独断時評


初の地域ロックダウン第2波への不安

パンデミックの第1波を乗り越えて、日常生活を取り戻しつつあるドイツ社会に、冷水を浴びせるような出来事が起きた。

クラスターが発生したNRW州にあるテニエス社の食肉加工場クラスターが発生したNRW州にあるテニエス社の食肉加工場

ギュータースローなどで再び接触制限令

ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州政府は、6月23日に同州北東部のギュータースローなどで新型コロナウイルス感染者数が増加したため、二つの郡に接触・外出制限令を施行した。メルケル政権が5月にロックダウンを緩和して以来、特定の地域に限定した接触・外出制限令が発布されたのは初めてだ。

ギュータースロー郡では2週間、ヴァ―レンドルフ郡では1週間にわたり、屋内でのイベントやスポーツ、バーや映画館の営業が禁止されたほか、家族を除いて2人以上の市民が集うことも禁じられた。約64万人の市民が影響を受けた。

集団感染(クラスター)の発生は、他州でも「ウイルスが持ち込まれるのではないか」という不安を引き起こしている。例えばシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州政府は、「ギュータースローとヴァ―レンドルフ郡の市民がバカンスなどのために入境した場合、2週間の隔離を命じる」と発表。またメクレンブルク=フォアポンメルン州のある島のホテル経営者は、ギュータースローからやって来た観光客の滞在を拒否して追い返した。これは他州の市民への偏見と差別である。

ロックダウンを躊躇した州首相

クラスターが見つかったのは、ギュータースローにあるテニエス社の食肉加工場。約7000人が働く同工場で、6月24日の時点で1553人がウイルスに感染した。NRW州政府は連邦軍の支援も受けて、従業員と家族全員にPCR検査を行っている。政府は作業場での労働条件などについて、厳しく調査する方針だ。さらに、加工場と関連のない住民75人からも陽性反応が出ており、市内感染の可能性も浮上している。

ギュータースローの保健所が食肉加工場で最初の感染者を確認したのは、6月17日。同郡はこの日に学校や託児所を閉鎖した。NRW州のラシェット首相(キリスト教民主同盟・CDU)は当初、「食肉加工場を除けば、感染者の数はそれほど多くない」として、この郡でのロックダウンを躊躇した。

しかし5月にメルケル政権は、「直近1週間の新規感染者の数が人口10万人あたり50人を超えた場合には、地域的なロックダウンを再開する」という方針を打ち出していた。ロベルト・コッホ研究所(RKI)によると、6月23日の時点でギュータースローの直近1週間の新規感染者数は10万人あたり約270人、ヴァーレンドルフでは66人。連邦政府が取り決めた「非常ブレーキ」の基準を超えたため、ラシェット首相も地域的なロックダウンに踏み切らざるを得なかった。野党の社会民主党(SPD)や緑の党は、「ラシェット氏のコロナ対策は出足が鈍い」と批判していた。

ラシェット首相は16人の州首相の中で、最もロックダウンに批判的な政治家の1人だった。4月14日には「ロックダウンは、経済に大きな損害を与える。封鎖措置を段階的に緩和していくべきだ」と述べ、連邦政府に迅速に出口戦略を示すよう強く求めていた。

他州でもクラスター発生

クラスターはほかの地域でも発生している。ニーダーザクセン州のゲッティンゲンの高層住宅では100人を超える住民がウイルスに感染し、約700人が隔離された。同州のヴィルデスハウゼンの食肉加工場、ベルリンのノイケルン地区やフリードリヒスハイン地区の集合住宅でも、集団感染が起きている。

政府は、感染速度を推定する目安として、実効再生産数(R)という数値を使う。Rが1ということは、1人の感染者が1人に感染させることを意味する。ウイルスが猛威を振るっていた3月10日頃にはドイツのRは3.3だった。その後ロックダウンによって、3月下旬から約3カ月にわたってRは1前後で推移。先月は一時Rが0.7まで下がり、シュパーン保健大臣は「ウイルスを制御できるようになった」と発言していた。だがギュータースローなどのクラスターのために、6月22日にはRが2.88まで急上昇した。これは、ドイツ社会に対する警戒信号である。

