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独断時評


ウクライナ支援の手を緩めないドイツ

ロシアのウクライナ侵攻が始まってから、約10カ月になるが、戦火が止む気配はない。ドイツなど周辺諸国は、ウクライナに武器を供与するだけではなく経済的、人道的な支援をさらに強化する方針だ。

11月23日、街一体が停電となったウクライナの首都キーウ11月23日、街一体が停電となったウクライナの首都キーウ

1000万人が電気のない生活

ウクライナの気温が0度を割るなか、ロシア軍は発電所、変電所、暖房設備など生活に不可欠なインフラを巡航ミサイルで破壊するという戦術を取っている。5日にもキーウなどで空襲警報が鳴り響き、人々は地下鉄駅やアパートの地下室への避難を余儀なくされた。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、11月18日、「キーウやオデッサなどで1000万人を超える市民が電力を奪われている」と語った。キーウだけでも、約150万人が電気のない暮らしを送っている。人々は極寒の中、水道施設の前で、水をくむために順番を待っている。ロシアから奪回したへルソンなどでは、市当局が暖房装置のある避難所を設置し、市民が暖を取ったり、携帯電話に充電したりできるようにしている。

11月25日にドイツの報道機関のウェブサイトに、夜の欧州を上空から撮影した衛星写真が掲載された。ルーマニア、ポーランド、ベラルーシなどでは暗闇の中に街のともしびが見えるが、ウクライナは真っ暗だ。市民たちは、この暗闇の中でじっと寒さに耐えている。

多数の発電機を寄付

このためドイツなどでは、ウクライナに発電機を送る動きが進んでいる。災害時の復興を支援するドイツの「技術援助機関」(THW)は、150台の発電機をウクライナの電力会社ウクレネゴに送ったが、近くさらに320台を送るための準備を進めている。THWがウクライナに送る発電機の総額は、195万ユーロ(27億3000万円・1ユーロ=140円換算)となる。

ドイツ対外経済援助省は、ウクライナ戦争勃発以来、同国に2430台の発電機を送ったが、さらに1200万ユーロ(16億8000万円)相当の発電機をウクライナに送る方針。またドイツ内務省は、蓄電装置を20台、灯油を使う暖房装置を15台、居住用コンテナを38棟ウクライナに送る準備を行っている。

地方自治体による支援活動も進んでいる。ケルン市役所は11月25日、「姉妹都市ドニプロへ、発電機118台、防寒具、車椅子、マットレスなどを送るためのトラックが出発した」と発表。同市は今年7月と8月にも、医薬品と医療器具をドニプロに送っている。

11月29日から2日間にわたりブカレストで開かれた北大西洋条約機構(NATO)外相会議でも、加盟国はウクライナへの武器援助だけではなく、ロシア軍が破壊したインフラストラクチャーの再建についても支援することを明らかにした。

寒さを武器に使うロシア

ロシア軍の狙いの一つは、電気、暖房、水道をカットすることで、ウクライナから東欧、西欧へ逃げる市民の数を増やし、新たな「難民危機」を引き起こすことだ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、今年2月24日以来、ウクライナを出国し、東欧・西欧の国に避難民として登録された数は、約478万人。隣接する東欧諸国は、今後寒さが厳しくなるとともに、避難する人の数が増えるとみている。

民間人を苦しめるためにインフラを破壊する行為は、戦争犯罪の一種だ。ドイツ政府のベアボック外務大臣は、11月29日「プーチン大統領は、冬の寒さを武器として使おうとしている。これは国際法に違反するだけではなく、文明からの離反だ。ロシアは、インフラを意図的に破壊することで、『ウクライナで子どもや高齢者らが寒さ、空腹、喉の渇きで死んでもかまわない』という態度を取っている」と非難した。

ベアボック大臣が使った「文明からの離反」(Zivilisationsbruch)という言葉は、注目を集めた。この言葉は通常ドイツの政治家や歴史学者たちが、ナチスのユダヤ人虐殺を非難するときに使う表現だからである。「人間の文明に属さない」という発言は、ドイツが他国を非難するときに使う言葉としては、最も強い表現だ。ベアボック氏はロシアとナチスドイツを同列に並べようとしているわけではないが、この言葉によりプーチン大統領への強い怒りを表現したのだ。

