独断時評


コロナ規制緩和と デルタ変異株のジレンマ

いよいよバカンスの季節の到来だ。読者の皆さんの中にも、久しぶりの旅行を計画されている方がいるに違いない。

2日、デュッセルドルフ国際空港のチェックインカウンターに多くの旅行客が並んだ2日、デュッセルドルフ国際空港のチェックインカウンターに多くの旅行客が並んだ

重症者・死者数が減少

幸いなことに、今のところドイツでは新型コロナウイルス感染拡大の速度が落ちている。7日間指数(直近1週間の10万人当たりの新規感染者)は、冬には一時100を超えていたが、7月6日には4.9と大幅に低くなった。パンデミック第3波のピークには、一時毎日万単位の新規感染者、数百人の死者が出ていたが、同日の新規感染者数は440人、死者数は31人に減った。1月6日には約5600人の重症者が集中治療室に収容されていたが、7月6日にはその数は509人と10分の1以下になっている。

ワクチン接種も着々と進んでいる。6日時点で市民の56.8%が1回目の接種を受け、39.3%が2回目を終えた。ワクチン接種のデジタル証明書をスマートフォンにダウンロードできるようになったため、ほかの欧州連合(EU)加盟国に入国する時には、QRコードを見せるだけで良い。ほかのEU加盟国も次々に国境での検疫や規制を緩和しつつある。特に昨年以来深刻な打撃を受けたイタリアやギリシャ、スペインなどの観光産業にとっては、現在の「パンデミックの中休み」は大きな朗報である。

デルタ変異株への懸念

だが、シュパーン保健大臣は、英国などでデルタ変異株が急激に拡大していることについて懸念を隠さない。インドで最初に確認されたデルタ変異株の特徴は、感染力がほかの変異株に比べて強いことだ。

世界保健機関(WHO)によると、英国では7月6日からの24時間の新規感染者数が2万7100人に達した。6月23日の新規感染者数は1万1481人だったので、約2週間で倍以上に増加したことになる。英国の保健当局によると、新規感染者の90%以上がデルタ変異株に感染している。ドイツでは現在のところ新規感染者のほぼ半分がデルタ変異株に感染しており、この国でも90%を超えるのは時間の問題である。

ジョンソン政権の「実験」

興味深いのは、英国のジョンソン政権がデルタ変異株による新規感染者の増加にもかかわらず、近く公共交通機関や店内でのマスク着用義務を廃止するなど、大半のコロナ規制を解除しようとしていることだ。同国の保健大臣によると、8月16日以降はワクチン接種を完了している成人については、コロナ感染者との濃厚接触があっても、自己隔離する義務を免除する。また英国ではすでに数万人の観客をスタジアムに入れて、サッカーの欧州選手権の試合も行われている。

英国の労働組合や医療関係者の間には、ジョンソン政権の方針に反対する声も出ている。しかし保健大臣は「夏に向けてコロナ規制を撤廃した場合、1日の新規感染者数が10万人に増えるかもしれない。しかしわれわれはコロナと共生することを学ばなくてはならない」と述べ、規制解除に踏み切る構えだ。ジョンソン政権の自信の根拠は、英国のワクチン接種率の高さにある。オックスフォード大学が運営するデータバンク「Our World in Data」によると、7月5日の時点で英国市民の66.8%が1回目のワクチンを接種し、49.7%が2回目を受けている。欧州では首位である。

注目されるのは、死亡者数の少なさだ。英国の7月6日の死者数はわずか9人だった。同国では今年1月23日に1401人が死亡していた。英国政府はワクチン接種が死亡者の数を大幅に減らしたと主張している。さらに現在の新規感染者の大半は、感染しても軽症で済むことが多い若者だと説明する。つまり英国政府はデルタ変異株が蔓延しているにもかかわらず、規制解除により新規感染者数が急増しても、死者や重症者の数が少なければ、社会にとって受け入れられる状態と判断しているのだ。ワクチンの力によって、新型コロナウイルスを季節性のインフルエンザウイルスのような病原体と見なそうというわけである。英国の飲食業界、旅行業界などは、この「実験」を歓迎している。