「第2波に備えて警戒態勢の強化を」

ベルリン・シャリテー病院のドロステン教授は「われわれが知らない間に、ウイルスが拡大している可能性がある。ウイルスがクラスターの発生地域から別の地域へ広がらないようにすることが重要だ」と述べた。さらに教授は「1カ月後の状況について、私は楽観的になれない。今警戒態勢を強めないと、2カ月後にウイルスが広範囲に拡大するかもしれない」と語り、秋から冬にかけて第2波が到来する可能性を示唆した。

RKIのヴィーラ―所長も「今後も局地的なクラスターが発生するだろう。警戒を怠らずに、最低距離やマスク着用などの規則を守らなくてはならない。これが今後数カ月にわたって続く、新しい日常となる。第2波を防げるかどうかは、1人1人の行動にかかっている」と述べ、過度に楽観的にならないよう戒めた。

6月に入ってオフィスでの仕事を再開したり、バカンス旅行を計画する市民が増えた。コンサートが部分的に再開されるなど、街は活気を取り戻しつつある。だがワクチンが開発されない限り、人類が油断すると何度でもウイルスが襲いかかってくる可能性があることを、頭の片隅に置いて行動する必要がある。

最終更新 Mittwoch, 08 Juli 2020 15:39
 

メルケル政権はコロナ・デフレを防げるか?

新型コロナウイルスの新規感染者数は減っているが、パンデミックの経済への打撃は深刻化する一方だ。そうしたなか、メルケル政権は不況の悪影響を緩和するために大規模な景気刺激策を発表した。

3日、コロナ危機における景気パッケージについて発表するメルケル首相3日、コロナ危機における景気パッケージについて発表するメルケル首相

ドイツで初の付加価値税引き下げを断行

連邦政府が6月3日に公表した「景気パッケージ(Konjunkturpaket)」の総額は、約1300億ユーロ(15兆6000億円・1ユーロ=120円換算)に上る。メルケル首相と共に記者会見に臨んだショルツ連邦財務大臣は、この不況対策の規模について「ドカーン(Wumms=ヴムス)という感じです」と形容した。

パッケージの最大の目玉は、付加価値税の引き下げだ。メルケル政権は、今年7~12月に限り付加価値税率を19%から16%に下げることを決めた。また、食料品は7%から5%に引き下げる。

この措置によって、200億ユーロ(2兆4000億円)の負担が軽減されるという。政府は特に低所得層の負担を減らしたり、コロナ危機によって減退している市民の購買意欲を高めることにより、景気の底上げを図る。ドイツで付加価値税が引き下げられたのは、今回が初めてだ。この決定は、多くの報道関係者や経済学者を驚かせた。

ただし、この減税が本当に消費を増加させ、景気の下支えにつながるかどうかは、未知数だ。今後ドイツでは失業者数が増えていく。雇用に不安がある人は、消費に走らず財布の紐を固く締めるだろう。

またドイツの付加価値税は内税だ。税金が減っても、企業が小売価格を下げるという保証はなく、価格を変えなければ企業の収益は増える。政府は企業に対し、商品の値段を下げて減税分を消費者に還元するよう強制することはできない。「企業は売上高を増やすために、値下げするだろう」という予想も出ているが、今回の引き下げがどの程度市民の消費を促進するかは、ふたを開けてみないと分からない。

政府が小売店などに資金援助

連邦政府は、小売店、飲食店、ホテルなどコロナ危機で売上高が大幅に減った事業所に対し、3カ月につき最高15万ユーロ(1800万円)まで固定費用をカバーする。例えば売上高が70%減った企業には、国がコストを80%まで支払う。メルケル政権は、この「つなぎ援助金」のために250億ユーロ(3兆円)を投じるという。さらに、子ども1人につき300ユーロ(3万6000円)の「家族ボーナス」を出して、市民の消費意欲を高める。その総額は43億ユーロ(5160億円)に上る。

