独断時評


ナチス絶対悪の社会

日本では時々、「ヒトラーは失業を減らしたり、高速道路(アウトバーン)を建設したりしたのだから、良いこともした」と本気で語る人がいる。ドイツでは、こうした意見は全く受け入れられない。ドイツは言論の自由を保障している社会だが、ナチスを賞賛する意見はタブーである。

この国では、ナチスの思想は絶対に擁護してはならないという考え方が主流になっている。「アウシュヴィッツのユダヤ人大虐殺はなかった」とか「殺された人の数はもっと少なかった」という主張を雑誌などに発表することも、犯罪行為とみなされる。なにしろ、日本では書店で堂々と売られているヒトラーの「我が闘争」すら、ドイツでは発禁になっているのだ。ナチスの時代を批判的に分析する歴史家などの研究者だけが、この本を読めることになっている。

今年夏にロンドンで開かれたオリンピックでは、旧東ドイツ・ロストック出身の23歳の女性選手が、「ボーイフレンドがネオナチ政党NPDの党員である」という事実が発覚したために、選手村を去って帰国した。本人がナチスの思想に染まっていたわけではないのだが、極右関係者と付き合っていたことが、五輪出場選手という輝かしいキャリアを台無しにした。

今日のドイツで、ネオナチと呼ばれる勢力は人口の1%にも満たない。日本人の中には、「ドイツの過去との接し方は大げさだ」と思われる人もいるかもしれないが、私は決して大げさだとは思わない。

その理由は、ナチスの外国人排斥の思想が今も一部の国民の間に生きているからだ。もちろんそうした思想は、ドイツ社会のメインストリームではない。しかし外国人にとって、潜在的な危険性を秘めていることは間違いない。1992年には極右が2285件もの暴力事件を起こしたほか、17人の外国人やドイツ人を殺害している。旧東ドイツのネオナチ組織NSU(国家社会主義・地下組織)は、11年間にわたってミュンヘンなど各地で外国人とドイツ人警察官10人を射殺した。警察は「トルコ人の犯罪組織の内輪もめだろう」と判断し、ネオナチによるテロだということに全く気付かなかった。ここには「左に厳しく、右に甘い」警察の体質が現れている。

メクレンブルク=フォアポンメルン州では、NPDが堂々と議席を持っている。同州には、有権者の4人に1人がネオナチ政党を支持している選挙区もある。ドイツ政府がナチス排撃の手を緩めないのは、このように極右支持者の残滓が残っているからだ。もしも政府が少しでもネオナチに甘い顔を見せたら、周辺諸国やイスラエルから徹底的に批判されるだろう。

イスラエルやポーランドなど、かつてナチスの被害を受けた国々は、ドイツの学校の歴史の授業の中で子どもたちがナチス時代について正しい内容を学んでいるか、厳しく監視している。今日のドイツ社会の主流派にとって、ナチスの思想を批判することは国是であり、一種のアイデンティティーにすらなっているのだ。

ひるがえって、ドイツと同じ敗戦国である日本では、ナチスの問題について大きな温度差がある。今年の夏、ある映画が日本で話題になった。「第2次世界大戦で敗北したナチスが、実は月に撤退しており、宇宙船に乗って地球を侵略する」という荒唐無稽なSFである。この映画を日本に配給した会社が、前売り券を予約した人に、宇宙服を着たキューピーの人形を景品としてプレゼントしたが、この人形がナチスの鉤十字(ハーケンクロイツ)の旗を持っていたのである。

ドイツでは、鉤十字や親衛隊SSの紋章を公衆の面前にさらしたり、右手を高く掲げるナチス式敬礼を行ったりすることは犯罪行為であり、「国民扇動罪」で処罰される。したがってこの国で、映画の景品に鉤十字を付けた人形を使うことは考えられない。ドイツの企業もこの点には、細心の注意を払っている。たとえば第2次世界大戦中にナチス・ドイツ軍が使った戦闘機には、垂直尾翼に鉤十字が描かれていた。ドイツでは、このような戦闘機のプラモデルの箱絵では、鉤十字が消されている。

ナチスは約600万人のユダヤ人を殺害し、多くの国民に奴隷労働を強制した犯罪組織である。イスラエルなどには、今も当時の悪夢から逃れられない人々がいる。被害者にとって、鉤十字はナチスの暴虐のシンボルである。

