独断時評


2013年のドイツを展望する「ユーロ連邦」の初夢

夜空を彩る恒例の花火とともに、ドイツの新年が明けた。この瞬間、ドイツの空は花火の煙で覆われる。この硝煙はあっという間に夜空に拡散して消えていくが、ドイツそして欧州を覆っている不況の黒雲は、残念ながらすぐには晴れそうにない。多くの経済学者たちが、2013年のドイツもユーロ危機の影響から容易に抜け出せないという見方を取っている。

鈍化する成長率

キールの世界経済研究所など4つの主要経済研究所は、2012年10月に発表した秋季経済見通しの中で、2013年のドイツの予測成長率を2%から1%に引き下げた。経済学者たちはその理由を「ユーロ危機に対する懸念から、多くの企業が投資をためらうため」と説明している。EU経済の機関車役ドイツの景気にも、黄信号が灯ったのだ。

国際通貨基金(IMF)も、昨年秋の世界経済見通し(WEO)の中で悲観的な見通しを発表している。IMFはWEOの中で「2012年にスペインとイタリアの国債の利回りが一時上昇したことで、ユーロ危機の深刻さが増した」として、2013年のユーロ圏の成長率を0.7%から0.2%に修正した。事実上のゼロ成長である。

ユーロ危機で高まる「不確実性」

債務危機のために欧州にのしかかる不確実性の黒雲は、世界経済全体の足を引っ張っている。IMFは、2013年の世界経済の成長率を2012年7月に発表した予測値よりも0.3ポイント低い3.6%に引き下げた。

IMFは、その最大の原因がユーロ圏の先行きに関する「不確実性(uncertainty)」にあると指摘する。IMFは、今後ドイツが加盟しているユーロ圏の成長率が中国やベトナムなどアジアの新興国に大きく水を開けられるだろうと予測している。

2013年のヨーロッパ情勢の焦点は、2009年末から続いているユーロ危機の深刻化に、欧州諸国が歯止めを掛けられるかどうかである。


ユーロ圏とアジア新興国27カ国のGDP成長率比較

  ユーロ圏 新興アジア諸国
(27カ国)
2010年 2.0% 9.5%
2011年 1.4% 7.8%
2012年 -0.4% 6.7%
2013年 0.2% 7.2%
2014年 1.2% 7.5%
2015年 1.5% 7.6%
2016年 1.7% 7.7%
2017年 1.7% 7.7%

(資料:IMF、WEO、2012年10月発表)

欧州にも「失われた十年?」

IMFは、「南欧諸国が経済改革や緊縮策の実施に失敗した場合、不況が長引いて、欧州が日本が経験したような『失われた10年』に突入する危険がある」と指摘している。そうした事態を防ぐために、ユーロ・グループは様々な手立てを講じている。

たとえばユーロ圏加盟国は昨年10月の首脳会議で、欧州中央銀行(ECB)にユーロ圏内の主要銀行を監視する「ユーロ圏銀行監督庁」の機能を与えることで合意した。これまで国ごとにバラバラに行われていた銀行への規制を統合することによって、スペインで発生したような銀行危機を防ぐための態勢を整える。ユーロ圏銀行監督庁の設立は、欧州金融安定化メカニズム(ESM)が域内の銀行に直接資本注入をするための前提。この監督機関が始動すれば、銀行危機に苦しむスペインはESMの潤沢な資金を受けることができるようになる。

政治同盟を強化せよ!

欧州委員会やECBは、今のユーロ圏に欠けている「政治同盟」を大幅に進化させることによって、債務危機の再発を防ごうとしている。具体的には、各国政府の予算案を議会で可決する前に欧州委員会に提出させて、ある国が法外な歳出や借金を計画している場合には、欧州委員会は予算案を突き返して、やり直しを求めることができるようにする。そのためには、現在のEUの法的基盤であるリスボン条約の改正が必要になる。

ドイツ政府は、欧州委員会に「通貨問題担当委員」という新しいポストを作り、各国の予算作成プロセスに介入する権利を与えることや、ユーロ圏加盟国の予算を統合した「ユーロ圏予算案」を導入することを提案している。つまり、ユーロ圏がますます「連邦」のような性格を強めていくのだ。

ドイツのヘルムート・コール元首相は1991年11月6日に連邦議会で行なった演説で、「政治同盟を欠いた通貨同盟は、機能しない」と断言している。しかしユーロ圏加盟国は、20年間にわたりそうした努力を怠ってきた。その結果、ギリシャやポルトガルが経済競争力の弱さを、国債市場での多額の借金によって補てんするのを見過ごしてしまった。つまりドイツをはじめとするユーロ圏加盟国は、政治的な団結をこれまで以上に強化し、「連邦化」の方向へ進むことによって、ユーロ危機の再発を防ごうとしているのだ。

「ユーロ連邦」は正夢になるか?

