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特集


英国・ドイツ・フランスのメディア解剖 - コロナ時代の「情報力」を身に付ける

コロナ時代の「情報力」を身に付ける 英国・ドイツ・フランスのメディア解剖

欧州では長い歴史の中で、新聞社や公共放送がメディアの中心的存在を担ってきたが、昨今、私たちを取り巻くメディアの様相は大きく変化している。特にコロナ時代になり、情報を意識的に取捨選択することがますます必要になった。2021年最初のニュースダイジェストでは、英独仏の新聞やカリカチュア、さらにはソーシャルメディアの視点から、今日のメディアのあり方を徹底解剖! 情報とうまく付き合い、困難な時代を生き抜くためのヒントを探る。(文:英国・ドイツ編集部)

全ての「メディア」はローマに通ず
紀元前ローマから始まった新聞

世界最初の「新聞」を発行したのは、共和政ローマ期の政治家カエサルだといわれる。元老院の議事録を中心に、催事やよもやま話も織り交ぜたこの新聞は、掲示板に張り出される形だった。その後、手書きのニュースレターは存在していたが、新聞といえるものの登場は印刷技術の発明まで待たなくてはならない。

活版印刷技術が早く実用化したドイツでは、世界で1番に週刊紙「リレーション」(Relation)(1605年)を発行。フランス初の定期発行された新聞は「ラ・ガゼット」紙(La Gazett)(1631年)、英国ではオランダから輸入された英字新聞が1620年代にあったものの、最初の英国新聞として知られるのは「オックスフォード・ガゼット」紙(Oxford Gazette)(1655年)だ。ドイツの新聞が他国より先に発達したのは、技術的な理由だけでなく、国家が分裂状態にあり、印刷物への検閲が緩かったためだといわれている。この時代、各国では王室や国王を攻撃する新聞などは処罰の対象になった。

報道の自由を求める闘いは17世紀に始まり、最終的に英国では1695年に「権利の章典」として実を結ぶ。フランスではヴォルテールらの啓蒙思想が広まり、フランス革命へと発展。ナポレオンが「新聞によって王朝が終結した」と語ったほど、この時期には次々と新聞が誕生し、世論形成に大きな役割を果たしたのだ。新聞の基本的な役目は19世紀まで変わらなかったが、印刷技術の発達によって大量印刷が可能に。やがて、マスメディアに進展していくのだった。

参考:European History Online http://ieg-ego.eu MITTELDEUTSCHER RUNDFUNK www.mdr.de 小糸 忠吾『新聞の歴史―権力とのたたかい』 (新潮選書)

世界報道自由度ランキング2020
欧州は比較的メディアの自由度が高い!

世界報道自由度ランキング2020※数値が小さければ小さいほど自由度は高くなる。

出典:国境なき記者団「2020 World Press Freedom Index」

世界報道自由度ランキングとは

世界のジャーナリストたちによって構成されるNGO「国境なき記者団」が2002年から毎年発表しているランキング。世界180カ国と地域を対象に、メディアの独立性、多様性、透明性、自主規制、インフラ、法規制などについて、専門家へのアンケートや各国のデータを組み合わせた独自の評価基準と数式によって評価値が算出される。

三国の新聞比較

英国・ドイツ・フランスとも、報道の自由度が比較的高いことで共通しているが、各国のメディアを比較してみると、それぞれお国柄が表れていることが分かる。そんな三国の新聞がどのような視点で世の中の出来事を報道しているのか、各国のジャーナリストにお話を聞いた。

権力に対し健全な批判を展開する英国 権力に対し健全な批判を展開する英国

指導者層の愛読紙からタブロイド紙(大衆紙)に至るまで、英国で発行されている新聞の根本にあるのは「批判精神」。テレビやラジオが英国情報通信庁(Office of Communications)による監督を受け、中立性を順守しているのに比べ、新聞には特定の法律的縛りはない。そのため左派も右派も権力の監視塔としての役目を果たすべく、論鋒鋭く問題に切り込んでいく。保守であっても政府の広告塔ではなく、その新聞の立ち位置であるに過ぎない。それでも過激に走り過ぎず、一定の自主規制の下で報道するところは英国らしいといえる。

お話を聞いた人

小林恭子さん Ginko Kobayashi

在英ジャーナリスト。英国をはじめとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。英国ニュースダイジェストでは毎号「英国メディアを読み解く」を執筆。

英国を代表する新聞

冷静な視点は指導者層が愛読
The Times
タイムズ紙

保守中道の全国紙。政治家、大企業の経営者などの指導層が愛読する。常に冷静な視点から報道し、偏りの少ない公正な論調が基本。先ごろの米大統領選では、他紙がバイデン氏の勝利を大々的に報じていたのに対し、軸足をトランプ大統領側に置いた冷静な見出しを掲げたのも、その表れといえる。

1785年に創刊された英国の老舗メディアの一つであり、「ニュースペーパー・オブ・レコード」、つまり「正式な記録を残す新聞」としての権威がある。2010年からはオンライン版の有料化に踏み切るなど、長い伝統を持ちながらも、常に先手を打って英国の新聞業界を牽引する存在。ポッドキャストにも力を入れ、「ストーリーズ・オブ・アワ・タイムズ」では、米大統領選からシリアの情勢まで、毎日1本、政治や文化を中心に一つのトピックを掘り下げる。姉妹紙には「サンデー・タイムズ」がある。

権力を監視する英国の良心
The Guardian
ガーディアン紙

左派・リベラル系。知識層やアーティスト、中産階級が主な読者。民衆弾圧事件「ピータールーの虐殺」を機に1821年に創刊され、1959年に全国紙となった。営利主義を拒否し、オンラインで全記事が無料で読める数少ない高級紙。基本的に労働党支持だが、かつて労働党のブレア元首相が参加を決断したアフガニスタン侵攻や、イラクでの戦争には猛反対を示し、人々の良心に訴えた。

権力を監視する、積極的な取材に定評がある。NSA(米国国家安全保障局)による国際的監視網「PRISM」の実在を告発したエドワード・スノーデンから託された資料を調査・掲載するなどし、2014年にはピューリッツァー賞を受賞した。ポッドキャスト「トゥデイ・イン・フォーカス」は、ニュースをより深く理解するために週5日さまざまなトピックを解説する。姉妹紙に日曜版の「オブザーバー」がある。