ワクチンの最大の効用は重症化の防止

実際、ドイツでワクチンを承認する国立機関パウル・エアリヒ研究所もワクチンの有効性を「感染する確率を下げること」ではなく、「発症する確率を下げること」と定義している。例えば「有効性95%」とは、ワクチン接種済みの場合、感染して発症する確率を、未接種者に比べて95%下げるということを意味する。

ワクチンの最大の効用は、感染を防ぐことではなく、重症化して病院に収容されたり死亡したりするリスクを下げることだ。感染しても軽症で済めば、病院に患者が殺到して医療資源が逼ひっぱく迫する事態を防ぐことができる。実際、英国やイスラエルでも、ワクチンを2回接種した後で新型コロナウイルスに感染した例が多数報告されている。しかし大半が無症状か軽症である(したがってワクチン接種を2回受けても、感染を防ぐには屋内でのマスクや社会的距離は重要である)。

ドイツなど欧州大陸の国々でも、将来接種率が増えた場合、新規感染者数が増えても、重症者や死者の数が少なければコロナ規制を減らす動きが強まるかもしれない。パンデミックで痛手を受けた企業や市民を支える政府の財政出動を、毎年行うことは難しいからだ。その意味で英国が行う「実験」の結果は、ほかの国々にとっても極めて重要な意味を持っている。

最終更新 Donnerstag, 15 Juli 2021 13:41
 

選挙公約はここが違う! CDU・CSUと緑の党

6月21日、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のアルミン・ラシェット氏とマルクス・ゼーダ―氏の両党首は、9月の連邦議会選挙へ向けたマニフェストを公表した。約140頁のマニフェストには「安定と更新のためのプログラム」という題名が付けられ、6月13日に緑の党が公表したマニフェストと大きく異なる。CDU・CSUはザクセン=アンハルト州議会選挙以来、支持率が上昇しつつあるが、同党は選挙公約の中で緑の党との違いを鮮明に打ち出し、回復傾向をさらに強めることを狙っている。

6月21日に記者会見を行った、ラシェット氏(左)とゼーダー氏(右)6月21日に記者会見を行った、ラシェット氏(左)とゼーダー氏(右)

「ドイツ変革」と「現状維持」の対決

政権入りを目指す緑の党の最大のテーマは、政治・経済のあらゆる側面にエコロジー、つまり環境保護の精神を浸透させることだ。特に地球温暖化に歯止めをかけるために、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス(GHG)排出量を大幅に削減することを最も重視している。そのために、緑の党はさまざまな禁止措置や具体的な数値目標を含む、大胆な政策を公約した。

これに対しCDU・CSUのマニフェストを読むと、「メルケル政権の政策の継続」という印象を受ける。緑の党のような大胆で具体的な施策をあえて打ち出さないことによって、「2005年以来政権に参加していない緑の党に、権力を与えるのは危険だ」というメッセージを世間に発信している。つまりラシェット首相候補は、「環境保護主義者に政権を担当させるという冒険はやめて、政治のプロであるわれわれを選んだ方が良いですよ」と国民に訴えているのだ。

気候保護政策に大きな差異

両党の違いが最も鮮明に表れているのが、気候保護政策だ。緑の党はメルケル政権の現在の政策について、「気候変動にブレーキをかけるには不十分」と見ており、さまざまな強化措置を公約した。例えば、現在ドイツ政府は2030年のGHG排出量を1990年比で65%減らすことを目標にしているが、緑の党はこの削減幅を70%に拡大する。同党は石炭・褐炭火力発電所の全廃を8年早めて2030年に実施するほか、2030年以降、内燃機関を使った新車の販売を禁止する方針だ。さらに緑の党は、高速道路の全区間で最高速度を時速130キロに制限するほか、国内の旅客機の短距離便を禁じることも公約している。

特に激しい議論の的になっているのが、車や暖房の燃料に今年からかけられている炭素税の大幅な引き上げだ。現行規定によると、炭素税は現在の1トン当たり25ユーロから4年後に55ユーロに引き上げられ、2026年以降は入札によって決められる。入札の最低価格は55ユーロ、最高価格は60ユーロである。炭素税収入は、電気料金に含まれている再生可能エネルギー賦課金や電力税の廃止などによって、市民に還元される予定だ。