ウクライナに多額の軍事援助

一方、ドイツは軍事支援も強めている。同国はウクライナ戦争の勃発後、「紛争地域に武器を輸出しない」という伝統的な政策を変更。これまでウクライナに19億3346万ユーロ(2706億円)相当の武器、弾薬などを送った。例えばゲパルト型対空戦車を30両、自走りゅう弾砲PzH 2000型を14両、多連装ロケット砲マースIIを5門など多数の兵器を供与した。

キール世界経済研究所によると、ドイツが12月1日までにウクライナに対して行った軍事、経済、人道援助の総額は54億4500万ユーロ(7623億円)に上る。米国(478億1900万ユーロ)と英国(70億8200万ユーロ)に次いで世界で3番目に多い。

ウクライナは一方的に攻め込まれて市民が殺害され、街が破壊されている。同国は「ロシア兵をクリミア半島やドンバス地域を含むウクライナ領土から完全に駆逐するまで、停戦交渉には応じない」としている。ロシアも「ウクライナを非武装化し、欧米がわが国の安全を保障するまで戦う」と主張。つまりこの戦争は長期化する可能性が強い。ウクライナを支援する欧米とプーチン大統領の間の「持久戦」は当分続くだろう。

最終更新 Donnerstag, 15 Dezember 2022 11:59
 

国連気候保護会議 COP27に失望の声

エジプトのシャルム・エル・シェイクで11月6日から約2週間にわたり、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)が開かれた。参加国は地球温暖化の被害を受けている国々への援助について初めて合意したが、肝心の温室効果ガス(GHG)削減のための措置については前進できなかった。

11月17日、COP27で発言するベアボック外相11月17日、COP27で発言するベアボック外相

被害国向けの補償基金で初合意

COP27での唯一の前進は、気候変動による洪水や干ばつで苦しむ発展途上国などのために、補償基金を創設することで加盟国が初の合意にこぎ着けた点だ。発展途上国からは、「産業革命以来、主に先進国が排出してきたGHGのために地球温暖化が起き、われわれが最も被害を受けている。しかもわれわれは、先進国ほど大量のGHGを排出していない。したがって、豊かな国々はわれわれが受けている被害について、支援金を払う義務がある」という声が高まっていた。

これまで先進国は気候変動による被害の補償金について、COPで交渉することに消極的だった。この点が最終合意文書に明記されたことは、画期的だ。

しかし、予算規模や誰が金を払い込むのかなどは決まっておらず、来年11月にドバイで開かれるCOP28で協議される。米国や欧州連合(EU)加盟国、日本などが将来多額の資金の払い込みを求められることは必至だ。EUは、現在GHGの排出量が世界で最も多い中国や、国民1人当たりのGHG排出量が多い中東の産油国に対しても、資金拠出を求めている。しかし、これらの国々は今のところ支払いを拒否している。

GHG削減では前進なし

ただしこの基金は、気候変動による経済的損害の緩和には役立つが、地球温暖化に歯止めをかけるという、最も重要な目的には貢献しない。COP27の最終合意文書は、この点について全く前進できなかった。

例えば前回のCOP26で、参加国は初めて最終合意文書の中に「GHG削減措置を施していない石炭火力発電所を減らし、非効率な化石燃料に対する補助金を段階的に停止する」という一文を盛り込んだ。今回のCOP27で、EUとドイツ代表団は米国、インドと共に「天然ガスと石油の使用の段階的な削減」という一文を盛り込もうとした。しかし中国と中東の産油国が頑強に抵抗したため、最終合意文書は、脱ガス・石油という方向性に言及しなかった。