扇動的な見出しで庶民の心をつかむ
Daily Mail
デーリー・メール紙

英国のタブロイド紙としては最も古い保守系右派の新聞。反権力の名の下に庶民の立場から報道するものの、扇動的な見出しが多く、内容が事実と異なることがある。そのため、ウィキペディアは同紙を情報源として引用することを禁止したほど。政治的には、移民や難民の受け入れ反対派。英国の欧州連合からの離脱を決める国民投票の際には、当時の首相デービッド・キャメロンが苦情を訴えるほど、大々的に離脱キャンペーンを行った。

読者層は平均年齢が58歳、「中産階級のやや下」(Lower Middle Class)の女性という結果が出ている。ほかのタブロイド紙同様、王室ネタ、有名人ネタなどのゴシップ記事が豊富で、一面を飾ることも多い。英国は概してタブロイド紙間の競争が激しく、特ダネ記事をめぐる熾烈な争いが展開されており、メーガン妃が悩まされたのもこの点だったといわれている。

ほかにもユニークな視点の新聞

サーモンピンク色のフィナンシャル・タイムズ紙(Financial Times)は、保守中道派の経済紙。国際報道では高い情報力と信頼を得ている。現在オンライン版のみのインディペンデント紙(The Independent)は、1986年発刊の比較的新しい一般紙。ガーディアン紙よりも左派・リベラルで、ジョンソン政権の新型コロナ対策に強く反対するなど、メッセージ性の強い紙面構成が特徴。エコノミスト誌(The Economist)は雑誌の外見をとるが、れっきとした週刊新聞。国際政治と経済を扱い、科学技術系にも強い。記者は完全匿名性で、「本誌は」などの一人称を用いることで知られる。左にも右にも寄らない中道を標ぼうするが、その主張の多くはリベラルな左派といっても良い。

ニュースの背景や影響を徹底解説するドイツ ニュースの背景や影響を徹底解説するドイツ

ドイツでは、日本のように新しい事実をいち早く伝える特ダネは重要視されていない。どのような背景から事件が起きたのか、今後それが社会にどう影響するのかを解説することが、新聞の大きな役割と考えられている。各分野に精通した専門記者が多数活躍しており、報道自体が政治や社会を大きく動かすことも。また、報道自由ランキングで上位になる理由は、ナチス政権時代の反省から言論や報道の自由を重視していることにある。さらにナチスドイツの歴史を繰り返し報道することで、若い世代に伝えていくこともドイツのメディアの使命といえるだろう。

お話を聞いた人

熊谷徹さん Toru Kumagai

在独ジャーナリスト。過去との対決、統一後のドイツ、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続ける。ドイツニュースダイジェストでは毎号「独断時評」を執筆。

ドイツを代表する新聞

政治家や官僚が毎朝必ず読む
Frankfurter Allgemeine Zeitung
フランクフルター・アルゲマイネ紙

フランクフルター・アルゲマイネ紙(F.A.Z.)はドイツを代表する高級紙。政治家や企業の取締役、研究者など、ドイツのかじ取りをする人にとって必読紙であり、中央官庁の官僚たちは毎朝必ず読むという。その理由は、ほかの新聞にはない圧倒的な質の高さにある。良質な記事に丸1ページを割いていることから、F.A.Z.の記者には取材力と筆力が感じられる。読者は中道右派が多い。

また、F.A.Z.の社説は政治にも影響力を持つことで知られる。1990年代に旧ユーゴスラヴィアで内戦が起きた際、東欧情勢に詳しいヨハン・ゲオルク・ライスミュラー記者が「クロアチアがユーゴスラヴィアから独立したら、ドイツはクロアチアの独立を承認すべきだ」と社説で論じた。実際にドイツは非常に早い段階で独立を承認し、独政界ではこの社説が当時のコール政権の政策に大きな影響を与えたといわれている。

調査報道に強い元祖リベラル
Süddeutsche Zeitung
南ドイツ新聞

南ドイツ新聞(SZ)の特徴は、独自の取材・調査によって問題を掘り起こす調査報道の強さにある。2016年に世界を揺るがしたパナマ文書(租税回避に関する機密文書)のスクープは、このSZの調査報道によるものだった。多数の政治家やビジネスマンなどのオフショア資産口座の実態を暴露した報道をきっかけに、パナマ文書のデータを持つ人物がSZにコンタクトし、その存在が明るみに出たのだという。特ダネから次の特ダネにつなげることも、SZの強みである。

国際的なジャーナリスト機関とデータを共有するというネットワークの広さも自慢で、お金と時間と人手が必要な調査報道を国内の他メディアと協力して行っている。調査報道に強い記者が多くそろっており、昨今ではIT テクノロジーを駆使し、膨大な量の文書を分析して記事を執筆。リベラルな論調のため、読者層は中道左派が多い。

政界も揺るがすタブロイド紙
Bild
ビルト紙

ビルト紙は、ドイツで唯一100万部以上を発行するタブロイド紙。スキャンダル報道も多いが、面白いことにドイツの政治家は同紙を非常に重視している。ドイツの政治家は社会に向けて重要なメッセージを発信するとき、一紙のみのインタビューを受けることがあるが、その媒体としてよく選ばれるのがビルト紙なのだ。その理由は、ずばり広く読まれているから。

また、2010年にドイツ連邦軍の指示で起きたアフガニスタンでの爆撃について、ビルト紙の報道が注目された。当時のユング国防相は、死亡したのはテロリストのみであると発表していたにもかかわらず、実は市民も犠牲になったという事実を隠ぺいしていたことを同紙が明らかにしたのだ。ユング国防相はこのスキャンダルにより辞任。ビルト紙の報道があながちばかにできないことを象徴する出来事だった。

ほかにもユニークな視点の新聞

週刊新聞のツァイト紙(Die Zeit)の読者は、社会民主党(SPD)や緑の党を支持しており、圧倒的に中道左派が多い。その論調は非常に穏健で、経済的な利益よりも人権保護や環境問題などに重点を置く。さらにリベラル派には、ベルリンのターゲスツァイトゥング紙(taz)が読まれている。一方、ハンデルスブラット紙(Handelsblatt)は、調査報道を重視する経済新聞。最近ではフォルクスワーゲンの不正排ガス事件やワイヤーカードの不正会計事件など、厚みのある記事を多く発表している。また、地方紙がよく読まれていることもドイツの大きな特徴だ。地方分権が進んでいるため、地域の出来事を重視する人が多く、全国紙より地方紙を読んでいるということも珍しくない。