小売店や企業の売上が激減し、地方自治体の営業税収入も減っている。このため連邦政府は、地方自治体の営業税収入を最大59億ユーロ(7080億円)補填。また地方自治体は、長期失業者に給付金「ハルツIV」だけではなく、家賃も支払っているが、連邦政府は40億ユーロ(4800億円)を投じて、長期失業者の家賃を肩代わりし、地方自治体の負担を軽減する。

自動車補助金で気候保護に配慮

ドイツの物づくり業界の屋台骨である自動車産業は、コロナ危機で車への需要が激減したために苦境に陥っている。そこでメルケル政権は、自動車メーカーの支援にも乗り出した。

大連立政権のうち、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は全ての車種に補助金を出すべきだとしていた。これに対し、連立パートナーの社会民主党(SPD)は、「温室効果ガスの削減努力をしている時に、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンを積んだ車にも補助金を出すのはおかしい」と反対した。

その結果、メルケル政権は内燃機関を持つ車には新車購入補助金を出さず、電気自動車(EV)やプラグイン・ハイブリッド車を買う市民だけに補助金(6000ユーロ=72万円)を出すことを決めた。つまりドイツ人たちは、コロナ対策においても、温室効果ガスの削減を重視したのだ。この支援措置には22億ユーロ(2640億円)の予算が投じられる。

心理的効果でコロナ・デフレ防止を狙う

ドイツでは、今年1月から再生可能エネルギー賦課金や、電力の送料である託送料金の増加により、電力料金が上昇傾向にある。

メルケル政権は市民の負担を軽減するために、賦課金の上昇を防ぐ措置に踏み切った。現在、再生可能エネルギー賦課金は電力1キロワット時当たり6.8セントだが、政府の補助によって2021年は6.5セント、2022年は6セントを超えないようにする。連邦政府はこの措置のために11億ユーロ(1320億円)を投じる。賦課金を廃止しないのは、電力消費量に再生可能エネルギーが占める比率を2030年までに65%にするという目標を達成しなくてはならないからだ。

今回の景気パッケージには57項目の対策が列記されているが、そのうち半分近く(24項目)はエネルギー転換や気候温暖化対策に関するものだ。項目の数を増やすためか、水素エネルギーの拡大や住宅の暖房効率強化など、過去に発表されていた施策も混ざっており、本当に新しい政策は少ない。

しかし、メルケル首相は「Wumms」という大音響とともに景気対策を公表することで、人々の不安を減らし、コロナ不況と闘うための自信を与えようとしたのだろう。いわゆるコロナ・デフレの防止が先決なのだ。このパッケージが今年後半の成長率の低下にどの程度の歯止めをかけるか、注目される。

最終更新 Donnerstag, 18 Juni 2020 10:13
 

ロックダウン大幅緩和 一部の州で集団感染も

新型コロナウイルスの拡大を防ぐために、3月23日にドイツで未曽有の「接触・外出制限令」が発令されてから約2カ月。「冬眠状態」にあったこの国に、ようやく活気が戻り始めた。

5月25日、記者会見で話すテューリンゲン州のラメロウ州首相5月25日、記者会見で話すテューリンゲン州のラメロウ州首相

ホテルや劇場も再開へ

5月6日にメルケル政権がロックダウン緩和の方針を発表して以降、マスク着用や1.5メートルの最低距離を取ることを条件に、商店、レストラン、喫茶店、ビアガーデン、理髪店などが徐々に営業を再開。教会のミサやモスクでの礼拝も許可された。さまざまな制約付きとはいえ、今後はホテル、劇場、映画館、コンサートホールなども再開されていく。

