Hanacell
独断時評


赤軍テロリスト釈放の波紋

赤軍テロリスト釈放の波紋ドイツには死刑がないので、どんな悪事をはたらいても、無期限に刑務所に拘束され、自由を剥奪される終身刑が最も重い刑罰である。その終身刑を言い渡されていた女性テロリスト、ブリギッテ・モーンハウプト受刑者が、3月末に釈放されることになった。

テロ組織RAF(赤軍派)の主要メンバーだったモーンハウプト氏は、1977年にブーベック連邦検事総長、ドレスナー銀行のポント頭取の暗殺に加わったほか、経営者団体のシュライヤー会長の誘拐殺人に関与した罪などで、85年に終身刑を言い渡された。赤軍派は98年に解散宣言を出し、モーンハウプト氏もこの宣言を支持していた。

このため裁判所は「モーンハウプト氏を釈放しても、テロ活動を再開する危険はない」と判断。捜査拘留も含めると24年間にわたって服役したモーンハウプト氏を保護観察付きで釈放する決定を下したのだ。ドイツの刑法によると、裁判所は服役期間が15年を超えた受刑者については、保護観察を付けて釈放することができる。

しかし問題は、モーンハウプト氏がこれまでに被害者の遺族らに対して謝罪の意などを全く表わしていないことだ。彼女は当時RAFが「米国の植民地」と呼んで軽蔑した旧西ドイツに混乱を引き起こすためには、暗殺を含む武装闘争は必要であったと今も考えている。つまり、悔恨の念を持っていない「確信犯」である。

このためシュライヤー氏の遺族らは「改悛の情を示さない犯人を釈放するのは、法律を曲げる行為だ」と述べて、今回の決定を強く批判している。政界からも、モーンハウプト氏に対して、謝罪の意を表わすように求める声が強い。

今回の決定を聞いて私は、被害者の感情をそれほど重視せず、法律の条文に基づいて判断するドイツ社会のドライな特徴がにじみ出ていると思った。遺族の感情が重視される日本では9人の殺害に関与し、改悛の情を示さないテロリストを早期に釈放することは考えにくい。欧州から批判されながらも日本に死刑が残っている背景には、この被害者感情への配慮がある。日本ではドイツほどには「罪を憎んで人を憎まず」の原則が実践され ていないのだ。

一方受刑者の立場になってみると、ドイツのように死刑が廃止されているのは良いことである。冤罪によって誤って死刑を執行される危険はない上に、モーンハウプト氏のように早期釈放の可能性もある。ドイツはナチスの暴力支配に対する反省から、どのような理由であれ、国家が裁判を通じて市民の命を奪うというオプションは放棄したのだ。いずれにせよ今回の決定は、凶悪犯に対してはどのような量刑が適当なのかという問題につ いて議論を巻き起こすに違いない。

23 Februar 2007 Nr. 651

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:54
 

前途多難の健保改革

健康保険制度の改革メルケル政権にとって最も重要な課題である健康保険制度の改革が、最初の大きなハードルを超えた。2月2日に改革法案が連邦議会を通過したのだ。

政府は制度の抜本的な変更によって、社会の高齢化に伴って増加する医療費に歯止めをかけることを狙っている。具体的には、公的健保を運営している疾病公庫(Krankenkasse)が、保険料に差をつけて、市民が公庫を選べるようにする。改革法案に「疾病公庫の競争を促す法律」という名前がつけられているのは、そのためである。効率的に運営されない疾病公庫は、競争に負けて淘汰されるかもしれない。

政府は、今年だけで公的健保の支出を12億ユーロ、 来年以降は毎年15億ユーロずつ減らすことを狙っている。

2009年には、政府が公的健保の全ての加入者に等しい保険料率を設定する。市民はこれまでと違って保険料を疾病公庫ではなく、新しく創設される「健康基金」に支払う。疾病公庫は、資金をこの健康基金から受け取る。改革のもう一つの特徴は、公的健保の収入の内、税金でまかなわれる部分が増大するということだ。政府は2015年までに、最高140億ユーロもの公的資金を健康基金につぎこむ。税金で健保をまかなう理由は、保険料の高騰を防ぐためである。

