独断時評


ドイツ経済は強すぎる?


クリスチーヌ・ラガルド仏財務大臣(写真左)
©Geert Vanden Wijngaert/AP/Press
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ドイツとフランスは、欧州連合(EU)で主導的な立場にあり、第2次世界大戦後密接な関係を築いてきた。だが今年3月、2つの国の間で不協和音が響き始めた。

ドイツは世界でもトップクラスの輸出大国だが、フランスがそのことを厳しく批判したのだ。フランス政府のクリスチーヌ・ラガルド財務大臣は、「ドイツの貿易黒字が多いのは、賃金が低く抑えられていることと、税金が高いので国内の消費が少ないためだ。このことは、ヨーロッパのほかの国々にとって負担になっている」と述べた。

さらにギリシャなどの国では、ドイツに比べて輸出競争力が低いので経済成長が進まず、財政赤字が拡大する原因となっていると指摘する。つまりギリシャの債務危機の間接的な原因は、ドイツの国際競争力の強さにあるというのだ。ラガルド氏はドイツに対して、「輸出に依存する体質を変えるべきだ。賃金を引き上げ、減税を実施することによって内需を拡大してほしい」と求めている。

私はこの発言を聞いて、奇異の念にとらわれた。ドイツの製品がヨーロッパのほかの国でよく売れるのは価格が安いからではなく、品質が良いからである。たしかに、ドイツではフランスと違って最低賃金が法律で定められていない。だがドイツの製造業界の1時間当たりの労働コストは、世界でもトップクラスであり、多くの経営者はいかにして製造コストを下げるかについて頭を悩ませている。この国の労働コストが高いのは、年金や健康保険など社会保険料の負担が大きいからである。賃金が安いからドイツ企業の国際競争力が高いという主張は、おかしい。

メルケル首相も「ドイツの製品が他国の製品よりも良く売れるのは、わが国の強さである。ドイツはこの長所を自ら捨てるべきではない」と述べ、ラガルド大臣の批判に反論した。

フランス政府がドイツを批判した理由の1つは、メルケル政権がEUのギリシャ支援に難色を示していることだ。ドイツでは「EUが債務危機に陥ったギリシャを救援することは、欧州通貨同盟のマーストリヒト条約に違反し、ユーロの信用性を傷つける」という意見が強い。ギリシャを救ったら、スペインやポルトガルなどほかの国まで支援しなくてはならなくなるという危惧もある。ラガルド氏は「マーストリヒト条約を守ることだけが、すべてではない。貿易黒字が多い大国は、弱い国のためにもっと手を差し伸べても良いのではないか」と述べて、ドイツを批判している。

さらに、フランスは伝統的に「EU加盟国、とくにユーロ圏に属する国々はもっと経済政策や、財政政策を協調させるべきだ」と考える傾向がある。いわゆる「ヨーロッパ経済政府(Wirtschaftsregierung)」を作るべきだという主張である。フランスではドイツに比べて、中央集権的な考え方が強いのだ。これに対し地方分権が進んでいるドイツでは、あらゆることを中央政府が決定するのではなく、特に地方政府の独自性を重視すべきだという意見が有力だ。このため経済政策の統合については慎重である。

この論争は、ギリシャの債務危機がきっかけとなって、EU加盟国間の協調に悪い影響が現われていることをはっきり示している。ユーロ圏にとって、正に試練の年である。

2 April 2010 Nr. 810

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 10:44
 

ヴェスターヴェレ論争


©Michael Sohn/AP/Press Association Images
読者の皆さんの中には、連立政権のナンバー2であるギド・ヴェスターヴェレ外務大臣が、なぜ今マスコミと野党の集中砲火にさらされているのか、不思議に思われる方もいるだろう。

批判の原因は、ヴェスターヴェレ氏が今年1月に中国、日本、サウジアラビアなどに外遊した際、ボーイフレンドだけでなく、親しいビジネスマンを同行させたことである。

彼らは旅費を自分で負担しており、公費の流用などの法律違反は確認されていない。それでも、ヴェスターヴェレ外相が同行させたスイス人の実業家C・ベルシュ氏は彼の親しい友人で、自由民主党(FDP)に献金を行っているほか、ヴェスターヴェレ氏の兄弟が経営する会社に資本参加している。ベルシュ氏は、ヴェスターヴェレ外相のボーイフレンドが経営する会社にも関わっている。