工場やオフィスに戻る人も、少しずつ増えていくだろう。国内旅行や、欧州連合(EU)域内でのバカンスを計画する人々もいる。「わが国はパンデミックの第1期をうまく乗り切った」とする連邦政府は、感染者数が急増しない限り、接触・外出制限令を6月29日に終える方針を明らかにした。

一部の州政府のロックダウン緩和競争

3月後半にロックダウンが宣言された時、連邦政府と州政府は一致団結していた。ところが今ではコロナ対策の一枚岩は崩れた。一部の州政府が足並みを乱し、ロックダウン緩和を急いでいるからだ。

特に5月24日にテューリンゲン州のラメロウ首相が行った発言は、連邦政府を驚かせた。彼は「わが州は、これまでの緊急事態モードから通常モードに切り替える。6月6日以降はマスク着用義務や1.5メートルの最低距離などの規制事項を州全体で適用するのをやめ、新型コロナウイルスの拡大状況に応じて、地域的に実施する」と述べたのだ。

首相は後に「全廃するとは言っていない。こうした措置を法律で強制するのではなく、市民が他者を守るために自発的に行うようにするのが、私の希望だ」と発言を若干修正したものの、連邦政府やほかの州政府からは批判の声が上がった。

バイエルン州のゼーダ―首相は、5月25日のARDでのインタビューで「マスク着用義務や1.5メートルの最低距離は、コロナ対策の基本中の基本だ。ウイルスが消えたわけではないのに、そうした義務を廃止するのは早すぎる」と述べた。

旧東独で高まる撤廃要求

ラメロウ氏が大幅緩和を求める理由の一つは、テューリンゲン州の新規感染者数が、ほかの州よりも少ないことだ。ロベルト・コッホ研究所によると、5月26日のテューリンゲン州の新規感染者数はわずか6人で、バイエルン州(130人)やノルトライン=ヴェストファーレン州(97人)に比べて大幅に少なかった。

ザクセン州政府も、積極的な緩和派だ。同州でこの日確認された新規感染者数は5人。また、同州で5月26日までの1週間に確認された感染者数は、人口10万人当たり2.2人で、バイエルン州(5.6人)の半分以下だ。このため同州のケッピング保健大臣は、「もしも新規感染者数が低い水準で推移すれば、わが州も6月6日以降、規制を大きく変更する」と述べた。

各州の政府が緩和競争を始めたのは、5月6日にメルケル首相が接触・外出制限などを緩和する方針を発表する前後からだった。例えばニーダーザクセン州政府は、メルケル首相の発表の2日前に、「5月11日からレストランの営業再開を許す」と発表。バルト海に面した観光地を持つメクレンブルク=フォアポンメルン州政府は、「5月9日からレストランの営業を解禁する」と宣言した。

一部の州が緩和を急ぐ理由は、飲食店・小売業界などで、ロックダウンのために苦境に陥る経営者が増えているからだ。連邦労働庁が4月30日に発表した統計によると、ドイツの失業者数は3月には約234万人だったが、4月には約264万人になった。ドイツでは通常4月になると悪天候の日が減って建設労働者が働きやすくなるため、失業者数は減る。つまり4月に失業者数が約13%増えたのは、異常な事態だ。

教会やレストランで集団感染

この国が「平時」に近づきつつあることは、喜ばしい。だが大半のウイルス学者たちは「秋から冬にかけてパンデミックの第2波が来る可能性が高い」と予想しており、油断は禁物である。

例えば一部の州では、ロックダウン緩和から1カ月も経たないうちに、クラスター(集団感染)が発生した。フランクフルトのある教会では、5月10日にミサが行われたが、信徒やその家族が次々に新型コロナウイルスに感染。感染者数は5月27日の時点で133人に上り、重症化して集中治療室に収容された人もいる。信徒たちは接触制限令を守らず、マスクを着けずに讃美歌を歌っていたという。

