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メルケル首相が前代未聞の謝罪会見

ドイツ政府のコロナ対策が迷走し、アンゲラ・メルケル首相の指導力が低下している。ワクチン投与の遅れなどについて市民の不満が高まり、メルケル首相が属する保守党の支持率が激減している。

3月24日、特別休日の取り消しを発表したメルケル首相3月24日、特別休日の取り消しを発表したメルケル首相

復活祭・特別休日をめぐる混乱

3月24日にメルケル首相が行った臨時記者会見は、政府の危機管理機能の低下を浮き彫りにした。首相は憔悴(しょうすい)した表情で「昨日われわれは、ウイルスの感染拡大に歯止めをかけるために、4月1日と3日を特別休日にすると発表した。しかし短い準備期間で新しい休日を導入することは不可能であり、さまざまな悪影響が出ると分かったため、決定を撤回する」と述べた。

なぜこのような事態が起きたのか。メルケル首相は22日午後2時に州首相たちとオンライン会議を始めた。首相は、約11時間に及ぶ議論の末、23日午前3時頃に、「4月の第1週に、2日間の特別休日を設定する」という施策を発表した。復活祭の祝日は毎年変わるが、今年は週末を挟む4月2日(金)と5日(月)が祝日だった。このためメルケル政権は1日(木)と3日(土)を特別休日にすることで、5日間にわたり市民の外出、他人との接触を大幅に減らそうとしたのだ。

しかし新たな休日の設定には、法律の改正が必要だ。メルケル首相たちは、10日足らずで法律を改正するのは不可能であることを見逃していた。彼らは深夜まで議論していたために、官僚たちと細部を詰めないまま、特別休日の導入を発表してしまった。

休日の導入は経済活動に大きな影響を及ぼす。企業経営者たちからは、強い反対の声が上がった。彼らは「休日を増やすと、売上高や収益が減る。4月1日を休日にすると、スーパーマーケットなどへの食料品の運送ができなくなる」と批判。ドイツの企業では休日労働は原則として禁止されている。社員を休日に働かせる場合、企業は特別手当を払わなくてはならない。

こうした批判を受けて、メルケル首相は前日の決定を急遽取り消した。首相は、「われわれは、休日導入がどのような影響を与えるかを十分に考えないまま、決定を行ってしまった。失敗の責任は、私1人だけにある。市民を困惑させたことについて、私は心から謝罪する」と述べた。ドイツが1949年に建国されて以来、連邦政府の首相が政策ミスを理由に謝罪したのは初めてだ。さらにメルケル政権は3月23日にカトリック教会・プロテスタント教会の指導者に対して、感染のリスクを減らすために、信者が教会に集まる形式での復活祭のミサを行わないよう要請していたが、教会から強い反発を受けたため、これも撤回した。

予防接種・簡易検査・休業補償支払いも遅れ

この失態が起きる前にも、すでに国民のメルケル政権への不満は高まっていた。ドイツのコロナワクチンの投与率は米国、英国、イスラエルなどに比べて大幅に低く、3月末の時点でも家庭医(ハウスアルツト)による予防接種が始まっていない。2月16日にイェンツ・シュパーン連邦保健相は、「3月1日以降全ての国民に無料で簡易抗原検査を実施する」という方針を発表したが、3月7日に「簡易検査を全国至る所で実施はできない」と述べ、発言を事実上撤回した。政府は昨年11月以降ロックダウンによって営業を禁止されているレストランや劇場などの経営者に休業補償を支払う方針を明らかにしたが、12月分の支払いが始まったのは、今年2月になってからだった。

さらに今年2月には、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の4人の議員が、民間企業のマスクを官庁に斡旋する見返りに多額の手数料を受け取っていた疑いが浮上し、検察庁が捜査を開始した。一部の議員たちがパンデミックを利用して私腹を肥やしていたことについて、市民の怒りが強まっている。

CDU・CSUの支持率が10ポイント減少

このため市民のCDU・CSUに対する見方は厳しさを増している。世論調査機関インフラテスト・ディマップの政党支持率調査によると、CDU・CSUへの支持率は、2015年にメルケル首相がシリアから多数の難民を受け入れて以来、20%台後半に落ち込んでいたが、昨年3月のコロナ・パンデミック第1波以降は、支持率が39%に急上昇した。ところが国民の間でコロナ対策への不満が強まり、CDU・CSUへの支持率は今年3月には29%に急落。昨年5月に比べると10ポイントもの減少だ。

アレンスバッハ研究所の世論調査結果によると、昨年4月に「政府のコロナ対策に満足している」と答えた市民の比率は75%だったが、今年3月には30%に激減した。「政府のロックダウンに伴う制限措置にはいらいらさせられる」と答えた人の比率は、41%から57%に増加している。こうした世論の動きを反映し、今年3月14日にバーデン=ヴュルテンベルク州とラインラント=プファルツ州で行われた州議会選挙では、CDUの得票率が過去最低の水準に落ち込んだ。

メルケル政権は、国民に対し予防接種と検査拡充がコロナ禍克服の決定打になるという希望を与えたが、今のところ、この約束を果たしていない。市民の間では、「他国に比べてドイツのコロナ対策は順調に行われている」という確信が日一日と薄れている。メルケル政権の政策が行き当たりばったりで整合性が取れていないことから、CDU・CSUは市民の信頼感を失った。この失望感は、今年秋の連邦議会選挙の結果にも影響を与えるだろう。われわれは、約16年間続いたメルケル時代の「落日」を目撃しつつある。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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