報道にも思想を求めるフランス 報道にも思想を求めるフランス

フランスの新聞の特徴は、思想的立ち位置が明確なこと。コンテンツ作成の際は、「ファクトよりもイデオロギーに重点を置くべき」という観念があり、事実報道の記事にも、各紙の論調に基づく独自の「アナリシス」が添えられていることが一般的だ。新聞が「何が正しくて、何が悪いのか」をはっきりと主張する傾向が強く、読者は個々の思想信条に沿って、自分の読む新聞を決める。そのため、新聞によって、一面に掲載されるニュースが大きく違うことも少なくない。「新聞報道は中立的でなくてはならない」という常識がある日本とは、全く異なる文化といえるだろう。

お話を聞いた人

フィリップ・メスメルさん Philippe Mesmer

ジャーナリスト、ニュースキャスター。Le MondeとL’Expressの在東京コレスポンダントとして活動中。École Supérieure de Journalisme 修士課程修了。

フランスを代表する新聞

知識層に愛される国際派新聞
Le Monde
ル・モンド紙

1944年に創刊されたル・モンドは、「地球」を意味する紙名に象徴される通り、伝統的に国際情勢を重視する傾向にあり、国際ニュースが一面を飾る頻度も高い。思想的には中道左派で、創刊当時は反植民地主義を唱えるプログレッシブな新聞という立ち位置だった。

現在では、主にパリを中心とする都市部の知識層から支持され、親EU(欧州連合)主義、LGBTの権利の容認など、国際協調や人権主義を基本とした論説を唱える。アナリシスの分量とクオリティーにこだわり、記事の本数を絞ってでもアナリシスに注力するという編集スタイルが特徴的だ。大手新聞の中では最も早い1995年に電子版を発行し、オンラインでの読者獲得と囲い込みに成功。デジタル面での施策に積極的で、2018年には大量の有料記事を無償解放し、会員登録者数を20%以上増やしたことでも話題になった。

カトリック系富裕層からの厚い支持
Le Figaro
ル・フィガロ紙

1826年に初めて発行された、フランスでは最も古い歴史を誇る新聞。「フィガロ」という名称は、モーツァルトのオペラでも知られるボーマルシェの戯曲「フィガロの結婚」に由来している。伝統的にカトリック系のブルジョア層を主な読者とし、資力は抜群。現在、フランスの日刊紙の中では最も発行部数が多い。

思想的には中道右派としてスタートし、第二次世界大戦後はド・ゴール政権を支持する立場を取っていた。2004年に航空機製造企業を起源とするコングロマリット、ダッソー社がオーナーに就任して以降は、右派系の新聞として認知されている。現在の紙面は、反移民主義、自由貿易主義、同性婚への反対など、保守的な論調が強い。2006年には、イスラム教を批判する記事を掲載したとして、エジプトとチュニジアの政府が国内でのフィガロ紙購読を禁止するという事件も起きた。

哲学者サルトルが創設した活動家の愛読紙
Liberation
リベラシオン紙

1973年、実存主義で知られる哲学者ジャン=ポール・サルトルが中心となって創刊。当時は編集長から清掃員までが同じ給料を受け取るという、階層を排除した社会主義的な運営スタイルをとった。伝統的にフランスにおける左派の論壇として知られ、急進左派的な新聞として認知されていたが、2005年にロスチャイルド家が上場株の37%を取得。編集長が解任されるなど社内紛争が起こり、一時ストライキにまで発展した。

現在のリベラシオンは中道左派にシフトし、移民保護、同性婚容認、人工授精の権利拡大などを促進する論調を展開。社会活動家を後押しする新聞としても知られる。業界関係者からは、タイトルセンスの良さ、ユーモアのある文章、高品質な報道写真など、アーティスティックな部分への評価が高く、哲学や精神世界をフィーチャーしたコンテンツにも特徴がある。

ほかにもユニークな視点の新聞

「人道」を意味する名前を持つ、左派系の日刊紙リュマニテ(L’Humanite)。1904 年、フランス社会党の党首だったジャン・ジョレスによって発行され、1921 年からはフランス共産党の機関紙としての役割を果たした。2001年に民営化したが、論説面では変わらず共産主義的な視点を保っている。各地にネットワークを持ち、全国的には知られていない社会現象を取り上げるなど、大手新聞では読むことができない独自の記事を掲載。取材力の高さやユニークな切り口で、ジャーナリストからの評価が高い。庶民の生活に密着した社会問題を取り上げる点は、日本の「赤旗」と似たところがある。株式の60%を読者や著者らが保有し、毎年9月に読者が集まる「ユマニテ祭」を開催している。

最終更新 Dienstag, 26 Januar 2021 17:55
 

英独仏三国の識者に聞く - 新聞の強みと日本のジャーナリズム

Web限定インタビュー!英独仏三国の識者に聞く新聞の強みと日本のジャーナリズム

ニュースダイジェスト2021年新年号では、英独仏のメディア事情に詳しい3名の識者に、各国新聞の特徴についてうかがった。ここでは、紙面では語り尽くせなかったインタビュー内容を、余すことなくご紹介する。三つの視点から浮かび上がった、「新聞メディアの強みと、日本のジャーナリズムの課題」とは?

お話を聞いた人

英国

小林恭子さん Ginko Kobayashi

在英ジャーナリスト。英国をはじめとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。英国ニュースダイジェストでは毎号「英国メディアを読み解く」を執筆。

ドイツ

熊谷徹さん Toru Kumagai

在独ジャーナリスト。過去との対決、統一後のドイツ、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続ける。ドイツニュースダイジェストでは毎号「独断時評」を執筆。

フランス

フィリップ・メスメルさん Philippe Mesmer

ジャーナリスト、ニュースキャスター。Le MondeとL’Expressの在東京コレスポンダントとして活動中。École Supérieure de Journalisme 修士課程修了。

新聞の強みはどのような点にありますか。

小林さん「規制に縛られない自由な報道」

時間をかけて、自分のペースでじっくり集中して読めることでしょうか。また、(英国の)テレビやラジオの報道は、放送網を利用するために英国情報通信庁(Office of Communications)による監査を受けていて、内容の中立性を順守する必要がありますが、新聞にはそのような特定の法律的縛りはありません。事実と情報を流すだけではなく、論説や分析なども多いので、ニュースの背景についてより深く知ることができる点も、新聞の強みだと思います。

熊谷さん「思いがけない情報に出会える」

印刷された新聞の利点は、デジタル化されたメディアよりも、情報を早く吸収できることにあると思います。物理的にページをめくっていくことによって、新しい情報を見つけやすいんですね。

もちろん、デジタルメディアの場合は、検索すれば知りたい情報がすぐに出てくるという利点がありますが、逆に言えば、検索しない情報は見つけにくい。紙媒体を最初から最後まで読んでみると、あっと思うようなニュースが見つかったということが、これまでに何度もありました。