またニーダーザクセン州のレーアという街のレストランでは、5月15日に再開を祝う内輪のパーティーを行った後、感染者が続出。5月27日までに客や従業員23人の感染が確認された。これらの出来事は、最低距離やマスク着用義務を軽視することの危険性を浮き彫りにしている。

ロックダウン緩和は、ウイルスの消滅を意味するわけではない。過度に神経質になるのも良くないが、ワクチンが開発されない限り、ウイルスが人類に再び襲いかかる機会を伺っていることを、われわれは頭の片隅に置いておくべきではないだろうか。

最終更新 Dienstag, 02 Juni 2020 17:04
 

コロナ対策にも悪影響?憲法裁による違憲判決の衝撃

欧州諸国が新型コロナウイルスとの闘いを続けるなか、5日にカールスルーエの連邦憲法裁判所が下した判決は、欧州連合(EU)全体を揺さぶる激震となった。

5日、カールスルーエにある連邦憲法裁判所の様子5日、カールスルーエにある連邦憲法裁判所の様子

ユーロ圏の足並みを乱す判決

憲法裁は、「欧州中央銀行(ECB)がユーロ圏の金融緩和政策として、2015年以来PSPP(公共部門購入プログラム)の名の下に2兆ユーロ(240兆円・1ユーロ=120円換算)を超える国債を買い取ってきたことは、市民の財産権を侵害し、ドイツの憲法に部分的に違反している」という判決を下した。経済大国・ドイツとEUの対立をエスカレートさせ、コロナ危機で苦戦するユーロ圏諸国の足並みを乱すことは確実だ。

「金融緩和策が市民の財産権を侵害」

EU首脳とECBにとって、この判決は寝耳に水だった。PSPPは、ECBが2009年に表面化したユーロ危機の後遺症を緩和し、加盟国の景気を下支えするために、各国の中央銀行と共に行ってきたものだ。ECBは国債を買い取ってユーロ圏に膨大な流動性を供給することにより、ユーロ圏の物価上昇率を2%まで引き上げることを目指していた。

ECBの総裁だったドラギ氏は2012年に「ユーロを守るためには、どのような方法も使う」と公言し、債務危機を鎮静化させることに成功。だが歴史上例のない超金融緩和政策は、重い副作用も生んだ。憲法裁によると、PSPPはユーロ圏内の金利水準を低下させたため、市民の生活に多大な悪影響を与えた。これまでもドイツでは「低金利政策で、老後の備えが大幅に減った」という不満が強まっている。

連邦政府、議会をも批判

憲法裁の裁判官たちは、「PSPPの目的に比べ、市民が受けた不利益はあまりにも大きかった。しかし連邦政府、連邦議会も国債買取りによる市民生活への悪影響が大きくなっていることに対し、手を打たなかった」と指摘。「ECBの国債買取りプログラムは、国民の基本権を侵害しており、部分的に違憲」と断じた。

ちなみに連邦銀行(ブンデスバンク)も、他国の中央銀行と共にPSPPに加わっている。憲法裁は、「今後3カ月以内に、ECBがPSPPの利点と市民への悪影響の間で均衡が取れていることを納得できる形で説明しない限り、ブンデスバンクがECBの国債買取りに参加し続けることは許されない」と釘を刺した。

初めて欧州司法裁の判決に異論

今回の判決の中で特に注目される点は、ドイツで最も権威のある裁判所が、EUで最も重要な裁判所である欧州司法裁判所に「楯突いた」ことだ。2018年に、欧州司法裁は「PSPPはEU法に照らして合法だ」という判決を下していた。だが憲法裁は今回の判決の中で、「欧州裁の判決は誤っており、全く理解できない」という厳しい言葉で批判。ドイツの憲法裁が欧州司法裁の判決と食い違う結論に達したのは、戦後初だ。

今回の判決は、ECBのドラギ前総裁の「いかなる方法でもユーロを救う」という発言に対する、ドイツ司法部の痛烈な批判だ。今後ユーロ圏では、市民の財産に十分配慮しない限り、ECBが加盟国を支援するために無制限の資金投入を行うのは難しくなるだろう。

