独断時評


政治家の天下り規制強化を!

日本に住んでいる方々、特に年配の方の間では、ドイツ人について、質実剛健、規則を守る真面目な人々という先入観を抱いている人が少なくない。しかし最近のニュースを聞いていると、こうした先入観が当てはまらない著名人が多いことに気付かされる。特に政界人と経済界の癒着は、年々深まる一方だ。

連邦首相府からDBへ

ドイツでは現在、閣僚や高級官僚の天下りが大きな問題になっている。その理由は、第2次メルケル政権で連邦首相府の長官だったロナルド・ポファラ氏が今年、ドイチェ・バーン(DB)の取締役に就任し、政府へのロビイング(企業が政府へ働き掛ける活動)を担当することが明らかになったからだ。

ちなみにDBの取締役の年収は、110~160万ユーロ(1億5400~2億2400万円、1ユーロ=140円換算)に達する。

キリスト教民主同盟(CDU)に所属するポファラ氏は、在任当時はメルケル首相の右腕であった。そうした背景から、野党・緑の党からは「もしポファラ氏が本当に鉄道会社の取締役になるとしたら、憤慨すべきことだ」という怒りの声が上がっている。

政治家の天下りや腐敗を監視する市民団体は、「議員の辞職後3年間は、民間企業に天下りしてロビイング活動を行うことを法律で禁止すべきである」と主張している。

発足したばかりの第3次メルケル政権にとって、ポファラ氏の天下りは都合が悪い。その理由は、メルケル政権は大連立協定書の152ページに、「利害の対立(腐敗)の印象を避けるため、閣僚、政務次官、官僚の天下りについて適切な規制を設ける」という方針を明記したからだ。しかし、大連立協定書はあくまでも「公約」であり、法律はまだ制定されていないので、目下のところポファラ氏の天下りを妨げることはできないだろう。

ドイチェ・バーンの取締役、ロナルド・ポファラ氏
ドイチェ・バーンの取締役に就任することとなった
ロナルド・ポファラ氏(右)

企業とロビイング

天下りが実現すれば、DBは首相の元側近をロビイング担当者として獲得することになる。鉄道運営会社にとって、交通政策などに関する政府内の情報をいち早く入手することは大変重要である。このため、これまでも天下りした政治家を幹部として雇用してきた。

また昨年末には、連邦首相府の次官E・フォン・クレーデン氏がダイムラー社にロビイストとして再就職した。クレーデン氏は欧州連合(EU)の排ガス規制がドイツの自動車業界に過度の負担とならないよう交渉を行った人物。ドイツの自動車メーカーの主力製品には大型車が多いので、二酸化炭素(CO2)の排出量が比較的多いことが問題視されている。このためドイツ政府は、EUがCO2規制を直ちに厳格化しないよう働き掛けて、自国の自動車業界の利益を守ろうとしたのだ。クレーデン氏の再就職については、検察庁が「利益供与に当たるのではないか」として、一時捜査をした。

シュレーダー氏の天下り

ドイツでは、首相や閣僚経験者の天下りは珍しくない。これまでに最も大きな議論を呼んだのが、1998年から2005年まで首相を務めたゲルハルト・シュレーダー氏(社会民主党=SPD)の再就職だ。彼は首相を辞任してからわずか数週間後、ロシア政府の息のかかった企業に、監査役会長として再就職した。

この会社は、スイスに本社を置くノルト・ストリーム社。同社の株式の51%を保有するのは、世界最大の天然ガス生産企業であるロシアのガスプロム社。同社は、ロシア政府を大株主とする事実上の国営企業だ。ノルト・ストリーム社は、ロシアからドイツに天然ガスを供給するパイプラインを所有、管理している。

この当時、ほかの政党はシュレーダー氏を強く批判。その理由は、彼が首相時代にロシアのプーチン大統領と親密な関係を結び、パイプラインの建設プロジェクトを支援していたからである。

自由民主党(FDP)のディルク・ニーベル幹事長(当時)は、「この天下りには、政治腐敗の匂いがする。個人の利益のために国益が損なわれたのではないか」と非難した。シュレーダー氏は自伝の中で、「私が首相時代にバルト海のパイプライン計画を支援したのは、ドイツと欧州のため。個人の利益のためにやったという批判はばかげている」と反論しているが、首相時代の経験が再就職を可能にしたことは間違いない。