もしも政治同盟の強化が成功した場合、ドイツやフランスのようにユーロ圏に属している国々と、英国のようにユーロを持っていない国との間には、大きな亀裂が生じることになるだろう。EUの分裂を懸念する声も出ているが、ドイツなど欧州大陸の国々が統合強化へ邁進することは、ほぼ確実だろう。この作業に成功した場合、ユーロ圏は1つの国のような存在になり、ドイツやフランスは、連邦を構成する「県」のような姿を取るのかもしれない。

昨年、EUがノーベル平和賞を授与されることが決まり、世界中の人々を驚かせた。わずか68年前にはフランスとドイツが血で血を洗う戦いを続けていたことを考えると、これらの国々が主権を国際機関にどんどん譲渡して、ナショナリズムを減らす道を進んでいるのは喜ばしいことだ。特に、島の領有権をめぐり、韓国や中国と対立している日本から来ている私にとって、欧州の人たちが国粋主義、民族主義を年々減らしているのは羨ましく思える。

ただし、将来EUがどのような形になるのかについては、まだ結論が出ていない。一種の「星雲状態」である。今後、ドイツではEUの未来について、激しい論争が繰り広げられるだろう。その意味で、現在、欧州に住む我々は、極めて興味深い「実験」を目撃しているのだ。2013年は、「ユーロ連邦」の初夢が正夢になるかどうかを占う上で、重要な年になるに違いない。

筆者より読者の皆様へ
新年明けましておめでとうございます。今年も頑張って書きますので、よろしくお願い申し上げます。

4 Januar 2013 Nr.945

最終更新 Donnerstag, 14 Februar 2013 17:42
 

ドイツ人のインフレ・アレルギー

私は、1990年にドイツで取材と執筆を始めて以来、ユーロ通貨をめぐる議論を重点の1つにしてきた。したがって、ユーロについては22年間も取材してきたわけだが、この中で一貫して感じてきたことは、通貨の価値についての考え方に、ドイツ人とそれ以外の欧州諸国との間で、大きな違いがあるということだ。

ドイツ人は、過剰な物価上昇(インフレーション)によって、自国通貨の価値が下がることについて非常に敏感だ。アレルギーと呼んでも大げさではないほどである。ドイツの主要新聞は、毎月経済面で物価の動向を詳しく分析している。

今年秋に欧州中央銀行(ECB)の理事会が、ユーロ救済策の一環として、経済改革や緊縮策を実行する国に対してはECBが国債を無制限に買い取って支援することを決めた。この時に反対したのは、ドイツ連邦銀行のイェンツ・ヴァイトマン総裁だけだった。ドイツが反対した理由は、「中央銀行が過重債務国の国債を買い取ることは、紙幣を印刷して政府に金を貸すのと同じ。ユーロ圏内のインフレの危険が高まる」ということだった。中央銀行による国債の買い入れは、日本、米国、英国などでは頻繁に行われており、特に珍しいことではない。このため、ドイツの態度に違和感を抱いた金融関係者も多かった。  

ドイツの物価上昇率は、どれくらいなのか。今年9月の消費者物価は、前年に比べて2%増加した。ECBの任務は、ユーロ圏内の物価上昇率を2%以下に抑えることなので、それほどひどいインフレとは言えない。

それでも、ユーロ救済のためにマーケットに大量の資金が投入されていることから、ドイツでは「中長期的にはインフレ傾向が強まって貨幣の価値が下がる」と心配している人が多い。貨幣の価値が下がると、預貯金、株式、生命保険、年金保険などの購買力が低下する。したがってドイツでは、金利が史上最低の水準にあることも加わって、金融資産の比率を減らして不動産を購入する人が増えている。今年1月と2月の住宅建設受注額は、前年同期に比べて22.5%増えている。このため、大都市を中心に不動産価格が上昇しつつある。ケルンのドイツ経済研究所によると、この国のアパートの価格は2003年から2011年までに毎年平均10.5%上昇した。

