独断時評


トロイの木馬にご注意!

コンピューターにもぐり込んでデータを盗んだり、有害なソフトを送り込んだりするのは、悪質なハッカーだけかと思っていた。ところが、ドイツの捜査機関も市民のPCに「トロイの木馬」と呼ばれる一種の盗聴ソフトを送り込んで監視していた疑いが強まっている。

バイエルン州ランツフートの弁護士は、「ミュンヘン空港の税関当局が、あるドイツ人のノートブック型コンピューターを点検する際、“トロイの木馬ソフト”を植え付けて、麻薬の販売容疑について捜査するために、監視活動を行なっていた」と指摘している。PCに潜入したトロイの木馬は、メールの内容や交信相手、スカイプによる電話、作成する文書の内容などをリアルタイムで外部に送る。さらに海賊党と密接な関係を持つハッカー集団「カオス・コンピューター・クラブ(CCC)」は、「匿名の情報提供者から送られてきたソフトを調べたところ、トロイの木馬であることが判明したが、このソフトは捜査当局が監視活動のために使っていたものである疑いが強まった」と指摘している。

連邦内務省は、トロイの木馬を捜査に使ったことはないと主張しているが、バイエルン州の内務省は、「CCCに送られたソフトは、バイエルン州の捜査当局が2009年に使ったものと同種の可能性がある」として調査を進めている。

私は5年前にリスクマネジメント業界の講習会で、トロイの木馬の実演を見たことがある。このソフトを植え込んだPCで文章を書くと、別のPCの画面に全く同じ文章が自動的に現れる。しかもソフトを植え付けられた側には、監視されていることが全くわからない。遠く離れた場所から誰かの行動を探るには、もってこいの道具なのである。

連邦憲法裁判所は、人命や財産に危険が迫っている場合などには、捜査当局が被害を防ぐために容疑者に対してトロイの木馬などを使うことを認めている。たとえばテロリストが多数の市民を殺傷する目的で爆弾を作っている疑いがある場合には、警察はこのような監視ソフトを積極的に使って犯行を未然に防ぐべきだろう。

しかし裁判官は、具体的な危険が迫っていないにもかかわらず、トロイの木馬によって市民の私生活などを監視することを禁止している。たとえば、このソフトで特定の市民が使っているPCの画面をリアルタイムで入手する行為は、禁じられているのだ。「この人物は麻薬を売っているのではないか」という程度のあいまいな憶測を根拠に、PCの内容が知らないうちに捜査当局に渡っていたら、プライバシーの侵害もはなはだしい。

しかし、この手法は対外諜報機関の間ではすでに頻繁に使われている。連邦情報局(BND)は、2009年の時点で「オンラインシステムによってPCの内容を探る調査をすでに2500回実施した」と答えている。あるドイツ人ジャーナリストは、BNDに関する本を準備していた際、原稿をPCのハードディスクに保管していた。彼はある時取材の中で、BNDがいつの間にか、彼の原稿のコピーを入手していることに気付いた。彼はBNDが電話回線を通じてPCに侵入したものと推定している。我々が気付いていないだけで、スパイたちにとってこのような行為は、赤子の手をひねるよりも簡単なのかもしれない。

インターネットの使用が当たり前になった今日では、市民が政府から四六時中監視され、プライバシーを失う危険性が非常に高まっている。連邦政府や州政府には、警察や諜報機関がネットの世界で「暴走」しないよう、規制を強めてほしいものだ。

21 Oktober 2011 Nr. 890

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:44
 

アテネの悲しみ

私は今年9月1日、アテネにいた。デモ隊と警官隊が時々衝突する議会前のシンタグマ(憲法)広場から程近い高級住宅街、コロナキ。街路樹にはオレンジがたわわに実っている。温度計の水銀柱がじりじりと上昇する中、ドイツでは聞かれない油蝉の合唱が、朝から響き渡る。

すると、蝉の声に混じって、アコーディオンとタンバリンの音が聞こえてきた。2人のギリシャ人が楽器を弾き、歌を唄いながら歩いている。彼らは住宅街を通りから通りへめぐりながら、施しを求めているのだ。向かいのアパートに住んでいる中年の女性は、お金を窓の下に投げ落とした。辻楽師たちの哀愁を含んだ歌声に、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)の融資を得るために奔走するギリシャ政府の姿がだぶって見えた。

