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英国・ドイツ・フランスの 「笑い」を大解剖!

新春特集 - 2019年を楽しむために

英国・ドイツ・フランスの「笑い」を大解剖!

あらゆる場を盛り上げ、会話の潤滑油となるユーモア。しかし、世界各国における文化の違いがあるように、笑いの感覚も国ごとに微妙に異なるのではないだろうか。そこで今回は英国・ドイツ・フランスの「笑い」の特徴を、現地編集部が調査した。3国共通で浮かび上がってきた「政治」というキーワードを検証するのに加え、国別の笑いを楽しむコツなどをご紹介。「初笑い」というにはちょっと真面目な欧州の笑いを大解剖する。
(英・独編集部、沖島景)

欧州の笑いの始まり
中世では笑ってはいけなかった?

21世紀の現在、「笑い」と聞くと肯定的な要素が思い浮かぶが、時代や国によって「笑い」に対する評価が変わってくる。近年、中世の笑いが大きく話題になったのは全世界でベストセラーを記録したウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』だろう。この作品は、北イタリアのカトリック修道院で起こる謎の連続殺人事件を解明する物語で、その事件の鍵は「笑い」だ。舞台は14世紀初頭、欧州で笑いが抑制されていた時代。古代ギリシアの哲学者アリストテレスが喜劇について論じた著作を手に入れた修道士ウィリアムは、老修道士ホルヘと「笑い」について論戦を展開する。ホルヘは笑いによって神、教会の権威が失墜することを疑惧し、「笑いは私たちの肉体の弱点であり、退廃であり、失われた味だ」、「笑いは愚かさの徴(しるし)」と言い放つ……。実際、12世紀にアリストテレスの著作が再発見されてからは、笑いについての解釈が議論されるようになった。。『薔薇の名前』はこの時代を舞台にした物語である。

フランスの中世史家、ジャック・ルゴフによれば、笑いは3つの時期に分けられるという。第1期は4~10世紀ごろで、笑いは悪魔の表現であると考えられ、笑いは抑制されていた。第2期には宗教的良心を判断する神学、決議論が成立し、笑いの適法性と笑い方が問いただされる。そして第3期は「解放された笑い」の到来だ。

現在の笑いとは違う概念であった第1期。4世紀以前にも笑いの倫理について述べられている書物はあったが、ふざけた卑猥な話は禁じるが笑い自体は許されていた。4世紀になると修道院で笑いについて問題視され始め、5世紀の神学者、説教者であるヨアンネス・クリュソストモスは笑うことを禁じた。それはエペソ人への手紙で「卑しい言葉と愚かな話やみだらな冗談を避けなさい。これらは、よろしくないことである。それよりは、むしろ感謝をささげなさい」と述べられているからだ。そして「イエスは決して笑わなかった」ということからも、笑いは次第に糾弾されるようになった。例えば中世ドイツ人聖職者のヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098- 1179)は、笑いを悪魔の象徴とし、災いを招くと指摘していた。人間に意味のない音を出させることは人間を動物レベルに落とすとし、また笑いは体液の変化を起こし、バランスが崩れることで病気が生じるとも主張していた。

「人間は笑う力を授けられた唯一の動物だ」と言われているが、歴史を紐解くと時代によって、その授かった力を抑えつけなくてはならない厄介な存在だったことが分かる。

参考文献:『薔薇の名前』(東京創元社)、『図解 笑いの中世史』(原書房)、『キリスト教と笑い』(岩波新書)

英国・ドイツ・フランスの「笑い」の特徴

英国・ドイツ・フランスの人々は、いったいどんな笑いを好むのか。似ているようで微妙に異なる3国の笑いのツボや、その国らしいお笑いを楽しむ方法をご紹介しよう。

UK英国

ブラックな笑いで権威を批判し自らの立場を主張する

英国の笑いと聞いてまず思いつくのは、王室や政治家などの権力を持つ人間や、自国の社会制度を批判した、風刺(Satire)や皮肉(Irony)、そして嫌味(Sarcasm)を含むブラックな笑いではないだろうか。英劇作家のウィリアム・シェイクスピアは『リア王』の中で、王に辛辣な言葉を浴びせる道化を登場させたが、ほかの登場人物が王に対して面と向かって言うことのできない真実を、道化は易々と「笑いを提供する者」という立場を利用して伝えている。ここではユーモアは、都合の悪い事実を暴き出す道具として使われているのだ。