EU、仏伊は判決を厳しく批判

一方EUは、憲法裁の判決に強く反発している。欧州委員会では、「今回の判決は、EU法が各国の国内法に優先するという事実を無視し、ECBの独立性を否定するものだ」という意見が強まっている。フォンデアライエン欧州委員長は、ドイツに対しEU条約違反の疑いで調査を検討していることを明らかにした。

また欧州司法裁は、5月5日に異例の声明を発表。「EUに属する機関の行為がEU法を侵害していないかどうかを判断する権限を持つのは、欧州司法裁だけである。EU加盟国の裁判所がこの権限を疑問視することは、EUの法的な統一性を脅かす可能性がある」と指摘した。つまりEU側は、「EU法は各国の国内法を超越して適用される法律であり、ドイツの憲法裁にはECBの政策を違憲と判断したり、欧州司法裁の判決を批判したりする権利はない」と主張しているのだ。

コロナ危機下の国債買取りにも悪影響か

このコロナ危機で、ドイツはほかの欧州諸国から尊敬されていた。ドイツの病院は、ピンチに陥ったイタリアやフランスの病院から重症者約150人を受け入れ、命を救っている。だが、今回の憲法裁の判決はその状況を一変させた。フランスやイタリア政府の閣僚たちは「EU法はECBの独立性を保証しており、欧州司法裁の判決は全加盟国に対する拘束力を持つ。ドイツの憲法裁の判決は、EUの安定にとって百害あって一利なしだ」として、怒りを露わにしている。

ECBはコロナ危機が景気に及ぼす悪影響を減らすために、7500億ユーロ(90兆円)を投じて、加盟国の国債や社債を買い取る方針だ。憲法裁の判決は、このコロナ対策を禁止するものではない。だが憲法裁がECBの国債買取りを批判したことは、コロナ危機をめぐるEUの結束にも大きな影を落とすことだろう。

三権分立を重んじるメルケル政権は、憲法裁の決定に介入できない。しかしドイツ政府はコロナ危機下で、EUとの関係を悪化させることもできない。ロックダウン緩和や雇用対策などで手一杯のメルケル首相の肩に、また一つ重荷が加わった。

最終更新 Mittwoch, 20 Mai 2020 14:25
 

ロックダウン緩和開始とウイルス拡大への懸念

ドイツは主要先進国の中では最も早く、コロナ危機に伴うロックダウンの部分的な解除に踏み切った。だがウイルス学者の間では、経済活動などの早急な再開について、「ウイルスの拡大を加速する危険がある」という警告も出ている。

ベルリンでは、4月27日から公共交通機関の利用時にマスク着用が義務化されたベルリンでは、4月27日から公共交通機関の利用時にマスク着用が義務化された

部分的な「正常化」への動き

まず各州政府は、4月20日以降、面積が800平方メートル以下の商店の営業再開を許可し始めた(具体的な再開日には、州の間で違いがある)。自動車、自転車、書籍を売る店などは、面積にかかわらず再開を許可。ただし、店内では顧客は最低1.5メートルの間隔を取らなくてはならず、マスク着用も義務づけられた。また、学校も徐々に再開されている。たとえばノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州では、4月23日にアビトゥーア(大学など高等教育機関への入学資格試験)を控えた生徒たちの授業を再開し、5月4日から小学校の授業も部分的に始まった。

ドイツは連邦制の国なので、防疫政策の最終的な決定権は各州政府が握っている。このため、学校再開の日程などに州の間で違いがある。特に南と北に温度差が目立つ。NRW州のラシェット州首相は、教育や経済活動の早期の再開へ向けて積極的だ。これに対し、バイエルン州はNRW州よりも慎重で、授業や商店の再開時期もやや遅い。この背景には、バイエルン州の感染者数がドイツで最も多いという事実もある。

