独断時評


外出・接触制限の効果は?経済界が求める「出口戦略」

パンデミックは深刻化する一方だ。全世界の新型コロナウイルス感染者数が100万人を突破し、各国で死者数が増加している。日本政府は7日に緊急事態宣言を発令し、7都府県の市民に外出自粛を要請した。

7日、報道陣の前で話すロベルト・コッホ研究所のヴィーラー所長7日、報道陣の前で話すロベルト・コッホ研究所のヴィーラー所長

感染拡大速度に低下の兆候

ドイツの感染者数も、6日に10万人を超えた。しかし感染者の増加速度に変化が見え始めた。連邦政府、各州政府が外出・接触制限令を施行してから約2週間近く経った3日、ロベルト・コッホ研究所のヴィーラ―所長は、「制限令が導入されて以来、ウイルスの拡大速度が鈍り始めた」と述べ、政府の措置が一定の効果を見せていることを明らかにした。

ヴィーラ―所長は、「過去数週間には感染者1人が5~7人にウイルスを感染させていたが、ここ数日間は、感染者がウイルスを伝播する数が1人に減った」と語った。世界保健機関(WHO)の統計によると、3月の第2週目には、ドイツの感染者数は3日間で倍増。しかし4月2日の時点では、倍増にかかる日数が10日に増えていた。メルケル政権は、「重症者の数が急増して、イタリアやスペインのように人工呼吸器や集中治療室が足りなくなる事態を防ぐには、倍増日数を少なくとも14日に伸ばす必要がある」と主張している。

国民の大半が制限令を支持

このためメルケル首相は、直ちに外出・接触制限令を緩和することに反対する姿勢を打ち出した。首相は3日に発表したビデオ演説の中で、「今慌てて制限を緩めると、再び感染拡大速度が高まって、規制の強化が必要になる。そうした事態を避けるためには、復活祭の休暇にも外出制限令を守り、国内旅行や遠足などをやめていただきたい」と国民に訴えた。

ドイツ国民の大半は、メルケル政権の外出・接触制限令に理解を示している。公共放送局ARDが2日に公表した世論調査結果によると、回答者の72%が「メルケル政権のコロナ対策に満足している」と答えたほか、63%が「政府の仕事ぶりに満足している」と回答。63%という比率は、ARDが約20年前にこの世論調査を始めてから最高の数字だ。また回答者の93%が、「外出・接触制限令に賛成だ」と答えている。

「出口戦略」を求める経済界

これに対し産業界や経済学者たちからは、「メルケル政権はどういう条件が整えば現在の経済シャットダウン状態を緩和するのかについて、『出口戦略』を示すべきだ」という声が強まっている。この背景には、コロナ危機が国民経済に及ぼす悪影響が、日に日に深刻化しているという事実がある。

ドイツ商工会議所(DIHK)によると、現在ドイツ企業のほぼ半数が休業状態だ。その比率は、旅行業界と飲食業界では80%、小売業界では68%に上る。ドイツ小売業協会(HDE)は、3月16日の時点で「食料品を除くと、コロナ危機のために小売店業界が1日ごとに失う売上高は、11億5000万ユーロ(1380億円・1ユーロ=120円換算)に達する」と述べていた。4月1日には、全国でデパートを経営するガレリア・カールシュタット・グループが経営難に陥り債権者からの保護を申請した。

自動車メーカーなど多くの製造企業では生産ラインが停止。政府に対して短時間労働制度(クルツアルバイト)の適用を申請している企業は、約47万社に上る。

財界から「出口戦略を早く示してほしい」という声が上がるのも、無理はない。ドイツ経営者連盟のクラーマー会長は、「もしも感染者数の拡大に順調にブレーキがかかれば、5月以降は徐々に経済活動を復活させるべきだ」と訴えた。Ifo経済研究所のフュスト所長は、4月3日に13人の経済学者、医学者とともに提言書を発表し、「他人との間に1.5メートルの距離を取ることやマスク着用を義務付けながら、少しずつ企業活動や学校での授業を再開させるべきだ」と勧告している。

