独断時評


中独関係はどうなるのか

ドイツの経済界では、日本に関心のある人が20年前に比べて大幅に減った。今、彼らが最も関心を持っているのは巨大市場・中国である。ドイツ商工会議所(DIHK)が今年発表した数字はそのことをはっきりと示している。

中国が毎年輸入する自動車とその部品の中で、ドイツ製品が占めるシェアは約30%に上る。中国が輸入する機械の15%がドイツからの物である。ドイツの勤労者20万人が、中国への輸出に関わる仕事をしている。貿易立国ドイツにとって、13億人の民を抱え、急激に所得水準が上昇しつつある中国は極めて重要なマーケットだ。国内の労働コストが高いことに悩むドイツ企業にとっては、中国の割安な人件費も大きな魅力である。実際、中国に工場を持つドイツ企業の40%以上が、「今後生産を拡大する」と答えている。中国からの輸入金額は過去10年間でおよそ4倍に増えて、700億ユーロ(約8兆4000億円)に近づいている。ドイツが商品を輸入する貿易相手国として、中国はオランダに次いで世界で2番目の地位にのし上がった。

世界最大の外貨準備高を持つ中国は、今後ドイツ企業への資本参加を積極的に行うだろう。特にユーロの交換レートが急激に下がっている今、中国にとって欧州企業の株は買い時である。その中でも特に彼らが関心を持っているのがドイツの金融機関で、アリアンツが子会社ドレスナーバンクを売却しようとした時も、中国の銀行が買収を申し出ている。ドレスナーはコメルツバンクに買収されることが決まったが、中国側が申し出た買収価格はコメルツバンクが提示した額を上回っていたといわれている。

だが、ドイツと中国の間には深い溝が横たわっている。それはドイツ政府が中国政府による自由の抑圧や人権侵害を強く批判していることだ。今年10月末に欧州議会が中国の人権活動家、胡佳(Hu Jia)氏にサハロフ賞を授与すると発表した時、北京を訪問中だったメルケル首相はこの決定を支持し、中国政府に対して同氏を刑務所から釈放するよう求めた。同氏は政治犯やエイズ患者の支援を行っていた活動家で、欧州議会の人権問題に関する公聴会に電話で参加し、中国の状況について報告したために、公安当局に逮捕されて3年半の禁固刑の判決を受けている。中国政府は欧州議会が同氏に賞を授与することについて、「重大な内政干渉であり、中国とEUの関係を深く傷つける」と警告した。

メルケル首相は、共産党が支配した1党独裁国家・東ドイツで育った。そこでは、政府を批判したり言論の自由を求めたりした市民は秘密警察によって迫害された。こうした国を見ているメルケル氏は、中国の状況を放置しておけないのである。彼女は歴代の首相として初めてダライ・ラマをオフィスに招いて会談し、中国政府を激怒させている。シュレーダー前首相が中国との経済関係拡大に腐心し、人権問題をほとんど取り上げなかったこととは対照的である。グローバル金融危機が実体経済に飛び火し、ドイツ国内の雇用が脅かされる中、ドイツ政府が中国との関係の中で「人権重視」を維持できるかどうか、注目される。

19 Dezember 2008 Nr. 745

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:06
 

メルケル首相、減税を!

ミュンヘンの中心部、オデオン広場からそれほど遠くないところに、バイエルン州の象徴である立派なライオンの石像を従えた大きなビルがある。バイエルン州立銀行の本店である。堂々とした建物だが、その内部は「炎上」している。

州政府の管理下にあるこの銀行は本来、中小企業の融資など公共の利益を重視した業務を行うはずだった。ところが米国のサブプライム・ローン関連の投資によって巨額の損失を被り、倒産の瀬戸際に追いつめられた。バイエルン州政府は300億ユーロ、日本円で3兆6000億円もの公的資金を投じて、この銀行を救うことを決めた。

