独断時評


さみしいかな メルケル首相

9月の連邦議会選挙が近づくにつれて、大連立政権内では不協和音が目立つようになってきた。ジョブセンターの改革や環境法の統合など、様々な政策についてキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)が対立している。

これは、ある意味で当然の結果である。支持母体が異なるCDU・CSUとSPDを1つ屋根の下に置く「大連立」という構図そのものが不自然だからだ。4年前にどちらの党も単独で過半数を取れなかったので、やむを得ずこういう形になった。

興味深いのは、主導権を握っているはずのCDU・CSU内部で現在の指導部に対する批判の声が強まっていることだ。矛先が向けられているのは、アンゲラ・メルケル首相である。

ドイツが戦後最悪の不況に襲われている今、最も求められているのは効果的な金融・経済政策である。だが環境大臣以外に閣僚経験がないメルケル氏は、経済政策には弱い。昨年、米国でリーマン・ブラザースが破たんした直後の対応には、ぎこちなさが目立った。アイルランド政府が市民の預金保護のための法律を施行した際に、メルケル首相はこれを「独り歩きだ」と批判した。だが自国の銀行で巨額損失が明らかになると、とたんに個人預金の全額保証を約束。今度はメルケル首相が他のEU諸国から「独り歩き」と批判される番になった。

さらにCDU・CSUの根幹である保守層からは、メルケル氏の資質を問う声が出始めている。最も象徴的な例は、ローマ教皇ベネディクト16世をめぐる論争である。教皇が破門措置を解いた聖職者の中に、ナチスによるユダヤ人大量虐殺を疑問視する人物がいた。「アウシュヴィッツにガス室はなかった」という主張を流布することは、ドイツでは犯罪行為である。この時にメルケル首相は、「ドイツにとっては無視できない問題であり、徹底的な解明が必要だ」と発言し、ローマ教皇に対して批判的な態度をあらわにした。ドイツの首相がローマ教皇を批判するのは、異例のことである。しかしナチスの過去と徹底的に対決することは、ドイツ政府の基本方針であり、メルケル氏はこの問題を放置したくなかったのだ。ただし、ドイツ南部に多いカトリック教徒の目には、首相の態度は奇異に映った。メルケル氏の父親がプロテスタント教会の牧師だったことも影響しているのかもしれない。

さらにドイツ政府が設置を予定している追放被害に関する資料館をめぐる論争も、党内保守派の眉をひそめさせた。この施設の管理評議会のメンバーの1人に、「追放被害者連盟」はエリカ・シュタインバッハ代表を指名しようとしたが、ポーランド政府がシュタインバッハ女史を激しく攻撃したため、同氏は辞退を余儀なくされた。この時にメルケル首相は、シュタインバッハ氏を擁護する発言を行わなかった。首相として中立的な姿勢を保とうとしたのだろうが、CDU・CSUからはメルケル氏に対する強い不満の声が出ている。

CDU・CSUが政権の座に残ることになった時、メルケル氏が続投することに党内から異論が出るかもしれないが、メルケル氏にとってかわる人材が同党に乏しいこともまた事実である。

10 April 2009 Nr. 760

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:24
 

次のバブルとインフレの懸念

ようやく春の足音が聞こえてきたドイツだが、経済に関して言えば明るいニュースは少ない。戦後の西ドイツでは、どんなに景気が悪い時でも国内総生産(GDP)が1%以上の減少率を示したことは1度もなかった。今回の不況について連邦政府は、「マイナス成長率が2.25%になる」として、史上最悪の景気後退になると予想していた。ところが最近、経済研究所の専門家の間では「マイナス成長率が5%に達する」という悲観論が浮上している。ドイツ経済は日本と同様に貿易に大きく依存しているが、輸出額の落ち込みが当初の予想を上回っているからだ。世界同時不況のために、輸出産業が大きな打撃を受けているのだ。

