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経済政府とは何か

メルケル首相とサルコジ仏大統領は16日の首脳会談で、ユーロ加盟国が経済・財政政策について共同歩調を取るように、「経済政府(Wirtschaftsregierung)」を設置することで合意した。経済政府が欧州連合(EU)に初めて発足することは、フランス政府の長年の要求が実現することを意味する。中央集権的な政策を好むフランスは、経済政府によって各国の政策の足並みを揃えることを提案してきた。これに対し、地方分権の伝統が強いドイツは、経済政府構想に反対してきた。

現在、EU加盟国、特にユーロ圏に参加している国の経済・財政政策は、ほとんど調整されていない。だがドイツ連邦銀行は、ユーロが導入される前から「政治統合が進まない限り、通貨統合は成功しない」と警告していた。加盟国がバラバラに経済・財政政策を行なっていたら、共通の通貨を導入しても長続きはしないというのだ。

ギリシャ、アイルランド、ポルトガルが公的債務危機に陥り、EUの支援なしには破たんしかねない状態まで追い込まれたことは、ドイツ連邦銀行の予言が正しかったことを示している。リーマン・ショック後のEUでは、ドイツが好調な輸出によって一人勝ちする状態が続いている。ドイツが貿易黒字を貯め込んでいるのに対し、ギリシャなどの国は慢性的な貿易赤字に悩み、外国の国債市場での資金調達に苦しんでいる。フランスは「ユーロ圏加盟国の政策調整が不十分で、各国間の格差が広がっていることが、債務危機の根本的な原因である」として、経済政府の導入を打ち出したのだ。

ドイツが経済政府設置への反対を取り下げた理由は、2つある。1つは、ドイツが提案してきた「債務ブレーキ」の導入を、サルコジ大統領が受け入れたこと。この構想によると、加盟国は毎年の財政赤字(新規の債務)が国内総生産(GDP)の一定の比率を超えないことを、憲法に明記する。ドイツでは、すでに債務ブレーキを導入しており、政府はGDPの0.35%を超える財政赤字を計上することを憲法で禁止されている。

もう1つの理由は、サルコジ大統領が「ユーロ共同債」の導入について、メルケル首相に同調して反対したことである。最近EUでは、「ユーロ共同債の発行が、ユーロを救う最後の手段だ」という意見が出されている。信用格付けが低いギリシャやポルトガルは、高い利息を払わないと、国債を国外市場の投資家に買ってもらえない。そこでユーロ圏加盟国が共同で債券を発行すれば、ギリシャなどへの利息負担が減るというわけだ。

だがユーロ共同債は、ドイツのように格付けが高い国にとっては不利だ。現在、ドイツが国債を売るために払う利息は2.6%前後だが、ユーロ圏加盟国の平均利息は4.4%。つまりドイツはこれまでよりも高い利息を払わされる。IFO経済研究所のカイ・カルステンセン氏は、「ユーロ共同債の発行によってドイツの利息負担は、数十億ユーロ増えるだろう」と予測している。ドイツ国内には、一部の国の過重な公共債務による負担がすべての加盟国に押し付けられることに、強い反対がある。サルコジ氏は、ドイツの懸念に一応の理解を示し、メルケル氏を間接的に支援したのである。

南欧の国を中心に「ドイツはユーロ圏の誕生によって巨額の貿易黒字を得られたのだから、貧しい国に還元するのは当たり前だ」という意見が強まっている。一方、ドイツ市民の間には「いつまで南欧の国を支援させられるのか」という不満が高まりつつある。新しく誕生する経済政府は、このジレンマを解決することができるだろうか。

26 August 2011 Nr. 882

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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