公的資金とはわれわれ市民の税金である。ドイツでは年末になるとサラリーマン、自営業を問わず税務署に確定申告を行わなければならない。私たちが身を削るようにして払っている高い税金が、ずさんな経営によって傾いた銀行の建て直しのために、まるで湯水のように使われるのだ。全く納得できない話である。

しかも、米国のサブプライム危機はまだ峠を越しておらず、少なくとも来年夏までは続くと言われているので、バイエルン州立銀行の損失が今後さらに増える可能性もある。つまり、3兆6000億円で足りるという保証はないのだ。これでは市民の政府や経済界に対する怒りが募るのも無理はない。もともと倹約家が多いドイツだが、今後市民はさらに消費を減らすだろう。経済学者の間では、今回の不況について「戦後最も急激な景気の後退」という意見が出ている。

自動車業界、化学業界では早くも売上高が前の年に比べて大幅にダウンし、生産活動にブレーキをかける動きが強まっている。今後、失業者の数も急激に増えるに違いない。このため、キリスト教社会同盟(CSU)を中心に「所得税を減らすことによって市民の可処分所得を増やし、消費を促進するべきだ」という意見が強まっている。政府は自動車業界を支援するために、新車を購入した市民には一時的に車両税を免除することを決めているが、それだけでは十分ではないというのだ。

だがメルケル首相は減税に消極的である。彼女は、「税制の見直しは来年9月の選挙後に行うべきだ」としている。金融機関のための緊急支援制度などによって、ドイツの財政には余裕がなくなりつつある。減税を行えば財政赤字や公共債務が増えるので、ユーロ圏加盟国が満たさなければならない様々な基準に違反する恐れもある。もともとドイツ政府は、日本や米国と異なり、借金を増やすことによって景気を刺激することに対して極めて慎重である。

しかし、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会のグリーンスパン元議長が「過去100年間で最大の危機だ」と言ったように、今われわれが直面しつつある不況は第2次世界大戦後、最も深刻なものになる恐れがある。

政府の借金が増加し、ユーロ圏の基準に一時的に違反しても、ここは目をつぶって所得税減税を行い、景気刺激策を取るべきではないだろうか。市民の政府に対する信頼を確保するためにも、メルケル首相には思い切った財政出動を行ってほしい。

12 Dezember 2008 Nr. 744

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:06
 

オペルを救うべきか?

11月中旬からドイツは厳しい寒さに包まれたが、この国の経済も凍りついたように活気を失いつつある。米国発のグローバル金融危機の影響でドイツが景気後退期に突入し、市民が消費を減らし始めたためだ。特に大きな影響を受けているのが自動車業界で、今年10月の主要自動車メーカーの新車の販売台数は、前の年の10月に比べて8%から17%も下落している。このため各メーカーは生産ラインの一部を止めたり、工場労働者のクリスマス休暇を延ばしたりして、生産にブレーキをかけるのに必死だ。

自動車メーカーの中で最も苦境に立っているのがオペル。親会社で世界最大の米GM(ゼネラル・モーターズ)が倒産の危機に追い込まれているからだ。GMは毎月10億ドル(約980億円)の損失を出しており、米国政府から少なくとも150億ドル(約1兆4700億円)の資金援助を受けないと経営が行き詰まる可能性が強い。

オペルはGMのために行った開発プロジェクトの代金として、親会社から約18億ユーロ(約2160億円)の支払いを待っている。だがGMが倒産すると、この債権が焦げ付いて自社の存続が危うくなるのだ。このためオペルはドイツ政府に対して、GMが倒産した場合に18億ユーロの信用保証を行うよう要請した。メルケル首相が直ちに支援を約束しなかったのは国内の政界、経済界で企業に対する支援をめぐって激しい議論が起きているからだ。

オペルを救った場合、業績が急激に悪化している他の自動車メーカーも似たような救済措置を求めるに違いない。さらにドイツの大手化学メーカーBASFが世界180カ所の工場で操業を中止したり、生産を縮小したりしたことに表われているように、自動車業界の不況は他の業界にも飛び火しつつある。ドイツ政府は金融業界に対しては緊急支援制度を導入したが、今後は自動車業界だけでなく化学業界など様々な業界が政府の門を叩き、公的資金の注入を求める可能性がある。オペルは政府がどこまで企業に救いの手を差し伸べるかを占う上で、重要な試金石なのだ。

