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ヴォルフガング・ワーグナー

ヴォルフガング・ワーグナー Wolfgang Wagner
1919年8月30日バイロイト生まれ。舞台芸術家。バイロイト音楽祭総監督。
©ECKEHARD SCHULZ/AP/PA Photos

戦後の脱ナチズムを経てワーグナー音楽祭を復活させたのは1951年。以来57年間、まず兄ヴィーラント(1917-1966)と共同で、さらに兄の死後は単独でバイロイト祝祭劇場を率いてきた。近年は後任候補をめぐって運営組織と対立していたが、“影の総監督”と呼ばれていた妻グードルンを昨年11月に失って態度が軟化。今年8月の音楽祭を最後に引退することを表明した。

音楽祭の始祖リヒャルト・ワーグナーと2代目総監督コジマ(作曲家フランツ・リストの娘)の孫、3代目総監督ジークフリートの次男にあたる。4代目となる母ウィニフリートがナチス信奉者だったことで、客人として訪れたヒトラーと親しむ成長期を送ったが、党員にはならなかった。音楽祭復興にあたっては、兄と異なるこの点が注目されたという。

これまでにカルロス・クライバー、ダニエル・バレンボイムなど著名指揮者を招いて音楽祭を発展させてきたが、最大の賭けは1973年にワーグナー財団(連邦・バイエルン州・バイロイト市・友の会・ワーグナー家)を設立し、運営と祝祭劇場の所有を移譲したこと。これによって、先行き不安だったファミリービジネスからの脱却に成功した。

引退にあたってはグードルンとの娘カタリーナ(30)への継承を条件にしていたが、先頃、財団が1度後任に決定していた前妻との娘エファ・ワーグナー=パスキエル(63)と復縁し、娘二人の共同監督案に変更。老父はこれでやっと安心して舞台から退けるだろう。

最終更新 Freitag, 02 September 2011 11:19
 

ノー・エンジェルス

ノー・エンジェルス No Angels
01年2月デビュー、03年12月に解散、07年1月に 再結成された女性ポップ・グループ。メンバーは、(写真左から)Nadja Benaissa、Lucy Diakowska、 Sandy Mölling、Jessica Wahlsの4人。
(C)Volker Dornberger/DPA/PA Photos

今週末の24日夜、セルビア・ベオグラードで53回目の開催を迎える欧州国別対抗歌唱コンテスト(ユーロビジョン・ソングコンテスト)決勝。3月に行われた国内選考会で新曲「Disappear」を披露し、ドイツを代表する出場歌手に選ばれた。

RTL2のキャスティングにより、初代メンバー5人が選ばれたのは2000年の冬。現代ドイツの芸能事情を反映してか、クラシックなドイツ系美女はサンディ(1981年4月生)ただ一人。シングルマザーのナジャ(1982年4月生)はモロッコ=セルビア系、ジェシカ(1977年2月生)の父はアメリカ系黒人、バネッサ(1979年10月生)の母はペルー人、ルーシー(1976年4月生)は音楽一家出のブルガリア人と、かなりエキゾチックなガーリー・グループが誕生した。

デビュー曲「Daylight In Your Eyes」はドイツ語圏ばかりかブラジル、エストニアでもヒットチャートの1位に浮上。以後「There Must Be An Angel」「Something About Us」と次々にヒットを飛ばしたが、ジェシカの出産、グループ脱退を経て03年末に解散。昨年1月に、今度はソロ活動のため不参加を決めたバネッサに代わり、ジェシカが復帰して再結成された。

ユーロビジョン・ソングコンテストはABBA、ウド・ユルゲンスなど、数々のスーパースターを生んだ伝統ある歌唱イベント。すでに知名度の高いNo Angelsの出場は、果たして吉と出るだろうか。

最終更新 Freitag, 02 September 2011 11:19
 

ホルスト・ケーラー

ホルスト・ケーラー Dr. Horst Köhler
1943年2月22日、現ポーランド・ルブリン地方ス キエルビエスゾフ(当時ドイツ統治領ハイデンシュ タイン)生まれ。04年5月から連邦大統領。
(C)Wolfgang Kumm/DPA/PA Photos)

連邦大統領になって4年。党を越えて国民に方向性を示す特別な存在として、社会構造改革を遅らせる政府を批判し、他方では国民の国家依存症に辛口の警告を発してきたが、有権者による政治家人気投票では常にトップ。来年5月の任期終了まで残すところ1年になった先頃、2期目続投に意欲があることをビルト紙に語った。

1943年、ドイツ軍占領下にあったポーランドのルブリン地方で出生。両親は、ベッサラビア地方(現モルドバ)から同地へ強制移住させられた東方開拓ドイツ人である。一家はその翌年にソビエト軍から逃れるため、まずライプツィヒへ避難し、さらに53年、旧西ドイツへと亡命。各地の難民収容施設を転々とした後、57年にシュトゥットガルト近郊のルートヴィクスブルクに落ち着いた。