COP27の参加国は、「産業革命前の時代に比べて、地球の平均気温の上昇幅を1.5度以下に抑えるために、2030年までにGHG排出量を2019年比で43%減らす必要がある」という点では合意した。しかし最終合意文書は、どのようにしてGHG削減を実現するかについて、具体的な内容を欠いている。世界には、さらなる経済成長のために、今後も大量の化石燃料を使うことを計画している国々、さらに大量の化石燃料を売ろうとしている国々がある。彼らは国益を優先させて、COP26よりも踏み込んだ脱炭素措置が最終合意文書に盛り込まれることを阻止した。

ドイツ政府が不満を表明

このためドイツでは、COP27の結果について不満の声が圧倒的に強い。ドイツ政府の代表団を率いたアンナレーナ・ベアボック外務大臣は、「今回の会議の結果は、将来への希望だけではなく不満を抱かせるものだ。交渉は極めて難航した」と語った。

ロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣は、「EUとドイツの代表団の努力によって、最終合意文書が2015年のパリ合意や2021年のグラスゴーでのCOP26の内容よりも後退することは防げた。さらに、気候変動の脅威にさらされている国への資金援助が会議の中心の一つになったことも評価するべきだ」と述べる一方で、「われわれは今回の結果に、本当に満足することはできない」と批判した。大臣は、「各国はこれまでに約束した具体的な対策を一つひとつ地道に実行するしかない。世界全体がエネルギー転換と産業界の非炭素化によって、石炭、石油、ガスから脱却しなければ、1.5度目標を達成できない」と指摘した。

環境保護団体フライデーズ・フォー・フューチャーのドイツ支部長のルイーザ・ノイバウアー氏は、「COP27の参加国は、化石燃料が引き起こしている損害について協議する一方で、化石燃料の使用停止を決めなかった。これは大きな矛盾だ。参加国は、発展途上国に気候変動の被害緩和のための救援措置を決める一方で、将来気候変動によりさらに大きな被害が起きることを傍観している」と厳しい言葉で批判した。

ブレーメンのアルフレート・ヴェーゲナー極地海洋研究所で、気候変動が海の生物などに及ぼす影響を研究するペルトナー教授は、気候変動に関する政府間パネルの第2作業部会の共同座長の1人。同氏はCOP27での合意内容について、「科学者の一人として失望した。政治家たちは、科学者の提言をきちんと実行していない。合意文書の内容には、曖昧な点が多い。脱石炭だけでは不十分であり、石油と天然ガスも含めたあらゆる化石燃料からの脱却が必要なのに、参加国は具体的な措置を明記しなかった」と述べている。

国連政府間パネルは昨年発表した報告書で、「2011~2020年の平均気温は、1850~1900年に比べて1.1度高くなっている。今後30年間に二酸化炭素(CO2)排出量を現在に比べて少なくとも半分に減らさない限り、2040年以降、上昇幅が2度を超えることは避けられない」と述べている。われわれは将来の世代に、住みやすい地球を引き継げるのだろうか?

最終更新 Donnerstag, 01 Dezember 2022 13:02
 

ショルツ訪中に高まる批判 対中戦略見直しも激論

ドイツのオーラフ・ショルツ首相は11月4日、中国を訪問して習近平国家主席と会談した。2年前のコロナ・パンデミック勃発後、G7加盟国の首脳が訪中したのは初めてだ。フォルクスワーゲン、BMW、シーメンスなどの社長ら約10人も同行した。

4日、北京で会談したショルツ首相と中国の習近平国家主席4日、北京で会談したショルツ首相と中国の習近平国家主席

中国の人権問題にも言及

わずか11時間の北京滞在だったが、いくつかの「前進」があった。一つは、プーチン大統領へのけん制球だ。ショルツ首相と習近平国家主席は、「核兵器の使用に反対する。核による威嚇は無責任かつ危険だ」という点で合意した。

ロシア政府は、最近「ウクライナ軍が通常の爆弾を使って放射性物質をまき散らす『ダーティー・ボム』(汚い爆弾)を準備している」と主張している。西側諸国は、「ロシアがこの偽情報を口実に、戦術核兵器を使用する危険がある」という懸念を強めている。中国首脳がロシアの核兵器使用に反対する姿勢を明確に打ち出したのは、今回が初めて。これはショルツ首相にとって一つの成果だ。