FDPは、企業家や自営業者を重要な支持基盤としている。このため党首であるヴェスターヴェレ氏がビジネスマンを外遊に同行させて、企業の国際的なネットワーク作りを助けるのは、望ましいことだ。資源が乏しいドイツは、貿易に大きく依存しているからだ。

しかし、外相という重要な立場に就いている今、親しい人をひいきにする「縁故主義」と誤解されるような行為は避けるべきだ。ヴェスターヴェレ氏は「外遊に同行した人は公正に選ばれており、やましいことは全くない。(縁故主義との批判は)私の家族まで中傷するキャンペーンだ」と反論しているが、市民は完全には納得していない。

この結果、3月中旬にZDFが行った世論調査によると、ヴェスターヴェレ氏への評価はマイナス0.9と、連立政権の主要な政治家の中で最も悪くなっている。通常、ドイツの外務大臣はマスコミへの露出度が高いこともあり、閣僚の中で最も国民からの評価が高いポストである。したがってヴェスターヴェレ氏は今回の騒動によって、政治的に大きなダメージを受けたことになる。

彼に対する集中砲火は、5月9日にノルトライン=ヴェストファーレン州(NRW)で行われる州議会選挙の前哨戦が始まったことを意味する。政治的な醜聞は、しばしば重要な選挙の前に暴露される。特定の政治家や政党の得票率を下げるためである。

ドイツ最大の人口を持つNRW州議会選挙は、この国全体の政局の行方を占う上で重要な意味を持っており、「ミニ連邦議会選挙」と呼ばれることがあるほどだ。

現在メルケル首相が率いるCDU(キリスト教民主同盟)への支持率は、急速に下がりつつある。果たしてNRW州のリュトガース首相(CDU)は、FDPとの連立政権を維持するだけの票を確保できるのか。ヴェスターヴェレ氏への集中砲火でFDPの得票率が下がった場合、CDUは緑の党と連立する可能性を探るのか?

一方、昨年の連邦議会選挙で大敗し、結党以来の危機に直面している社民党(SPD)にとっても、NRW州での選挙は試金石となる。SPDは、東独の社会主義政権の後身である左派政党リンケと本格的に連立して、これまではタブーとされてきた中央政界での「赤・赤」連立へ向けて本格的な一歩を踏み出すのか。

「ローマ帝政末期のような退廃につながる」とヴェスターヴェレ氏が警告した、ドイツの社会保障制度をめぐる論争に、NRW州の有権者はどのような判断を下すのか。選挙の結果が、大いに注目される。

26 März 2010 Nr. 809

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 10:45
 

ドイツ人とギリシャ人

欧州では経済統合、政治統合が進んでおり、ブ リュッセルの欧州委員会は中央政府のような性格を強めつつある。まるでヨーロッパがゆるい「連邦」に向かっているかのようだ。だが、実は各国の価値観やメンタリティーには大きな違いが残っており、その溝を埋めるのは容易なことではない。そのことを改めて強く感じさせるのが、ギリシャの債務危機をめぐる議論である。

私はギリシャを仕事で何回も訪れており、知人も多い。このため、彼らのメンタリティーはある程度理解しているつもりだ。ギリシャでは、人間関係がドイツよりも濃密で、仕事の面でもコネは不可欠である。特に行政や社会のインフラがあまり整備されていないので、何かをスピーディーに処理するにはコネが重要なのだ。したがって法律や規則よりも、人間関係を重視する人が多く、病院で医師や看護師がきちんと対応してくれるようにチップを払うというようなことは日常茶飯事である。

欧州通貨同盟(EMU)に加盟するには、財政赤字が国内総生産(GDP)に占める比率を3%未満、公共債務の対GDP比率を60%未満に抑えなくてはならない。

ギリシャ政府は本来EMUに入る資格がなかったのに、債務の一部を隠し、偽りのデータを欧州委員会に提出することによって2001年にEMUに加わり、ユーロを手にした。その事実が3年後に明るみに出た時には、欧州委員会から厳しい制裁も受けなかった。ギリシャ政府はその後も歳出を抑えようとはせず、財政赤字比率が12.7%という高水準であることを昨年まで隠していた。