メスメルさん「読者の知性に訴える『確かな情報』」

新聞の持つ真面目なイメージは、ほかのメディアにない強みだと思います。特に、ソーシャルメディアや個人ブログなどによる情報発信が増えた結果、フェイクニュースが問題になっている現在においては、「信頼に足る情報」を確実に届ける新聞の存在意義が大きいといえるでしょう。

新聞記者は、見聞きした情報を丸ごと信じることはありません。手掛かりとなる情報をもとに、取材やリサーチを通じて深堀りし、ファクトを確かめます。このプロセスが重要であり、オンラインメディアなどにはない特徴です。

現在はビジュアルの時代ともいわれており、写真や動画といったイメージがニュース視聴者に与えるインパクトが大きいですが、私はこの傾向にも懐疑的です。

私の通ったジャーナリズム学校の講師が言ったことで、印象に残っている言葉があります。「イメージは感情に訴え、言葉は知性に訴える」というものです。言葉を用いて情報発信する新聞は、読者が冷静に状況を把握し、判断を下すために重要な存在だと考えています。

日本の新聞に必要なことは何でしょうか。

小林さん「権力との距離を保ち、市民の側に立った報道を」

新聞の役割は民主主義を守ることなので、日本の新聞はもっと市民の側に立った報道が必要です。そして権力に対する監視をもう少し厳しくしていただきたい。政治家に「メディアは怖い、用心しなくては」と思わせ、緊張感を持たせるような記事を書かなければいけません。昨今の日本の政治を見ていても、もしこれが英国であれば、菅政権はもうとっくにメディアからボコボコに叩かれているはずです。

英国の新聞の特徴は、思い思いの政治的見解を展開することですが、日本の新聞は不変不動、つまり報道の中立性を重視していますね。偏向報道をしないように作る側が心掛けているし、読むほうもそれを期待している。ですから日本ではよく「偏った報道だ」という言い方で批判が起こります。しかしその分、紙面はどっちつかずになり目立った意見が掲載されないともいえるかもしれません。

英国では、政府が政策を発表すると、新聞は市民の視点から報じます。「市民の生活にとってその政策はどうなのか」と、必ず批判的に物事を見ています。これは例えば性犯罪の報道などでも同じで、被害者の側に立った記事になり、「被害者にも悪い点があったのでは」などという、公平を装った報道にはならないわけです。

また、日本のメディアは、大企業について「企業の言うことにも一理あるのではないか」という姿勢で報道することがありますが、英国では、政治家や大企業などの権力者の言うことは最初から「おかしいことがあるかもしれない」と疑った目で見ている。権力の監視を役割としているのです。

取材方法も、日英で大きく違います。2011年に東日本大震災で原発事故が起きたとき、日本の新聞界は「危険だから行ってはいけない」という政府の言葉を守り、現場に足を踏み入れませんでした。しかし英国のチャンネル4などは行ってしまった。これは、与えられたものを報道するだけではなく、一歩踏みこんで自分たちで判断するということを意味します。人種差別に関する問題なども、当事者に話を聞くだけでは分からないことは、潜入取材で自らが当事者になることで記事を書く。公益のためにはかけ引きや危険も辞さず、情報をもぎ取るくらいのやり方です。それに比べると日本はおとなしいですね。特に政治に関しては、日本は政権がなかなか変わりませんから、一定の政党、政治家と仲良くなることで情報を流してもらう形になってしまいがちです。

熊谷さん「複雑な出来事を解説するクオリティーペーパーを」

日本にもドイツのような高級紙(クオリティーペーパー)ができてほしいですね。これは、日本のマスコミ関係者や新聞記者の間でもよく話されています。

ドイツ語の動詞に「einordnen」という日本語には訳せない言葉があります。これが意味するのは、出来事や事件を解析して、さらにそれにどういう意味があるのかを解説すること。ドイツでは、新聞を読んで単に新しい情報を入手するだけではなく、「einordnen」することが新聞の一番重要な機能なのです。日本の新聞には、この「einordnen」が足りないと感じています。

日本では事実を中立的に報道し、あとは読者が判断するというスタンスが基本です。しかしながら、この世の中には複雑な出来事が多すぎるため、事実を提示しただけでは一般の人が判断できないことが多いんですね。ドイツ人は理論性を好む傾向にあるので、一般の人が理解できるように出来事の歴史的・政治的背景を解説してくれることを新聞に望んでいます。昨今、世界では右派ポピュリズムが勢力を拡大しています。特に若者たちがその主張の問題点を自分の頭で考えられるようにするには、やはり「einordnen」が重要だと思います。

日本の新聞記事に比べて、ドイツの記事は圧倒的に長いです。日本では、できるだけ記事をコンパクトにしないと受け入れられないと思うのですが、ドイツの新聞ではよく取材したものに関しては丸1ページを割いており、記者の取材力と筆力を感じますね。また、一流の経済学者や歴史学者、政治学者が一面を使って評論を書くこともあります。ホットな話題でなくても、例えば第一次世界大戦や第二次世界大戦が現代の政治に及ぼしている影響といったトピックも。ちょっとした本を読むくらいの内容量があり、読むのは大変なのですが、非常に勉強になります。

今の日本には高級紙と呼べるものはありませんが、月刊誌「FACTA」など一般的な新聞には載らないような内容を伝える雑誌が発行されています。現在は関心のある人だけがそういった雑誌を購読しているような状況ですが、時間と費用をかけてでも物事の背景をきちんと解説するような高級紙が、これからの日本に必要だと思います。

メスメルさん「独立独歩の姿勢で、市民の意見形成に貢献を」

日本の新聞は、もっと独立した存在であるべきです。今の新聞は、政府をはじめとする権力からの干渉を許し過ぎています。官邸での記者会見などを見ていると、政府側の誘導に従って、当たり障りのない質問をしているだけで、突っ込んだ質問をする記者はほとんどいません。メディアの経営層が政府に取り込まれているからだと思いますが。ジャーナリストらしい取材をしていると思えるのは、東京新聞の望月衣塑子記者くらいですね。

紙面を見ても、一面を飾るニュースはほぼ横並びで、各紙の特色が見えません。まるで同じ新聞を読んでいるような気になります。もっと自由に取り上げるネタを選んでもいいと思いますね。紙面上でもっと活発な議論を展開することも必要でしょう。新聞が読者に対して具体的な「イデア」(考え方)を提供し、「こうあるべきだ」という提案をするべきです。読者が自分なりの意見を形成するための助けにならなくてはいけません。民主主義国家の言論機関として、それこそが新聞の使命なのですから。