なぜドイツ人は、インフレに対してこれほど神経質なのだろうか。それは、彼らが第1次世界大戦後に超インフレによって、貨幣の価値がゼロになるという恐るべき経験をしたからである。これは、先進工業国を襲った歴史上最も激烈なインフレだった。

たとえば、1918年には封書の切手の値段は、15ライヒスペニヒだった。しかし1923年11月には、1億ライヒスマルクの切手を貼らないと封書を送れなくなった。通貨の価値が5年間で約6億7000万分の1に減ったのである。パン1個の値段が何兆マルクにもなり、人々は大量のお札をトランクに詰め込んで、パン屋に行かなくてはならなかった。紙幣よりも壁紙の方が高かったので、紙幣を壁に貼る市民も現れた。

こんな逸話が残っている。当時、あるドイツの大金持ちが、超インフレに苦しむドイツに見切りをつけて、米国に移住するためドイツの豪邸を売り払った。彼は港へ行って船の切符を買おうとしたが、家を売った金ではもはや船の切符を買えなかった。仕方がないので、港から町へ戻るために馬車に乗ろうと思ったら、その間にインフレがさらに進んで、馬車の運賃すら払えなくなっていた。今でも古銭店のショーウインドーに時々飾られている100兆ライヒスマルク紙幣が、超インフレの恐しさを今に伝えている。この経験によって、人々は民主的な憲法を持っていたワイマール共和国への信頼を失った。超インフレは、人々が経済の安定を望んで独裁者ヒトラーに熱狂的な支持を与える間接的な原因にもなったのである。

多くのドイツ人の心には、当時から語り継がれてきた恐怖体験が、今も深く刻まれている。ドイツ連銀が戦後ドイツ人から厚い信頼を寄せられてきたのも、同行が政府からの独立性を守り、通貨政策によって物価上昇率を低く抑え、マルクの安定性を半世紀にわたって維持したためである。ドイツ人は、同じフランクフルトに置かれたECBもドイツ連銀並みの「インフレ・ファイター」になることを期待していた。  

こうしたドイツ人のインフレ・アレルギーを、ほかの国々は「大げさだ」と考えている。国際通貨基金(IMF)のオリビエ・ブランシャール経済顧問・調査局長は、次のように語る。「ドイツ人は過去の経験から、物価上昇が超インフレにつながると思い込んでしまう。だがECBがユーロ圏内の物価上昇率を2%以下に抑えるという任務を果たす限り、私は超インフレが起こる危険は全くないと思う」。彼は、デフレに苦しむ南欧諸国の物価上昇率はゼロに近いので、ドイツの物価上昇率は4%前後になっても大丈夫だと語る。

ユーロ危機を一致団結して克服するためには、ドイツ人もそろそろインフレ・アレルギーから脱却する必要があるのかもしれない。

21 Dezember 2012 Nr.944

最終更新 Donnerstag, 20 Dezember 2012 17:02
 

苦戦!ドイツの自動車業界

自動車産業は、ドイツだけでなく欧州諸国にとって経済の屋台骨の1つだが、ユーロ危機による不況が、この重要な業種に大きな影を投げ掛け始めた。

欧州自動車工業連合会(ACEA)によると、今年9月に欧州連合(EU)で新しく認可(販売)された乗用車の数は、前年に比べて10.8%減少した。特に減り方が著しいのが、不況が深刻化している過重債務国。ギリシャでは新車の認可台数が前年比48.5%減、スペインでは36.8%、ポルトガルでは30.9%、イタリアでは25.7%も減った。

比較的経済状況が良いとされてきたドイツでも、認可台数が前年比10.9%減。縮策で苦しむ南欧諸国以外でも、市民が将来を心配して財布の紐を固く締めているのだ。9月の認可台数は、2009年を除けば、2005年以来毎年減少している。2005年9月には、1カ月間で約140万台が売れていたが、今では約110万台である。

メーカー別に見ると、大衆向けの乗用車を主力としたメーカーの苦戦が目立つ。例えばフランスのルノー・グループの9月の認可台数が昨年に比べて29.5%も減ったほか、イタリアのフィアット・グループでも18.5%の減少。フランスのPSAグループも8.1%ダウン。またGMグループも16.2%減っている。