今の法律によると、2023年の炭素税は1トン当たり35ユーロだが、緑の党はマニフェストに「2023年の炭素税を60ユーロに引き上げる」と明記した。同党のべアボック首相候補は、「2023年にはガソリンは1リットル当たり16セント、ディーゼル用の軽油は18セント高くなる」と認めている。これは市民の「化石燃料離れ」を加速するための、意図的な施策だ。緑の党は「将来、内燃機関の車に乗っていると出費が増えるので、電気自動車に乗り換えるか、公共交通機関を利用するべきだ」というメッセージを送っているのだ。

だがこの政策は、多くのドイツ市民にショックを与えた。読者の皆さんもご存知のように、ドイツ人の多くは倹約家である。大都市では家賃が高いので、郊外に住んで毎日マイカーで通勤している人が多い。彼らにとって、燃料価格の高騰は可処分所得の減少を意味する。緑の党は、マニフェストに「再生可能エネルギー賦課金を減らす」と記しているものの、炭素税収入をいつどれだけ市民に還元するのかについて、具体策を明示していない。

緑の党のエネルギー政策の概要が公表され始めたのは、5月後半以降。6月10日にARDが公表した世論調査の結果によると、緑の党の支持率は前月に比べて6ポイントも減った。CDU・CSUの支持率は逆に5ポイント増えている。論壇では、緑の党の支持率が減ったのは、べアボック党首の臨時収入の申告漏れや党のウェブサイトの経歴の記入ミスだけではなく、2023年の炭素税の大幅引き上げも影響しているという見方が出ている。

CDU・CSUは具体的な数値目標をあえて明記せず

これに対しCDU・CSUはマニフェストに「炭素税の上昇の度合いを整理する」と記しただけで、具体的な数値は明記しなかった。また内燃機関を使う新車の禁止時期を明記せず、脱石炭の時期の前倒しや、高速道路の速度制限は拒否した。つまりCDU・CSUはあえて気候保護政策の細部を公表しないことによって、「わが党は、さまざまな禁止措置によって市民の生活を制限しない」というイメージを生もうとしている。

同じことは税制についてもいえる。緑の党は所得格差を減らすために、所得税の最高税率を45%から48%に引き上げ、富裕税を復活させると公約した。CDU・CSUは「増税は行わず、経済成長によって財源を増強する」と訴えている。「ドイツを変えよう」というスローガンを掲げて、野心的な数値目標を打ち出した緑の党と、現状維持を目指して政策の細部を霧の中に包んだCDU・CSU。9月26日の投票日に、有権者はどのような審判を下すだろうか。

最終更新 Mittwoch, 30 Juni 2021 14:53
 

ザクセン=アンハルト州で CDUが予想外の圧勝

6月6日にザクセン=アンハルト州で行われた州議会選挙で、与党キリスト教民主同盟(CDU)が世論調査機関の予想を覆し、第2党であるドイツのための選択肢(AfD)に大差をつけて圧勝した。この選挙結果は、連邦議会選挙の首相候補であるアルミン・ラシェット氏(CDU)にとっても追い風となる。

6日、議会選挙の勝利を祝うハーゼロフ州首相と妻のガブリエル氏6日、議会選挙の勝利を祝うハーゼロフ州首相と妻のガブリエル氏

AfDに約16ポイントの大差

CDUの得票率は、37.1%という高水準に達した。2016年の選挙に比べて得票率を7.4ポイントも増やした。第2位のAfDは前回から得票率を3.5ポイント減らし20.8%だった。CDUはAfDに対して16.3ポイントもの大差をつけた。「CDUとAfDの接戦になる」という大半の世論調査の予想は、完全に外れた。

CDUが勝ったのは、10年前から州首相を務めているライナー・ハーゼロフ氏が、市民の信頼をつなぎとめることに成功したからだ。特に同氏が、「AfDとは絶対に連立や協力を行わない」という態度を明確にしたことは重要だった。AfDは今年3月以来、連邦憲法擁護庁から「議会制民主主義に脅威を与える団体」として監視されている、事実上のネオナチ政党だ。