もう一つの成果は、中国政府がコロナワクチンについて譲歩したことだ。同国は、ドイツのビオンテックなどのワクチンを、中国に住む外国人に接種することを初めて許可した。中国では、外国製のコロナワクチンの接種は禁止されている。外国製ワクチンを受けられるのは、中国に住んでいる外交官だけだった。

中国はドイツにとって世界で最も重要な貿易相手国だ。このため会談の中心的なテーマは経済関係だったが、ショルツ首相は中国にとって不快なテーマにも言及した。首相は「新疆ウイグル自治区などの人権問題について話すことは、内政干渉ではない。全ての国連加盟国は、人権擁護と少数民族の保護を義務付けられている。このことは中国にも当てはまる」と指摘。さらに同氏は「人権問題については、ドイツと中国の間に著しい見解の相違がある。新疆ウイグル自治区の問題については、引き続き協議していく」と述べた。

さらに首相は、ドイツは「一つの中国」の原則を尊重するが、台湾問題を武力によって解決することには断固反対するという姿勢を打ち出した。彼は「習主席に対し、この点をはっきり伝えた」と述べている。これに対し中国側は「両国は見解が一致している点についてのみ話し合い、意見が異なる点については触れないようにするべきだ」という従来の姿勢を繰り返した。

党大会直後の訪中に批判の声

ショルツ首相の訪中については、批判の声が上がっていた。野党キリスト教民主同盟(CDU)のメルツ党首は、「習主席が党大会で権力基盤を固めた直後に、ドイツの首相が訪問するというタイミングは最悪だ。中国は、この訪中を『われわれの路線が正しいことを西側が認めた』というプロパガンダの材料に使うだろう」と批判した。人権保護団体「脅かされている民族を守るための組織」のシェドラー会長は、「貿易によって相手国を民主化しようという政策が機能しないことは、ロシア政策の失敗で明らかになっている。中国に対しては欧州連合(EU)が一丸となって対処しないと効果がない。ショルツ首相は、ほかの欧州諸国と歩調をそろえるべきだ」と批判した。当初フランスのマクロン大統領も、ショルツ首相と一緒に訪中することを希望していたが、ドイツ側は拒否した。

これに対しショルツ首相は、「中国に一方的に依存しないように、ほかの国からの輸入を増やすなどして天然資源調達を多角化することは重要だ。しかし中国との関係を断ち切ることはできない」と主張した。

首相は緑の党のベアボック外相などに比べると、中国との経済関係を重視している。その一例が、ハンブルク港のコンテナ・ターミナルをめぐる議論だ。

中国の国営船会社である中国遠洋海運集団公司(COSCO)は、ハンブルク港のコンテナ・ターミナル運営会社HHLAの権益35%の買収を計画した。ドイツ外務省、経済気候保護省、連邦情報局など六つの省庁は「港湾という重要なインフラに中国の国営企業を参加させることは、危険が大きい」と反対。欧州委員会も、買収に批判的だった。しかしショルツ首相だけはCOSCOの資本参加に賛成し、所有比率を24.9%に下げるという条件で、訪中直前に同社の申請を許可した。ショルツ氏は、中国の「一帯一路」計画の一部を間接的に支持したことになる。この議論は、政権内にも対中姿勢に温度差があることを明らかにした。

新しい対中戦略を公表へ

現在ドイツ外務省は、ロシア政策の失敗を教訓として、新たな外交戦略を策定している。来春に公表される戦略文書では、「中国経済への依存度をいかにして減らすか」が重要なポイントになる。だがドイツの製造業界は、中国事業の大幅な縮小に反対している。特に、国外で販売する車の10台のうち3台を中国で売っている自動車メーカーは、「中国事業を減らしたら、ドイツの雇用や経済成長率に深刻な悪影響が出る」として、「脱中国は論外」という姿勢を打ち出している。

