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SPD新執行部の五里霧中

社会民主党(SPD)は、12月6日から3日間にわたりベルリンで党大会を開き、新党首を選んだが、その人事は同党の混迷の深さを浮き彫りにした。

8日、SPDの党代表に選ばれたヴァルター=ボリャンス氏(左)とエスケン氏(右)8日、SPDの党代表に選ばれたヴァルター=ボリャンス氏(左)とエスケン氏(右)

中央政界では無名の人物が党首に

代議員たちは、左派のサスキア・エスケン議員と、ノルベルト・ヴァルター=ボリャンス氏(元ノルトライン=ヴェストファーレン州財務大臣)を共同党首に選んだ。2人とも中央政界では、ほとんど名前を知られていない。SPDはすでに12月1日の党員集会で、2人を共同党首に指名していた。現在財務大臣であるオーラフ・ショルツ氏は指名されなかった。

エスケン氏らが党首に選ばれた最大の理由は、彼らがキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)との大連立に批判的であるからだ。2人は、SPDが支持率を引き上げるには、社会保障を大幅に拡充することが重要だと考えている。具体的には所得格差を減らすため、国が新たな借金をしてでも財政出動を行ったり、今年12月時点で1時間当たり9.19ユーロの最低賃金を12ユーロに引き上げることなどを要求している。

SPDの大幅な左傾化

さらに基本法(憲法)には、「連邦政府と州政府の財政赤字は、国内総生産(GDP)の0.35%を上回ってはならない」とする「債務ブレーキ」という規定があるが、エスケン氏らは、福祉増進のためには債務ブレーキの規制を緩和するべきだと考えている。

またエスケン氏らは富裕層への新税導入も提案。地球温暖化に歯止めをかけるためにメルケル政権が打ち出した「2030年気候保護プログラム」についても「産業界に忖度したために内容が手ぬるい」として、二酸化炭素の排出価格の大幅引き上げも求めている。

エスケン氏らは、「社会保障を拡充するために、CDU・CSUとの連立協定の変更を目指して交渉を始める。保守党が変更に反対する場合には、SPDは大連立政権を解消する」という姿勢を示した。党大会で代議員たちがこの2人を共同党首に選んだ事実から、SPDが左傾化への道を歩み出したことが分かる。

影の権力者は30歳の青年部長

実は、今回の党首人事の陰の立役者は、SPD青年部を率いるケビン・キューネルト部長だ。同党の急進的左派に属するキューネルト氏は、SPD衰退の原因が保守党との大連立にあると推測。大連立によりSPDと保守政党の政策の違いが見えにくくなったことで、多くの党員を失望させ、SPDは緑の党やリンケ(左翼党)、ドイツのための選択肢(AfD)に支持者を奪われたと考えているのだ。

キューネルト氏は、エスケン氏らが「連立協定の変更、場合によっては大連立を解消」という条件を受け入れたために、青年部を動員して、2人の無名の政治家を党首の地位に押し上げた。さらにキューネルト氏は、副党首にも選ばれた。通常SPDの副党首は3人だが、同党はキューネルト氏を選出するため、その枠を5人に増やしたほどだ。実務派のショルツ財務大臣や、マル・ドライヤー前党首代行など、中央政界で有名な政治家たちは、党執行部から事実上追い出された。

その意味で、ベルリンでの党大会の勝者はキューネルト氏であり、エスケン氏ら新党首は青年部長にコントロールされる「傀儡(くぐつ)」と言うことができる。弱冠30歳のキューネルト氏の地位は、大幅に高まった。

大連立政権崩壊の可能性も

新執行部は、現在15%前後にまで落ち込んでいるSPDの支持率を、2倍の30%まで引き上げることを当面の目標としている。エスケン氏らは、今後CDUのアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党首やCSUのマルクス・ゼーダ―党首と協議して、連立協定の変更を要求しなくてはならない。

しかしCDU・CSU側はすでに協定の変更を拒否する方針を打ち出している。クランプ=カレンバウアー氏は「憲法の規定である債務ブレーキを揺るがすことはあり得ない。歳出と歳入の均衡という原則も変えない」と述べたほか、最低賃金の12ユーロへの引き上げも拒否する姿勢を見せた。エスケン氏らは、CDU・CSUから連立協定や財政政策の変更をはねつけられた場合、キューネルト氏が望むようにSPDの閣僚を全員辞任させて、大連立政権を崩壊させる可能性がある。

ドイツの政局は不安定化か

この場合、可能なオプションは2つある。1つは、2021年10月に予定されている連邦議会選挙を前倒しすることだ。しかしこれについては、CDU・CSUの多くの政治家が否定的である。このため2つ目のオプションとして、メルケル首相がCDU・CSUの閣僚だけから成る「少数派政権」を来年の総選挙まで維持するという可能性が取りざたされている。少数派政権は議会の過半数を持たないため、法案を連邦議会で可決させるにはその都度野党と協議しなくてはならず、政局運営に多大な時間がかかるようになる。

いずれにしても、今後の政局が不安定化する可能性が強い。もちろん新執行部が、マルティン・シュルツ氏(SPD)のように「やはり権力の座にあった方が心地よい」として妥協する可能性もゼロではない。だがその場合、SPDの支持率はさらに低下するだろう。30歳の青年部長に事実上コントロールされる新SPDは、ドイツをどの方向に進ませようとしているのか。経済界、多くの市民が固唾をのんで見守っている。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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