ザクセン=アンハルト州のCDUの中には、かつて「AfDとの連立の可能性を探るべきだ」と主張する者もいた。これに対しハーゼロフ氏が極右勢力への接近に反対した点は、特に女性や60歳以上の有権者から強く支持された。前回の選挙でAfDに投票した有権者のうち、約1万6000人が今回CDUに鞍替えした。彼らは、選挙前に「CDUとAfDが接戦を演じ、極右政党が第1党になる可能性もある」というニュースに恐れをなして、CDUに票を投じたのだ。

有権者は安定と継続を望んだ

ドイツの政界にはAmtsbonus(現職ボーナス)という言葉がある。現職の首相の政党は常に有利という意味だ。その意味でハーゼロフ氏の勝利は、今年3月のバーデン=ヴュルテンベルク州議会選でのヴィンフリート・クレッチュマン首相、ラインラント=プファルツ州でのマル・ドライヤー首相と似た面がある。有権者は安定を求めて「見慣れた顔」を選んだ。

これに対して振るわなかったのが、左派政党である。左翼党(リンケ)は前回の選挙に比べて得票率を5.3ポイント減らして11%、社会民主党(SPD)は2.2ポイント減らして8.4%とそれぞれ一敗地にまみれた。また緑の党の得票率は5.9%で、前回に比べて0.8ポイントしか伸びなかった。ザクセン=アンハルト州の有権者にとっては、社会的公正や雇用確保の方が、二酸化炭素の削減よりも重要だった。旧東ドイツでは、緑の党の支持基盤は旧西ドイツよりもはるかに弱い。緑の党のアンナレーナ・べアボック共同党首に臨時収入の申告漏れがあったという報道も、逆風となった。

中小企業経営者らに人気がある自由民主党(FDP)は、得票率を1.6ポイント増やして6.4%となった。「5%の壁」を越えてザクセン=アンハルト州議会に復帰することも、有権者が左派政党による実験ではなく、「経済と社会の安定」を選んだことを示している。

「宿敵」がラシェット氏の追い風に

さて、この選挙結果を聞いて、ドイツで最も喜んだのは、ラシェットCDU党首かもしれない。ザクセン=アンハルト州議会選挙は、9月の連邦議会選挙前の最後の州議会選挙であり、中央政局にとっても重要なリトマス試験紙になると見られていた。万一同州でCDUが前回に比べて得票率を大幅に減らし、AfDに首位を奪われていたら、ラシェット候補は党内で指導力を問われ、政治的な大打撃となるところだった。だがCDUの圧勝でそうした事態は避けられ、ラシェット氏は党首としての地位を固めることに成功した。

もともとラシェット氏とハーゼロフ氏の関係は、ぎくしゃくしていた。その最大の理由は、今年4月にラシェット氏とキリスト教社会同盟(CSU)のマルクス・ゼーダ―党首が首相候補の座をめぐって争った時に、ハーゼロフ氏がCDU内部の足並みを乱して、ゼーダ―氏を支持したからだ。ハーゼロフ氏は、世論調査でゼーダ―氏の人気がラシェット氏を上回っていたため、CSU党首の方が首相候補には適任と考えた。ハーゼロフ氏は、CDU役員会の中で最初にゼーダ―側についたために、ラシェット氏の不興を買っていた。

またハーゼロフ氏は、今年5月に「連邦政府が新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるために実行した非常ブレーキ政策は、一部の市民の間でAfDの人気を高めている」と述べ、メルケル政権に対する不満を表明。さらに「パンデミックのような緊急事態には、政府はワクチンを欧州連合(EU)を通じてだけではなく、独自のルートでも購入するべきだ」として、政府のワクチン政策を間接的に批判する発言をしている。