これまでメルケル政権は、国民の健康と安全を最優先にする政策を取ってきた。しかし経済界からは「メルケル首相は、感染症学者の意見を重視し過ぎている。雇用や企業活動にも配慮するべきだ」という意見が強まっているのだ。

コロナ警戒アプリも導入へ

このためメルケル政権も、復活祭の休暇明け以降、何らかの方向性を打ち出さざるを得ないだろう。政府がスマートフォンを利用した「警戒アプリ」の導入へ向けて実験を続けているのは、そのためだ。このアプリをダウンロードすると、一定の距離内に近づいたスマートフォン同士がブルートゥース機能によって自動的にデータを交換し合う。感染した市民がその事実を自分のアプリに登録すると、過去にその人に近づいた人のスマートフォンに自動的にデータが送られる。アプリはこのようにして、感染者と接近した人に対し、ウイルス検査に行くように促す。個人データは匿名化されるので、情報漏えいの心配はない。中国とは異なり、アプリの使用や自分が感染した事実の登録は任意なので強制力がないとはいえ、感染拡大にさらにブレーキをかけるのに役立つかもしれない。

コロナ危機の特徴は、健康への危険と経済への打撃のダブルパンチである点だ。健康を守るために制限令を施行すると経済活動がダウンし、企業や飲食店の活動を再開させると感染拡大のリスクが増大する。政府は、国民の生命を守りながら、大不況を回避するという難題にどのような解決策を打ち出すだろうか。

最終更新 Donnerstag, 16 April 2020 10:14
 

コロナ危機と闘うドイツ、史上初の接触制限令

3月22日、メルケル首相は厳しい表情で報道陣の前に立った。「コロナ危機はドイツにとって第二次世界大戦以降、最大の試練だ。高齢者や基礎疾患がある人たちの命を守るために、市民の自由を制約する措置が必要になった」。首相はこう述べて、ドイツ全土で2人を超える接触を禁止することを明らかにした。この措置は少なくとも4月20日まで続く。

3月25日、人通りのほとんどなくなったベルリンのブランデンブルク門前3月25日、人通りのほとんどなくなったベルリンのブランデンブルク門前

公共の場での、2人を超える接触を禁止

政府は、3月23日に施行された接触制限令によって、同じ世帯に住む家族や仕事で必要な場合を除き、公共の場で3人以上の市民が集うことを禁止。屋外でも他人との間で最低1.5メートルの距離を取るよう要請するとともに、テイクアウトを除く飲食店や理髪店の営業を禁じた。違反者には厳しい罰則が科される。例えばノルトライン=ヴェストファーレン州では、公共の場で3人以上集っていた場合、1人当たり200ユーロ(2万4000円・1ユーロ=120円換算)の罰金がある。

これに先立ち、バイエルン州政府のゼーダ―首相は3月21日から外出制限令を施行。食料など生活必需品の購入や、通院、テレワークができない仕事などを除く外出は禁止され、スーパーや薬局、銀行などを除く商店は閉鎖された。単独や家族での散歩やジョギングは許されている。

なぜドイツでの死亡率は他国よりも低いのか

メルケル政権はなぜ接触制限に踏み切ったのか。それは、イタリアやスペインのような事態を防ぐためだ。これらの国々では、特に重症者の急増に医療機関が対応できず、死者数がうなぎ上りになっている。

ジョンズ・ホプキンス大学によると、3月31日朝の時点のイタリアの感染者数は10万1739人、死者数は1万1591人。感染者数の中の死者数の比率(死亡率)は11.4%。これに対しドイツの感染者数は6万6885人、死者数は645人。死亡率は0.96%と大幅に低くなっている。

ドイツの死亡率が他国よりも低い理由はいくつかある。一つは検査数の多さだ。ベルリン・シャリテー病院のドロステン教授が3月26日に報告したところによると、ドイツでは毎週50万人がPCR検査を受けている。もう一つは、感染拡大の兆候を他国よりも早くキャッチし、隔離や治療を始めたことだ。またドイツではイタリアと違い祖父母がほかの家族と同居せず、別の家に住むケースが多いことも感染を防いでいる。