2011年の時点でギリシャの公共債務の残高は、3530億ユーロ(38兆8300億円)。同国は、2011年から2013年までに1240億ユーロ(13兆6400億円)の借金と利息を払わなければならない。欧州統計局によると、2010年の財政赤字は、国内総生産(GDP)の10.5%に達する。これはEU平均の6%を4ポイントも上回っている。債務のGDPに対する比率も、2009年の127.1%から2010年には142.8%に悪化し、EU平均を57.5ポイントも上回っている。ギリシャ人たちはこれらの数字を見て、どこから手をつければ良いのか、途方に暮れている。ギリシャを定期的に訪れるドイツ人のビジネスマンは、「彼らのメンタリティーを変えない限り、この国は変わらない」と語った。

確かに、5年ぶりに訪れたアテネは相変わらずストの町だった。私がアテネに到着した日にはタクシー運転手がストライキ。翌日には学生と教職員が中心街で大規模なデモ。その次の日には、突然地下鉄の運転士たちがストライキに踏み切った。ストやデモは経済活動を停滞させ、景気をさらに悪くする。政府は市民の抗議にもひるんでいない。財政赤字を減らさないと、EUとIMFから融資を受けられないので、新しい不動産税を導入したり、2015年までに公務員を15万人解雇する計画を発表したりしている。しかしこれらの措置が、不況に拍車をかけていることも事実だ。

アテネの町を歩いていると、空き家が目につく。「Enoikiazetei(空室あり。貸します)」と書かれた紙が、町の至る所で、商店のショーウインドウや建物の壁に貼られている。あるドイツ人は、「公的債務問題が噴出して以来、ギリシャ人は以前ほど朗らかに笑わなくなった」と私に語った。5年前には昼間から満員だったコロナキのカフェバーも、閑散としていた。

ギリシャ支援のためにドイツは、すでに220億ユーロ(2兆2000億円)の負担を約束している。だが問題はギリシャにとどまらない。ドイツ連邦議会は9月末にユーロ危機に対処するEFSF(欧州金融安定化基金)の拡大に同意したが、同国が債務保証する金額は1230億ユーロから2110億ユーロ(21兆1000億円)に増えた。金利も含めるとドイツの負担は4000億ユーロに達するという見方もある。確かにドイツは欧州で最も豊かな国であり、他国を支援するべきだ。しかし市民の間では、「ギリシャは底の抜けたバケツ」という不信感が強まっている。2000年以上も前に欧州文明の基礎を築いたギリシャは、今やユーロの安定を脅かす問題児になった。秩序立った一時的な国家破産と、債務の組み換えを避けて通れないという見方が、EU全体に広がりつつある。万一ギリシャを破産させる場合に、第2のリーマンショックのような事態につながることを、世界は最も恐れている。EU諸国が万全の予防措置を取ることを願う。

14 Oktober 2011 Nr. 889

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:44
 

ローマ教皇に失望したドイツ人

9月下旬のさわやかな秋晴れの下、ローマ教皇ベネディクト16世が再び母国ドイツの土を踏んだ。マスコミは、ベルリンやフライブルクで行なわれたミサの模様を詳しく伝えた。だが、カトリック教会の最高指導者のドイツ訪問は、この国の市民に複雑な感情を抱かせた。

今回の訪問は、異例なことづくしだった。まず、ローマ教皇は初めて連邦議会で演説を行なうことを許された。グレーを中心とした落ち着いた色調の議場で、白い法衣に赤い靴の教皇が両手を広げて議員たちに挨拶をしている光景は、ドイツ市民に違和感を与えた。左派政党リンケからは40人あまりの議員、緑の党では約10人がベネディクト16世の演説をボイコットした。議会の空席は、この国でローマ・カトリック教会が浴びている冷ややかな視線を感じさせた。ベルリンでは、教皇の訪独に抗議するデモすら行われた。

ドイツでのスケジュールの中で最も注目されたのは、9月23日に教皇がエアフルトのアウグスティーナ修道院を訪れたことだ。その理由は、宗教改革を実行したマルティン・ルターが約500年前に僧侶としてここで修行したからである。プロテスタントの歴史の中で重要な意味を持つこの修道院を、ローマ教皇が訪れるのは初めてのこと。ベネディクト16世は、プロテスタントの信徒たちと合同ミサを行い、約30分間にわたりドイツ・プロテスタント教会(EKD)の幹部たちと会談した。