そのハーゼロフ氏がザクセン=アンハルト州での勝利により、図らずもラシェット氏の連邦議会選挙戦にとって強力な追い風をもたらしたことは、皮肉だろう。CDUは党内の意見の対立を克服して、一丸となって闘えることを内外に示した。ラシェット氏は、選挙後の記者会見で、満面の笑みを浮かべながら「CDUは、極右勢力から民主主義を守る堅固な砦だ」と述べた。確かに同党は、今回AfD支持者の票の切り崩しに部分的に成功した。彼はザクセン=アンハルト州での圧勝を跳躍台として緑の党からも票を奪い、連邦首相府の執務室に入るための闘いを続けるだろう。

※1147号本連載の「欧州連合(EU)諸国の中で、戦闘が続いている最中に外相をイスラエルへ送ったのは、ドイツだけだ」という文章は、「G7加盟国の中で、(以下同)」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。

最終更新 Donnerstag, 17 Juni 2021 12:37
 

イスラエル・ハマス紛争が再燃 ドイツ政府の苦渋の対応

5月20日、ドイツ連邦外務省のマース大臣は、イスラエルのテルアビブ郊外で、テロ組織ハマスのロケット弾で破壊された民家を視察した。2階の外壁には人間の身長を超える穴が開き、床はコンクリートの塊とガラスの破片で覆われている。壁は真っ黒に焦げ、1階のガレージの車もほぼ完全に破壊されていた。

5月20日、握手を交わすマース外相(左)とアシュケナジ外務大臣(右)5月20日、握手を交わすマース外相(左)とアシュケナジ外務大臣(右)

マース外相、イスラエルへの連帯を表明

この日、マース外相はイスラエル政府のネタニヤフ首相やアシュケナジ外務大臣と会談し、「私は皆さんに連帯感を示すために、ここにやって来た。イスラエルは、ガザ地区からのロケット弾による攻撃に対し自衛する権利がある」と述べた。さらに外相は「私たちドイツ人にとってイスラエルの安全は、ドイツに住むユダヤ人の安全と同様に、絶対に守らなくてはならないものだ」と歴代の政権の方針を強調した。

5月10日以来、ハマスはイスラエルに向けて約3000発のロケット弾を発射し、住宅やバスを破壊した。イスラエル側には12人の死者が出た。これに対しイスラエル軍は戦闘機やドローン、自走榴弾砲などでガザ地区のハマスの拠点を攻撃。その際には周辺の建物にも大きな被害が生じ、パレスチナ側には243人の死者が出た。その中には66人の子どもも含まれている。約1900人が重軽傷を負ったほか、多数のビルが破壊された。

イスラエル側の空爆については、一部の国やメディアから「やりすぎだ」という批判が出た。これに対しマース外相は「イスラエルのハマスなど武闘組織の拠点に対する攻撃は、正当防衛だ。これらの拠点から、イスラエルを狙ったロケット弾攻撃が行われている限り、イスラエルはそうした施設を攻撃する権利がある」と述べ、イスラエルを弁護した。同時に彼は、「民間人の死傷者が双方で増えている。これ以上の犠牲者を避けるために、一刻も早く停戦するべきだ」とイスラエル側に要請した。

停戦前に現地を訪問

マース外相がイスラエルを訪れた20日には、まだ停戦が実現していなかった。イスラエルの市街地では、時折ロケット弾の飛来を伝えるサイレンが鳴り響いた。G7加盟国の中で、戦闘が続いている最中に外相をイスラエルへ送ったのは、ドイツだけだ。メルケル政権の狙いは、イスラエルへの連帯感を強く示すことだった。アシュケナジ外相は、「ドイツは、われわれの自衛権を認めてくれた国の一つだ。ドイツは中東和平の糸口を探る上で重要な役割を演じている」と述べ、マース外相に感謝の意を表した。

マース外相はその後ヨルダン川西岸のラマラで、パレスチナ自治政府のアッバース大統領やシュタイエ首相とも会談し、停戦へ向けて努力するよう訴えた。パレスチナ自治政府とハマスの関係は必ずしも良好ではないので、アッバース大統領らの影響力は限られている。しかしマース外相は、ドイツ政府がイスラエルだけに肩入れしているという印象を避けてバランスを取るために、パレスチナ自治政府をも訪問したのだ。