イタリア北部では1月末に肺炎患者が増えていたが、政府や地方自治体はこれが新型コロナウイルスによるものであることに気が付かなかった。そのため、市民の行動制限措置が大幅に遅れ、病院やサッカーの試合を通じて感染者が爆発的に増えたのだ。ドイツでもカーニバルのパレードや、イタリアからのスキー客の帰国によって感染者が増加。もしも政府が接触制限措置を取らなければ、感染が広がる危険があった。しかし、イタリアやスペインのように、医療体制が重症者数の増加のスピードに対処できなくなる可能性はゼロではない。3月26日にシュパーン保健相は「今は、嵐の前の静けさだ」と述べ、楽観を戒めている。

接触制限により感染拡大速度を遅らせる

ドイツには、人工呼吸器を持つ集中治療室が約2万8000床ある。メルケル政権はこの数を5万床に増やす作業を進めている。つまり政府は、接触制限令によってウイルスの感染速度にブレーキをかけることを目指しているのだ。重症者数がピークを迎える時期を遅らせることによって、医療体制がウイルス拡大に「凌駕」される事態を避けるという戦略である。

ある感染学者は、3月24日の公共放送ARDの特別番組の中で「今ドイツは、感染爆発という断崖に向かって走る列車に、非常ブレーキをかけています。国民全員が協力すれば、断崖に近づく速度を落とせるかもしれません。時間を稼げれば、ワクチンの開発によって、断崖に橋を架けることも可能になるかもしれません」と述べ、接触や外出制限の重要性を強調した。

戦後最大の支援パッケージを実施

しかしシャットダウンが経済に与える悪影響は、日に日に大きくなっている。大手自動車メーカーは欧州や米国での生産を中止したほか、ルフトハンザは国家支援を受けるべく政府と協議中だ。多くの中小企業や食品以外の商店、レストラン経営者らは突然売上高がゼロになり、途方に暮れている。2010年以降、好景気に沸いていたドイツ経済は急転直下、第二次世界大戦以降、最も深刻な景気後退に追い込まれるだろう。

IFO経済研究所は、3月24日に「コロナ危機のために経済活動が3カ月停止した場合、ドイツの今年の国内総生産は約20%減り、失業者数が180万人増える可能性がある。経済損害は、最悪の場合7290億ユーロ(約87兆円)にのぼる」という悲観的な予測を発表した。このため連邦議会は、3月25日に戦後最大規模の経済支援法案を可決した。ドイツは2014年以来財政黒字を記録し「無借金経営」を続けてきたが、今年は1560億ユーロ(18兆7200億円)の国債を発行し、資金供給によって中小企業や市民を支援する。

だが最大の不透明要因は、ウイルス拡大がいつまで続くのかが分からないことだ。ワクチンが開発されるのも、来年以降になるとみられている。ロベルト・コッホ研究所のヴィーラー所長は「このパンデミックは2年間は続くと考えている」と語っている。一刻も早くコロナ危機が世界から去ることを祈りたい。

最終更新 Mittwoch, 01 April 2020 15:22
 

欧州でのコロナ拡大と忍び寄る不況の影

中国に端を発した新型コロナウイルスの拡大が止まらない。ドイツ、フランスなど欧州各国でも感染者が急増したため、学校、劇場、飲食店などが閉鎖されるなど市民生活に多大な影響が出始めている。

11日、ケルン・ボン空港の電子掲示板に英独で表示された「手を洗おう!」の注意喚起11日、ケルン・ボン空港の電子掲示板に英独で表示された「手を洗おう!」の注意喚起

WHOがパンデミック宣言

11日に世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルスの拡大をパンデミック(病原体が複数の大陸に広がる、世界規模の流行)と初めて認定した。