ローマ・カトリック教会は、1521年にルターを破門して以来、プロテスタント教会を「異端」とみなしている。ドイツでは一般的にローマ・カトリック教会に対する批判が強い。カトリック教会は、原則として避妊具の使用を禁じているが、このことはアフリカでエイズが拡大する一因になったとされている。ドイツでは、カトリックとプロテスタントの融和を図るÖkumene(エキュメーネ)という運動が重視されているが、バチカン側は消極的である。このためドイツのプロテスタント信徒の間では、今年春頃から「ローマ教皇がプロテスタント教会との融和のために、エアフルト訪問の際に重要な一歩を踏み出すのではないか」という期待が高まっていたのだ。

だが、プロテスタント教会の重鎮たちは、合同ミサの後、異口同音にベネディクト16世の態度について失望感を表した。教皇はミサでの説教の中でルターについて一言も触れなかっただけではなく、「この訪独が(エキュメーネをめぐって)贈り物をもたらすと期待するのは、政治的な誤解だ」と語り、プロテスタント側の期待を打ち消した。しかも彼は、「自分で作った信仰には価値がない」と述べて、プロテスタント教会は異端であるという見方を改めて強調した。さらに「信仰の内容について外交官のように交渉できると思ったら大間違いだ」と語り、融和のためにプロテスタントと話し合う方針はないという姿勢を打ち出した。かつてベネディクト16世は、バチカンで教義庁の長官だった。カトリック教会の教義を担当してきた人物に、柔軟さを期待する方が甘いのかもしれない。

現在、ドイツのカトリック信徒の数は約2460万人(人口の約31%)だが、その数は年々減っている。2009年には約12万4000人のカトリック信徒が教会を脱退した。2010年には脱退者の数が18万人を超えると推定されている。教会税や、聖職者による性的虐待の解明が遅れたことなどが原因だが、ベネディクト16世がエアフルトで見せた頑固な態度も、ドイツ人のバチカンに対する不信感をさらに深めるに違いない。

7 Oktober 2011 Nr. 888

最終更新 Montag, 17 Oktober 2011 15:15
 

メルケル対レスラー

ギリシャ救済をめぐり、メルケル政権の中で不協和音がガンガン響き渡っている。そのきっかけは、保守中道連立政権の一党である自由民主党(FDP)のフィリップ・レスラー党首が、ヴェルト紙に寄せた一文だった。レスラー経済相は、「ギリシャ問題についてはあらゆるオプションが検討されるべきであり、その中にはギリシャの秩序だった破たんも含まれるべきだ」と主張した。

ドイツ語には、Denkverbotという日本語に訳しにくい言葉がある。直訳すると「思考の禁止」だが、何かを考慮の対象に含めないこと、オプションとして除外することを意味する。レスラー氏は、「ユーロの安定性を確保するには、Denkverbotがあってはならない。ギリシャを破たんさせることも視野に入れるべきだ」という姿勢を打ち出したのである。彼は、「ドイツはいつまで債務保証という形で、ギリシャなどを支援しなくてはならないのか」と懸念を強めている、企業経営者らFDPの支持層を代弁しようとしたのである。実際、EUのギリシャ支援に批判的なミュンヘンのIFO経済研究所のハンス=ヴェルナー・ズィン所長ら16人の著名な経済学者たちは、レスラー経済相の発言を支持する声明を発表している。

しかしレスラー氏の発言は、金融市場に「地震」を引き起こした。この寄稿が引き金となって、ドイツの株式市場の平均株価は金融機関を中心に下落。イタリアやスペインなど過重債務に悩むほかの国々の国債価格も下がり、リスクプレミアム(危険を見込んで上乗せされる利息)が上昇した。マーケット関係者は、レスラー氏の発言を「ドイツ政府がギリシャの破たんを容認しようとしている証拠」と受け取ったのである。

この発言に、メルケル首相は激怒。「不用意な発言で金融市場を動揺させることは、ユーロとギリシャにとってプラスにならない」と述べ、レスラー副首相の発言が政府の見解ではないことを強調した。メルケル首相は、「ギリシャの破たんは避けなくてはならない」という姿勢を貫いている。「ユーロがだめになったら、ヨーロッパがだめになる」と述べ、ギリシャ救済以外の道はないと主張してきた。従って、レスラー氏の発言は、事実上の閣内不一致を示すものであり、いわば「副首相の造反」である。ドイツの歴代の政権の中で、首相が連立政権のパートナーの党首を公の場でこれほどあからさまにこき下ろしたのは、初めてである。

起死回生を狙ったレスラー氏の直言は、FDPにとってむしろ逆効果だった。9月18日に行なわれたベルリン市議会選挙で、FDPは得票率を前回の7.6%から1.8% に減らし、会派としての議席を失った。1.8%という得票率は、極右政党NPDをも下回っており、FDPが吹けば飛ぶような泡沫政党に転落したことを示している。同党は今年7つの地方自治体で行なわれた議会選挙の内、実に5カ所で議席を失った。