また、シュレーダー政権の経済相だったヴェルナー・ミュラー氏も、2002年に辞任した翌年に、エネルギー関連企業の社長に就任している。同政権で交通大臣を務めたマティアス・ヴィスマン氏も、ドイツ自動車工業連合会(VDA)の会長となった。

天下り規制法の必要性

政治家や高級官僚の華麗な転身が後を絶たない理由は、天下りを規制する法律がないからである。政治家たちも、自分の将来に関わることを見据えて、本格的な天下り規制には乗り出したくないというのが本音だろうか。

企業は、元政治家たちの政府へのコネや影響力を利用するために、高額の報酬を与える。政治家が辞職後直ちに企業に雇われて高給を手にするのは、法律違反ではなくても道義的に問題がある。ロビイストたちの裏工作が、政策にどの程度影響を与えているのかは、市民には全く分からない。今後メルケル政権は、閣僚経験者の再就職に関する法律の制定を急ぐべきではないだろうか。

17 Januar 2014 Nr.970

最終更新 Freitag, 17 Januar 2014 10:39
 

2014年のドイツを展望する - ユーロ圏経済に希望の兆し

夜空を焦がす花火と爆竹の音とともに、2014年が明けた。今年はドイツにとって、そして欧州にとって、どのような年になるのだろうか。

大連立政権に課題山積み

今年は、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)の長い交渉の末、大連立政権がようやく本格的に仕事を開始する。昨年の連邦議会選挙前、メルケル首相(CDU)は、再生可能エネルギーの助成制度を抜本的に見直して、電力価格の高騰に歯止めを掛けることを「最優先課題」と位置付けた。産業界と市民は、脱原子力の方針には賛成しているものの、「エネルギー革命」の進み具合、特に再生可能エネルギー電力拡大のコストが増大していることについて、不満の声を強めている。メルケル首相が今後、どのような対策を打ち出すのかが注目される。

また大連立政権は、最低賃金制度を導入する予定だが、これは過去10年間に拡大した所得格差を是正しようとする動きの表れだ。近年、税収が改善しているドイツでは、2015年に財政均衡を達成し、2016年以降は財政黒字を生む予定だ。この国の労働者たちは、シュレーダー政権が断行した「アゲンダ2010」による、身を切るような改革に耐えてきた。第3次メルケル政権では、国富の一部を労働者に還元する政策を取ってほしいものである。

ユーロ圏の景気は?

景気の動向は、どうだろうか。ユーロ圏では、暗く長いトンネルのはるか彼方に、かすかな希望の光が見えつつある。2014年は、欧州経済がユーロ危機の悪影響から順調に脱却できるかどうかを占う上で、重要な年になるだろう。

国際通貨基金(IMF)は、ユーロ圏の経済成長率(GDP)が2013年に0.4%縮小した後、2014年には1%増加すると予測しているが、欧州連合(EU)統計局はIMFよりポジティブな見方を示し、「2014年にはユーロ圏加盟国17カ国のGDPが1.2%増える」と予測。ユーロ圏最大の問題児であるギリシャでは、6年間連続でマイナスだったGDP成長率が、2014年にプラスに転じる見込みで、2013年にGDPが縮小したフランス、スペイン、イタリア、ポルトガルでも、2014年には増加が見込まれている。

ユーロ圏で事実上の「独り勝ち」状態にあるドイツは、2014年にGDP成長率の大幅な伸びを予想しており、IFO経済研究所を含む4つの経済研究所は、「2013年に0.4%だったドイツのGDP成長率は、2014年には4倍以上の1.8%となる」という楽観的な見通しを打ち出した。欧州経済が不況の影響から脱却し始めるため、ドイツの輸出が増えると想定しているからだろう。ドイツでは今でも、高度なスキルを持つエンジニアなどの専門労働力が不足しているが、今年以降はこの人手不足がさらに深刻化するかもしれない。

EUとドイツの国旗

欧州金融監督庁が始動へ

2014年には、ユーロ危機対策の重要な柱の1つである欧州銀行同盟の創設へ向け、重要な一歩が踏み出される。それは、EU域内の大手銀行を監督する新しい規制官庁として始動する。

銀行同盟の創設は、単一通貨ユーロの誕生並みに重要な意味を持つ。理由は、それが再び金融危機が勃発することを防ぐための「防波堤」でもあるからだ。

EUは2014年に欧州中央銀行の中に欧州金融監督庁を設置し、域内の大手銀行約130行に対する直接の監督・規制を開始する。これらの銀行は、規模が大きい上に様々な金融商品を扱っているため、倒産した場合に世界中の金融市場に甚大な悪影響を及ぼすシステム・リスクとなりかねない銀行である。欧州金融監督庁は、これらの銀行のバランスシートを分析するとともにストレステストを実施するという。例えば、国債や株価の暴落といった異常事態が起きても、これらの銀行に破たんしない資本力とリスク管理体制があるかどうかを試すのだ。テストの結果次第では、いくつかの銀行は自己資本の増強を求められるだろう。