それでも社会全体の流れが、「ロックダウンの部分的な緩和」へ向けて進んでいることは間違いない。5月4日からは、慎重なバイエルン州政府ですら教会のミサや集会を人数の制限付きで許可し始めたほか、理髪店や美容院の営業も再開された。

ロックダウンで独経済に深刻な打撃

緩和の背景には、食品販売や薬局を除く多くの商店が、3月以来、売上高の急減・経営難に苦しんでいるという事実がある。ドイツ小売業協会(HDE)によると、食料品を除き、営業禁止措置のために小売店業界が1日ごとに失う売上高は、11億5000万ユーロ(1380億円・1ユーロ=120円換算)に達する。また、ドイツ商工会議所(DIHK)が4月3日に発表したアンケート結果によれば、ドイツの企業・事業所の43%で業務が完全に停止しているという。

レストランや酒場、クラブ、ホテルなどは、ロックダウン緩和の対象にまだ含まれていない。HDEによると、飲食店の91%、旅行関連企業の82%が全く営業していない状態だ。ホテル・飲食業連合会(Dehoga)は「4月末までに、100億ユーロ(1兆2000億円)の売上額が失われる。このままでは、会員企業の3分の1に相当する約7万の企業や飲食店が倒産するだろう」と警告している。

経済界は4月20日以降、商店の部分的な再開が許されたことを歓迎しているが、「なぜ800平方メートル以下の店だけが営業を許されるのかの理由が曖昧だ。レストランやホテルについては、将来の営業の見通しが全く立たない」という不満の声もある。一部の行政裁判所は、「面積が800平方メートルを超える店の営業を許さないのは、適法ではない」という判断を示している。これに対し政府は、「繁華街が多数の市民で混雑するのを防ぐためには、商店の営業再開は段階的に行う」と説明した。

学界からはロックダウンの早期緩和に批判の声

メルケル首相は、「せっかく国民の努力によって感染拡大の速度が抑えられているのに、外出制限措置を急に解除することで、ウイルス拡大が再び加速されたら、元も子もない」と述べて、各州政府に対し拙速を戒めている。

この背景には、ウイルス学者たちの慎重な姿勢がある。1人の感染者が何人に感染させるかを、「再生産数=R」と呼ぶ。これは市民の間の感染速度を推測する手掛かりとなる数字だ。ロベルト・コッホ研究所によると、3月10日には1人の感染者が3人に感染させていた。外出制限令の施行や、気温の上昇によって、4月17日の時点ではRが0.7に下がった。だが、ロックダウンを緩和すると外出する人が増えて、感染速度が再び加速される可能性がある。実際、復活祭には初夏のような陽気に誘われて外出する人が増えたため、4月27日にはRが再び1に増えてしまった。

ドイツには現在人工呼吸器付きの集中治療室(ICU)が約1万3000床空いている。だがメルケル首相が4月15日に説明したところによると、Rが1.2に増えると今年7月にはICUの余裕がなくなってしまう。また、新型コロナウイルスは秋から冬にかけて気温が下がり始めると再び活発になる危険があり、一部のウイルス学者は「秋以降に第二波が来る可能性がある」と述べている。1918年から2年間にわたり全世界で流行したスペイン風邪でも、秋以降に第二波が襲来した。ベルリン・シャリテー病院のドロステン教授も、「ドイツは早めに準備を始めたので、これまでのところはイタリアやスペインのような事態を避けられた。今慌ててロックダウンを緩和して、事態を悪化させてはならない」と警鐘を鳴らしている。

学界では、新型コロナウイルスに対して有効なワクチンが開発され、実際に投与が始まるのは早くても2021年になるという見方が有力だ。メルケル政権は、市民の生命を守りながら、景気後退の悪影響を最小限にとどめるという難しい綱渡りを、今後長期間にわたって迫られるだろう。

最終更新 Donnerstag, 14 Mai 2020 17:02
 

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