これだけFDPの人気が落ちると、メルケル首相は頭の中で、「2013年の連邦議会選挙でもFDPと連立するべきだろうか」と政治的な計算を始めているに違いない。福島原発の事故以来、人気が高い緑の党と組むべきか。それとも社会民主党(SPD)と再び大連立政権を作るべきか。

レスラー氏の「玉砕」は、ドイツの政治家たちにとってユーロ問題がいかに激しい破壊力を秘めているかを、まざまざと示した。メルケル政権の重鎮たちは、戦後最も激しく危険な暴風雨の中で、ドイツ丸の舵取りに成功するだろうか。

30 September 2011 Nr. 887

最終更新 Dienstag, 04 Oktober 2011 21:56
 

ギリシャ救済と憲法裁

9月7日に、メルケル首相はカールスルーエからの第一報を聞いて、安堵のため息をついたに違いない。この日、連邦憲法裁判所はメルケル政権がこれまで行なってきたギリシャ政府への援助措置について、違憲ではないという判決を下したのである。

この訴訟では、キリスト教社会同盟(CSU)の政治家と、数人の経済学者たちが「欧州連合(EU)のギリシャ政府への救済措置は、通貨同盟の法的基盤であるマーストリヒト条約に違反するものであり、通貨の安定性を揺るがす措置だ。政府が国民の意見を十分に考慮せずに、EUの救済措置に参加することは、議会の予算決定権を侵害し、民主主義の精神に反するものであり、違憲」と主張していた。

これに対しアンドレアス・フォスクーレ裁判長は、「政府の救済措置への参加は基本法(ドイツの憲法)には違反しない」としながらも、連邦政府に対しては過重債務国への援助措置に参加する前に連邦議会の予算委員会の承認を得ることを義務付けた。

憲法裁は、「このような救済措置に加わるかどうかについては、政府の裁量を尊重しなくてはならない」として、政府の判断に真っ向から挑戦することを避けた。同時に政府の判断によって連邦議会の主権が必要以上にEUに移される事態に釘を刺すことで、原告の主張にも一定の範囲で耳を傾けた。「EUの指示に盲目的に従うのではなく、自国の議会の意見も尊重しなさい」というメッセージである。政府にとっては、ハードルが1つ増えたものの、救済措置の合法性についてドイツ司法の最高権威から一応のお墨付きを得たことになる。

ドイツ人は、法律や規則を重視する民族。憲法裁判所に絶大な信頼を寄せており、政治的に重要なテーマについても、カールスルーエの判断を仰ぐのが好きだ。しかし、もしも裁判官たちがメルケル政権のギリシャ救済措置を違憲と判断していたら、ドイツだけでなく欧州全体が大混乱に陥ったはずだ。裁判官たちは、「憲法裁の判決のせいでユーロが崩壊した」と批判されることを避けたかったのであろう。その意味で、今回の判決は純粋な法的判断というよりは、きわめて政治色が濃い判断である。

一方、欧州は相変わらずギリシャをめぐって悲観的な空気に包まれている。同国は深刻な不況に襲われているほか、税金の滞納分の取立てや国営企業の民営化が遅々として進んでいない。このため、EUと国際通貨基金(IMF)が課した財政再建目標を達成できるかどうかについて、重大な疑問が生じているのだ。EUとIMFは、「ギリシャ政府は宿題をさぼっている」と判断した際、9月末に予定されている援助金の支払いを見送る。その場合ギリシャ政府は資金繰りに行き詰まり、「債務不履行」、つまり国家倒産の危険が高まるのだ。

自由民主党(FDP)の党首であるレスラー副首相は、ドイツの新聞に寄稿して「ユーロの安定化00000のためには、あらゆる可能性が考慮されるべきだ。その中には、ギリシャを整然と破たんさせることも含まれる」と書いた。この発言は、同国の破たんを是が非でも防ごうとしているメルケル首相や欧州委員会の努力に水をさすものであり、政府内で批判が高まっている。レスラー氏の発言は、独仏の銀行の株価の下落に拍車をかけた。ドイツでは、ギリシャのユーロ圏からの脱退を求める声も高まっている。だがギリシャが破たんした場合、アイルランドやポルトガル、スペインなどに飛び火する危険もある。

この秋から冬にかけては、公的債務危機が重大な局面を迎えるかもしれない。ユーロをめぐる情勢からは、当分目が離せない。

23 September 2011 Nr. 886

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:59
 

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