Hanacell

ミュンヘン空港・不祥事の教訓

「空港の安全検査体制は大丈夫なのか?」と思わせる事件が、1月20日にミュンヘンで発生した。

空港の手荷物検査のセクションで、女性検査官が1人の乗客のノートブック型コンピューターを検査のための機械に通したところ、爆発物があることを示す警報が鳴った。誤作動の可能性もあるため、検査官はさらに詳しくコンピューターをチェックしようとした。しかし検査官がこの乗客から目を離したすきに、年齢50歳前後のビジネスマン風の男性は、自分のコンピューターをつかんで、免税店の方向へ立ち去ってしまったのだ。検査官は慌てて男を追いかけたが、問題の人物が人ごみに紛れ込んだため、見失った。

検査官は10分後に連邦警察に通報。警察は爆弾テロの可能性もあるとして、ミュンヘン空港の第2ターミナルを封鎖。さらに警察犬も使って男性とコンピューターを探したが、発見できなかった。

警察はターミナルにいた約6000人の乗客を避難させただけでなく、すでに旅客機に乗って離陸を待っていた人々にまで飛行機を降りるように命じた。この騒ぎで33のフライトが欠航になったほか、100本以上の便に大幅な遅れが出た。

問題の乗客の顔は監視カメラにはっきり映っているが、騒ぎから1週間以上経った1月27日の時点でも、見つかっていない。その他の監視カメラの分析から、この人は安全検査の直後に免税店にいたことがわかっており、別に逃げたわけではなく、単に急いでいただけと思われる。したがって、この人はテロリストではない可能性が高い。英語を話していたことから、ドイツ人ではなく外国からミュンヘンに出張に来ていたビジネスマンと見られる。機械の警報が鳴ったのも、コンピューターに爆薬が仕掛けられていたためではなく、おそらく誤作動だろう。

だが乗客の生死を左右する空港の安全検査では、「おそらく」とか「たぶん」というグレーゾーンがあってはならない。警報が鳴ったら、コンピューターを分解してでも、疑いが完全になくなるまで徹底的にチェックする必要がある。私はイスラエルの空港で、世界的に有名な厳しい持ち物検査を経験したが、すべてのトランクをX線装置に通した後、開いて係官が内部を入念に調べる。目覚まし時計と歯磨きのチューブは、別の場所へ持っていってさらに詳しく点検していた。彼らはそこまで努力して、安全を守ろうとしている。

ドイツの政治家からは、今回の事件について「空港で絶対に起きてはならない不祥事だ」という厳しい批判の声が上がっている。せっかく怪しい機械を見つけても、入念な検査をする前に乗客が機械を持ったまま立ち去ってしまうのでは、安全検査をする意味がない。私もミュンヘン空港をたびたび利用するが、手荷物検査が行われる場所の前には、よく短機関銃を持った警察官が目を光らせている。それなのにこの人物が素通りできたのは不思議だ。

コンピューターをチェックした検査官は20年以上のキャリアを持つベテランだったが、「疑わしい乗客がいたら、決して目を離してはならない」という鉄則を守らなかったために、空港が一時的にマヒする騒ぎとなったのである。

この男がもしもテロリストだったら、大変なことになるところだった。ドイツの治安当局には、気を引き締めて職務に当たってほしい。

5 Februar 2010 Nr. 802

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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