時代が移り、シェイクスピアの子孫である現代英国のコメディアンたちも、ジョークやコメディーを通し、世の中のさまざまな矛盾に物申している。移民の両親を持つコメディアンは英国人が持つ外国人に対する偏見をネタにし、フェミニストや性的少数者も自分の置かれた立場を笑いで表現。質の良いブラック・コメディーは政治や社会問題などつまらないと思っている人々の目を開く役割を果たす。今、最も時代が必要としているもの、それはブラックなお笑いなのかもしれない。

ドイツドイツ

真面目なドイツ人の笑いの歴史は国民性と政治にあり

「真面目なドイツ人」という認識は、万国共通と言えるだろう。ドイツを代表する詩人・ゲーテはかつて、「ドイツ人の演劇は真面目な国民性にふさわしく、たちまち道徳的な傾向に転じた」と述べており、ドイツにおいて質実な国民性が喜劇的な内容に対して不利に作用していることについて言及している。また、劇作家のブレヒトも「われわれドイツ人は真面目さをおおいに鼻にかけている」と、すべてを真剣に捉える自国民に対して疑問を呈している。しかしながら、多才なコメディアン、ロリオー(Loriot)のようにそんなドイツの国民性を皮肉って笑いに昇華させるアーティストが受け入れられていることも事実だ。

また、ドイツにおける笑いには歴史的な背景も色濃く現れている。そのなかで最も象徴的なのが、独裁政治を行ったナチス・ドイツの例。ナチスは自身に向けられるジョークに対して我慢ができなかったとされ、政府を風刺して笑った者は、処罰の対象となったというエピソードだ。裏を返せば、笑いは権力者に立ち向かうための武器になることをドイツ人が知っていたということだろう。

フランスフランス

ブラック・ユーモアも受け入れるフランス革命から続く精神

フランスで日本の漫才や落語のような「お笑い」に相当するものといえば、ワンマン・ショーだろう。ワンマン・ショーは政治家や有名人を揶揄したり、モノマネをしたりすることが多い。ときには人種差別などの社会的な問題を笑いに変えて訴える手法も見られるが、その多くはコメディアン自身がアフリカ系フランス人などの場合で、自ら体験したことを笑いで伝えている。フランスでは他国とはまた違う表現の自由があり、あらゆる権威を笑い飛ばし、批判していくことが許されている社会である。それは絶対王政を倒したフランス革命から続く共和国の建国精神。他国から見ると眉をひそめるユーモアもあるだろう。しかし、特定の人を中傷することや差別的発言、戦争の犯罪を称賛しない限り、公の場でも風刺画という手段を使っても比較的許される風潮があるのがフランスの特徴だ。

フランスの世論調査会社BVA が調査した日常の笑いについての統計によると、フランス人が笑いの中でどのジャンルを好むかという質問では、80%が言葉遊びが好きなことが判明。56%がジョークや面白い話を好むが、モノマネは25%しか支持を得なかった。

三国三様!英・独・仏の人々はいったいどんなところでコメディーを楽しんでいる?

UK英国

ビールを片手にパブでスタンダップ・コメディーを

1人の話し手が観客の前に立ち、マイク片手にとっておきのジョークを次々と浴びせていくスタンダップ・コメディーは、英国のお笑いの王道スタイル。ステージを併設したパブや、コメディー・クラブと呼ばれる劇場などで、話し手は何年もの歳月をかけて練り上げたネタを繰り返し演じることも多いが、日によってアドリブや観客との掛け合いが展開されることも。特に手ごろでおすすめなのは、コメディーを楽しめるパブ。入場料はだいたい5ポンド(約720円)からと敷居も低く、ビールを飲みながら気軽にステージを楽しめる。ベテランの芸を観ることはもちろん、新人コメディアンの発掘の場としても存在する。一方、コメディー・クラブにも大抵バーが付属しており、結局のところ、英国のお笑いは常にアルコールとともにあるといっても過言ではない。

英国で人気のコメディー 登場人物にはこと欠かない

1980~1990年代に民放局ITVで放送され、英国ばかりか海外でも人気を博した風刺人形劇「スピッティング・イメージ」。王室メンバーや国内外の政治家などのグロテスクなまでにデフォルメされた人形が登場し、時事にまつわる風刺劇が繰り広げられる。現在この番組が復活するという噂がある。

スピッティング・イメージ人形劇「スピッティング・イメージ」のサッチャー元首相(写真右)

ドイツドイツ

映画を見れば、ドイツ人の笑いのツボが分かるかも?