ただし自動車メーカーの苦境は、金融危機だけによって引き起こされたものではない。今年初めの燃料価格の高騰は、すでに新車の販売台数を大幅に減らしていた。ドイツの多くのメーカーは伝統的に馬力が大きい車の生産に力を入れてきたが、燃料効率が高く二酸化炭素の排出量が少ない車の開発は日本メーカーに比べて大幅に遅れている。原油価格は現在下がっているが、専門家の間では将来、1バレルが200ドルの水準に達するという見方が強まっている。つまり、ドイツの自動車メーカーは過剰な生産能力を減らし、燃料効率が良い車を本腰で開発する努力を怠ってきたのだ。このため「長期的に誤った経営を行ってきたために苦境に陥ったメーカーを救う必要があるのか」という声も出ている。

だが自動車産業は、ドイツの勤労者の7人に1人を直接・間接的に雇用し、輸出の19%を稼ぎ出す、この国で最も重要な業種だ。自動車業界の救済は政党支持率にも大きな影響を与えるだろう。来年、連邦議会選挙を控えたメルケル政権にとって、オペルを救う以外に道はないのかもしれない。

5 Dezember 2008 Nr. 743

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:06
 

ナチス戦犯追及は終わらず

日本では航空幕僚長という国の防衛に大きな責任を持つ軍人が、「日本が侵略戦争を行ったというのはぬれぎぬだ」という論文を発表して更迭された。日本は米国に押しつけられた歴史観から脱却するべきだという。現職の将校が政府の路線を批判する意見を堂々と公表するとは、文民統制に対する挑戦である。

これに対しドイツ人たちは敗戦から63年経った今も、ナチス時代のドイツを批判し、過去と対決する作業を続けている。今月10日、ルートヴィヒスブルクのナチス犯罪追及センター(ナチス戦犯に関する検察庁の専門調査機関)は、米国在住のジョン・デムヤンユク(88)が1943年にナチスの強制収容所ソビボールで、ユダヤ人ら少なくとも2万9000人の殺害に加わったと断定し、ミュンヘン検察庁に書類を送致した。

デムヤンユクはナチスに協力してユダヤ人を迫害したウクライナ人の1人で、52年に米国へ移住。帰化して自動車工場の工員として働いていた。だが別の強制収容所トレブリンカで生き残ったユダヤ人らの証言により、同収容所で「イワン雷帝」と恐れられた看守だった疑いが強まり、逮捕されて86年にイスラエルで裁判にかけられた。彼は絞首刑の判決を受けたが、本当にトレブリンカの看守と同一人物だったかどうかについて疑問が浮上したため、釈放され米国に戻っていた。

だが、米国司法省の特別捜査部は99年に再捜査を開始。ドイツ検察庁は「デムヤンユクがソビボール収容所の看守だったことを示す身分証明書が確認された。ソビボールはユダヤ人殺害を目的として作られた絶滅収容所であり、そこで働いただけでも虐殺に関与したことになる」として、この老人をドイツでの最後の居住地ミュンヘンに移送するよう米国政府に要請している。

日本では、連合軍の極東軍事法廷によって、戦争遂行に責任のあった軍人らが訴追された。しかし日本の司法当局が、現在に至るまで自らの手で市民の虐殺や捕虜虐待に関与した軍人を裁くなどということは想像もできない。米国の占領政策によって、日本は戦前・戦中の体制を戦後も部分的に温存することを認められた。その方が米国にとって日本を統治しやすかったからである。したがって、今の日本と敗戦以前の日本との間には明確な境界線が引かれていない。