ドイツの姿勢の背景にホロコースト

イスラエル政府とハマスの停戦交渉はエジプトとカタールを通じて行われ、5月21日に両者は攻撃を停止した。だが戦闘で流れた血はあまりにも多い。今回目立ったのは、イスラエルの一部の都市で、アラブ系イスラエル人とイスラエル右派勢力の衝突が起きたことだ。さらにエルサレム東部のシェイク・ジャラー地区からのパレスチナ系住民の強制退去や、アルアクサモスクの扱いをめぐる議論にも解決の糸口は見えていない。紛争の火種はくすぶり続けるだろう。

「ドイツはイスラエルの肩を持ちすぎではないか」と思う人もいるだろう。しかしこの路線は、ナチス時代の歴史を考えれば当然のことだ。ナチスは強制収容所を建設して約600万人のユダヤ人を虐殺したほか、あらゆる市民権を剥奪して財産を没収した。人類の歴史のなかで虐殺は頻繁に行われてきたが、社会の特定のグループの絶滅を目指して工場のような施設を造り、流れ作業で多数の市民を殺した民族はドイツ人以外にいない。ホロコーストは、生き残ったユダヤ人たちが中東に移住してイスラエルを建国する上で重要な動機の一つともなった。この犯罪への反省から、歴代のドイツ政府はイスラエルを強く支援する路線を堅持しているのだ。

メルケル政権、反ユダヤ主義を非難

さて、イスラエルとハマスの間で戦端が開かれると、ドイツでは決まってイスラエルの軍事行動に抗議するデモが行われる。今回もベルリンやフランクフルトなどでデモが繰り広げられたが、一部で反ユダヤ的な暴力行為が起きた。デュッセルドルフでは以前シナゴーグ(ユダヤ教の礼拝施設)があった場所で、何者かが慰霊碑の上にゴミを撒いて放火した。ミュンスターではイスラエルの国旗が焼かれ、ボンではシナゴーグの扉に石が投げられたという。ゲルゼンキルヒェンでは、約180人の群衆がシナゴーグの前に集まって、ユダヤ人を罵倒する言葉を叫んだ。

これに対し、メルケル首相やシュタインマイヤー大統領は、反ユダヤ的な暴力行為を強く非難し、「民主主義国家ドイツには、ユダヤ人に対する憎悪は絶対に許されない」と述べた。イスラエル政府の軍事行動が民間人に死傷者を出したことへの批判と、ユダヤ人差別をごちゃ混ぜにすることは、ドイツではタブーなのである。

最終更新 Freitag, 04 Juni 2021 10:47
 

連邦憲法裁の厳しい判決 政府はCO2削減強化へ

ドイツの連邦憲法裁判所(BVerfG)は時折、社会をアッと言わせるような判断を示すことがあるが、4月29日の判決も政界、経済界に衝撃を与えた。

昨年12月12日に開かれた社会民主党(SPD)のデジタルディベートキャンプで話す環境保護活動家のノイバウアーさん昨年12月12日に開かれた社会民主党(SPD)のデジタルディベートキャンプで話す環境保護活動家のノイバウアーさん

「気候保護法は部分的に違憲」の判決

BVerfGは2019年にメルケル政権が施行した気候保護法について、部分的に違憲という判断を下し、政府に二酸化炭素(CO2)削減のための努力を強化するよう命じたのだ。提訴していたのは、北海のペルヴォルム島に住むゾフィー・バックセンさん(22)と3人の兄弟、環境保護団体フライデーズ・フォー・フューチャーのドイツ支部長であるルイーゼ・ノイバウアーさんだ。バックセンさんらは、「私たちの母親はペルヴォルム島で農業を営んでいるが、地球温暖化によって海面が上昇しており、将来海水が地表を覆って、農業ができなくなる可能性がある。政府の気候保護政策が不十分であるために、われわれの将来の生活権が侵害される」と主張していた。

争点となった気候保護法はドイツ政府に対し、2030年までにCO2の排出量を1990年比で少なくとも55%減らすことを義務付けている。さらに政府は、2050年までにカーボンニュートラル(CO2排出量が正味ゼロの状態)を達成しなくてはならない。