さて、不況の悪化を防ぐためにドイツなど各国政府は、民間経済に天文学的な金額の資金を注ぎ込んでいる。例えばドイツ政府は、銀行に対する資本注入と連帯保証に総額4800億ユーロ(60兆4800億円)、その他の景気刺激策に500億ユーロを投入している。5300億ユーロと言うと、2007年の連邦政府の歳出額(3350億ユーロ)を大幅に上回る金額だ。この国の国内総生産(GDP)の5分の1が、不況対策に投入されていることになる。気の遠くなるような金額である。

一方、米政府のおカネの使い方ははるかに激しい。連邦準備制度理事会は長期国債などを買い取ることで、1兆7500億ドル(157兆5000億円)を市場に注入する。スイスや日本、英国政府も債券を買い取ることによって、急性の不況病に苦しむ民間経済に対し、資金による「輸血」を行っている。

政府が直接おカネを注入している理由は、すでにどの国でも政策金利が歴史的な低さに達しているため、中央銀行はこれ以上金利を下げることができないからだ。

気になるのは、この何百兆円という金額が企業の経済活動や政府の蓄えから来ているのではなく、造幣局の印刷機から生み出されているということだ。しかも、この資金注入によって政府の借金もうなぎ上りに増える。大量のおカネが市場に流れ込むということは、おカネの価値が下がり、物の価値が上がることを意味する。すでにドイツの経済学者の間では、将来インフレ(物価上昇)が発生する可能性が指摘されている。

これまで、大量のおカネが市場に溢れた直後には、いつも新しいバブルが発生して物価を急上昇させている。米国の不動産バブル崩壊の悪影響を退治するための「輸血療法」が、次のバブル発生につながるのだ。

ドイツは、20世紀初めに猛烈なインフレによって通貨の価値がほぼゼロになるという苦い経験を持つ。1913年にはパンの値段が1キログラム=26ペニヒだったが、第1次世界大戦後の超インフレで、同じパンを買うのに2000億マルクを支払わなければならなくなった。

もちろんこれほど激しいインフレが発生する可能性は低いし、インフレがいつ起こるかもわからない。だが中央銀行は、通貨の安定性を維持するために不況が回復し始めた時点で金利をすばやく引き上げて、インフレの芽を摘まなくてはならない。通貨政策担当者の肩には大きな責任がのしかかっている。

3 April 2009 Nr. 759

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:24
 

銃乱射事件・若者の心の闇

3月11日午前9時30分。バーデン=ヴュルテンベルク州のヴィネンデンで実科学校に乱入した17歳の少年ティム・Kは、拳銃で生徒や教師12人を次々に射殺。そして、逃げる途中に自動車販売店の従業員や顧客など3人を無差別に殺害した後、自殺した。ドイツ社会に強い衝撃を与えたこの事件で、特に人々を震撼(しんかん)させたのは、少年の冷血さである。なぜか女子生徒を中心に狙い、落ち着き払って頭を撃ち抜いた。生徒をかばって前に立った若い教師も、ためらうことなく射殺している。

これまでのところ遺書や犯行声明は見つかっておらず、動機は解明されていない。裕福な家庭に育った、一見おとなしそうな少年が、なぜ大量殺人を実行したのか。彼は何に対して激しい怒りを持っていたのか。なぜ両親を始め、周りの人々は凶行の兆しを見つけることができなかったのか。謎は深まるばかりである。

これまで学校での無差別発砲と言えば主に米国が舞台だったが、2000年以来ドイツでも5件発生している。とりわけ、02年にエアフルトのギムナジウムで19歳の若者が拳銃で教師や生徒16人を射殺した事件は、記憶に新しい。政府はこの事件以来、銃の所持に関する規制を強めたが、少年Kは射撃クラブの会員である父親の銃と実弾を犯行に使った。法律改正だけでは、この種の事件を防ぐことはできないのである。