日本はナチスによる犯罪の犠牲になってはいない。温度差が生じるのは、そのためだろうか。だが当時の文書を読むと、ナチスがアジア人を蔑視していたことがわかる。したがって、もしも当時ナチスが欧米を完全に支配していたら、我々日本人も遅かれ早かれナチスによって弾圧されていただろう。

日本はドイツから約1万キロ離れているとはいえ、被害者の心情を考えれば、もう少し配慮があってもよかったのではないだろうか。我々日本人も、「歴史リスク」を軽視するようなことは避けなくてはならない。

19 Oktober 2012 Nr. 940

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 11:15
 

税収と盗難CD

ドイツ政府の税収はここ数年、飛躍的に改善している。2011年の税収は5730億ユーロ(57兆3000億円・1ユーロ=100円換算)。これは前年比で7.9%の増加。2012年度の税収も4.2%、来年の税収も3.5%それぞれ増える見通しだ。

連邦財務省によると、毎年の借金(いわゆる財政赤字)も減っていく予定だ。2012年には321億ユーロの財政赤字が、来年には41%減って188億ユーロになる見通し。2016年には、財政赤字ゼロを目指している。つまり4年後には歳出と歳入が均衡し、ドイツ政府は無借金経営を達成するのだ。ギリシャやイタリアが、税収不足に悩んでいるのとは対照的である。

財政状況が改善している背景には、いくつかの理由がある。まず、ドイツ経済がリーマンショックの悪影響から着実に回復し、特に中国やインド、南米向けの輸出が好調であることだ。企業収益が改善すれば、国庫には巨額の税金が転がり込む。

そして、この税収の伸びのもう1つの背景には、リヒテンシュタインやスイスなどに所得を隠していたドイツの富裕層が、次々に脱税の事実を自ら暴露し、滞納していた税金を払っているという事実がある。

そのきっかけとなったのは、2006年にリヒテンシュタインのLGT銀行の元行員が、銀行から盗み出した外国人の顧客データを、ドイツの諜報機関・連邦情報局(BND)に460万ユーロ(4億6000万円)で売った事件だ。

このデータを基に、2008年に税務当局はドイチェ・ポストのクラウス・ツムヴィンケル元社長の巨額脱税を摘発。同氏は1億ユーロの罰金を支払った。LGT銀行のデータによって500人を超える脱税犯が摘発され、税務署は滞納されていた税金6億2600万ユーロ(626億円)の回収に成功した。つまりドイツ政府は、LGT銀行の元行員に払った4億6000万円の報酬の136倍の税収を受け取ったのである。ドイツ政府にとっては、数億円の「投資」によって、その100倍を超える税収が国庫に転がり込むのだから、「安い買い物」ということになる。

だがリヒテンシュタインの法律に照らせば、この行員は銀行のデータを盗んだ犯罪者である。外国政府が、窃盗犯に多額の報酬を払ってそのデータを買うことは、犯罪を奨励することにつながる。本来ならば、盗品と知りながら購入することは、犯罪である。だがドイツ政府にとって、626億円もの税金を追徴できることの旨みは、あまりに大きいのであろう。法治国家であるドイツとしては珍しい、「超法規的措置」である。

実際、LGT銀行の事件を模倣して一攫千金を狙う者が増えている。今年8月にも、ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州政府が、900万ユーロ(9億円)を支払って、スイスの銀行から盗み出された顧客データを買ったことが明らかになった。NRW州政府が購入した4枚のCDには、スイスに所得を隠しているドイツの脱税犯の氏名や連絡先が含まれているものと見られる。これも、スイスの銀行からデータを盗み出した犯人に外国政府が巨額の報酬を与えているわけであり、銀行側は激怒している。

ドイツ側から見ても、脱税をしている市民全員が摘発されるわけではなく、CDにたまたま名前と住所が載っていた脱税犯だけが摘発されるのは不公平だという指摘もある。このためドイツのザビーネ・ロイトホイサー=シュナーレンベルガー法相は、「外国からの脱税に関する顧客データなどの購入を禁止する法律を施行するべきだ」と主張した。しかし、この提案はメルケル政権の中でもほとんど注目されていない。ドイツ政府にとっては、どのような手段であれ、脱税犯が摘発されて税収が改善されることは好ましいというのが本音なのだろう。