また、経営難に陥った銀行を破たんさせるか否かについて、現在は各国の金融監督庁が決定を下しているが、将来は欧州金融監督庁も発言権を持つことになる。

これまでユーロ圏の銀行規制は国ごとにバラバラだった。スペインとアイルランドの金融監督庁は、銀行業界で肥大しつつあったリスクを見抜くことができなかった。両国とも、不動産バブルの崩壊による不良債権の急増により、銀行が破たんの一歩手前まで追い詰められ、合計1850億ユーロ(24兆500億円、1ユーロ=130円換算)もの緊急融資が必要になった。

銀行業界では、EUに約1000人の職員を抱える巨大な規制機関が誕生することに対して批判的な意見もあるが、リーマン・ショックに続き、ユーロ危機でも銀行を救うために巨額の公的資金が投じられたことを考えれば、銀行規制の強化はやむを得ないだろう。

NSA問題の闇

昨年、ドイツ政界を揺るがした米国の諜報機関(NSA)による盗聴問題も、解明の途上だ。オバマ米大統領は、メルケル首相の携帯電話の盗聴について本当に把握していなかったのか。ドイツと米国は、互いの政府機関や経済界へのスパイ行為を禁じる協定に調印できるのか。調印したとしても、NSAは協定を本当に守るのか。

メルケル政権にとって、2014年も課題が山積みの1年になりそうだ。

3 Januar 2014 Nr.969

最終更新 Freitag, 17 Januar 2014 11:12
 

ドクター・エトカーと ナチスの過去

ドイツで「ドクター・エトカー」と言えば、この国で最も有名な食材メーカーの1つだ。ケーキを焼くために、「Dr. Oetker」のロゴマークが付いたベーキングパウダーを使ったことがある読者もおられるだろう。

1891年にビーレフェルトで創業した家族経営企業「ドクター・アウグスト・エトカー合資会社」は、ケーキやプリンなど製菓の材料、ピザやビール、ワインやシャンパンなどを手広く扱う総合食品メーカーである。その製品は、世界中のあらゆるスーパーマーケットに並んでいる。同社は経営を多角化して、海運業や銀行業、出版業にも携わっており、バーデン・バーデンの高級ホテル「ブレナー」も、エトカー・グループが所有する。全世界の総社員数は2万6000人を超え、2012年の売上高は109億4200万ユーロ(1兆4224億円、1ユーロ=130円換算)に上った。ドイツで最も成功した家族経営企業の1つだ。

ナチス政権との深い闇

だがこの会社、1930年代からナチス政権と深い関わりを持っていたことが明らかになった。ミュンヘン大学の歴史学者アンドレアス・ヴィルシング教授らは、今年10月に『ドクター・エトカーと国家社会主義』という研究書を発表し、「同社の幹部とエトカー家は戦前から戦中にかけてナチス政権を支援し、その庇護を受けた」と断定している。

ヴィルシング教授によると、ナチスとのパイプを作ったのは、1921年から1944年まで同社の社長を務めたリヒャルト・カセロフスキーだった。創業者アウグスト・エトカーの一人息子ルドルフ・エトカーは、第1次世界大戦中に戦死。このため、親友だったカセロフスキーがルドルフの遺言に従って未亡人と結婚し、ルドルフの息子が成人するまで社長として会社を経営したのだ。

カセロフスキーはヒトラーの心酔者で、後に親衛隊の長官になるハインリヒ・ヒムラーとも親交があった。ナチスがユダヤ人の所有していた企業を没収し、経済のアーリア化(ユダヤ系企業を非ユダヤ人に売却させ、ユダヤ人を経済活動から排斥する行為)を進めた際にカセロフスキーは協力し、飲料業界への進出に成功した。また、ナチス党がノルトライン=ヴェストファーレン地方で広報活動のために地方紙を所有したいと考えた際には、カセロフスキーは自社が所有していたある新聞社をナチスに売却し、国防軍にプリンやケーキの材料を納入して売上高を増やすなどした。さらに、前線の兵士の栄養状態を改善するため、保存食(野菜や果物のドライフード)の開発・研究を、軍や親衛隊と共同で行っている。戦時中には物資が不足したが、同社はナチス政権との太いパイプがあったために、優先的に原材料の提供を受けられたという。