ロベルト・コッホ研究所(RKI)は、10日に発表した通達の中で、「中国の臨床統計によると感染者の80%の症状が軽度か中程度、14%が重症、6%が生命に危険がある状態となった」と述べている。大半の感染者が軽症もしくは中程度の症状で終わるとはいえ、RKIは「50~60歳以上の市民や、糖尿病、がん、心臓病などの持病がある人のリスクは高い」としているため、このウイルスを軽視することは禁物だ。

イタリア政府、全土を「封鎖」

ジョンズ・ホプキンス大学によると、16日の時点で欧州での感染者数は4万人を超えている。イタリアの感染者数は約2万5000人で、中国の次に感染者が多い国となり、死者が約1800人に達した。全世界の感染者数は約17万人、死者数は6500人を超えた。

イタリア政府は、市民の行動制限措置を10日に全土に拡大。不要不急の外出を禁止し、スーパー、薬局、ガソリンスタンドを除く商店の閉鎖を命じた。普段観光客でにぎわうローマやヴェネツィアが、ゴーストタウンと化した。感染症のために国全体が「封鎖地域」に指定されたのは、第二次世界大戦後の欧州で初。さらに、多くの国々が国境を閉鎖している。

市民生活にさまざまな影響

RKIによると、15日の時点でドイツの感染者数は4838人。国内での死者数は12人、エジプトで観光中に死亡したドイツ人が1人だ。感染者数が最も多いのがノルトライン=ヴェストファーレン州(1407人)で、大半がオランダ国境に近いハインスベルク郡で確認されている。またバイエルン州(886人)、バーデン=ヴュルテンベルク州(827人)でも感染者数が増えつつある。

シュパーン連邦保健相は8日、ウイルスの拡大に歯止めをかけるために、参加者数が1000人を超える催しの中止を勧告。バイエルン州政府などは100人を超えるイベントも絶対に必要でない限り中止するよう求めている。ライプツィヒの書籍見本市が中止されたほか、4月に予定されていたハノーファー・メッセは7月に延期。また13日にはサッカーのブンデスリーガの試合などが中止された。コンサートやオペラ、演劇も次々にキャンセルされている。

学校教育にも大きな影響が出ている。大半の州は、16日から復活祭の休暇が始まる4月6日まで、一斉休校に踏み切った。多くの企業も社員の感染の危険を減らすために、在宅勤務(テレワーク)を命じている。ベルリン市当局などは映画館、喫茶店、クラブ、プールなども閉鎖させた。

世界中で株価が一時急落

コロナウイルスは世界経済にも影を落とし始めた。9日には「コロナ禍が不況につながる」という懸念に、原油価格の下落が加わったために世界の主要な株式市場で株価が急落。12日にはニューヨークのダウ株式指数が11%も下落し、過去33年間で最大の下げ幅を記録した。同日ドイツの株式指数市場DAXでも終値が約11%下がった。経済学者の間では「2008年のリーマンショックの状況に似ており、ドイツは景気後退(リセッション)に陥る可能性が強い」という意見が出ている。

ドイツ国内では見本市などの中止により、一部の企業の資金繰りが厳しくなる可能性がある。バカンスや出張などのキャンセルが運輸・旅行業界に与える影響も大きい。このためメルケル政権は、13日に国営金融機関KfWを通じて無制限の融資を実施することで、企業倒産を防ぐ方針を発表。さらに短時間労働制度の条件を緩和したり、納税の延期、苦境に陥った企業の部分的な国有化などの措置も行う方針だ。2008年の金融危機に匹敵する大規模な支援措置である。

メルケル「60~70%が感染する可能性」

メルケル首相は11日に「中長期的にドイツ市民の60~70%が新型コロナウイルスに感染する可能性がある。しかし、それがどれくらいの期間に起こるかは分からない」と発言した。これはベルリン・シャリテー病院のクリスティアン・ドロステン教授など感染症の専門家がすでに公表していた予測だ。この発言からドイツでは危機感が強まった。