さて、連邦議会での法案可決を喜んだのは与党だけ。野党、経済団体、労働組合、疾病公庫、医師会、薬局などは、この改革案を批判している。まず公的健保の仕組みが健康基金の新設によって従来よりも複雑になり、関連コストが増える危険がある。公的健保加入者の負担は、現在よりも増えるものと予想されている。

さらに、医師の診療報酬も09年から大幅に改定され、基本的には現在の点数制から金額制に切り替わる。医療支出削減によって、医師の収入は現在よりも減る可能性が強い。医師の国外流出がさらに進む恐れもある。経営者団体は公的健保の保険料が完全に所得から切り離されて労働コストの高騰に歯止めがかかることを希望していたが、これは実現しなかった。この改革が人件費の削減につながるかどうかは、未知数である。

改革で最も泣くのは、民間健保の加入者と、民間健康保険を売っている保険会社。格差社会になりつつあるドイツでは、無保険者の数が40万人に達する。こうした人々が健康保険に入ることができるように、 政府は保険会社に対して、公的健保と同じ補償内容を持つ割安の「基本タリフ」の保険を設立し、無保険者が希望したら加入させることを義務づける。国民皆保険の状態を実現するためだ。だが民間保険会社は、「基本タリフ」の財源を作るために、現在民間健保に入っている人の保険料を、将来大幅に引き上げると予想されている。読者の皆様もご存知のように、一度公的健保から民間健保に乗り換えると、失業でもしない限りは公的健保に戻ることはできない。民間健保の加入者は、09年の最初の半年に限って、基本タリフに乗り換えることを許される。これによって、現在医師たちの重要な収入源である正式な民間健保の加入者が減り、医師の減収傾向に拍車をか けるかもしれない。

メルケル政権は、公的健保制度の崩壊を防ぎ、同時に社会保障コストの高騰に歯止めをかけるという難事業に成功するだろうか。改革の結果が大いに注目される。

16 Februar 2007 Nr. 650

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:54
 

過去を水に流さないドイツ人

ドイツ1月25日は、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所が、1945年にソ連軍によって解放された日だ。今年もこの日、ドイツ各地で追悼式典が催された。アウシュビッツのガス室で殺害されたり、飢えや病気で死亡したりした約300万人の犠牲者を悼むためである。

歴史上、大量虐殺を行った民族は他にもある。しかし、ナチスはニュルンベルク人種法という法律によってユダヤ人を社会から疎外し、欧州各地から綿密なスケジュールに基づいて列車で強制収容所に整然と送り込んだ。そして、まるで工場の流れ作業のような手法を用いて、600万人を超える人々を殺害したのだ。このような民族は他にない。この意味でドイツ人が実行したホロコーストは、人類の歴史上例のない犯罪である。

ドイツの心ある人々はそのことを理解しており、敗戦から60年以上経った今でも追悼式典やマスコミの報道などによってドイツ人の名の下に犯された罪を心に刻む作業を続けている。

彼らは半世紀以上にわたって歴史教科書の内容を他の欧州諸国やイスラエルと協議して、双方にとって受け入れられる内容にしようと努力してきた。ユダヤ人虐殺のように悪質かつ計画的な殺人については刑法を改正して時効を廃止し、虐殺に関与した者が生きている限り、訴追の手を緩めない。

政府と企業は虐殺された市民の遺族、強制労働の被害者らに総額10兆円を超える賠償金を支払ってきた。ベルリンの「償いの証(Aktion Sühnezeichen)」のようなNGO(非政府機関)は、被害者たちが住む国々にボランティアを送って彼らに救援の手を差し伸べ、若者たちに過去を心に刻む作業を行わせている。