同社は、ナチス政権にとって優等生のような企業だった。カセロフスキーは、ヒムラーと共にダッハウおよびザクセンハウゼン強制収容所を訪問したことすらある。つまり彼は、ナチス体制の犯罪性をはっきりと自覚しながら、第三帝国を支援し続けたのだ。

後継者は事実を看過

創業者の孫ルドルフ・アウグスト・エトカーも、ナチス体制の泥沼にどっぷりと浸かっていた。彼は1939年にナチス党員になり、親衛隊の戦闘部隊である武装親衛隊の将校となった。しかし、党幹部との太いパイプのために前線に送られることはなく、親衛隊の経済管理部門で食料調達業務を担当した。

カセロフスキーは、1944年に連合軍の空襲によって妻と2人の娘と共に自宅で死亡。このためルドルフ・アウグストが義父の跡を継いでエトカー社の社長に就任した。彼は2007年に90歳で死亡するまで、「ナチスの犯罪については知らなかった」と主張し続け、同社の倫理的責任を認めなかった。彼は、ナチス政権の外相の息子で、武装親衛隊員だったルドルフ・フォン・リッベントロップを、グループ内の銀行に幹部として就職させている。ルドルフ・アウグストの存命中は、エトカー家でナチスとの関わりについて語ることはタブーとされていた。

暗い過去の清算へ

しかし、ルドルフ・アウグストの息子で、1981年から2009年まで同社の社長を務めたアウグスト・エトカーは父親の死後、そのタブーを打ち破った。彼は今年になって「我が社の幹部たちがナチス支配を肯定したことは間違いない。彼らが行ったいくつかの判断について、我々は今日、後悔している」という声明を発表したのだ。そして彼は、歴史家たちに自社のナチス時代との関わりについての文書を公開し、研究書を発表させた。「ナチスの過去と批判的に対決する」という、今日のドイツ社会の常識を受け入れたのである。

エトカー社は、戦前そして戦時中にナチスに加担して利益を得た多くの有名企業の1社に過ぎない。私が興味深く思うのは、これらの企業が1990年代以降、ナチスと協力した事実を積極的に書籍やウェブサイトで公表していることだ。経済のグローバル化が進む今日、こうした事実を隠すことは企業活動にとってマイナスになる。情報開示によって、過去の失敗に対して反省の念を世間に表明することは、ドイツ企業にとって社会的責任の遂行であり、重要なリスクマネジメントなのだ。

ドイツ人は、「歴史リスク」を否定し続ける国家や企業が、いつか手痛いしっぺ返しを受けることを知っている。(本文中敬称略)

20 Dezember 2013 Nr.968

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:46
 

どこへ行く? 大連立政権

1月27日未明、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)は、大連立政権の柱となる連立協定書の内容について合意に達した。SPDが12月中旬に行う党員アンケートで、過半数が大連立政権への参加に賛成すれば、第3次メルケル政権が正式に発足する。

大連立政権
大連立政権合意の記者会見に臨むメルケル首相(中央)と
ガブリエル(CSU)、ゼーホーファー(SPD)各党首

CDU・CSUが大幅に譲歩

しかし、180ページを超える協定書の草案を読んで感じることは、保守政党とリベラル政党による大連立政権の樹立が、いかに難しい作業かということだ。 そのことは、両党の交渉が難航し、9月22日の連邦議会選挙から、協定書に関する合意までに約2カ月も掛かったことにも表れている。協定書からは、CDU・CSUがSPDに大幅に譲歩したことが強く感じられる。

最低賃金制導入の背景

例えば、CDU・CSUは法定最低賃金については選挙前に反対していたのだが、交渉の過程でその姿勢を撤回。2015年から、原則として時給8.50ユーロの最低賃金が導入されることが決まった。これは、選挙期間中から法定最低賃金の導入を要求していたSPDの要求が通ったことを意味する。ただし、開始後2年間は様々な例外措置を設け、すべての地域や業種において最低賃金が導入されるのは、2017年からとなる。

政府は業種ごとに経営者団体と労働組合の代表者から成る「最低賃金委員会」を設置し、最低賃金の額を毎年決定させるという。

ドイツでは、2003年にゲアハルト・シュレーダー前首相(SPD)が断行した構造改革「アゲンダ2010」の結果、ミニジョブなど低賃金の職種で働く市民の比率が増大。ドイツの低賃金部門で働く就労者の比率は約24%で、ユーロ圏内で最も高くなっている。このためドイツの国際競争力は高まり、現在ドイツ経済は、欧州で事実上「独り勝ち」の状態を謳歌している。

