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ノルベルト・レットゲン

ノルベルト・レットゲン Dr. Norbert Röttgen
1965年7月2日ボン近郊メッケンハイム生まれ。弁護士。CDU所属。10月から連邦環境相。 ©CDU

環境相への就任後わずか6週間で、コペンハーゲンの国連気候変動枠組み条約会議に出席。ドイツを代表して「世界各国が2050年までに温室効果ガス排出量を半分に減らさなければならない」と主張し、同時に「環境保護は経済成長と雇用創出をもたらす」とする独自のエコロジー産業革命論を展開して、注目を集めた。

17歳でキリスト教民主同盟(CDU)に入党して以来、学業と平行して党のキャリアを積んできた。27歳からノルトライン=ヴェストファーレン州CDUの青年部を率い、その2年後に同州ライン=ジークII選挙区から連邦議員に当選。以後も連続して同区から直接選ばれている。

コール政権時代のボンで他党の若い政治家たちと交流したことで、リベラルな考えを持つようになった。国籍法改正を支持したのもその1つ。環境と経済の関係にも目覚めた。

当時の交流会の名称は、集まったイタリアンレストランにちなんで「ピッツァ・コネクション」。討論相手だった緑の党のカーリン・ゲーリング=エッカートは今、連邦議会の副議長、党仲間のローラント・ポファラは首相府長官である。

環境相としての本格的な試練はこれからだ。来年10月までにブリューデレ経済相(自由民主党= FDP)と原発稼動期限について合意しなければならない。経済相から母親(メルケル首相)に頭が上がらないマザコンだと思われていることは承知している。しかし自分は新政権の看板男。白髪頭になっても永遠の青年タイプは変わらない。

最終更新 Freitag, 02 September 2011 11:12
 

トルステン・テラー

トルステン・テラー Torsten Toeller
1966年4月6日生まれ。クレーフェルト在住。ペット 用品スーパー「Fressnapf」を創業し、経営する。
©Fressnapf Tiernahrungs GmbH

ペット用品のディスカウントショップ「Fressnapf」を立ち上げたのは1990年。24歳だった。そして、今年8月には1000号目のフランチャイズ店をオープン。19年前、動物愛護の先進国ドイツにあるようでなかったペット用品スーパーのニーズに気付き、起業し、現在は欧州全体で従業員7000人を抱える、同業界では世界第3位の大手へと成長させたサクセスストーリーに、学歴重視のドイツ・ビジネス業界から驚異の眼差しが注がれている。

優秀な成績でアビトゥアを終えながら大学に行かなかったのは、早く自立したかったから。デュッセルドルフ近郊グレーフェンブロイヒのスーパーAllkaufに入社したのは、自分に小売の才能があると信じたからだ。熱心な仕事ぶりと尽きないアイデアで周囲をうんざりさせながら、抜擢されて米国へと小売市場トレンド調査に出張。ペット用品スーパー最大手のPetsmartを見て、「これだ! ドイツにはない」と思った。

ところが上司は新分野の開拓に二の足を踏んだ。そこで自力での起業を決心。資金は銀行と両親から20万マルクを借り、愛車のBMWを売って作った。店名には親しみやすい日常語のFressnapf(ペット食器)を選択。この抜群なネーミングで、エアクラートに開いたドイツ初のペット用品スーパーは、半年後に15店舗、1年後には50店舗へと急成長する。

ストレス解消は愛車AudiR8をぶっ飛ばすこと。誰にでも親称のDuで話しかけ、「ドイツ人営業マンは会議ばかりしている」と辛口批判も忘れない。

最終更新 Freitag, 02 September 2011 11:13
 

フィリップ・レスラー

フィリップ・レスラー Dr. med. Philipp Rösler
1973年2月24日ベトナム生まれ。ハンブルクとハノーファーで育つ。医師。FDP所属。10月にメルケル政権の保健相に就任。 ©www.philipp-roesler.de

スピーチの旨さには定評があり、スピード出世してきた。26歳でニーダーザクセン州FDP(自由民主党)の事務局長、30歳で同州の州議会議員に就任。ここで医師の職を辞し、3年後に33歳で州FDP代表、今年2月には36歳で州政府の経済相へとキャリアアップした。そしてこの10月、第2次メルケル政権の保健相に登用されるや、さっそく保険制度の大改革を宣言したことで、異色のアジア出身政治家に好奇と注目が集まっている。

実の両親はベトナムの戦闘で死亡したらしく、出生名は分からない。カトリック系の孤児院にいた生後9カ月の時、娘2人を持つドイツ人夫婦の養子になって西ドイツにやってきた。ところが4歳の時にその養父母が離婚。今度は連邦軍パイロットである養父に引き取られ、兵舎で兵士に囲まれながら成長する。食事はいつも将校クラブでとった。