貧困を身をもって体験し、テュービンゲン大学経済学博士課程までの教育を働きながら終了。大蔵省に職を求めたのは、「世界の平和は貧困の克服にかかっている」との確信ゆえ。欧州連合(EU)マーストリヒト条約の作成に参加し、ユーロの発足に威力。以後、ドイツ貯蓄金庫・振替銀行連合会、欧州復興開発銀行、国際通貨基金の総裁を歴任し、政治に無知との批判を背に04年、連邦大統領に選ばれた。

しかし、すでに二つの法律の公布をストップさせ、歴代で最も政治的な大統領だと言われる昨今。盲目の娘を持つゆえ、障害者への理解も深く、国民からの人気は抜群。政治家には痛し痒しの大統領でもある。

最終更新 Freitag, 02 September 2011 11:19
 

シャルロッテ・ローチ

シャルロッテ・ローチ Charlotte Roche
1978年3月18日ロンドン生まれ。ドイツのテレビキャスター、歌手、俳優、作家。
写真 ©Horst Galuschka/DPA/PA Photos

ミュージックテレビ局VIVA2の番組「Fast Forward」を1998年から2004年まで司会。英語とドイツ語を自由に繰るスマートさと開けっぴろげな性格で人気を集め、02年にバイエルン州テレビ大賞、04年にアドルフ・グリム賞を受賞した。文学CDの朗読でも活躍している。そしてこの3月、「女性にもっと自分の身体を探求するよう促すのが自分の役目」だと考え、マスターベーションとセックスと親密な部分の衛生をテーマに処女小説『Feuchtgebiete(湿ったところ)』を出版。ベストセラーの上位に食い込んでいる。

8歳の時、英国からニーダーライン地方へ移住してきた。自然なライフスタイルを実践する両親のもとで自由に育ち、ギムナジウムを11年生で中退。15歳で親元を離れ、音楽と絵画の才能を模索して行き着いたのが、芸能界だった。しかし芸能ネタで売るビルト紙に対しては、01年6月から批判を続けている。予定した結婚式の2日前に交通事故で兄弟3人を失った時、執拗にインタビューを迫られ、断ると、脅しまでかけられたからだ。

小説の執筆では「身体全体の毛を剃る圧力から女性を解放したい」ので、その作業中に間違って痔を切ってしまった18歳のヘレンを主人公にした。新世代のフェミニストを自認し、「若い女性はアリス・シュヴァルツァー(ドイツ女性解放運動の草分け)に感謝すべき」と言う。実生活では02年に娘を産み、07年に結婚。子育てと家事と仕事の両立は、夫もフェミニストであることが条件とのこと。賢いスキャンダル作家のようである。

最終更新 Freitag, 02 September 2011 11:19
 

クリスタ・ミュラー

クリスタ・ミュラー Christa Müller
1956年ヘッセン州フランクフルト生まれ。左派党ザールラント州幹部。
写真 Quelle: SANKT ULRICH VERLAG

昨年秋、左派党の家族問題担当員としてトークショーに出演し、連邦政府のフォン・デア・ライエン家庭相(キリスト教民主同盟=CDU)が進める託児所増設に「親と子の絆を断ち切る政策である」と大反対。先頃は「託児所に預けられた子どもが受けるトラウマは、女子割礼の肉体的暴力に匹敵する」 とまで述べ、政界全体を唖然とさせている。

ホテル経営の一家に生まれ、フランクフルト大学で国民経済学を学んだ。その間に社会民主党(SPD)に入党し、卒業後、まず欧州連合(EU)社会委員会に勤務。ヘッセン州でSPDが政権を樹立した1985年からは、州首相府で働き、転勤したボンで88年、当時のザールラント州首相オスカー・ラフォンテーヌと知り合った。

やがて同氏と結婚し、息子を産み、姑を介護する家庭人の役割をこなしながら、夫と共著で経済批判書を出版。注目の人になったが、シュレーダー政権に入閣した夫が、蔵相と党首のポスト、さらには党員バッチまで投げ出した99年、一緒に表舞台から身を引いた。

しかし05年、SPDの不満分子が新党、労働と社会正義の選択肢党(WASG)を設立すると、夫と共に入党し、07年6月には民主社会党(PDS)との合併で誕生した左派党で、夫は党首、自分はザールラント州幹部に就任。再び夫婦で脚光を浴びる存在になった。

現在、集中批判を浴びている問題では、割礼から少女を救う活動団体「Intact」の設立者として発言したと強調。夫の支持もある。あくまで夫婦和合に見える。

最終更新 Freitag, 02 September 2011 11:20
 

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