各社では販売台数の落ち込みによって収益性が圧迫されているため、リストラに踏み切る方針だ。例えば、フォードはベルギーと英国の3カ所の工場を閉鎖して、従業員数を約6200人減らす。GMグループに属するオペルも認可台数が15.6%減ったため、新型車の開発部門をPSAと統合する方針を打ち出した。

自動車王国ドイツでも、フォルクスワーゲン(VW)グループが苦戦。旗艦であるVW社と銀行危機に苦しむスペインのSEAT社が振るわなかった。だが、VWでは中国など外国での生産比率がドイツ国内を上回っているので、企業全体で見ると、1月から9月までの販売台数が前年同期に比べて12.9%増えた。VWでは、1月から9月までの国内での生産台数が8.3%減ったのに対し、外国での生産台数は14.6%増えている。同社が外国で組み立てた車の台数は約176万台で、ドイツ国内の3.3倍。私は今年6月に北京へ出張したが、タクシーはすべて中国で組み立てられたVW車。道を走っている乗用車にも、ドイツ車が目立った。中国の富裕層だけでなく、急激に拡大しつつある中間層にとっても、ドイツ車はステータス・シンボルなのだ。

これまでドイツの多くの自動車メーカーは、国内需要の落ち込みを外国、特に新興国への輸出によって補てんしてきた。しかし最近では、ブラジルなどの新興国が自動車に高い関税をかける例が増え、輸出も頭打ちになり始めている。今後は中国やブラジル、インドなどでの現地生産が一段と重要になるだろう。

だがこのことは、ドイツ国内での雇用が減ることを意味する。VWグループでは、すでに外国での従業員数がドイツ国内のそれを上回っている。同社の上海工場の年間生産台数は、ヴォルフスブルク本社工場を上回っている。リーマンショックやユーロ危機など様々な変動にさらされる今日の自動車メーカーは、グローバル化によって、生産ポートフォリオを地域的に多様化させておく必要があるのだ。先行きが不透明な時代には、グローバル化を進めた企業ほど、不況のショックを和らげることができる。

ほかのドイツ企業に目を向けると、ダイムラーが認可台数を前年比6.9%減らしたのに対し、BMWグループは4.4%増やしている。この背景には、BMWがダイムラーに比べて四輪駆動車などで魅力的な製品を充実させていることなどがあると言われている。

ちなみに日本企業もEU域内で苦戦する中、トヨタ・グループが9月に認可台数を前年同期比で0.8%増やしたのが注目される。

さて、ACEAの統計には表れていないが、さらに気になるのが自動車メーカーの収益状況である。現在、自動車市場では価格競争が激化している。そのことは、VWグループが第3四半期の販売台数を前年同期比で12.9%、売上高を26.6%増やしたにもかかわらず、業務利益を19%減らしたことに表れている。VWで業務利益がこれほど大きく減ったのは、リーマンショックの影響が色濃く表れていた2009年以来のことである。こうした現象は、高級車を主力にしているダイムラーにも見られる。同社の第3四半期の売上高は前年同期に比べて8%増えたのに、当期利益は11%減っているのだ。欧州の自動車業界は、2007年頃から生産能力の過剰に悩んできた。現在欧州の自動車メーカーは毎年1500万台を超える車を生産できるが、実際に売れる数は1200万台に満たない。

急激に景気を悪化させ、比較的短期で終わった前回のリーマンショックと異なり、欧州の債務危機・銀行危機による今回の不況は、長期化すると見られている。ドイツを始め、欧州の各国政府は自動車産業の救済に乗り出さざるを得ないだろう。

7 Dezember 2012 Nr. 943

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 11:13
 

選挙と養育手当

FDP党首と労働相

来年秋の連邦議会選挙へ向けて、長い戦いが始まった。最近の各政党の行動が、そのことを強く感じさせる。連立与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)、自由民主党(FDP)は11月上旬、市民にささやかな「プレゼント」を贈ることを決めた。

ユーロ危機もどこ吹く風で、ドイツの財政状態は絶好調。このため、連邦政府は2014年には財政赤字ゼロ、つまり無借金経営を達成する予定だ。メルケル政権は財政が大幅に改善されたことによる「果実」を、市民にも還元しようと考えているのだ。

政府が打ち出した主な施策は、次の通り。

• Betreuungsgeld(家庭養育手当)の支給
• Lebensleistungsrente(生涯労働年金)の支給
• Praxisgebühr(初診料)の廃止
• 交通インフラの整備など