最近は、ソーシャルメディア上でマスメディアを「マスゴミ」と呼ぶような風潮もありますが、これはマスメディアの記者たちが積み重ねている地道な取材・調査活動のような舞台裏が、一般の人たちに知られていないからという面もあると思います。

これに対しては、米「ニューヨーク・タイムズ」紙が良い試みをしてます。トランプ政権によるマスメディア攻撃が始まっていた2018年、自社の記者たちの日常を映したドキュメンタリー番組である「ザ・フォース・エステート」(The Forth Estate)を公開したのです。「新聞記事が多くの時間と労力をかけ、時には命の危険を冒して作られているという事実をきちんと説明してこなかったことが、信頼不足につながっている」という反省のもとに制作された番組で、視聴者からは「記者たちが地道な取材活動や真剣な議論を繰り返し、悩む様子を観て、彼らも私たちと同じ人間なのだということが分かった」といった感想も出ています。日本の新聞社も、もっとありのままの姿を見せ、等身大の存在として理解してもらう試みをしてみるといいのではないでしょうか。

マスメディアは、市民に寄り添うパートナーとしての情報提供を

お三方のインタビューを通して、新聞やジャーナリズムにとって欠かせない、いくつかの共通ポイントが見えてきた。

まずは、権力との適切な距離を保ち、民主主義国家における「第四の機関」としての役割を果たすことだ。その時その時の政権や大企業と癒着することなく、主権者である市民の利益を考えた報道をすることが求められる。それに伴っては、独立した報道機関の存在意義をしっかりと示し、「新聞が権力批判をするのは政治家叩きがしたいからではなく、民主主義国家を構成する機能としての役割を果たすためだ」という事実を、丁寧に伝えていくことも必要だろう。

また市民の利益を考えるにあたっては、複雑な事象や問題を中立的に報道するだけでなく、背景なども含めて分かりやすく説明し、市民生活にはどのような影響があるのか、といった解説を提供することも重要だ。

メディアは、権力の暴走を食い止め、私たち一人ひとりの手から主権が奪われることを防ぐための重要なツールだ。ソーシャルメディアを利用したポピュリズムが蔓延する現代こそ、「一般の人々に寄り添うパートナー」としてのマスメディアの在り方が、ますます求められている。

最終更新 Mittwoch, 13 Januar 2021 14:01
 

ニュースを視覚的に読み解く - 皮肉とユーモアたっぷりのカリカチュア

ニュースを視覚的に読み解く皮肉とユーモアたっぷりのカリカチュア

欧州の新聞には、社会や個人の過失、欠陥などを批判した風刺画「カリカチュア」の掲載が多く見られる。ニュースの詳細が分からなくても、一目で万人に理解させるこの手法は、描き手のシニカルな態度と卓越したユーモアがあってこそなせる技。ここでは欧州におけるカリカチュア事情を簡単に紹介しよう。

皮肉とユーモアたっぷりのカリカチュア英国の「ガーディアン」紙に掲載された、スティーヴ・ベル氏による作品。2020年4月、英国内で増え続ける新型コロナウイルスの感染者数に対し、政府ができるソーシャルケアの最終プランを描いた。同氏は、ボリス・ジョンソン首相の顔をお尻の形に描くことで有名だ
参考:https://www.belltoons.co.uk/bellworks/index.php/leaders/2020/4488-150420_SOCIALCAREPLAN

皮肉とユーモアたっぷりのカリカチュアドイツでは毎年カリカチュア大賞を開催しており、2020年の金賞はヴォルフ=リューディガー・マルンデ氏が受賞。洗車やヴィーガンスナックの販売で生き残ろうとするガソリンスタンドを通じて、ドイツの車社会の危機を描いている

参考:caricatures&caricature「Political Caricature and International Complications in Nineteenth-Century Europe」、visual-arts-cork.com「Caricature Art」、BBC「Political cartoons: Britain's revolutionaries」、Political Cartoon Gallery「The Greatest British Political Cartoon of All Time」、Deutschlandfunk「Deutscher Karikaturenpreis 2020 Weniger ist mehr」

美術界から生まれたカリカチュア

カリカチュア(Caricature)の始まりは、「実在の人物の特徴を誇張して描いた肖像画」で、美術分野に限られた手法だった。語源はイタリア語の「Caricare」(誇張する)。1590年代のイタリア人画家アンニーバレ・カラッチが、誇張して描いた肖像画のスケッチに対して、最初にこの言葉を使っている。当時のイタリア美術界では、人体比や色彩を誇張した技巧的表現を特徴とするマニエリスムが展開していた。それまでの盛期ルネサンスで到達した「調和のとれた表現」を、ユーモアをもって分解していく作業がカリカチュアだったのだ。

この手法が欧州各地に広まり、18世紀後半から19世紀半ばにかけて、英国ではジェームズ・ギルレイ、トマス・ローランドソン、ドイツではヴィルヘルム・ブッシュ、フランスではシャルル・フィリポンなど、日常生活や政治を風刺する画家が次々に誕生する。テレビやラジオがない19世紀の欧州で、カリカチュアは識字率の低い貧困層にとって情報源になった一方、政府にとっては脅威の存在でしかなかった。特に自国で他国を嘲笑する風刺画が出回ることは、外交上の不都合以外の何ものでもない。各国で対応にばらつきはあるものの、1815~1914年の間、政治批判のカリカチュアは英国を除くほとんどの国で政府による検閲の対象になった。

独自路線派、慎重派、そして過激派

2020年は新型コロナウイルスを扱うカリカチュアが多数登場した英独仏の3国。しかしカリカチュアの扱いは、近隣国同士でありながら大きく異なる。

まずは、英国のカリカチュア。前述の通り英国ではこれまで政府の検閲が行われなかったが、その理由は人々が自国の支配者を笑うことで政治への不満を抑え、社会を安定させることを狙った政府の戦略にあった。そのような基盤の上に成り立つカリカチュアは、政治家を知るのに「(公式の肖像画より)よっぽど有用だ」とされ、むしろ題材になることを名誉に感じる政治家もいるほど。

対するドイツは、掲載内容に関してはかなり慎重派。政治家、移民問題、環境問題などを積極的に取り上げる一方、イスラムを題材にした作品は、2015年にパリで起きたシャルリー・エブド襲撃事件以降、避けられがちに。また、教育関係者の中には、生徒たちにムハンマドのカリカチュアは見せたくないと考える人も多い。

この路線と真逆を行くのがフランスだ。カリカチュアは同国における言論の自由、議論の自由、表現の自由の象徴の一つとして揺るぎない地位を確立している。また、新聞や雑誌に関しては、「皮肉な表現方法も、思想や意見を話し合うための手段」と考えることから、表現の自由が尊重される傾向がある。ただし、その自由は無制限ではなく、特定の人を中傷することや差別的発言、戦争犯罪を称賛することは法的に禁止されている。

最終更新 Mittwoch, 13 Januar 2021 13:59
 

ソーシャルメディアとうまく付き合うためのQ&A - つながりっぱなしの世界、どうやって過ごす?