むしろ問題は、社会が子どもたちの心を読めなくなっている現状にあるだろう。犯罪心理学者によると、このような無差別殺人(Amoklauf)に走る少年は友人が少なく、集団の中で孤立していることが多い。友人や両親から認められないことを不満に思っているが、内向的な性格なので悩みをほかの人に相談することもできない。ささいなことで「ばかにされた」と感じて、怒りを心の中に溜め込み、ある日ダムが決壊するように暴力を爆発させる。

少年Kは、特殊部隊とテロリストの戦いを題材にしたコンピューター・ゲームが好きだった。ドイツだけでも200万人の若者がこのゲームで遊んでいるというが、もちろん大半の若者は殺人者にはならない。だが心理学者は、「Kのように強い怒りを溜め込んでいる少年がこの種のゲームで遊ぶと、人を撃つことに対するためらいが減る」と指摘する。さらにKの父親は自宅に15挺の銃、4600発の実弾を保管しており、Kを射撃場に連れて行って試し撃ちもさせていた。平和そうなシュヴァーベンの田舎町で、彼を殺人者に変える条件は、刻々と整っていたのである。ただし、周りの人々は全くそのことに気づかなかった。

ドイツでは今、教師不足が深刻だ。また、両親が働いている家庭も多く、大人たちは子どもの話をじっくり聞く時間を持てなくなっている。戦後最悪の不況のために、若者たちの就職は今後さらに難しくなるだろう。安定した職業に就くために、学校で良い成績を収めなくてはならないというプレッシャーは一層高まる。

子どもたちとの対話を深めることによって、彼らの心の闇に光を当てることが緊急の課題である。

27 März 2009 Nr. 758

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:25
 

どこへ行く 自動車産業

米国の不動産バブルの崩壊に端を発する不況の地震波は、瞬く間に全世界に広まった。世界銀行は、この不況の影響で世界全体の経済成長率が、第2次世界大戦後初めてマイナスになるという予測を発表している。

この戦後最悪の不況によって銀行業界の次に大きな影響を受けているのが、自動車業界である。ドイツ自動車工業連合会(VDA)によると、2008年度の西ヨーロッパでは新しい乗用車の販売台数が前の年に比べて8%減った。

ヨーロッパ最大の自動車マーケットであるドイツでは、今年2月の乗用車の輸出台数が前年比で51%、製造台数も47%減少している。各メーカーは生産体制を縮小し、派遣社員の解雇や労働時間の短縮によってコストの削減を図っている。労働時間の短縮によって減った給料の一部を国が補填する短時間労働制度(Kurzarbeit)は、失業者の急増を防ぐ上で有効なドイツ、オーストリア独特のシステムである。しかし、短時間労働制度の期間は1年半に限られているので、不況が長引けば各社とも解雇に踏み切らざるを得ない。勤労者の7人に1人が自動車と関連のある産業で働いているドイツにとっては、大きな打撃である。

ドイツで最も深刻な状態に陥っているのが、1862年創業の老舗オペルだ。親会社である米国のジェネラル・モーターズ(GM)が破たんの瀬戸際に追い詰められているため、オペルを初めとする欧州子会社に関して大規模な人員削減と工場閉鎖、売却が予定されている。

オペルはドイツ政府から33億ユーロ(約3960億円)の支援を受けられなければ、経営が行き詰まるとしているが、メルケル政権は3月上旬に同社が提出した再建計画を「不十分だ」として突き返し、交渉は暗礁に乗り上げている。やはりGMの子会社だったスウェーデンのサーブは、すでに会社更生法の適用を申請した。

ドイツ政府は、金融機関を救済するために多額の資金を投入している。米国のリーマン・ブラザースが破たんしたときのように、銀行倒産は1国だけでなく世界中の金融機関に悪影響を及ぼす恐れがあるからだ。政府は多額の借金によって救済資金を捻出しているが、財政状態が火の車であるため、あらゆる業種に救いの手を差し伸べるのは難しい。

