Hanacell

政府と市場をめぐる激論

グローバル金融危機と戦うためにドイツ政府が導入した銀行救済策に基づき、バイエルン州立銀行が54億ユーロ(約6480億円)の資金注入を要請することになった。同行は内容も十分に調べないまま、米国のサブプライム融資が混入した証券化商品に投資したために巨額の損失を被った。キリスト教社会同盟(CSU)党首でもあった同州のフーバー財務大臣は監督責任を問われて辞任し、州政府の内閣には属さないことを明らかにした。正に全面降伏である。

米国のリーマン・ブラザース倒産のショック以来、10月末までに世界中の株式市場で株価が暴落し、多くの金融機関で含み益が急激に減っている。今後は他の公的銀行、民間銀行も政府に助けを求めるだろう。こうした中ドイツでは、「民間企業や市場に任せておくことは危険だ。今後はもっと政府が銀行を厳しく監視するべきだ」という声が急激に強まっている。メルケル首相は演説の中で「現在の市場は人間のためになっていない」と述べ、過去100年間で最悪という今回の金融危機を引き起こした民間企業の責任を厳しく追及した。

サブプライム危機の原因の1つは、銀行の金融商品が複雑化し、急激に変化するために監督官庁の目が行き届いていないことだ。住宅ローン返済能力がない市民に対する債権を銀行が証券化し、格付け機関から「トリプルA」つまり投資しても元本がなくなる危険は少ないというお墨付きを得て、国際資本市場で売り出したところ、ドイツやスイスなどの銀行がこの商品に積極的に投資した。だがサブプライム債権で汚染された金融商品は、米国で不動産価格が下落し、ローンを返せない市民が増えるとともに「猛毒」となって、投資した銀行の財務内容を急速に腐らせたのである。

ドイツなどの監督官庁がこのからくりに気づいた時には、もはや病原体が金融業界全体に回っていた。大手銀行が倒産すると信用不安がさらに深刻になるので、われわれの血税を使って銀行を助けることになった。政府の対応は遅すぎたのである。

「政府は、銀行が投資する商品や金融機関の経営方針について今より厳しくチェックするべきだ」という声が出るのは当然だ。政府からも「危機の規模がこれほど大きくなると、救いの手を差し伸べられるのは政府だけだ」という意見が聞かれる。毎年数億円の報酬を得ている銀行幹部たちも、日頃主張していた「小さな政府」論は忘れたかのように政府だけを頼りにしている。隣国フランスでは、サルコジ大統領が「EU全体の経済・財政政策を統括する経済機関を作るべきだ」とまで主張している。これも市場の役割を減らして、政府の権力を強めようとする動きだ。

興味深いことに、これは左派政党リンケの政治家たちが10年前から主張していたことである。彼らは「猛獣のように危険な資本主義」の拡大に歯止めをかけるために、政府の力を強めてヘッジファンドなどを禁止すべきだと訴えてきた。金融危機は自動車業界などに深刻な影響を与え始めており、失業率の上昇は避けられない。マーケットの責任を問う声は今後も高まり、左派政党への国民の支持は急速に強まると思われる。

7 November 2008 Nr. 739

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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