さらにLGT事件以来、スイスやリヒテンシュタインに所得を隠していた市民が、自ら脱税の事実を税務署に名乗り出て、滞納額を支払うケースが急増している。バーデン=ヴュルテンベルク州財務省によると、2010年の半ば以来、脱税の事実を当局に届け出た市民の数は9361人に達している。NRW州でもその数は約6300人に上る。

盗難CDとは別に、金融機関も以前に比べると捜査当局に情報を開示せざるを得なくなっている。かつてスイスやリヒテンシュタインの銀行については、「顧客の秘密を守る」という評判が高かった。ドイツの富裕層がこれらの国々の口座に所得を隠したのは、そのためだ。しかし今日では、テロ組織や麻薬組織の資金洗浄を防ぐ意味でも、捜査当局の依頼があれば、銀行は情報を提供せざるを得ない。

「天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず」という言葉がある。神様が悪人に対して張り巡らしている網は、目が粗いようでいて実は悪人をきちんと取り締まるという意味だ。この諺が示すように、税務署と司直は、我々をしっかりと見張っている。

5 Oktober 2012 Nr. 939

最終更新 Donnerstag, 04 Oktober 2012 13:00
 

どこへ行く領土紛争

日本と中国、そして日本と韓国との間の領土紛争に関するニュースが、ドイツでも大きく伝えられている。特に尖閣諸島(釣魚台)については、両国の対立がエスカレート。日本政府が一部の島を地権者から約20億円で購入したことで、中国側が強く反発した。

9月中旬には中国の約100カ所の都市で反日デモが繰り広げられ、参加者の数は10万人に上ると推定される。この内、青島市や蘇州市ではデモの参加者の一部が暴徒化。日本企業の工場が破壊されたり、日本人が経営する商店が略奪されたりする被害が出たほか、日本人学校が休校に追い込まれ、道に停めてあった日本車が破壊された。

中国では、通常デモが禁止されている。大使館や領事館に卵やペットボトルが投げ込まれるのを警察官が制止しないのは、政府が日本に対する抗議活動を事実上許可していることを示している。現地から伝わる情報によると、このデモは市民の自発的な行動というよりは、政府の意思で強くコントロールされたものだったようだ。この秋の中国共産党の党大会を控え、中国政府は日本に対して領土問題で弱腰を見せた場合、大衆から突き上げを食う。このため、激しい抗議行動を許したという見方もある。いずれにせよ、意見の対立を言論ではなく暴力で解決しようという姿勢は言語道断である。

ナショナリズムは、中国政府にとって都合の良い道具だ。中国では所得格差が拡大する一方で、経済成長が鈍化しているため、政府への不満も高まっている。中国政府にとっては、市民の怒りが日本に対して向けられ、日本企業や商店に対する破壊活動という形で表面化すれば、社会に蓄積した不満の「ガス抜き」ができるという利点がある。

尖閣諸島の領有権については、日本と中国の主張が平行線をたどってきた。このため1978年に締結された日中平和友好条約のための交渉では、両国は領土問題を棚上げした。両国は、領有権をめぐる対立が日中国交回復という大きな目的を妨げることを避けたのだ。だが今回、東京都の石原慎太郎知事が、一部の島を購入する計画を発表したため、野田政権が慌てて購入契約を締結。尖閣諸島をめぐる対立は、34年間にわたる「冷凍保存状態」から取り出され、一大外交問題に発展した。石原氏の筋書き通りの展開である。日本経済は、中国経済に依存している。このため、今後両国間の関係がさらに悪化した場合、日本の企業活動に支障が出るかもしれない。

ドイツ人が好む見方に、「今回の対立は単なる領土問題ではない」という意見がある。「日本政府が第2次世界大戦について批判的に対決せず、被害国に対して“過去は水に流そう”という姿勢を取ってきたことにも原因がある」という見方だ。だが、こういったドイツ人の見方に抵抗を感じる読者の方もいるだろう。日独の状況を単純に比較することはできない。