大規模な感染が、1年間に起きるのと2年間に起きるのとでは、医療機関への負荷に大きな違いが出る。ワクチン開発にはまだ相当の時間がかかるとみられている。したがってドイツ政府は、イタリアのように感染者が短期間に急増して、医療機関が適切に対応できなくなる事態を防ぐために、市民間の接触を減らし感染拡大のスピードを遅らせようとしているのだ。メルケル首相は「これまでに例のない事態だ。市民全員が責任感をもって行動してほしい」と訴えている。過度な不安やパニックに陥ることなく、正しい情報を入手し、ウイルスの拡大を防ぐ努力をすることが重要だ。

最終更新 Mittwoch, 01 April 2020 14:50
 

ハーナウ極右テロと政府の無力

ドイツで極右の暴走がやまない。2月19日夜に、人種差別思想を持つドイツ人がヘッセン州ハーナウで外国人ら10人を射殺した事件は、この国の政府や捜査当局が、極右の無差別テロに対して有効な対抗手段を持っていないことを白日の下に曝した。

2月23日、ハーナウで数千人の人々が参列した犠牲者の葬儀行進2月23日、ハーナウで数千人の人々が参列した犠牲者の葬儀行進

外国人・移民が犠牲に

この日トビアス・R(43歳)は、ハーナウのシーシャ(水たばこ)バー2カ所とキオスクに車で乗り付け、トルコ系ドイツ人、クルド人、ルーマニア人、ボスニア・ヘルツェゴビナ人など9人をピストルで殺害し、5人に重軽傷を負わせた。彼は自宅へ戻ると母親を道連れにして自殺。Rの母親を除くと、殺されたのはすべて外国人か、ドイツ国籍を取った移民だった。

Rは銀行やネット企業を転々とした後、失業して両親とともに自宅に住んでいた。射撃クラブの会員で、合法的にピストルを所有していた。彼は前科もなく、極右団体にも属していなかったことから、捜査当局からは全くマークされていなかった。

Rがインターネット上に公開した映像などによると、彼はトルコ人など中東系の外国人に敵意を抱いており、「中東やアジアの24カ国を完全に殲滅(せんめつ)するべきだ」と述べている。さらに彼は「秘密諜報機関から常に監視されており、私にガールフレンドができないのは監視のためだ」として、検察庁に対してこの諜報機関を告訴していた。このため連邦検察庁は、精神を病んで強迫観念にかられていたRが、インターネットなどで人種差別思想に汚染され、「すべての問題は外国人にある」という確信から凶行に走ったと見ている。

9カ月間で3件の極右テロ

ドイツでは過去9カ月に、極右によるテロが3件も発生。昨年6月にはヘッセン州カッセル区長のリュプケ氏(65歳)が、自宅のテラスで極右団体の元構成員によって射殺された。キリスト教民主同盟(CDU)に属する同氏は、メルケル首相の難民受け入れ政策を支持し、難民救済の重要性を強調したために、ネット上で極右勢力から殺害予告を受けていた。極右テロリストが政治家を殺害したのは、第二次世界大戦後初めて。

また昨年10月には、旧東独のハレで27歳のドイツ人がユダヤ教の礼拝施設(シナゴーグ)に銃と爆発物を持って乱入しようとした。しかし内部から施錠されていた扉を開けることができなかったために、通りがかりのドイツ人女性ら2人を射殺。彼はネット上に公開した映像の中で、シナゴーグで礼拝中のユダヤ人らを殺害することが目的だったと語っている。

2011年にも、旧東独のネオナチによる連続テロが明るみに出た。テューリンゲン州の「国家社会主義地下組織(NSU)」というグループが、2000年からの7年間で、ミュンヘンやハンブルクでトルコ人、ギリシャ人、ドイツ人警察官など10人を殺害していたのだ。

メルケル首相らは犯行を強く糾弾

ドイツの政治家たちは、立て続けに起こる極右テロに茫然としている。メルケル首相は「人種差別主義と憎しみは、社会を侵す毒だ」と述べ、人種差別主義を強く糾弾した。シュタインマイヤー大統領は、テロの当日にハーナウの事件現場に駆け付けた。殺された市民の家族や友人は大統領に対し、「われわれもドイツの市民だ。殺されたのはドイツの市民なのだ」と訴えた。大統領は、「全くその通りだ。われわれは今、団結しなくてはならない。テロによって社会に亀裂を生んではならない」と語り、ドイツ人と移民的背景を持つ市民が結束を強めなくてはならないと強調した。

AfDにも間接的責任?