しかしアジアや米国では、中国の台湾への武力行使への懸念が強まっている。習主席も、党大会での演説で、「台湾との再統一に関しては、武力行使というオプションを除外しない」と明言した。台湾有事が起きた場合、EUは厳しい経済制裁を中国に対して発動せざるを得ない。ドイツ政府と産業界は、その際にどう対応するのだろうか。今後この国で、中国戦略をめぐって激しい議論が行われることは間違いない。

最終更新 Mittwoch, 16 November 2022 16:41
 

原子炉3基、運転継続へ 緑の党の苦悩深まる

10月19日に記者団の前に立ったハーベック経済・気候保護大臣とレムケ環境・消費者保護大臣(ともに緑の党)の表情は、さえなかった。2人の大臣は、「エネルギー危機に備えて、3基の原子炉を来年4月15日まで運転可能にする」と発表した。ショルツ政権はこの日、3基の原子炉の運転期間の延長を可能にするため、原子力法の改正案を閣議決定した。

10月19日、記者団の前で話すハーベック経済・気候保護大臣(左)とレムケ環境・消費者保護大臣(右)10月19日、記者団の前で話すハーベック経済・気候保護大臣(左)とレムケ環境・消費者保護大臣(右)

「年末に脱原発」の目標達成できず

緑の党は、今年末までに原子炉を全廃するという目標を達成できなかった。ドイツは2011年に日本で起きた炉心溶融事故をきっかけに、当時使われていた17基の原子炉のうち、14基を廃止した。残りの3基も年末にスイッチを切られる予定だった。

だがロシアのウクライナ侵攻以降、経済学者や保守党から「脱原子力政策を見直すべきだ」という声が強まった。このため、ハーベック氏とレムケ氏は電力会社と協議。その結果、3月8日に「原子力エネルギーはリスクが高い技術だ。ウクライナのサポリージャ原子力発電所がロシア軍の砲撃を受けたことに表れているように、政治的に不安定な時代に原子炉を使うことは危険だ。3基の原子炉の運転を継続することによって得られる利益よりも、リスクの方が大きい」として、予定通り今年12月31日までに3基の原子炉を全て廃止するべきだと発表した。

だがロシアが6月以降、ドイツへ直接天然ガスを送っていた海底パイプライン・ノルドストリーム1を通じた輸送量を減らし始め、8月31日には完全に供給を停止した。このため経済界からは、「冬の電力不足を防ぐために、現在あるエネルギー源を全て温存するべきだ」という要求が強まった。企業経営者を支持基盤とする自由民主党(FDP)のリントナー財務大臣は、「発電に使われるガスを節約するために、3基の原子炉を2024年まで運転するべきだ」と主張した。

また連邦政府の諮問機関・経済専門家評議会のグリム座長も、「ドイツのエネルギー危機は、液化天然ガスの陸揚げターミナルが完成する2024年夏まで続く。したがって、再来年の夏までは原子炉を運転し続けるべきだ」と勧告した。

世論調査で81%が運転継続を希望

原子力に対する世論の流れも変わった。それは、ガス料金と電力料金の高騰によって、多くの市民が「エネルギー費用を払えなくなるのではないか」という不安を抱いたからだ。ドイツ公共放送連盟(ARD)が8月4日に公表した世論調査の結果によると、「3基の原子炉を来年1月1日以降も運転し続けるべきだ」と答えた回答者の比率は81%に上り、「予定通り今年12月31日に廃止するべきだ」と答えた回答者の比率(15%)に大きく水をあけた。

緑の党も徐々に態度を変えた。9月5日にはハーベック大臣が「送電事業者4社に依頼した電力市場ストレステストの結果、さまざまな悪条件が重なった場合、冬に電力不足が起きる可能性がある」として、3基の原子炉のうち、イザール2号機とネッカーベストハイム2号機を年末に廃止せずに、来年4月15日までリザーブ電源として温存する方針を打ち出した。また、「3基とも発電を年末で停止する。エムスランド原子炉は、予定通り廃止する。残りの2基も発電は止めるが、4月15日までは廃止せずに、電力需給が逼ひっぱく迫した場合には、再稼働させる」と説明した。