「父は出張が多く、僕は鍵っ子でしたが充実していました。父も子育てを楽しんでいましたよ」と当時を振り返る。19歳でFDPに入党したのは、自立と自由の解釈に共感したから。連邦軍付きの医師になったのは、そこが古巣でもあったからだ。

「異人種が大臣にまで進めたのはドイツが開かれた社会であることの証明だ」と言いつつ、自分が持つベトナム的なものは細目と黒髪と低い鼻だけと断言。出生地ベトナムへは、妻から将来の子どもたちにルーツを教える必要があると説得されて、3年前に1度訪問した。その後に生まれた双子の娘たちは今1歳。養父のような父親になりたいという。

最終更新 Freitag, 02 September 2011 11:13
 

マーゴット・ケースマン

マーゴット・ケースマン Dr. Margot Käßmann
1958年6月3日マールブルク生まれ。ルター派教会の聖職者。10月28日、新教諸派を束ねるドイツ福音教会(EKD)会長に選ばれた。
©Foto Monika Lawrenz/LVH

ハノーファー新教区の司教に任じられたのは1999年。同区で初めての女性監督だった。そして先月28日には、全国の新教諸派(ルター派・連合派・改革派)を束ねるドイツ福音教会(EKD)議長に、やはり初めての女性かつ離婚経験者ながら選ばれ、所属信徒2500万人の1人であるメルケル首相からも応援の祝福を受けた。

福音主義の神学を学び、23歳で同じく聖務への献身を目指す相手と学生結婚。その夫エッカートとともにヘッセン州北部の教区に牧師として赴任したのは1985年、27歳の時だった。

それから現在まで、キャリアは常に上昇を続けている。神学博士号を取得し、36歳でEKD書記長、41歳で司教へと昇進。しかし、私生活では辛い経験もした。乳癌が発見されたのは2006年8月。手術から放射線治療を経て仕事に復帰した07年5月には、26年目にして結婚生活が破たんした。

控えめな夫、鋭くパワフルな妻。タイプが違いすぎたと知人たちは言う。主夫になって娘4人の世話と家事を引き受けてきた夫は、04年からカッセル近郊の教区へ牧師として復職。すでに別々の人生が始まっていた。

現在も婚姻の制度を評価しているだけに、自らの失敗はかなりの痛手だったようだが、「痛みを知って信仰が深くなった」とも。癌サバイバーとしても、終末期患者の安楽死を求める権利と自殺ほう助の是非について理解を深めている。ドイツ新教の最高指導者としての任期は6年。人種差別に反対し、教会を祈りの場にしたいと思っている。

最終更新 Freitag, 02 September 2011 11:13
 

ヘルタ・ミュラー

ヘルタ・ミュラー Herta Müller
1953年8月17日、ルーマニア西部のバナート地方生まれ。ベルリン在住。ドイツ人作家。2009年度ノーベル文学賞受賞者。邦訳に『狙われたキツネ』がある。
©Michael Sohn/AP/Press Association Images

チャウチェスク体制の厳しい検閲を受けながら、処女作『澱み』を発表したのは1982年。その後、就業と作品発表を禁止されてドイツへ出国してからも、全体主義と民族同化政策による2重の抑圧に苦しんできたルーマニアのドイツ系住民をテーマに、書籍18冊を上梓した。しかし知名度は高いとは言えず、今回2009年のノーベル文学賞受賞の知らせには「言葉がありません」。同じく驚いてしまった世界中の出版社を、翻訳作業へと走らせている。

現ルーマニア西部バナート地方のドイツ人村で生まれた。18世紀、オスマントルコの再興を恐れるオーストリア女大公マリア・テレジアから請われ、当時トルコと領域を接していたハンガリーの同地に入植したドイツ系開拓民の子孫である。

ドイツ語を母語とし、ティミショアラ大学でドイツ文学とルーマニア文学を修めて技術翻訳者になった。しかし秘密警察への協力を拒んで職場を追われ、代用教員をしながら作品を発表。ついに就業と出版を禁止されたため、当時のドイツ系夫とともに出国を申請し、1987年に初めて遠い先祖の土地を踏んだ。

今年発表した長編『息のブランコ』では、同じくルーマニア出身の詩人オスカー・パスティオールの体験を基に、戦後ナチス協力民族としてソ連領へ移送され、強制労働に従事させられたドイツ系住民の苦しみを描いた。実は彼女自身の母親も移送された1人。共著の予定だった詩人は06年に他界した。「彼が受賞を一番喜んでくれたでしょう」。目が潤んだ。

最終更新 Freitag, 02 September 2011 11:13
 

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