ドイツでは右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の間接的な責任を問う声が強まっている。AfDは2013年に結党され、2017年の総選挙で第3党となった。AfDの幹部たちは、公共の場やインターネット上で、イスラム教徒や移民を敵対視する発言を繰り返してきた。彼らの言葉の暴力が、一部の極右勢力の暴走につながっているというのだ。同党の下部組織「翼」と青年組織「若い選択肢」は、憲法擁護庁から予備的監視を受けている。

一方、AfDのガウラント院内総務は「今回の事件は精神を病んだ者による犯罪であり、わが党に責任を押しつけるのはお門違いだ。事件をAfD弾圧のために利用するべきではない」と述べ、責任を否定している。だがドイツの政治家やメディア関係者の間では、AfDを右翼政党ではなく極右政党と呼ぶ者が増えているほか、党全体を憲法擁護庁に監視させるべきだという意見も。今後AfDへの風当たりが強まることは確実だ。

一匹狼の犯行は阻止が困難

ゼーホーファー内務大臣は、「極右テロは現在のドイツにとって最大の脅威だ」と述べ、モスクやシナゴーグ周辺、鉄道の駅や空港での警戒態勢を強化する方針を明らかにした。だがハレとハーナウの事件の犯人は、捜査当局のブラックリストに載っていなかった。さらにハレの事件の犯人は、殺傷能力のある武器を自作。こうした「一匹狼」のテロリストによる犯行を、捜査当局が事前にキャッチするのは極めて困難だ。ネット上の「極右ウイルス」に心を汚染される者が減らない限り、外国人を狙ったテロが今後も繰り返される危険がある。ドイツはかつて安全な国と言われたが、21世紀に入って社会のタガが外れ、以前には考えられなかったような犯罪が起きていることは残念だ。

最終更新 Mittwoch, 04 März 2020 19:07
 

FDPと右翼政党が「結託」 - テューリンゲン発の激震

「ついにダムが決壊した」。2月5日に旧東独のテューリンゲン州議会で起きた「政変」を見て、多くの政治家、報道関係者がこう語った。既成政党がタブーを破り、初めて右翼政党の力を借りて、一時的に州政府のトップの座に就いたのだ。2月10日には、メルケル首相の後継者として最も有力視されていた、キリスト教民主同盟(CDU)のクランプ=カレンバウアー党首が混乱の責任を取って辞意を表明するなど、中央政界も大きく揺さぶられている。

2月7日、報道陣の前で話すケンメリヒ氏(FDP)2月7日、報道陣の前で話すケンメリヒ氏(FDP)

FDP議員がAfDの支持を受けて首相に当選

テューリンゲン州で昨年10月に行われた州議会選挙では、左翼党が31%の得票率を確保し首位となったが、連立交渉が難航して新政権の成立が遅れていた。このため州議会での票決により首相を選ぶことに。そして、3回目の票決で驚くべき事態が起きた。保守中道の自由民主党(FDP)のケンメリヒ議員が45票を獲得したのだ。彼は、左翼党のラメロウ前首相(44票)と1票の差で首相に選ばれた。

だが問題は、ケンメリヒ氏が右翼政党・ドイツのための選択肢(AfD)の議員団の支援を受けて当選したことだ。AfDは自党の候補に投票せず、ケンメリヒ議員に全票を投じた。つまりFDPの候補者は、右翼政党の援護を受けて、州首相の座に就いたのだ。FDPは旧東独では泡沫政党であり、昨年10月の州議会選挙での得票率は5%にすぎない。ケンメリヒ氏はCDUの支援も受けたが、AfDの票なしに首相になることは不可能だった。AfDは昨年10月の州議会選挙で得票率を前回の2.2倍に増やして、第二党になっている。

