独断時評


対テロ戦争に巻き込まれるドイツ

対テロ戦争に巻き込まれるドイツアフガニスタンでドイツ人が攻撃される例が、今年になって大幅に増えています。5月には、クンドゥスの市場で3人のドイツ連邦軍兵士が、自爆テロによって殺害されました。8月にも、ドイツ大使館員の警護任務のためにアフガニスタンに派遣されていた3人の警察官が、道路にしかけられた爆弾のために死亡しています。さらに、人道支援プロジェクトに参加しているドイツ人らが、誘拐される事件も増えています。

ドイツはアフガニスタンに、およそ3000人の兵士を送っています。しかしその主要な目的は、米国や英国のように、タリバン勢力やテロ組織・アルカイダと戦うためではありません。ドイツ軍は、戦闘任務ではなく、主に人道支援や民間人を守るための警護、そしてタリバンが再び村や町に帰ってくるのを防ぐことを目的としています。

特にドイツ政府は、ソ連との戦争や内戦で荒廃したアフガニスタンが、9・11事件を起こしたアルカイダの基地となったことを重く見ています。過激なイスラム原理組織であるタリバンが、再びアフガニスタンで権力についた場合、この国がテロリストの拠点として使われる危険があるのです。

ドイツ政府は、ブッシュ政権のイラク侵攻を厳しく批判し、戦争には加わりませんでした。それにもかかわらず、アフガニスタンに派兵した理由は、将来ニューヨークの同時多発テロのような事態が再び起こることを防ぐためです。

しかし、すべての外国勢力を敵視しているタリバンの目には、ドイツも「侵略者」としか映りません。しかも、ドイツはトルナード電子偵察機をアフガニスタンに投入し、米国や英国の部隊を援助するなどして、戦闘に関係のある任務も担当し始めています。

タリバンはインターネットにドイツ語で、「アフガニスタンから撤退しなければ、攻撃する」という警告文を公開しています。彼らはドイツの兵士や民間人に危害を加えることによって、国内で厭戦気分をあおることを目指しているのです。

アフガニスタンやイラク、レバノン、イランで起きていることを、個別の国の出来事としてとらえることはできません。1990年代初めの湾岸戦争以降、世界中でイスラム教徒の一部の過激分子が、欧米そしてイスラエルに対して、一斉に蜂起していると言うべきでしょう。過激なイスラム教徒は、「我々は欧米勢力によって、長い間頭を抑えつけられてきたが、市民に対する無差別テロという武器によって、対抗することができる」と考えているのです。

つまり、イラク戦争に参加しない道を選んだドイツも、アフガン派兵によって、欧米諸国の対テロ戦争の中に、いやおうなしに組み込まれつつあるのです。過去の歴史をひもとくと、アフガニスタンをコントロールすることができた外国軍はなく、すべて目的を果たさないまま敗退しています。イラクでは、米軍が4000人の兵士を失った今も、治安の確保ができないまま、「一刻も早く撤退せよ」というイラク、そして米国内の声にさらされています。

ドイツ政府も、泥沼に足を踏み入れつつあるような気がしてなりません。

7 September 2007 Nr. 679

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:27
 

外国人に対する暴力に歯止めを!

外国人に対する暴力に歯止めを!旧東独で、またもや呆れるような事件が起きました。8月20日、ザクセン州のミューゲルンという小さな町で、ドイツ人の若者50人が、8人のインド人を追いかけ、けがを負わせたのです。

私に特にショックを与えたのは、ゴットハルト・ドイゼ・ミューゲルン市長の言葉です。「この町には、極右勢力のグループはいません。もしも犯人たちが、外国人排斥の思想を持っているとしたら、彼らは他の町から来たのでしょう」。被害者に対する謝罪や同情ではなく、まず自分の町に責任はないとする、自己中心的な主張です。

統一から17年近く経った今も、旧東独では外国人が襲われる事件が後を絶ちません。憲法擁護庁の調べによりますと、住民10万人あたりの極右による暴力事件の数は、旧西独よりも旧東独が圧倒的に多くなっています。

その理由の1つは、旧東独で多くの若者が失業しており、自分たちを「統一による負け組」と感じていることです。今年6月の旧東独の失業率は14.7%で、西側の2倍に達しています。

政府が毎年、国内総生産(GDP)の5%にあたるお金を旧東独支援のためにつぎ込んでいるのに、この地域の経済が自立する兆候は見られません。旧東独では、賃金は急速に引き上げられたのに、生産性は西側に比べて低いのです。このため、多くの西側企業は旧東独を素通りして、労働コストが安い東欧に工場を建ててしまうのです。西側市民の間では、「いつまで連帯税を旧東独のために払わなくてはならないのか」という 不満の声が出ており、東西間の心の壁は、高くなる一方です。

実は政府も、旧東独の状況については匙を投げているようです。経済専門家たちの間では、「旧東独は底のないバケツのようなものなので、資金援助はほどほどにしたほうが良い」という意見が強まっています。ケーラー大統領は、「東西間の経済格差は、当分縮まらない。自分の生活を変えたいと思う人は、西側に移住するべきだ」と言ったことがあります。