ソーシャルメディアとうまく付き合うためのQ&Aつながりっぱなしの世界、どうやって過ごす?

今日、大量の情報やその中に紛れているフェイクニュースが多くの人を悩ませている。コロナ禍でも「お湯を飲むと予防効果がある」、「感染者が空港から脱走した」などの偽情報がソーシャルメディア上をかけめぐったのは記憶に新しいだろう。本特集の最後に、そんな情報過多社会においてどのように情報と付き合うべきか、ソーシャルメディア論の専門家である藤代裕之さんにお話を伺った。

ソーシャルメディアとは

インターネットを介して、誰でも情報を発信・受信し、双方向的なやりとりができるメディア。代表的なものとして、ツイッターやインスタグラムをはじめとするソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、ユーチューブなどの動画共有サイト、ブログ、ラインなどのメッセージングアプリなどがある。

お話を聞いた人

藤代裕之さん Hiroyuki Fujishiro

法政大学社会学部メディア社会学科教授、ジャーナリスト。徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービスの立ち上げや研究開発支援担当を経て現職。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。専門は、ジャーナリズム論、ソーシャルメディア論。

Q. スマートフォンは生活に欠かせないのに、ずっと一緒は疲れる……これって現代人共通の悩み?
A. スマートフォンは「便利でやや不快なもの」

スマートフォンが手放せない理由の一つは、ずばり「身体的・物理的な距離の近さ」。テレビや新聞などのマスメディアの時代には、特定の場所や時間において情報に触れることが一般的でしたが、スマートフォンならベッド、風呂、トイレ……いつでもどこでも持ち歩けます。

日本人のメディア接触時間は、2019年時点で1日当たり400分を超える日本人のメディア接触時間は、2019年時点で1日当たり400分を超える

一方でNHK放送文化研究所の調査では、日本に住む18~69歳の回答者のうち、およそ8割が「情報が多すぎる」と回答。マスメディアが主流の時代、「ニュースを読む・見る」ことは、新聞を取りに郵便受けに行ったり、テレビのチャンネルを選んだりと能動的な行動に紐付いたものでした。しかしスマートフォンは常時ネットに接続されており、一日中アプリからのプッシュ通知が届きます。この大量の情報に受動的に接し続けなければならない状況が、いわゆる「情報疲れ」や「スマホへの不快感」の原因に。とはいえ、人間は1度手に入れた便利なものからなかなか離れられないので、メディアに対する意識と現実の間で、あらゆる世代の人が揺れ動いているのが現状です。

Q. ネットによって視野が狭くなっている若者が多いと聞きますが、実際のところは?
A. 実は中高年世代よりも若者の方が「合理的かつ冷静」に情報に触れている

「フィルターバブル」(泡のフィルター)という、ネットの検索結果が利用履歴などをもとにカスタマイズされ、各ユーザーにとって心地良い情報ばかり入ってくる現象があります。それによって利用者の視野が狭まり、似た意見がつながりやすくなるというのですが、これはインターネット黎明期からずっと議論されてきました。

従来、ソーシャルメディア上の不確実な情報を鵜呑みにするのは若者だといわれてきました。ところが最近の10~20代のメディア接触の仕方は、合理的かつ冷めたものだということが明らかに。彼らの検索行動を調べると、グーグルなどの検索サイトではなくソーシャルメディアでの「ハッシュタグ検索」を多く利用しています。ハッシュタグ検索では、アルゴリズムを使った検索結果の順位付けもなく、極端なものも含めた意見の「相場観」を知ることが可能。日本の若者が突出することを嫌う傾向にあることから、まんべんなく全体の意見を知ろうとする検索態度が垣間見られます。

一方、中高年世代はメディアに対して「正しさ」や「真実」を求める傾向が強いです。かつて、テレビや新聞は取材から配信まで一貫して行い、間違った場合はその媒体自ら訂正しました。そのため、基本的に「情報」は信用できるものとして受け取られていたのです。それゆえ彼らが当時の感覚でスマートフォンを使用すると、自分の意見に近い不確実な情報に接触し、フェイクニュースに騙される……なんてことも起きています。

インターネットの閲覧履歴に基づくレコメンドの認知

Q. 昨今、世界的にマスメディアへの不信が広がっています。その理由は何でしょうか?
A. 誰もが発信者になれるというメディア環境の変化

元来マスメディアやジャーナリズムは、政府や公権力の監視、あるいは社会的な弱者への眼差しとして、社会の中でも非常に重要な役割を担うものです。昨今のメディア不信の背景には、マスメディア側にも誤報や不祥事などの問題はもちろんありますが、ソーシャルメディアの発達によって誰もが発信者になれるといった環境変化があるでしょう。

例えば2016年の米大統領選で、トランプ氏がソーシャルメディアを巧みに利用して勝利したことは有名です。同氏は、「ニューヨーク・タイムズ」紙やCNNのような大手メディアによる情報を「フェイクニュース」と攻撃し、支持者と反トランプ派の亀裂を深めました。大手メディアはそういった政治家への有効な対抗策を見いだせないまま、「トランプ氏が○○とツイートした」といった取材や調査を必要としないニュースを流すなど、むしろ世論の分断を助長する面もあります。

無数のユーザーが発信できる今、伝統的なメディアには、しっかりとした調査に基づいた良質な情報発信が求められています。一方で、紙面販売や広告収入の減少など、経済的な苦境を抱えているのも現実。マスメディアが「誠実にいい記事を作ろう」というだけでは解決しません。情報が拡散されることによってアクセス数や広告収入を稼いでいるインターネットメディアや、ツイッター、インスタグラムなどのプラットフォームなど、「偽情報でもアクセス数が伸びればそれでいい」というビジネスが成立する仕組み自体を変える必要があります。

質の高いニュースほど制作費がかかる一方で、フェイクニュースはコストが安い上に拡散力も高いというジレンマがある

Q. 「メディアリテラシーを身に付けることが大事だ」といわれますが、それがあれば「フェイクニュース」を見抜けるのでしょうか?
A. 個人のメディアリテラシーだけでなく、ソーシャルメディア環境の整備が急務!

玉石混交の情報を見分けるには、「誰がどんな意図で書いているか」を批判的に考える力、つまりメディアリテラシーが必要だと、いろいろなところでいわれています。もちろんそれは大切なことですが、メディアリテラシーがあれば偽情報を見抜けるかというと、私は懐疑的です。