CDU・CSU、FDPの3党はこれらの施策について、微妙に異なる意見を持っている。しかし結局は来年の選挙を射程に入れ、有権者に何らかのサービスを行うことを最優先にした。メルケル政権は「今回の施策で、市民の負担は数十億ユーロ減る」と宣伝しているが、細かく検討すると「本当だろうか?」と首をひねらざるを得ない。

連立与党の間で最も激しい議論が行われたのが、在宅育児手当。これは特にCSUが重視した政策で、2歳の子どもを託児所に預けず家庭で養育する両親に、2013年8月から毎月100ユーロ(1万円・1ユーロ=100円換算)が支給される。支給対象は2014年には3歳の子どもにも拡大され、金額も引き上げられる。現金支給を選ばず、自分の老後の備えや子どもの将来の教育費として貯金をする親には、毎月15ユーロが加算される。つまり、託児所に頼らずに自分で子どもを養育する両親に、国が資金を出すというのだ。

ドイツは、英仏と比べて託児所が整備されておらず、その数が不足している。これは、ドイツの出生率が低い原因の1つと考えられている。このためCDUのウルズラ・フォン・デア・ライエン労働相は、母親が安心して働けるように、託児所の増設を進めている。

在宅育児手当の支給は、託児所の増設と矛盾する政策だ。保守的なCSUは、「子どもの教育に最も重要なのは家庭」と考えている。したがってCSUは、「親たちの選択の幅を広げるために、在宅育児手当を提案した」と説明する。しかしこの制度は、「女性が職場で働かないで家にいれば、政府がお金を与える」とも解釈することができる。このため社会民主党(SPD)などはこの手当を「Herdprämie(女性が台所にいることを奨励する報奨金)」と呼んで猛烈に反発している。子どもを持ちながら大臣職を務めるフォン・デア・ライエン氏も、同手当には複雑な心境だろう。

生涯労働年金の内容も、不透明だ。所得が低い場合、40年間働いて公的年金保険料を支払ったにもかかわらず、支給年金の額が低くなることがある。メルケル政権は、そうした場合に「生涯労働年金」によって支給額を追加することを検討している。現在、年金の最低支給額は毎月688ユーロ(6万8800円)。実はフォン・デア・ライエン労働相は、今年夏に「年金支給額を、少なくとも850ユーロに引き上げるために、補助年金を導入すべきだ」と提案したが、連立与党内で批判の集中砲火を浴びて、引き下がらざるを得なかった。一旦は葬られた補助年金が、生涯労働年金という形で姿を現したのだ。ただし、今回連立政権が考えている制度は、688ユーロの最低支給額に10~15ユーロを上乗せする程度になると予想されている。

今後、ドイツで物価上昇率が高まることを考えると、年金を10~15ユーロ増額するだけでは、焼け石に水なのではないか。

現在、公的健康保険に加入している市民は、医師の診療を受けるごとに、1四半期当たり10ユーロの初診料を支払わなくてはならない。これは2003年に当時のシュレーダー政権が、公的健康保険制度改革の一環として導入したもの。医療費支出と健康保険料の伸びに歯止めをかけ、市民の受診回数を減らすことを目的としていた。

しかし当時14.3%だった健康保険料率が、現在は15.5%に上昇しているほか、市民の診療回数も大幅には減っていない(現在、ドイツ人が毎年医者に行く回数は平均18回/年である)。医師や病院も、「初診料は事務手続きを増やすだけで、医療費支出の削減にはつながっていない」と強く批判していた。この制度の廃止を最も強く求めていたのは、FDP。レスラー副首相の主張が通った形だが、市民にとっては初診料廃止が大幅な負担減になるとは思えない。

これらの施策は連立与党が選挙へ向けて、「我々はこれだけ市民のためのサービスを向上させます」と訴えるための「見せ金」のように思われる。今後SPDと緑の党は、これらの施策の実効性を厳しく追及するに違いない。

16 November 2012 Nr. 942

最終更新 Donnerstag, 15 November 2012 15:49
 

再生可能エネルギー狂騒曲

読者の皆さんの中には、ドイツ各地を旅行された際に、地平線を埋め尽くすように白い風力発電のプロペラが林立している光景や、原野にびっしりと太陽光発電のためのモジュールが設置されている様子をご覧になった方も多いのではないだろうか。