実際、やる気のある若者たちの間には、旧東独を捨てて西側へ移り住む人が増えています。東の州の人口は、今も減り続けており、市民の平均年齢は上昇する一方です。特に若い女性の間で移住者が目立っており、旧東独の若い男性たちにとっては、仕事もガールフレンドもなかなか見つからず、欲求不満がたまりつつあるのです。

旧東独の人口の中に外国人が占める比率は、2%前後にすぎません。それなのに、一部の若者は「外国人が我々の仕事を奪っている」という先入観を持っています。それが、アルコールに増幅されて、外国人に対する襲撃という形で暴発するのでしょう。つまり外国人差別の背景は、極右組織が町にあるかどうかではなく、人々の心の問題なのです。

政府は、優秀なコンピューター技術者が不足しているためにインドからの移民を奨励したいとしています。しかし、旧東独人たちの心の問題を放置し、インド人がドイツ人に襲撃されるのを防ぐことができないようでは、優秀なIT技術者はドイツを避けて米国に行くのではないでしょうか。

31 August 2007 Nr. 678

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:26
 

ベルリンの壁と発砲命令

ベルリンの壁と発砲命令8月13日は、ドイツ人にとって忘れられない日です。1961年、つまり46年前のこの日に、旧東ドイツ政府がいわゆる「ベルリンの壁」を建設し始めたからです。ドイツを東西に分断したこの壁によって、多くの家族が別れ別れになりました。建国間もない東ドイツでは、社会主義政権に不満を持った市民たちが、車や徒歩で続々と西ドイツに移住しました。東ドイツ政府は、この「民族の大移動」に歯止めをかけるために壁を作ったのです。

私も1980年に、ベルリンの町を横切るみにくい灰色の石壁を見ました。そしてチェックポイント・チャーリーという検問所を通過して東ベルリンへ行き、東西冷戦の厳しい現実を、肌で感じました。もともと1つの国だった東西ドイツを壁で実際に分断し、市民がお互いに行き来できなくするという徹底した態度にも、ドイツ的な頑固さ、執念を感じました。

さてドイツでは、8月13日直前に1枚の文書が大きな注目を集めました。連邦政府のシュタージ(国家保安省)文書管理局は、社会主義時代の秘密警察が作成した大量の文書を保管しています。今回公にされたのは、文書管理局がマグデブルクで見つけた命令書です。この文書は国境警備部隊、特にその中に潜入していたシュタージ要員に対して、「国境を超えて西側に逃亡しようとする東ドイツ市民については、たとえ妻や子どもを連れていても、ためらうことなく発砲せよ」と 命令していました。

東ドイツ政府が、逃亡者を防ぐために武器を使用するよう命じていたことは、これまでも知られていました。また、この文書の存在についても、すでに研究者が指摘したことがあります。つまりこの文書そのものは新しいものではありません。

しかし、シュタージが女性や子どもに対しても、発砲するよう文書で命じていたことは、東ドイツ政府の冷酷さを改めて浮き彫りにするものです。1961年からの27年間に、国境を超えようとして射殺された東ドイツ市民の数は、1245人に上ります。ベルリンだけでも133人が犠牲になっています。自分の国を不法に去ろうとしただけで射殺されるというのは、やはり人道に反する国と言わざるを得ません。

私は壁が開かれた1989年直前にベルリンで逃亡を試み、射殺された青年の母親、カリン・ゲフロイさんにインタビューしたことがあります。彼女の無念な表情、そして東ドイツ政府に対してぶちまけた強い怒りの言葉は、今も忘れられません。

逃げる市民に弾が当たらないように、わざと狙いを外した国境警備兵は、厳しく処罰されました。これに対し、発砲によって逃亡を防いだ兵士は勲章や特別休暇を与えられました。映画「善き人のためのソナタ」でシュタージの将校を演じた故ウルリヒ・ミューエ氏も国境警備兵だったことがあります。彼は「自分の担当する地区で逃亡者が出たら、発砲しなくてはならない」という心理的なストレスのために、ひどい胃潰瘍を患い、今年胃がんで死亡する遠因となりました。

壁崩壊後、東ドイツの首相を務めたこともあるエゴン・クレンツ氏は、いまだに「逃亡者への発砲命令はなかった」と主張していますが、そうした傲慢 さは多くの犠牲者と遺族を侮辱するものではないでしょうか。

24 August 2007 Nr. 677

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:27
 

休暇・時短大国の行方

休暇・時短大国の行方最近ドイツで地下鉄やバスに乗ると、普段よりも空いているのに気がつきませんか。学校が夏休みに入っている州がまだあり、多くの市民が長いバカンスを取っているのです。

ドイツは、世界最大の休暇先進国です。この国のサラリーマンや労働者は、法律によって年間30日の有給休暇を、完全に消化することが許されています。いや、上司はむしろ部下が30日の休みを全て取るように、積極的に奨励しなくてはならないのです。30日と言えば6週間にあたりますが、この期間は普通に給料が支払われます。全員がたっぷり休みを取るので、休暇を消化しないと損をしたような気になるのでしょう。いっぺんに30日間休んで、世界一周旅行をしたサラリーマンもいます。