なぜ今、欧州には深刻な領土問題がないのだろうか。ドイツは、周辺諸国との和解のため、領土問題では譲歩してきた。例えば、かつて何百万人ものドイツ人が住んでいたシレジア地方は、戦後ポーランド領となった。ドイツ政府は、東西ドイツ統一の際に、ポーランドとの国境を変更しないことを確認。これは、旧連合国が東西統一を承認する条件の1つだった。シレジアから追放され、財産を失ったドイツ人は、故郷への帰還の道を完全に閉ざされた。旧ユーゴの内戦以降、欧州では領土紛争は起きていない。欧州人たちは小異を捨てて大同を取り、ナショナリズムを減らす道を選んだ。

日本では、戦前・戦中の体制が戦後も部分的に継続したことや、アジア諸国で内戦が激化したこともあり、日本と被害国との和解は、欧州ほど進まなかった。天然資源の少ない日本は、ドイツと同じ貿易立国であり、グローバル化の波に乗らなければ生き残れない。ナショナリズムの高まりは、グローバル化に逆行する。アジアの島々をめぐる領土紛争が、一刻も早く下火になることを切望する。

28 September 2012 Nr. 938

最終更新 Donnerstag, 27 September 2012 12:56
 

欧州中銀とドイツの対決

今年9月6日、欧州中央銀行(ECB)は歴史に残る決定を行なった。ECBのマリオ・ドラギ総裁が、イタリアやスペインの要求を受け入れて、債務危機に苦しむユーロ圏加盟国の国債を無制限に買い取ることを正式に発表したのだ。

ECBによる国債買い取りは、 新しいことではない。ECBは2010年以降、ギリシャなどを支援するために国債をすでに2000億ユーロ(20兆円)相当も買い取ってきた。しかし、ユーロ危機は収束するどころか悪化する一方である。

このためドラギ総裁は、今回初めてECBの国債買い取りに厳しい条件を付けることを明らかにした。債務過重国の政府が、ECBによって国債を買い取ってもらうには、欧州委員会、ECB、国際通貨基金(IMF)による厳しい審査を受け、歳出削減や増税、経済改革などの条件を受け入れなくてはならない。つまり債務過重国は、EUの緊急融資機関であるEFSF・ESM(欧州金融安定基金・欧州金融安定メカニズム)による援助を求める時と同じように、国際機関による「拘束衣」を着せられるのである。債務過重国の政府が欧州委員会による緊縮策などを履行しない場合には、ECBは国債の買い取りを打ち切る。

しかしこの決定は、欧州最大の経済パワーであるドイツには悪いニュースだ。多くのドイツ人にとって、この決定はEU法に違反する行為だ。この国の経済学者たちは、「ECBによる国債買い取りは、リスボン条約の第123条で禁止されている」と考えている。ECBはユーロ圏加盟国の拠出金で運営されているので、ギリシャなど債務過重国が破たんした場合、ECBが持つ国債は無価値になり、最終的には各国の納税者が損失を被る。

この日、フランクフルト・アム・ マインで開かれたECBの理事会では、27人の理事の中でドイツ連邦銀行のイェンス・ヴァイトマン総裁だけが反対票を投じた。

ドイツ連邦銀行のスポークスマンが、ECBの決定が発表された直後に発表したコメントによると、ヴァイトマン総裁は「国債買い取りは、中央銀行が紙幣を印刷することによって、国家に融資を行うことと同じだ。これでは、通貨政策が財政政策の僕(しもべ)となり、通貨の安定性を確保するという中央銀行の任務が損なわれる。ECBの国債買い取りは、ユーロ圏加盟国の納税者に莫大なリスクを負わせることになる」と述べ、ECBの決定を批判した。

ECBの決定を、ユーロ圏加盟国の中央銀行の総裁が公に批判するのは、異例のことだ。ヴァイトマン氏の発言は、「ユーロ危機のために多額の負担を迫られるのではないか」というドイツ市民や財界の危惧を反映している。多くのドイツ人は、ユーロ圏内にお金が溢れることによって、インフレの傾向が強まるのではないかと懸念している。ドイツ人の間で今、不動産投資がブームになっているのは、通貨価値の下落に対する恐れからである。

これに対してドラギ総裁は「リスボン条約の第123条で禁止されているのは、ECBがユーロ圏加盟国から直接国債を買い取ることだけだ。ECBが、マーケットで国債を持っている投資家から間接的に国債を買い取ることは許されている」と述べ、今回の決定の正当性を強調した。