シュレーダー政権が2000年に本格的に始めた再生可能エネルギーの拡大政策の結果、今年6月には風力や太陽光など自然の力による電力の比率が、発電量の25%に達した。原子力発電所を廃止し、二酸化炭素の排出量を減らすため、2050年までに発電量の80%を再生可能エネルギーによって賄うというドイツ政府の計画は、一見順調に進んでいるかに思える。

しかしドイツでは今、再生可能エネルギーの助成をめぐって激しい議論が行われている。その最大の原因は、電力消費者が負担する自然エネルギーへの助成金が来年急増することがわかったためである。

現在、1キロワット時当たりの助成金は3.59セント(3.59円・1ユーロ=100円換算)である。だが、10月中旬にドイツの送電事業者4社は、来年の助成金が5.3セント(5.3円)に増えると発表した。実に47%もの増加である。各家庭が毎年負担する助成金は、現在の約125ユーロ(1万2500円)から約185ユーロ(1万8500円)に増えることになった。

助成金が急増する原因は、いくつかある。その1つは、昨年、発電事業者たちが急ピッチで太陽光発電施設を設置したために、発電キャパシティーが1年間で7500メガワットも増えたこと。これは過去最大の増加量である。さらに、送電事業者が発電事業者に払う再生可能エネルギー助成金の額が、送電事業者が消費者から集める料金を大幅に上回り、赤字が拡大したこと。もう1つは、鉄鋼やアルミニウムなど、電力を大量に消費する企業の中で、再生可能エネルギーの助成金の減額措置を受ける企業が増えたこと。政府は、これらの企業が経済競争力を失わないように、助成金を大幅に減らす特例措置を認めている。

メルケル首相は昨年6月に、「1キロワット時当たりの助成金は3.59セント前後から上昇しない」と約束していた。つまり、メルケル氏は公約を守れなかったことになる。首相は今年9月の記者会見で「再生可能エネルギー促進法(EEG)に基づく助成金が、これほど急激に増加するとは予想できなかった。どの専門家の報告書も、このような伸びを予測していなかった」と述べ、助成金、さらには電力価格の上昇率を過小評価していたことを告白した。

電力料金の上昇は、低所得層にとって大きな問題になりつつある。ノルトライン=ヴェストファーレン州の消費者センターによると、昨年同州では12万人の市民が電力料金を支払うことができず、一時的に電気を止められた。連邦消費者センター連盟のホルガー・クラヴィンケル氏は、「電力料金の急激な上昇は、大企業と違って助成金の緩和措置を受けられない低所得者や中小企業にとって最も大きな負担となる。政府は、現在1キロワット時当たり2セントの電力税(環境税)を廃止するか、現在19%である付加価値税を、電力については7%に引き下げるべきだ」と訴えている。

連立政権のパートナー、自由民主党(FDP)のフィリップ・レスラー党首は、電力税だけでなく、EEG自体も廃止するよう求めている。FDPは、再生可能エネルギーによる電力の全量買取制度を撤廃して、発電事業者に対して再生可能エネルギーの最低比率を義務付けるクォータ(固定枠)制度を導入するよう提案している。発電事業者に、発電量の一定割合を再生可能エネルギーにするよう義務付ければ、発電事業者は最もコストが低い方法で最低比率を達成しようとするので、消費者の負担が少なくなるという発想だ。

FDPの主張には一理ある。2012年にEEGに基づいて再生可能エネルギーの助成に投入される金額は、140億ユーロ(1兆4000億円)に上る。この内の50%が太陽光発電の助成に使われているが、太陽光が発電量に占める割合は、まだ5%前後にとどまっている。以前からドイツの電力業界や経済学者の間では、「ドイツのように日照時間が短い国で、太陽光発電に多額の助成金を注ぎ込むのは効率が悪い」という批判が強かった。来年は連邦議会選挙があるので、FDPは「消費者と中小企業の利益を守る」という立場から論戦を展開しているのだ。

メルケル政権は、電力料金の高騰を防ぐべく、EEGを大幅に見直す方針を発表。だがアルトマイヤー環境相は、「電力税を廃止したら、省エネ意欲が減退する」として、FDPや消費者センターの提案を拒否。その代わりに、市民が無料でエネルギー節約に関するアドバイスを受けられる制度をスタートさせた。ドイツ政府が脱原子力と再生可能エネルギーの拡大という大原則を変えることはないが、来年の総選挙へ向けてエネルギー革命のコストが、争点の1つになる可能性はある。

2 November 2012 Nr. 941

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 11:14
 

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