ドイツ人は日常生活ではあまり謝らないが、連邦政府はナチスの問題については徹底的に謝り続けて来た。故ブラント首相は、ワルシャワ・ゲットーの追悼碑の前で膝まずき、全身で謝罪の姿勢を表わした。その精神は歴代のドイツ政府に受け継がれている。

ドイツは10カ国と国境を接しているが、これらの国々のほとんどはナチスが侵略した国である。したがって、戦後旧西ドイツが生き残るためには、ナチスを糾弾し、「忌まわしい犯罪を二度と起こさない」という姿勢を行動で示さなくてはならなかった。彼らが60年以上前の出来事を今も繰り返し思い起こすのは、過去を水に流さないという姿勢が社会の主流 に属する人々の間では、アイデンティティーの一部 になっているからである。

ドイツには少数とはいえ、外国人に暴力をふるったり、ホロコーストの事実を否定したりする極右勢力が存在する。一部のネオナチ政党は外国人を社会保障制度から締め出すことを綱領に堂々と掲げている。旧東ドイツ地域では、こうした政党に票を投じて、州議会に議席を持たせる有権者が増えている。イスラエルのパレスチナ政策にからめて、ユダヤ人を公然と批判する論客も目立ってきた。

その意味でナチスの犯罪は、ドイツ社会に今も大きな影を落としており、民主主義を守るためには無視できない問題なのである。

9 Februar 2007 Nr. 649

最終更新 Dienstag, 27 Januar 2015 12:32
 

クルナツ事件の謎

ドイツ連邦政府のシュタインマイヤー外務大臣が、就任以来最大の苦境に追い込まれている。

問題の発端は、ブレーメン生まれのトルコ人、ムラート・クルナツ氏が2001年の同時多発テロの直後に、ドイツからパキスタンへ旅行したことだ。当時19歳だった彼は「コーランを現地の学校で学びたかった」と言っているが、過激なイスラム思想を持ち、原理主義者とコンタクトがあったことからパキスタンの捜査当局に逮捕され、米軍に引き渡された。彼は4年半にわたって米軍の悪名高きグアンタナモ収容所に拘留された。

米軍はテロ組織のメンバーやタリバン政権の兵士とにらんだ人物を、「非合法な敵の戦闘員」と定義し、起訴もせず、弁護士や赤十字の接見も認めないまま無期限にこの収容所に拘留している。ブッシュ政権は当初、戦争捕虜に適用されるジュネーブ協定すら、グアンタナモの収容者には適用しなかった。クルナツ氏は、「拘留中に米軍によって拷問を受けた」と証言している。

米中央情報局(CIA)の活動について調査している欧州議会の特別委員会は、「02年末に米国がクルナツ氏を条件付きで釈放したいという意向をドイツ政府に伝えたが、ドイツの関係省庁が、この申し出を拒否した」と指摘し、政府関係者や国民に強い衝撃を与えた。

つまり、米国もクルナツ氏がテロリストである証拠を見つけることができなかったにも関わらず、連邦情報局や内務当局はクルナツ氏のドイツでの滞在は望ましくないと判断して、彼が再入国の許可を取れないようにしたというのだ。これが事実ならばドイツ政府はクルナツ氏のグアンタナモでの不当な拘留を長引かせたことになる。

シュタインマイヤー外相は、当時連邦首相府の長官として連邦情報局を監督する立場にあった。大臣は、「米国からそのような申し出はなかった」と述べ、疑惑を全面的に否定している。だがこの指摘がもし事実ならば、連邦政府は通常の法律が届かない収容所でクルナツ氏が味わった精神的、肉体的な苦しみを間接的に引き伸ばしたことになる。シュタインマイヤー氏が当時この問題について連絡を受け、クルナツ氏の帰国を阻む工作に関与していたことを示す証拠が見つかったら、彼は外相を辞任することを迫られるかもしれない。