オペルについては、以前から生産能力のだぶつきが指摘されてきた。政府内部では、「オペルの危機は不況のせいだけではない。過剰な生産能力を減らしてコストを引き下げる努力を怠ってきた経営陣の判断ミスも原因だ」として、オペルを国民の税金で助けることをためらっているのだ。

現在は原油価格が下がっているが、投機筋の暗躍によって1バレルが200ドルを超える時期が再びやってくるだろう。さらに気候温暖化を防ぐために二酸化炭素の排出量を削減しようという機運は、将来各国で高まるに違いない。21世紀の自動車業界には、新しい長期戦略、新しいビジネスモデルが求められているのかもしれない。

20 März 2009 Nr. 757

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:22
 

追放=独・ポーランド間の火種

ドイツ国民の中には、イタリアやギリシャ、トルコに行ったことがあるという人は多いが、東隣のポーランドに旅行したことがある人は少ない。ポーランドはドイツにとって、近くて最も遠い国の1つである。両国の上には、今なお第2次世界大戦中の経験が暗い影を落としているからだ。現在ドイツとポーランドの間で、「追放問題」をめぐって激しい論争が再燃していることは、過去の傷が癒えていないことを示している。

ポーランドは、ナチスによる侵攻で最も大きな被害を受けた国の1つである。当時、国土はドイツとソ連によって分割されて地図上から消滅し、国民の17%に当たる600万人が死亡した。首都ワルシャワだけでなく大半の都市が瓦礫の山と化した。

現ポーランド領・シレジア地方は、終戦までドイツ帝国の領土だった。だがポツダム合意によって、この地域がポーランドに編入されたため、ドイツ人約690万人が追放され、オーデル川から西側の地域へ強制的に移住させられた。西へ逃亡する途中に、ポーランド人による襲撃や飢え、寒さで死亡したり、行方不明になったりした市民も多い。また、多くのドイツ人がシレジア地方の土地や家屋を失ったが、今日まで全く補償を受けていない。現チェコ領のボヘミアや、ルーマニアなど旧ドイツ領から追放されたドイツ人の総数は、約1400万人前後と推定されており、その内211万人が死亡、もしくは行方不明になった。この問題は「追放」(Ver treibung)と呼ばれ、ドイツ人が戦争中に受けた最大の被害の1つとして記憶されている。

ドイツ政府はこれらの被害者と、他国での紛争で住居追放の犠牲となった人々について記録し、想い起こすための資料館をベルリンに設置する方針である。「追放被害者連盟」がエリカ・シュタインバッハ会長をこの施設の管理評議会のメンバーの1人として指名しようとしたところ、ポーランド政府が強く反発。シュタインバッハ氏は就任を断念した。

これまでもポーランド側は追放被害者連盟に批判的だったが、今回はシュタインバッハ氏への個人攻撃が熾烈をきわめた。ポーランド政府のドイツ問題に関するアドバイザーであるウラディスラフ・バルトジェフスキー氏が、シュタインバッハ氏をホロコースト否定論者に例えた上、同氏を「金髪の野獣」とまで呼んだことは、この問題がいかにポーランド人の国民感情を刺激したかを物語っている。

統一前の西ドイツでは、追放問題を歴史にとどめようという動きは今日ほど強くなかった。だが東西統一以降、住民追放を忘れてはならないという意見が強まっており、この問題を扱った本や映画が次々に発表されるようになった。ドイツが国家主権を回復したことで「我々は加害者だったが、被害者でもあった」と考える人が増えているのだ。いわば「普通の国」に近づこうとする動きである。ポーランドが「シュタインバッハおろし」に成功したことは、ドイツの保守勢力の間に強い不満感を生んでいる。この論争が、両国の関係全体を悪化させることだけは防がなければならない。

13 März 2009 Nr. 756

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:22
 

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