キリスト教社会同盟(CSU)などドイツの保守層は、「ECBによる国債買い取りは極めて危険だ」として、メルケル政権に対して、この決定の取り消しを求めて欧州司法裁判所に提訴するよう要求している。ユーロ危機がECBによる国債買い取りによって解決すると考えるのは、あまりにも気が早過ぎるだろう。

21 September 2012 Nr. 937

最終更新 Donnerstag, 27 September 2012 12:57
 

補助年金をめぐる論争

ウルズラ・フォン・デア・ライエン連邦労働相

日本やドイツを初めとして、公的年金制度はどの国でも火の車である。社会の高齢化が急速に進む中で、誰もが「自分は十分に年金で暮らしていけるのか」という不安感を持っている。その意味で、現在ドイツで行なわれている年金論争は、決して他人事ではない。

論争の口火を切ったのは、ウルズラ・フォン・デア・ライエン連邦労働相。彼女は、「所得が少ない市民が定年退職した時に受け取れる公的年金は、今のままでは少な過ぎる」として、「補助年金制度」を新設するべきだと提案したのだ。

特に問題なのは、年金受給者が着実に増える一方、少子化によって年金保険料を納める勤労者の数が減っていくので、受け取れる年金の額が減少することだ。労働省によると、現在税引前の毎月の所得が1900ユーロ(19万円・1ユーロ=100円換算)である市民が、35年間働いて定年退職した後、毎月受け取る年金額は、現在620ユーロ(6万2000円)。しかし2030年には、受給額が16%減って523ユーロ(5万2300円)になってしまう。

ユーロ危機のために、欧州中央銀行(ECB)が大量の資金を市場に投入していることから、今後ヨーロッパでは中長期的に物価上昇率が高まると見られている。インフレは通貨の価値を相対的に下げるので、年金受給者の購買力はどんどん減ることになる。公的年金の支給額は、物価上昇率に合わせて増える仕組みにはなっていない。

連邦統計局によると、毎月の手取りの収入が1700ユーロ(17万円)以下の家庭の比率は、44.2%に上る。このためフォン・デア・ライエン労働相は、「年金受給額が少なくなるのは、例外ではない。ドイツ社会の中間層が高齢者になった時に、貧困に脅かされようとしているのだ」と訴えている。

彼女は「所得が低い人でも、一生働き続けたら最低月額850ユーロ(8万5000円)の年金がもらえるようにするべきだ」と主張。この金額と公的年金との差額を、税金を財源とする補助年金によって補てんすることを提案している。

この提案に対し、フォン・デア・ライエン労働相が属するキリスト教民主同盟(CDU)の反応は冷ややかだ。同党の若手議員の間からは、「補助年金の導入は、若い世代への負担を相対的に重くする」として、同相の提案に強く反対する声が出ている。連邦政府は、現在でも毎年800億ユーロ(8兆円)もの税収を、年金制度の補てんのために投入している。補助年金による負担は、2030年の時点で30億ユーロ(3000億円)に達するという試算もある。

今後ドイツの若い世代の間では、「一部の市民にとっては、35年間働いても年金額が雀の涙になるのでは、公的年金制度を続ける意味があるのだろうか。年金制度を根本的に変える必要があるのではないだろうか」という声が強まるだろう。CDUの若手議員の間では、「税金を財源とする基礎年金を導入し、残りは民間の年金保険だけにするべきだ」という極端な意見も出ている。

数年前から、民間の保険会社の個人年金保険が飛ぶように売れている背景には、リーマンショックの影響だけではなく、若い勤労者が公的年金に対して抱く不信感もある。

ドイツでは、現在35万人を超える市民が、定年退職後も働いている。中には、仕事を続けたいので自主的に働く人もいるだろうが、公的年金と蓄えだけでは食べていけないので、仕方なく働いている高齢者もいるに違いない。高齢者は年金の受給額に対して税金を払わなくてはならないだけではなく、定年退職後の労働による所得が一定の水準を超えると、年金額を減らされてしまう。いずれにしても、我々の未来はあまり明るくないようである。

14 September 2012 Nr. 936

最終更新 Freitag, 14 September 2012 09:39
 

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