ギリシャ人とは対照的に、ドイツ人は法律や規則を守ることを非常に重視する。欧州最大の経済パワーとして、これまでEU(欧州連合)に多額の「会費」を払ってきた。それだけにドイツでは、ギリシャがEUの規則を堂々と破り、歳出削減を長年にわたって怠ってきたことに憤慨する人が多い。さらにギリシャが自力での財政再建に失敗した時にEUが緊急援助を行うことについても、反対する声がドイツでは強い。

「ギリシャはこれまでもEUから大きな恩恵を受けてきた。それに加えて我々の血税が、ギリシャ政府の借金の穴埋めに使われるのはごめんだ」というわけである。

さらにEMUの法的基盤であるマーストリヒト条約は、債務危機に陥った国をほかの加盟国が援助して債務を肩代わりすることを禁止している。テュービンゲン大学のJ・スターバッティ教授らは元々ユーロ導入に反対していたが、「我々の危惧が現実のものになった」として、ドイツ政府がギリシャの緊急援助に加わる方針を打ち出した場合には、連邦憲法裁判所に援助の差し止めを求める仮処分申請を行うことにしている。

ショイブレ独財務大臣が「欧州通貨基金を創設して債務危機に陥った国を支援するべきだ」と提案したのは、「誰がギリシャを救うべきか」という問いに最終的な答えが出ていないことを浮き彫りにしている。

ドイツの経済学者や財界関係者は、ユーロ誕生前から「南欧の国々が野放図な財政政策を取った場合、ユーロ全体の信用性が脅かされる」という懸念を表明していた。EUでは、メンタリティーや財政政策が火と水のように異なる欧州北部と南欧の国々が共存している。そのことはEUの強みだが、ギリシャの債務危機は、このサラダボウルのようなEUの多様性が、重大な弱点にもなりうることを浮き彫りにしたのである。

19 März 2010 Nr. 808

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 16:08
 

教会の権威はどこへ

ドイツ・プロテスタント教会(EKD)評議会の議長だったマルゴット・ケースマン氏が、先月20日に酒酔い運転で赤信号を無視して警察官に見つかり、EKDのすべての役職から退いた。このニュースを聞いて、落胆したドイツ人は多かったに違いない。

ケースマン氏は、昨年10月に女性として初めてプロテスタント教会の最高責任者となったばかり。EKDのビショッフ(プロテスタント教会の監督。カトリック教会の司教にあたる)という高位に就いた女性も、彼女を除けば1人しかいない。プロテスタント教会に新風を吹き込んでくれるのではないかと多くの人が期待し、ケースマン氏の著書はベストセラーになった。

その貴重なチャンスを、ケースマン氏は酔っ払い運転で自らふいにした。記者会見に現われた同氏は、憔悴しきっていた。「辞任の仕方が潔い」と褒める声があるが、社会のロール・モデル(模範的な人物像)にふさわしくない行為をしたのだから、辞任は当然だろう。

彼女はEKD評議会議長として、まだ仕事らしい仕事をせずに教会の要職から去った。「アフガニスタンからドイツ連邦軍を早期に撤退させるべきだ」と発言し、連邦政府のアフガン派兵に批判的な態度を見せたが、その発言には熟慮した形跡があまり感じられなかった。

EKD評議会議長は、一種のオピニオン・リーダー(世論形成において主導的な役目を演じる人)であるため、政治家並みに一挙一動を注目される。ケースマン氏は、そのような要職に就いたわりには、責任感を十分に自覚していなかったのかもしれない。その油断が、酒酔い運転という形で噴出したのだろう。いずれにしてもケースマン氏が、EKD指導層の権威を大きく失墜させたことは間違いない。

一方、カトリック教会も深刻な危機に直面している。過去数十年の間に、修道院や寄宿学校で、神父などの聖職者たちが子どもたちに対して性的ないたずらや虐待を行ったケースがこれまでに100件以上あったことが明るみに出たのだ。

虐待された子どもたちの中にはトラウマに悩まされている者もいるが、「教会の権威」が重圧となって被害を警察などに届け出ることができず、事件は闇から闇へ葬られてきた。だが被害にあった人々が、最近マスコミに対して自分の体験を語り始めたために、ドイツのあちこちで同様のケースが起きていたことがわかってきた。

修道院や寄宿学校は社会から隔絶された閉鎖空間だ。聖職者が権威を悪用して欲望を満たし、子どもたちの人格を傷付けてきたとしたら、言語道断である。カトリック教会は捜査当局に全面的に協力して真相の解明に努めるとともに、被害者に対して謝罪するべきだ。