特に深刻なのは、隣国フランスで56基の原子炉のうち32基が配管の腐食などのために停止していることだ。つまりドイツで電力が不足してもフランスからの融通を受けられない。しかも気候変動による降雨不足のために河川の水位が下がり、石炭火力発電所の燃料を運ぶ貨物船の航行に支障が生じている。ドイツ政府が期待していた石炭火力発電所の再稼働も進んでいない。さらに冬のガス不足を懸念した多くの市民が電気を使う温風ヒーターを購入しているため、電力需要が増えると予想されている。このためハーベック氏は「2基温存」を打ち出したのだ。

エネ政策の混乱で緑の党の支持率が低下

だがFDPのリントナー党首は、「3基とも2024年まで運転させるべきだ」と強硬に主張。ハーベック大臣は、妥協を拒否した。このためショルツ首相が10月17日に異例の首相決裁権を発動して、「エムスランド原子炉を含む3基の運転を、来年4月15日まで運転可能にする」と決定した。首相決裁権は、閣内の意見が分かれたときに首相に与えられている決定権で、めったに行使されない。政権発足から1年もたたないうちに「伝家の宝刀」を抜かなくてはならなかったことは、連立与党間の足並みの乱れを浮き彫りにしている。

緑の党の衝撃は大きい。同党の代議員たちは10月15日に開いた党大会で、「原子炉2基を4月15日まで運転。エムスランド原子炉は廃止」という執行部の決定を承認していたからだ。

エネルギー政策の右往左往のために、緑の党の支持率は下がりつつある。アレンスバッハ人口動態研究所によると、緑の党への支持率は今年6月上旬には22%だったが、10月上旬には19%に下落。社民党の支持率も、23%から19%に下がった。逆に極右政党「ドイツのための選択肢」は10%から14%に増えている。キリスト教民主・社会同盟も27%から30.5%に増加した。FDPは、2024年までの運転継続を目指して、来年も議論を蒸し返すものとみられている。緑の党の苦悩は、当分の間続きそうだ。

最終更新 Donnerstag, 03 November 2022 17:32
 

独政府、ガス・暖房料金に上限を設定へ

ウクライナ戦争の影響で市民のエネルギー価格高騰への不安が強まるなか、政府がガスと遠距離暖房の料金に上限を設定する構想が固まった。政府の委託を受けた「ガス問題委員会」は10日、市民や企業のガス料金負担の高騰を防ぐための方策を発表した。

10日に記者会見したガス問題委員会のメンバー。左からヴァシリアディス氏、グリム氏、ルスヴルム氏10日に記者会見したガス問題委員会のメンバー。左からヴァシリアディス氏、グリム氏、ルスヴルム氏

政府が12月の料金を支払い

委員会の中間報告書によると、負担軽減策は二つの段階に分けて行われる。まず政府は第1段階として、今年12月の家庭・中小企業のガス料金を全額負担する。暖房の需要が強まる時期に、複雑な事務的手続きなしに市民の負担を軽減するのが目的である。

ガス料金を計算する基準は、今年9月の使用量。ガス価格に上限を設定するには、市民や中小企業の消費量に関するデータを集める必要がある。しかし政府がデータを集める時間がないため、委員会は政府に対して12月のガス料金を全額支払うよう勧めているのだ。委員会はこの措置のために50億ユーロ(7000億円・1ユーロ=140円換算)の費用を見込んでいる。

第2段階では、ガス料金の負担に上限が設定される。委員会によると、政府は来年3月1日から2024年4月30日まで上限を維持する。まず家庭と中小企業のガス料金については、1キロワット時(kWh)当たり12セントに上限を設定し、これを超える部分は政府が負担する。この措置によって、家庭と中小企業の今年9月のガス消費量の80%がカバーされる見通しだ。