ソーシャルメディア環境を車社会に例えてみましょう。昔より今の方が、圧倒的に事故数って少ないですよね。道路の整備、車体の安全性能の向上、シートベルトの義務化など、さまざまな理由があります。その上で私たちは「安全に車を運転する方法」を知る必要がありますが、これがメディアリテラシーに当たる部分です。しかし、今のメディア環境で私たちに求められるのは、「時速300キロの車が走る道で、故障車を見破って事故を防ごう」というくらい難しいもの。

そんな状況下ではまず、情報を売っているメディアや、拡散しているプラットフォームの責任を問うべきでしょう。例えばツイッター社は昨年の米大統領選に際し、誤情報の拡散防止や、情報拡散のスピードを緩めるため、一部仕様を変更しました。まだ実施されていないだけでシステム的・技術的に可能なことや、法整備が必要なことは数多くあります。そうした基盤が整うことで初めて、私たちは「情報を読み解く」ことが可能になるのではないでしょうか。そのため残念ながら、今のところ「誰でもフェイクニュースを見抜ける方法」は存在しません。逆に言えば、今のままではメディアリテラシーがうまく機能しないこと、そのためにプラットフォーム運営者や政策が何をすべきかを言い続けることが、私自身の仕事かなと思っています。

これから求められるのは「生活に根ざしたメディア」

大量の情報に溢れる現在、多くの人がメディアとの付き合い方を見直し、どんなメディアを選択するかについて意識的になっている。だからこそ、良質なメディアからフェイクニュースを発信するメディアまで、あらゆる新しいメディアに均等にチャンスがあるだろうと、藤代さんは語る。藤代さんが特に可能性を感じているのが、「地に足の着いた、生活に根ざしたメディア」だ。正しさについて論評するばかりではなく、身の回りのもっと違った価値に目を向けら れるメディアが、どの情報を信じていいか分からない時代において、人々の支えとなるのかもしれない。ニュースダイジェストは2021年も引き続き、読者の皆様に寄り添った誌面作りを目指したい。

もっと知りたい人におすすめの書籍

「コロナの情報に疲れた」、「若者の話が分からない」……そんな悩みを抱える人も少なくないだろう。本書では、ソーシャルメディアが広く普及した後の世界(=アフターソーシャルメディア)で、人々がどのように情報接触を行っているかについて、さまざまな調査データをもとに分かりやすく解説し ている。情報過多社会を生きる私たちにとって、多くの発見が得られる一冊だ。

多すぎる情報といかに付き合うかアフターソーシャルメディア多すぎる情報といかに付き合うか
アフターソーシャルメディア

著者:藤代裕之ほか
発行元:日経BP 2020年6月刊行

最終更新 Mittwoch, 13 Januar 2021 14:29
 

進化するドイツ語 - コロナ用語から絶滅危惧種まで

コロナ用語から絶滅危惧種まで
進化するドイツ語

「言葉」は、私たちと共にその時代を生きているものだ。実際、ドイツ語の文法はこの200年間ほとんど変わっていないが、単語数は少なくとも30%増加しているという。2020年は特に、コロナ禍によって世の中が大きく変化し、新しい言葉が次々と登場することになった。本特集では、そんな最新のコロナ用語や若者言葉、さらには消えかかっている言葉などを切り口に、日々進化するドイツ語の世界を探る。(Text:編集部)

 ドイツ語ってどんな言語?

EU内で最も話されている母国語

14万8000語が辞書に登録されているドイツ語は、インド・ヨーロッパ語族、ゲルマン語派に属する言語。世界で11番目に多くの母語話者を持つ言語であり、欧州連合(EU)では母語として最も広く話されている。ドイツをはじめオーストリア、スイス、ルクセンブルク、ベルギー、リヒテンシュタイン、さらに南チロル地方(イタリア)に住む約1億3000万人が母語あるいは第二言語として日常的に使用。また、外国人のドイツ語学習者数は英語の次に多く、世界中におよそ1540万人いるとされる。ドイツ語が第二言語として人気な理由には、ドイツの経済力や大学機関のレベルの高さが挙げられており、特に中国やインドなどのアジア圏では、ドイツ語学習の需要が2010年以降に4倍以上に増えたところも。

14万8000語が辞書に登録されている

2020年に改定されたドイツ語辞書DUDENには、約14万8000語が記載された。DUDENが初めて編纂した1880年版のドイツ語辞書には約2万7000語が収録されていたことからも、いかにドイツ語が増加してきたかが分かる。今回の改定では、主に環境やジェンダー、コロナ禍にまつわる約3000語が追加された。一方で、ドイツ語は複数の単語を組み合わせて一つの単語にすることができるため、厳密に単語数を数えることは難しく、ある説では合計およそ1800万語(単語の変化系は含まない)ともいわれる。

知っていればドイツ語通!?

最も〇〇なドイツ語

最も長いドイツ語

ドイツ語の名詞と言えば、とにかく長い! というイメージがあるだろう。実際のところ、一般用語としてドイツ語辞書DUDENにも記載されている最も長い単語は、Aufmerksamkeitsdefizit-/
Hyperaktivitätsstörung
(注意欠陥・多動性障害)で44文字。法律名などではさらに長いものもあり、現在ドイツの公式文書に記載された単語のうち最も長いものは、79文字から成るRinderkennzeichnungsfleisch-Etikettierungsüberwachungsaufgaben
übertragungsgesetz
(牛肉識別ラベル付け監視業務委託法)だ。このように法律名や規則名が長くなる理由は、「(法律を制定する)議会議員たちは何事も誤解を生まないように厳密にやりたがるから」だとか……。

最も美しいドイツ語

ドイツ語学習者のための雑誌Deutsch Perfektが2019年に世界48カ国の読者に向けて行なった調査では、「最も美しいとドイツ語」の第1位にGemütlichkeit(居心地の良さ)が選ばれた。この単語に投票したある読者は、「ドイツの暗くて寒い冬、温かくて居心地の良い居間で、ゆったりとビールを飲む様子をイメージするから」と語る。第2位はSchmetterling(チョウ)で、「言葉の響きから、風が吹く牧草地を舞うチョウの羽を想像する」との意見があった。そして第3位はEichhörnchen(リス)で、「ドイツのリスはかわいいだけでなく、発音がとても難しくてドイツ語学習者を悩ませる存在だから」という投票理由も。皆さんにとっての「最も美しいドイツ語」は何だろうか?