しかしその一方で、1つのミニジョブだけでは生活することができず、就労者でありながら、国から失業者援助金を受け取っている人(Aufstocker)が多数いるのも事実である。シュレーダー、そして彼の政策を継続したメルケル首相は、一時400万人を超えていた失業者の数を約100万人減らすことに成功したが、その裏では低所得層、そしてワーキングプアと呼ばれる人々が大幅に増えたということである。

最低賃金の導入は、政府がこうした人々の経済状態を改善するための第一歩である。

産業界は強く反対

一方、産業界からは「8.50ユーロの最低賃金が導入されると、企業の国際競争力に悪影響が出る」として反対の声が強かった。また、経済学者の間からは「特に旧東独地域では時給8.50ユーロよりも低い賃金で働いている市民が多いので、最低賃金の導入は東部を中心として失業率を高める」という懸念が出ている。

法定最低賃金の全面的な適用までに4年間の過渡期を設けたことは、大連立政権が企業の国際競争力の低下や、失業率の上昇を防ごうとするための配慮と思われる。

またSPDは、選挙前に富裕層の所得税率を大幅に引き上げることを公約として掲げていたが、この案はCDU・CSUの強い反対によって葬られ、連立協定書の草案からは消えている。SPDは増税案を撤回する代わりに、CDU・CSUから最低賃金の導入という譲歩を引き出したのだろう。

国富の一部を市民に還元

大連立政権は、公的年金についても一部かさ上げする。例えば、現在ドイツには1992年以前に生まれた子どもを持つ母親が900万人いるが、新政権は来年7月から彼らに対する年金支給額を引き上げる。この改善措置により、公的年金運営者の支出は約65億ユーロ(8450億円、1ユーロ=130円換算)も増える。また、SPDは「45年間以上働いた人には、支給額を減らさずに63歳から公的年金を受け取れるようにするべきだ」と主張していたが、この要求も部分的に満たされる。さらに、病気やけがのためにフルタイムで働けなくなった人や、低所得層の市民への年金支給額も、これまでに比べて増加する。

最低賃金や年金のかさ上げには、「2003年以来の構造改革によって生まれた国富を、市民に再分配する」というSPDの筆跡が強く感じられる。

SPDの危機

SPDは、企業寄りの国家的リストラ政策であった「アゲンダ2010」によって、多くの市民を失望させた。同党の一部の党員は「SPDは労働者ではなく経営者の利益を代表している」と失望して離党し、左派党(リンケ)に加わった。リンケは今やCDU・CSUとSPDに次ぐ、第3の政党に成長している。SPDが2005年から4年間にわたりメルケル首相と大連立政権を組んだ後、2009年の連邦議会選挙で23%という史上最低の得票率を記録したことは、市民の失望がいかに強かったかを物語っている。SPDがアゲンダ2010を一部修正し、「企業寄りの政党」というイメージを払拭しようとしているのはそのためである。

メルケル首相は、ドイツ経済の競争力の維持と、市民への国富の還元という一見矛盾する2つの目標を、どのように達成するのだろうか。第3期目の舵取りは、これまでよりも難しいものになるだろう。

6 Dezember 2013 Nr.967

最終更新 Freitag, 17 Januar 2014 11:16
 

メルケル首相の携帯盗聴事件の波紋

「Ausspähen unter Freunden - das geht garnicht(友好国間の盗聴は、絶対にあってはならないことだ)」。米国の諜報機関が、メルケル首相の携帯電話を盗聴していたという疑惑が浮上した時、彼女は厳しい表情でこう言った。

国家安全保障局(NSA)による盗聴疑惑は、米国とドイツの間の外交問題に発展。NSAの元職員エドワード・スノーデン氏が今年6月に暴露した情報のために、米独関係は過去10年間で最も険悪な事態に陥った。

メルケル首相
10月のEU首脳会議の合間、
自身の携帯電話をチェックするメルケル首相(左)

オバマ大統領に電話で抗議

10月17日、シュピーゲル誌の取材班は、メルケル首相のスポークスマンに対し、NSAがドイツで盗聴していた電話番号のリストを見せたという。その中には、メルケル首相が持っている2つの携帯電話のうち、キリスト教民主同盟(CDU)の関係者らとの通話に使う携帯電話の番号が含まれていた。