市民にガス節約を促す狙いも

ロシアのウクライナ侵攻が始まる前には、家庭・中小企業向けのガス価格は1kWh当たり約7セントだった。つまり、負担額は約71%増えることになる。しかしウクライナ戦争の勃発以降、ガスの小売料金は1kWh当たり約30セント(戦争前の料金の4.3倍)まで高騰している。つまり12セントに上限が設定されれば、市民へのショックは幾分緩和される。

ガス問題委員会はウクライナ戦争前のガス価格よりも71%高い水準に上限を設定することで、市民や中小企業にガスの消費量を節約させることを狙っている。値段が上がれば、使用量を節約しようとする人が増えるからだ。ドイツ連邦系統規制庁(BNetzA)は、この冬のガス不足を防ぐには、ドイツ全体で消費量を例年よりも20%減らす必要があるとしている。

長距離暖房(Fernwärme)を使っている家庭と中小企業に対しては、上限を1kWh当たり9.5セントに設定する。政府は、市民と中小企業のガスと長距離暖房の価格の上限設定のために、610億ユーロ(8兆5400億円)を投じる必要がある。

またガス消費量が多い産業界の約2万5000社の企業については、消費量の70%が価格制限の対象となり、料金に1kWh当たり7セントの上限が設けられる。この措置の対象となるのは、ガスの年間消費量が150万kWhを超える企業。政府はウクライナ戦争が始まってから、産業界の消費量などについてのデータの収集を開始していたため、家庭や中小企業よりも2カ月早い来年1月1日に上限を導入できる。委員会は、このためにかかる費用を250億ユーロ(3兆5000億円)と推計している。

産業界は、ロシアがドイツへのガス供給量を減らし始めてから、製造などに使うガスの消費量を削減してきた。BNetzAによると、9月に産業界が消費したガスの量は、1998~2021年の平均に比べて19%少ない。政府は「家庭の消費量は例年に比べて減っておらず、節約努力を増す必要がある」と訴えている。

委員会の責任者は、政府の諮問機関・経済専門家評議会のヴェロニカ・グリム氏(経済学者)。さらに、ドイツ産業連盟(BDI)のジークフリート・ルスヴルム会長とエネルギー・化学業界の産業別労組IGBCEのミヒャエル・ヴァシリアディス委員長も加わった。委員会が設置されたのは9月23日であり、グリム委員長らは3週間足らずで最初の提言を打ち出したことになる。

ショルツ政権はEUの批判を抑えられるか?

この提言は、ショルツ政権が9月29日に発表した「エネルギー費用負担抑制策」の一環。同政権はこのために2000億ユーロ(28兆円)、つまり連邦予算の約40%に相当する資金の投入を予定している。今回の施策にかかる資金額は910億ユーロ(12兆7400億円)に達する。政府は中間報告書の内容を検討しているが、委員会の提言の大部分を実行する見通しだ。

ただし、今回の施策はガスと遠距離暖房の料金だけを抑制するものであり、政府が目指す電力料金の上限設定策は含まれない。さらに、ガス調達価格の高騰によって経営難に陥った電力・ガス販売企業の支援策も含まれていない。電力業界では、「一部のシュタットヴェルケ(地域エネルギー供給会社)の経営状態も悪化しているので、政府支援が必要」という声が出ている。

また欧州連合(EU)のほかの加盟国からは、「豊かな国ドイツが多額の財政出動を行って、自国の企業と市民を救うのは、自由な競争を阻害する」という批判の声が出ており、ショルツ政権がEUの承認を得られるかどうかも重要なポイントだ。

ロシアのガス供給量抑制により、今年8月下旬の欧州のガス卸売価格は、一時的に1年前の約7倍に高騰した。このためドイツ市民、特に低所得層の間では、「ガスや電力料金の高騰のために可処分所得がゼロになってしまう」という不安の声が強まっていた。今回公表された提言は、ガス料金引き上げが市民に与える打撃を緩和するための第一歩だ。政府は低所得層を支援するための施策も手厚くすることが必要だろう。

最終更新 Donnerstag, 20 Oktober 2022 09:01
 

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