私が日本のNHKで働いていた時、1週間の休みを取る時にも、「誠に申し訳ありません」と頭を下げたものです。しかし、ドイツでは30日間の休暇は当然の権利と思われているので、堂々と取るのが当たり前です。夏に限らず、上司が許可すれば、いつでも休みを取ることができます。残業時間がたまった場合には、代休を取ることを認めている企業が多いので、有給休暇と合わせると、40日間も休みがある人も珍しくありません。

ドイツ経営者連合会の調べによると、2004年の旧西ドイツの1年間の労働時間は平均1601時間で、先進工業国の中で最も短くなっています。ドイツ人が働く時間は、日本より20%も短いのです。ときどき「ドイツは、こんなに短い労働時間で、よく世界第3位の経済大国でいられるものだな」と思うことがあります。

各国の経済水準を比べる時には、国民1人あたりの国内総生産(GDP)を比べることが重要です。興味深いことに、OECD(経済協力開発機構)の統計によると、2004年には日本の国民1人あたりのGDPは2万9600ドル、ドイツは2万8800ドルでした。つまりドイツ人は、日本人よりもはるかに長く休暇を取り、20%も労働時間が短いのに、1人あたりのGDPは、日本より2.7%少ないだけなのです。ドイツ人は効率よく働いているということになるかもしれません。

もちろんこの背景には、ドルに対する円の交換レートが低いということもあります。ただし、ドイツに住んでみると、人口が全国に分散しているので、過密や不動産の高騰が起きていないこと、住宅も比較的広いこと、都会の中にも緑地が多いなど、生活の質の高さも感じます。また生活の質を高める上で、長い休暇や短い労働時間は大きな意味を持っています。不況が深刻だった2000年代の初めにも、30日の有給休暇は減らされませんでした。

東ヨーロッパの国々によって追い上げられる中、ドイツ経済に改革が必要なことは確かですが、ドイツ人たちはこの長い休暇を最後まで守ろうとするに違いありません。

17 August 2007 Nr. 676

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:28
 

ショイブレ内相 vs. ケーラー大統領

ショイブレ内相 vs. ケーラー大統領 ケーラー連邦大統領とショイブレ内相の間で、静かだが深刻な対立が起きている。きっかけは、ショイブレ内相がニュース雑誌とのインタビューの中で、ビン・ラディンのような凶悪なテロリストの居場所がわかった場合に、誘導ミサイルなどで殺害することが法的に許されるかどうかについて、憲法論議を行うべきだと発言したことだ。

ヨーロッパでは、ロンドンやマドリードのテロに見られるように、アルカイダによる無差別テロの危険が高まっている。ドイツもアフガニスタンに3000人の将兵を派遣しているので、イスラム原理主義者の攻撃目標となる恐れがある。ドイツ国籍を持った人物が、アルカイダのようなテロリストのグループに加わる可能性もある。ショイブレ内相は、そうした事態に備えて、ドイツ政府も法律的な議論を尽くすべきだと主張したのである。

これについてケーラー大統領はテレビ局とのインタビューの中で、「裁判所による判決もないのに、テロリストと目される人物を殺害することが許されるとは思わない」と述べ、間接的にショイブレ内相を批判したのだ。与野党からも、「ショイブレ氏は内相として不適任ではないか」という声が上がっている。

私の見解では、ショイブレ内相の発言は曲解されている。彼は「テロリストを殺すべきだ」と主張したわけではない。彼は超法規措置にも反対だと言っている。内相として「議論を避けずに、意見を戦わせるべきだ」と提案したにすぎない。

ドイツ人を含むテロリスト集団が多数の市民を無差別に殺害する、9.11事件並みのスケールのテロを計画していることが判明したと仮定しよう。危険が迫っており、裁判所の令状を取って逮捕する時間がない場合に、捜査当局が犯行を阻止するために容疑者を殺害することが、ドイツの法律で許されるのかどうか。ショイブレ内相はこのテーマについて、議論を行うべきだと提案したにすぎない。

この問題について、米国とイスラエルの答えははっきりしている。両国政府は、無差別テロを防ぐという大義名分のためには、ためらうことなくテロリスト容疑者を殺害する。彼らは対テロ戦争に関しては、超法規措置を当然のことと考えている。米国には「無差別テロを防ぐには、テロ容疑者を拷問することもやむを得ない」と主張する人々すらいる。ナチスの暴虐を経験したヨーロッパ人たちには、すんなりと受け入れられる主張ではない。パレスチナ自治区では、イスラエル軍がテロリストを殺害するために攻撃ヘリなどからミサイルを発射することによって、近くの建物にいた一般市民まで死亡するという、いたましい事件も起きている。

議会制民主主義を重んじる法治国家として、米国やイスラエルと一線を画するドイツで、同じような超法規措置が許されるのか?許されないとしたら、どのようにして無差別テロを防ぐのか?私は、市民の生死にも関わるこの問題を先延ばしにせずに、万 一の事態に備えて徹底的な議論を行う必要があると考えている。

10 August 2007 Nr. 675

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:28
 

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