これに対しドイツ社会は、敗戦以前のドイツを「犯罪国家」と断定して一線を画している。ユダヤ人虐殺のような悪質・計画的な犯罪については時効を廃止して、容疑者が生きている限り刑事責任を追及する。日本には、「今日のドイツは戦中・戦前のドイツ人に罪を着せているのだからずるい」という批判がある。しかし90年代以降のドイツでは、ナチスの関係者が戦後社会でどのような役割を演じてきたかについての批判的な研究も行われている。もちろん日本とドイツを単純に比較することはできない。だが、ドイツが63年前までいかに恐ろしい国であったかについて細部を知れば知るほど、過去との対決の象徴的な行為として戦犯追及を続けるドイツの姿勢は正しいと感じる。この国はその努力によって、周辺諸国の信頼を得ているのだ。

28 November 2008 Nr. 742

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:06
 

オバマ勝利とドイツ

バラク・オバマ氏が、アフリカ系市民として初めて米国の大統領に就任することが決まった。私はNHKの特派員としてワシントンDCに住んでいたことがある。同市では市民の半数以上が黒人。特に南東部の地区にはスラム街が多く、犯罪が多いために白人やアジア人はほとんど足を運ばない。NYで最も危険なブロンクスにも取材に行った。まるで戦争直後のようにビルの廃墟が並んでいた。中産階級に属する黒人が増えてきたとはいえ、米国社会には長年にわたって続いた差別の爪痕が今も残っている。テレビに映らないこの国の裏面を見てきた私には、オバマ氏のホワイトハウス入りは画期的な出来事に思える。

ドイツでは、民主党候補オバマ氏の人気が非常に高い。彼が選挙戦期間中にベルリンを訪れて演説し、政府首脳と会談した様子は、彼がすでに大統領になったかのような錯覚を与えた。オバマ氏とそのスタッフは、壁で分断されたベルリンを訪れたケネディ大統領のイメージを作り上げようとしていたに違いない。

オバマ氏への絶大な人気は、ドイツ人がブッシュ大統領と共和党に抱いている強い反感の裏返しである。ドイツ人は2001年の同時多発テロに衝撃を受け、米国がアフガニスタンで繰り広げる対テロ戦争は支持したが、イラク侵攻への参加は拒んだ。ドイツ政府は同時多発テロとサダム・フセインの関連を見出せなかった。国連や国際法を完全に無視した米国の独り歩きは、多くのドイツ人を怒らせた。このため、冷戦の時代には西側同盟の優等生だったドイツは、戦後初めて米国と真正面から対立し、米独関係は急激に悪化した。

オバマ氏はブッシュ大統領よりも「多国間関係」を重視すると述べている。だがシュタインマイヤー外相が分析するように、米国の大統領は最終的には自国の国益を何よりも重視する。このためオバマ氏が大統領になっても、米国の外交・安全保障政策が直ちに大きく変わることは考えられない。彼はイラクからの早期撤退を提案しているが、将来再び抵抗勢力が攻勢に転じて治安が悪化した場合、その時期が遅れる可能性もある。またオバマ氏は、戦況が悪化しているアフガンの兵力を増強する方針を明らかにしている。ドイツはアフガン駐留兵力を4500人に増やすことを決めたが、オバマ氏がこの先、ドイツに対してさらに兵力を追加するよう要求してくるかどうかは、メルケル政権にとって大きな関心事である。

またドイツにとって気がかりなのは、新政権が経済を早期に立て直すことができるかどうかだ。サブプライム危機は実体経済に深刻な影響を与え始めている。新車の売り上げは落ち込み、米3大自動車メーカーの1つ、GMが倒産する可能性もある。ドイツにとって重要な輸出先である米国市場が青息吐息の状態では、不況が一層深刻化する。返済が必要なサブプライム不動産ローンの額は、少なくとも1兆ドル(約98兆円)に達すると見られており、過去100年間で最も深刻な経済危機の克服は、誰を財務長官にしても容易ではない。

ドイツ人たちは「Yes, we can」のスローガンが選挙戦期間中だけでなく、オバマ氏の在任期間中も米国全土に響きわたることを願っている。

21 November 2008 Nr. 741

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:44
 

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