なぜAfDはケンメリヒ氏に票を投じたのか。AfDの目的は、左翼党・社会民主党(SPD)・緑の党の連立政権を崩壊させること。そこでAfDは、赤・赤・緑政権を崩すために、FDPの候補に票を集中させた。ケンメリヒ議員の当選で、AfDはラメロウ氏を首相の座から追い落とすことに成功したのだった。

ネオナチに近い政党がキングメーカーに

AfDは、イスラム教徒を敵視し、排外主義を標榜する右翼政党。テューリンゲン州議会でAfD議員団を率いるヘッケ院内総務は、ベルリンのホロコースト(ユダヤ人虐殺)の犠牲者のための追悼碑を「恥のモニュメント」と呼ぶ歴史修正主義者だ。ヘッケ氏は、AfDで最右翼に位置し、人種差別的な傾向を持つ下部組織「翼(フリューゲル)」の幹部でもある。フリューゲルは連邦憲法擁護庁から「民主主義を脅かす極右団体に近い」という理由で監視されている。

AfDには、ネオナチに近い思想を持つ議員も少なくない。このため、すべての政党は、地方支部に対してAfDとの連立や提携を禁止している。だが今回初めて、AfDは「キングメーカー」の役割を演じた。FDPという既成政党が、自党の議員を権力の座に就かせるために、AfDの票を使ったのだ。

CDU党首も引責辞任へ

ケンメリヒ首相の誕生については、ドイツ全土で批判の声が巻き起こった。テューリンゲン州議会の前では、市民がFDPとAfDに抗議するデモを行った。メルケル首相も「許すことのできない事態だ。今日は、民主主義にとって悪い日となった。首相の選出をやり直すべきだ」と厳しい言葉で批判した。

CDUのクランプ=カレンバウアー党首は、FDPのリントナー党首に対し「FDP議員がAfDの支持を受けて首相の座に就いたのは、偶然ではないはずだ。FDP執行部は、テューリンゲン州支部を十分管理できていない」と厳しい批判を浴びせた。

だがCDU議員団も、AfD同様にケンメリヒ氏を支援して赤・赤・緑政権を倒すのに一役買ってしまった。このためクランプ=カレンバウアー氏に対する批判が強まり、同氏はCDU党首を辞任する意向を表明。AfDの毒矢は政権党の中枢をも直撃したのだ。

テューリンゲン州議会で左翼党の議員団を率いるヘンニッヒ=ヴェルゾウ院内総務は、ケンメリヒ氏が首相に選ばれた後、持っていた花束を新首相に手渡さずにその足下に投げ捨て、「あなたは民主主義者ではない」という言葉を浴びせて抗議の意思を表した。

過激政党の影響力増大を示す事態

ナチスによる迫害の被害者を支援する国際アウシュヴィッツ委員会は、「テューリンゲン州議会で起きたことは、致命的だ。既成政党の、『AfDと協力しない』という約束は、説得力が薄れる一方。AfDは、既成政党が極右勢力に対抗するために団結できないということを、全世界に見せつけた。これは破局的な事態であり、民主政治に深刻な被害を与えるだろう」という声明を発表した。

ケンメリヒ氏は「私は反AfDの政治家であり、同党とは絶対に連立・協力しない」と釈明したが、世論の轟轟(ごうごう)たる非難の前に、就任から3日足らずで首相を辞職した。

だがドイツ全体を揺さぶった激震は、ケンメリヒ氏の辞任では収まらない。既成政党が、AfDと結託して権力の座に就くという事態は、すでに起きてしまったからだ。AfDは「もはやわれわれを政治の世界から閉め出そうという試みは、成功しない」と豪語している。テューリンゲン州議会で起きた事態は、ネオナチに近い過激政党の政治的な影響力が強まっていることを示している。なかには、「ワイマール共和国に似てきた」という声も。われわれドイツに住む日本人にとっても、深刻な事態である。

最終更新 Donnerstag, 20 Februar 2020 10:47
 

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