メルケル首相はシュタインマイヤー外相を後押しする発言をしているが、連立政権を構成するキリスト教民主同盟(CDU)の議員らの間では、外相に距離を置く姿勢が見られ始めた。ドイツ政府は米国政府に対して、「グアンタナモ収容所は人道主義と法治国家の原則に反するので、ただちに閉鎖するべきだ」と訴えてきた。もしもドイツの政府関係者が、クルナツ氏を「厄介払い」するために再入国の道を閉ざしていたとしたら、自己矛盾も甚だしい。

この種の事件には各国の諜報機関がからんでいるので、機密資料がなかなか公表されず、白黒がつけにくいという問題点がある。シュタインマイヤー外相を失脚させようという政治的な思惑も背景にあるだろう。だがドイツ政府が重視している人権に関わる問題だけに、連邦議会は具体的な証拠をできる限り明るみに出し、疑惑の解明に全力を挙げて欲しい。

2 Februar 2007 Nr. 648

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:55
 

トルナードは出撃するか

トルナードは出撃するか昨年のクリスマス直前にベルリンに舞い込んだ1通のファクスが、大連立政権に難しい問題をもたらしている。連邦軍はトルナード戦闘機に高性能のレーダーを搭載した偵察機を持っているが、北大西洋条約機構(NATO)はドイツに対して、この偵察機6機を数カ月にわたりアフガニスタンに投入することを要請してきたのだ。

ドイツは昨年連邦議会が行った決議に基づき、約3000人の将兵をアフガニスタンに派遣している。だが、連邦議会はその活動を治安が比較的良い北部に限定することを、派兵承認の条件としてきた。だがNATOはトルナードの偵察地域に、タリバンとの激しい戦闘が続いている南部も含めることを求めている。ドイツは偵察機の乗員や整備員250人を、追加派遣しなくてはならない。

この要請を受け入れるかどうかについて政治家たちの意見は割れている。政府側は、「トルナード投入は、アフガニスタン派兵に関する連邦議会の決議でカバーされており、新たな決議はいらない」と主張している。これに対し、キリスト教民主同盟(CDU)のカウダー院内総務は、「議会で審議する必要がある」として拙速を戒めている。初めは「新たな決議はいらない」と主張していた社会民主党(SPD)のシュトゥルック院内総務も、意見を変えて、議会での再審議を求めている。さらに、アフガニスタンへの介入拡大に慎重な緑の党は、連邦議会がトルナード投入を承認した場合、 連邦憲法裁判所に提訴する構えを見せている。

元々ドイツがアフガニスタンに軍を派遣した目的は、市民や復興援助組織をタリバンから守り、戦火で荒れた国土の再建を促進することだった。ソ連が撤退した後、この国は内戦で荒廃し、タリバン政権はアルカイダに保護を与えていた。この国がテロリストの巣窟に戻り、9・11のようなテロが再発するのを防ぐためにも、ドイツが平和維持任務に参加することは正しい。

だがタリバンは、昨年から南部を中心にNATOに対する攻撃を強めており、都市での自爆テロの数も増えている。NATOの攻撃によって、タリバンとは無関係の市民が巻き添えになって殺傷される事件も起きていることからアフガニスタン人のNATOに対する不信感も強まっている。軍事関係者の間では、「今のままではアフガニスタンを平定することはできず、イラクのような状況になる」という危惧さえ出ている。英国やカナダなどタリバンとの戦闘で多くの死者を出している国からは、今後ドイツに対して「もっと軍事貢献をしてほしい」という声が強まる可能性が高い。

こうした批判をかわすためにも連邦政府は時期を限定してトルナードの投入に踏み切る可能性が強い。だがドイツがこの決定によって、アフガニスタンの泥沼に、さらに深く足を踏み入れることも事実だ。ドイツは対テロリスト戦争にどこまで関与するべきなのか。国民的な合意を得るためにも連邦議会でとことん議論を行い、新たな決議を採択する必要があるだろう。

26 Januar 2007 Nr. 647

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:55
 

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