将来の世代の負担増・基本権侵害を懸念

気候保護法は、2022~2030年の期間については、エネルギー業界や工業界などが毎年排出するCO2の上限値を明記している。しかし2031年から2050年の期間については、上限値を明記していない。

BVerfGは、「2031年以降の排出量の上限が明記されていないことは、法律の手落ちだ。これにより、将来の世代が今日の世代よりもCO2削減努力を強化することを強制されるかもしれない」と指摘。つまり2050年のカーボンニュートラルを達成するため、政府が対策を強化せざるを得なくなり、将来の世代が交通機関や職業を選ぶ自由を制限されるかもしれない。

裁判官たちは「現在の世代は、削減努力を怠ることのツケを、将来の世代に押しつけてはならない。これは世代間の公平の原則に反し、未来の人々の基本権を制限する恐れがある」と判断。彼らは、このため気候保護法は部分的に違憲であると認定し、メルケル政権に対してこの法律を2022年末までに改正するよう命じた。BVerfGの判決はドイツで最も強い拘束力を持ち、政府も従わなくてはならない。控訴や上告も不可能だ。そうした裁判所が、環境保護団体の若者たちの主張を部分的に認め、政府に対して将来のCO2削減策についても具体的に明記し、気候保護のための努力を強めるよう命じたのは、初めてのことだ。

緑の党にとって追い風となる判決

この判決は今年9月26日の連邦議会選挙にも影響を与えそうだ。実際、各党は競ってCO2削減に拍車をかけることを提案している。極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)を除けば、全ての政党がBVerfGの判決を歓迎した。

緑の党のアンナレーナ・ベアボック首相候補は「地球温暖化に歯止めをかけるための闘いにとって重要で、歴史的な判決」と高く評価。同氏は、「われわれが連立政権に参加した暁には、パリ協定の目標達成を最重要課題とし、経済の全ての分野について、カーボンニュートラルに到達するための道筋を具体的に決める」という方針を明らかにした。緑の党は、2038年に予定している脱石炭を8年早めるよう求めている。

またメルケル政権の連邦環境省は判決を受けて、気候保護目標を大幅に修正する方針を打ち出した。例えば、2030年のCO2の1990年比の削減幅を55%から65%に拡大するほか、カーボンニュートラル達成期限を2050年から2045年に早める。また、2040年のCO2排出量を1990年に比べて88%減らすという新しい目標も検討されている。

現在、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)への支持率は、予防接種の遅れなどコロナ対策の混乱やマスク汚職のために低下しつつある。逆に緑の党の支持率は上昇しており、第2ドイツテレビ(ZDF)が5月に発表した調査では、緑の党(26%)がCDU・CSUを1ポイント上回った。このため緑の党が連邦議会選挙後に連立政権入りするのは、ほぼ確実と見られている。AfDを除く全政党がBVerfGの判決を支持したのは、これ以上緑の党に支持者を奪われるのを防ぐためだ。ドイツのメディアには、「全政党が福島原発事故の直後に、右へならえと言わんばかりに一斉に脱原子力を支持した時に似ている」という論調もある。

産業界からは批判の声も

しかし、経済界からは判決について当惑する声も聞かれる。ドイツ機械工業連合会(VDMA)のティロ・ボドマン専務理事は、「将来の技術革新で、CO2削減は進むはずだ。だが今の時点では、技術革新の内容は分からない。そうした不確定性があるのに、2031~2050年のCO2排出量の上限を厳密に決めるのは難しい」と指摘。ドイツ自動車工業会も、「計画経済的な禁止措置よりも、競争などの市場メカニズムによってCO2削減を加速するべきだ」と主張している。

ただし、ドイツ市民のBVerfGへの信頼感は強い。市民の間でも「現在の便利さを減らしてでも、子どもや孫たちが住みやすい環境を守らなくてはならない」という意識が高まるだろう。この国で経済グリーン化の傾向がますます強まることは確実だ。

最終更新 Donnerstag, 20 Mai 2021 08:50
 

<< 最初 < 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 > 最後 >>
14 / 114 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express SWISS ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作