参考:Die Bundesregierung「8 Dinge, die Sie noch nicht über die deutsche Sprache wussten」、Deutsche Welle「Europäischer Tag der Sprachen: Ein paar Fakten über Deutsch」、deutschland.de「Man spricht Deutsch」、Deutsch Perfekt「Gemütlichkeit:Das schönste deutsche Wort!」

 2020年に生まれたコロナ用語

マンハイムにあるライプニッツ・ドイツ語研究所(IDS)では、1991年からその時代ごとに生まれる新語(Neologismus)を記録している。同所の言語学者であるクロサ=キュッヘルハウス氏は、「異例な社会的事象は、より多くの言葉が生まれるきっかけになる」と語り、これまでも1989年のベルリンの壁崩壊や、2001年のアメリカ同時多発テロの際に、時代を象徴する言葉が誕生してきた。そして今年、コロナ禍によって未だかつてなく多くのドイツ語が生まれたという。

同氏によれば、ドイツのコロナ用語にはいくつかのパターンがある。まずは、Corona-Party(コロナパーティー)のように「Corona +単語」を組み合わせるもの。またLockdown(ロックダウン)のように、英語圏で用いられる言葉をそのままドイツで使用することも多い。さらに、ナポレオン時代に生まれた言葉であるTriage(トリアージュ、回復の見込みがある患者を優先的に救助しなければならない状況)のように、現代ではほとんど忘れ去られていた単語が再び登場したパターンも。そして最もドイツらしい新語は、やはり「単語のつなげ技」によって生まれる。例えばメルケル首相は今年の4月20日、ロックダウンの緩和を急ぐ各州首相たちをÖffnungsdiskussionsorgie(Öffnung +Diskussion +Orgieをつなげたもの。直訳で、オープンディスカッション大騒ぎ)という言葉で批判したことが話題になった。

このようにコロナ用語は、政治家やメディアが生み出すものもあれば、私たちの日常からも日々生成されているのだ。しかしコロナ禍が終わりを迎えれば、これらの言葉のおよそ80%は消えていくと予想されている。

2020年に注目を集めたコロナ用語 意味・由来
Corona-Frisur
(コロナ美容室)
ロックダウンによって美容室がしばらく閉鎖されてしまった際、自己流で散髪した人。特に、悲惨な髪型になった人のことを指す
Corona-Kilos
(コロナ・キロ)
コロナ禍で外出することが極端に減り、運動不足やストレスによって体重が増加すること
Gabenzaun
(ギフトフェンス)
コロナ禍で困っているホームレスや貧困者のために、食品や衛生用品などを詰めた袋を吊るす「ギフトフェンス」がドイツ各地で設置された
Geisterspiel
(幽霊試合)
コロナの影響により、無観客で行われるスポーツ試合のこと。この言葉自体は以前から存在しており、主催者や観客に対する制裁として行われる無観客試合を意味していた
Infodemie
(インフォデミー)
Information(情報)+Pandemie(パンデミック)の造語。コロナ禍で世界中に大量のフェイクニュースが流れたことを指す
Online-Demo
(オンラインデモ)
接触制限によって、インターネットやソーシャルメディア上で開催されたデモ活動
Zoom-Bombing
(ズーム爆撃)
オンライン会議ツールのZoom(ズーム)がコロナ禍で急速に普及したが、そのミーティングに悪意を持って参加し、不適切な画像を共有するなどして荒らすこと

参考:ライプニッツ・ドイツ語研究所(IDS)ウェブサイト、Forschung&Lehre「Corona-Krise ist Quelle neuer Wörter」、Süddeutesche Zeitung「Wie Corona unsere Sprache beeinflusst」

 古いドイツ語と新しいドイツ語

生き残ってほしい趣のあるドイツ語

古くからある言葉でほとんど消えそうになりながらも、今も日常的に耳にする言葉をいくつかご紹介しよう。

一つ目は、中世から使われているというsplitterfasernackt。「素っ裸の」という意味で、木材を作るために皮などの破片(Splitter)を取り除くことに由来する。nackt(裸の)という単純な表現にはない、奥深さのある言葉だ。二つ目は「目の保養」を意味するAugenweide。牧草地(Weide)のある風景が美しいことに由来し、自然に心が洗われるのはいつの世も同じだと思わせてくれる表現である。三つ目は、古いフランス語のmoi tout seul(孤独)に由来するmutterseelenallein。直訳では「母の魂のように孤独な」となるが、「独りぼっち」という意味で使われる。孤独感が増すような響きのある言葉だ。

ベルリンの壁崩壊とともに消えた東ドイツの言葉

今年10月、東西ドイツが再統一して30周年を迎えたが、東ドイツ特有の言葉があったことはご存じだろうか。30年前に完全に姿を消した言葉もあるが、なかには旧東ドイツ地域を中心に生き延びている言葉も。

もう存在しない言葉のほとんどは、旧東ドイツの社会システムに関連している。代表的な例に、国営企業を意味するVEB(Volkseigener Betrieb)、高等学校を指すEOS(Erweiterte Oberschule)などがある。また、全ての居住者や西側からの訪問者を記録するHausbuch(家屋居住者登録簿)という言葉は、旧東ドイツが監視社会だったことを物語っている。

一方で、食べ物を示す言葉は現役活躍中であることが多い。Broiler(ローストチキン)、Feinfrostgemüse(冷凍野菜)、Ketwurst(旧東ドイツのホットドッグ)などがその例である。

大人には通じない? これがドイツの若者言葉だ!

14万8000語が辞書に登録されている「わかりみが深い」、「ぴえん」……など、日本語にも大人には通じない(!?)若者言葉が多々存在するが、それはドイツ語も同じ。ちなみにドイツの若者言葉は、英語やトルコ語から派生して独自の意味をなすことも多いのだとか。最後に、日々生み出され続ける新しいドイツ語の一部をお届けしよう。

若者言葉 意味
Babo 社長/リーダー
Bestie 親友(女性のみ)
chillen チルする
cringe 恥ずかしさを感じていることを示す表現
Ehrenmann/Ehrenfrau 何か特別なことをしてくれる人に対する呼称
Gib ihm! でしょ!/ほらね!
Läuft bei dir. かっこいい/すごい
sheeeesh マジで?

参考:Babbel MAGAZIN「9 fast vergessene deutsche Wörter」、Süddeutsche Zeitung「Überbleibsel aus der DDR: Fetzt urst ein」、t-online「Kleines Wörterbuch der Jugendsprache: Wissen Sie, was "cringe" bedeutet?」

最終更新 Montag, 13 September 2021 13:57
 

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