メルケル首相は、携帯電話を頻繁に使うことで有名だ。連邦議会の審議中にも時折、携帯電話からメールを送信している。彼女の政治活動に欠かせないこの携帯電話が、スパイ活動の標的にされたのだ。

メルケル首相はオバマ米大統領と電話で会談し、「友好国の首相に対する盗聴が事実であるとしたら、絶対に許されないことだ」と抗議して、疑惑の解明を要求した。しかも彼女は、スポークスマンを通じて、オバマ米大統領と電話で話した内容をメディアに公表するという、異例の措置を取った。

またメルケル首相は、ヴェスターヴェレ外相に命じて、ドイツ駐在の米国大使を外務省に呼び付け、抗議した。ドイツが、最も重要な同盟国の1つで、北大西洋条約機構(NATO)の盟主である米国の大使を外務省に「出頭」させることは、異例中の異例。ドイツがこのような態度を取ったのは初めてのことである。米国に対する通常の外交儀礼に反する行為であり、メルケル首相の怒りがいかに激しかったかを物語っている。

興味深いのは、ホワイトハウスの報道官のコメントだ。彼は、「米国はメルケル首相の携帯電話を盗聴していないし、将来も盗聴しない」と発表したが、「“過去において”メルケル首相の電話を盗聴したことはない」とは言わなかった。つまり米国は、過去にそのような行為があったことを事実上認めたのである。

早過ぎた「安全宣言」

ドイツ政府は、今回の件で大恥をかいた。NSA問題について、徹底的な調査を行わなかったために、メディアに指摘されるまで首相の携帯電話が盗聴されていたことを知らなかったからだ。

スノーデン氏の暴露後、ドイツ政府は米国政府に説明を求めた。しかし、フリードリヒ内相は今年9月の連邦議会選挙前、「米国の諜報機関はドイツの法律を守ると言っている。すべての疑惑は払拭された」と宣言した。メルケル政権がNSA問題の早期決着を図ったのは、盗聴問題が選挙の争点になることを防ぐためだったのだが、1週刊誌の調査報道によって、メルケル政権の「安全宣言」はもろくも崩れた。

シュピーゲル誌は、「連邦首相府や連邦議会議事堂の目と鼻の先にある米国大使館の屋上から、NSAの盗聴チームが政府要人の携帯電話を盗聴している疑いがある」と指摘。しかも、メルケル首相に対する盗聴は、2002年から今年の夏まで行われていた疑いが強まっているという。要するに、ドイツの対外諜報機関である連邦情報局(BND)や、外国のスパイ活動を取り締まる憲法擁護庁の職務怠慢である。

NSAの盗聴は公然の事実

ただし、NSAが政治家の携帯電話を盗聴していたこと自体は、驚くべきことではない。NSAが世界的な規模で電話の盗聴を行っていることは、1990年代から知られていたからだ。

諜報機関の任務は、「あらゆる情報を集めること」であり、その中には「友好国の首相の行動が、その言動と一致しているかどうかを確認すること」も含まれる。諜報機関は、技術的に可能ならば、いかなる手段も用いる。米国政府は自国の諜報活動について、他国に説明する義務を負わない。今後、ドイツ政府が強く抗議したとしても、米国政府はメルケル首相に対する盗聴の事実を詳しくは語らないだろう。

今回、CIAとNSAの技術職員だった人物が機密情報をメディアに渡したために、諜報機関の盗聴対象リストに首相の電話番号が載っていたことが、初めてメディアに知られてしまった。これは世界の諜報の歴史の中でも珍しい事態であり、スノーデン氏による情報開示の重要性を物語っている。

米国はスパイ行為を続ける

メルケル政権は、米国との間で「スパイ行為禁止協定」を結び、お互いの政府機関や企業に対するスパイ活動を禁止させたいと考えている。

しかしこれは、甘い発想だ。米国は自国の安全に関わるとなれば、今後も盗聴活動をためらわないだろう。ブッシュ政権のイラク侵攻が示したように、米国は国際法や外交協定よりも国益を最優先にする。彼らの電子盗聴技術は、他国に大きく水を開けている。

世界中の政府首脳は、彼らの携帯電話が今後もNSAによって盗聴される可能性があることを肝に銘じるべきだ。それが世界の現実政治(レアル・ポリティーク)の真の姿である。米独関係が修復されるまでには、まだかなりの時間が掛かるだろう。

15 November 2013 Nr.966

最終更新 Freitag, 17 Januar 2014 11:21
 

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