ドイツのプロテスタント教会とカトリック教会は、長年にわたり信者の減少に悩まされてきた。2008年にプロテスタント教会を脱退した人は16万9000人、カトリック教会を去った市民の数は12万2000人に達する。01年からの6年間でプロテスタント教徒の数は6.1%、カトリック教徒の数は4.5%減った。

私の知り合いのドイツ人の中にも、「教会税を払いたくない」という理由だけで教会を脱退する人が少なくない。教会が介護や貧困層の支援などの社会福祉活動、幼稚園や託児所の経営、発展途上国の支援などで重要な役割を演じていることは間違いない。だがケースマン氏の脱線と聖職者の性的スキャンダルは市民をさらに失望させ、信者の減少に拍車をかける可能性がある。教会が道徳的な権威を回復するには、かなりの時間がかかるだろう。

12 März 2010 Nr. 807

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 16:05
 

アフガン撤退は可能か


©Michael Sohn/AP/
Press Association Images
2010年は、アフガニスタンでの戦争に参加している国々にとって重要な年になる。今年1月、NATO(北大西洋条約機構)諸国はロンドンで開いた会議で、アフガンに駐留している部隊を3万人増強し、タリバンに対する攻勢を強めるだけでなく、アフガンの軍と警察の訓練に力を入れることを決めた。

その目的は、アフガン政府が独自に治安を維持できる態勢を1日も早く整えて、欧米諸国の早期撤退を可能にすることである。

ドイツも兵士の数を500人増やすが、来年には撤退を始めたい意向だ。欧米諸国は、「戦闘によってタリバンを撃滅し、アフガンを平定することは無理なので、面目を保ちながら早く同国から引き揚げたい」という本音を持っている。

欧米諸国が支援しているカルザイ大統領は、昨年の選挙で票を操作するなどの不正を行っていた。アフガニスタンに欧米型の民主主義を根付かせるのは極めて難しい。カルザイに代わる人材がいないために、不正選挙を行う大統領を支援せざるを得ない点は、欧米諸国の大きなジレンマだ。

アフガン問題は欧州諸国の内政にも暗い影を落としつつある。オランダでは撤退時期をめぐる議論が原因で、連立政権が崩壊してしまった。リベラル勢力にとっては、アフガンでの戦争を続けることが難しくなりつつあるのだ。ドイツではプロテスタント教会の最高指導者がアフガンからの早期撤退を求めて、注目を集めた。

ある意味で、欧米諸国はアフガンの将来について匙(さじ)を投げたと言える。だがNATOが撤退した直後にカルザイ政権が崩壊してタリバンが権力に返り咲いたら、欧米の面目は丸つぶれになる。タリバンはNATOに協力したアフガン人を処刑し、女性には働いたり学校へ行ったりすることを再び禁止するだろう。多数のアフガン人が国外脱出を図るに違いない。同国が、再びアルカイダのようなテロ組織の出撃拠点として使われる恐れもある。

こうした事態を避けるために、NATOは兵力増強によってタリバンの勢いをできるだけ弱め、アフガン政府の防衛力を高めようとしているのだ。

だが本当にNATOが望むような形の撤退が実現するかどうかは、未知数だ。今年2月にミュンヘンの安全保障会議で、米国のマケイン議員は「今年はアフガンで最も犠牲者が多くなる。我々にとって、一番厳しい年になるだろう」という悲観的な見方を示した。カルザイ大統領は「NATOは少なくとも10年はアフガンに残るべきだ」と語っている。

NATOは2月15日にアフガン軍と合同で、過去8年間で最大規模の攻勢を開始したが、今のところ大きな戦果は上がっていない。むしろNATOの誤爆によって、約50人の市民が犠牲となっている。

ドイツ連邦軍が駐留しているアフガン北東部に、米軍が大量の兵士を増員することを決めたことは、この地域の治安も急速に悪化していることを示している。ドイツ軍の兵士たちは、これまで主に基地の中などでアフガン軍や警察の訓練を行ってきた。今後は基地の外に出て地元の兵士を訓練したり、治安を維持するためのパトロールを増やしたりすることが求められる。つまりドイツ兵にとってのリスクは、これまで以上に増えるのだ。

アフガンは、イランの核兵器開発と並び、欧米諸国の国際安全保障をめぐる最大の難題となりつつある。

5 März 2010 Nr. 806

最終更新 Dienstag, 05 November 2013 12:19
 

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