時多発テロでは、ISの戦闘員がコンサートホールやレストラン、カフェで自動小銃を乱射し、市民130人を殺害し、352人に重軽傷を負わせた。オランド仏大統領はこのテロを「戦争行為」と断定していた。

国連安保理は未承認

しかし、電子偵察機や空中給油機の派遣は、ISとの戦いへの関与の度合いを大幅に高めるとともに、リスクも増大させる。たとえばISは、戦闘機を撃墜して捕虜にしたヨルダン空軍のパイロットを焼き殺す模様の映像を、インターネット上に流したことがある。さらにISは、パリで行ったような無差別テロをドイツでも起こす可能性が強まる。

一方で、今回の軍事支援には国際法上の根拠が薄弱だという問題点がある。原則的には、ドイツ連邦軍が外国での武力行使に参加・協力するのは、国際連合の安全保障理事会が、国連憲章の第7条に基づいて武力行使を承認したときに限られる。だが国連安保理は、イラク・シリアでの軍事攻撃を正式に承認していない。唯一の法的根拠は、欧州連合(EU)の基本条約であるリスボン条約の第42条第7項だ。この条約によると、軍事攻撃を受けたEU加盟国は、他の加盟国に対して支援を要請することができる。フランスはこの条約に基づいて、ドイツなどに対して援助を求めた。

メルケル政権はこれまで「軍事攻撃だけでは、シリア問題を解決することはできない」として、英仏、ロシアのシリアでの軍事作戦を批判してきた。このため、当初「マリに駐留している3000人のフランス軍兵士がシリアでの作戦に参加できるように、ドイツ軍の将兵をマリに派遣する」とオランド政権に伝えていた。しかしフランス政府からは、「全く不十分だ」とする不満の声が強まった。このためドイツは、有志国連合軍に対する偵察と兵站面からの支援に同意せざるを得なかったのだ。

フランスとの連帯を重視

ガブリエル経済相は、連邦議会での11月26日の演説で、独仏協調の重要性を強調した。彼は、「ドイツが1945年に第二次世界大戦で敗北した後、フランスは他の国々とともに、我々が国際社会に復帰できるように助けてくれた。我々はフランスに借りがある。そう考えると、我々はフランスを支援しなくてはならない」と述べた。つまり、もしもドイツがフランスに対する軍事支援を拒否したら、独仏関係に修復不可能な傷がつくというわけだ。

しかし、緑の党や左派政党リンケからは、「有志国連合がシリアを空爆して、テロリストだけでなく一般市民にも死傷者が出た場合、ISに加わる者が増える危険性がある。政府は、議会で十分に審議を尽くさずに軍事支援を決めた」という批判の声が強まっている。

さらに、空爆だけではISを壊滅させることはできない。フランス軍など有志国連合軍はいずれ地上部隊を派遣せざるを得ない。ドイツ政府は、フランスから要請があった場合、地上軍の派遣を拒否できるだろうか。

米国のアフガニスタンやイラクでの経験は、この種の軍事作戦に明確な「出口戦略」が不可欠であることを示している。フランスなどの有志国連合は、対テロ戦争の遂行と終結についてはっきりした戦略を持っているのだろうか。2016年は、欧州の安全保障にとって分水嶺となるかもしれない。

18 Dezember 2015 Nr.1016

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:57
 

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