ドイツの笑いは政治や国民性などをネタにしたものが多く、日本人にはドイツ人の笑いのツボが分からないこともある。しかし、悲喜劇と呼ばれるジャンルの映画では、比較的分かりやすいドイツの笑いが楽しめる。例えば、「グッバイ・レーニン!」はベルリンの壁によって生き別れた家族を描く悲しい物語だが、思わず笑ってしまうシーンも多々登場する。近年日本でも公開された「ありがとう、トニ・エルドマン」や「はじめてのおもてなし」などもまた、含み笑いを誘いつつ、観る人に考えさせちゃっかり泣かせるところが、いかにもドイツらしい。また「帰ってきたヒトラー」は、現代にタイムスリップしたヒトラーがモノマネ芸人としてデビューを果たすという内容。自国の歴史やメッセージを込めて笑いに変える手法は、現代のドイツならでは。

ドイツで人気のコメディアン 秀逸な自虐的笑い

ドイツ人なら誰もが知っているコメディアン、ロリオーに代表されるような自国民の性質を皮肉った笑い、その系譜を受け継いでいるのがドイツを拠点に活動する26歳のスイス人、ヘーゼル・ブラッガー(Hazel Brugger)。淡々とした話し口調で、時折ブラックなユーモアを投げかけ観衆の心をわしづかみにする。

ロリオー自身が監督を務めた映画『Pappa ante Portas』に主演するロリオー

フランスフランス

フランスで笑いを楽しむなら劇場へ

ジャン=ピエール・ジュネの映画『アメリ』に出演したジャメル・ドゥブーズは人気コメディアンで、フランス国内で毎年ワンマン・ショーを行っている。また若いコメディアンが世に出ていくことを支援し、パリの10区(42 Boulevard de Bonne Nouvelle)に劇場を構えてショーやオーディションを開催。新人コメディアンのショーを満喫できる。古典喜劇を堪能するならルイ14世が発足させた「王立劇団コメディー・フランセーズ」へ。別名「モリエールの家」という名の通り、上演作品のレパートリーにもモリエールの作品がある。ただこの劇団はモリエール劇団と悲劇を得意とする劇団とを統合させた背景を持ち、演目によっては悲劇であることもあるのでご注意。また19世紀に広まった人形劇「ギニョール」(Guignol)でも笑いを楽しめる。

フランスで人気のコメディアン 辛辣なユーモアが人気

20世紀の喜劇俳優としては映画画『大追跡』(1965年)などで活躍したルイ・ド・フュネス、またバイク事故により死亡したコリューシュが不朽の人気。コリューシュは差別や偏見といった題材を扱い辛辣なユーモアで知られていた。現在人気が高い女性のコメディアンは、フローレンス・フォレスティ。

フローレンス・フォレスティワンマン・ショーで人気を博すフローレンス・フォレスティ

笑いが社会に与えた影響からおすすめのコメディーまで
6つの「笑い」のエピソード

英国エディンバラ・フリンジはコメディアンたちの出発点!

毎年8月にスコットランドで開催されるエディンバラ・フェスティバル・フリンジは、演劇やコメディーを中心としたフェスで、申請すれば誰でも参加が可能。そのため、このフェスに出演することで注目を集め、一旗揚げようとする野心旺盛なコメディアンたちが殺到する。その昔、若きローワン・アトキンソン(Mr. ビーン)やスティーブン・フライなども出演した。出演のための審査がないことから、通常のイベントでは考えられない前衛的なネタを披露するコメディアンもいるのだとか。

英国笑えない? 英国流のきついジョーク

第二次世界大戦時、広島と長崎で相次いで被爆し、後に93歳で亡くなった日本人男性を「世界一運が悪い男」と紹介したのが、2012年に放映されたBBC のお笑いクイズ番組「QI」の司会者スティーブン・フライ。ゲスト回答者たちが「93歳まで長生きしたなら、不幸ではないかも」「原爆が落ちた翌日に列車が走るとは、英国では考えられない」などと発言。そのためこの映像を不快に感じた在英邦人らが日本大使館へ連絡をし、BBC と番組制作会社は、連名で謝罪声明を発表するに至った。

ドイツ際どい政治ネタで風刺するローゼンモンタークのカーニバル

普段はどんなにビールをあおっても礼儀正しく真面目なドイツ人が、年に一度ハメを外して楽しむ日が、2月のローゼンモンターク(バラの月曜日)に開催されるカーニバル。 特にドイツ西部のマインツ、ケルン、デュッセルドルフのカーニバルは大規模で、多くの山車が街中を練り歩く。その中でも目を引くのが政治風刺をテーマにした山車。国内政治批判に関わるものから、国外に向けたメッセージなど多岐にわたる。笑いにあふれるカーニバルでもシニカルな要素を盛り込むのがドイツ風。

ドイツドイツ人になるための本、笑われている本人たちも爆笑?

在独英国人、アダム・フレッチャー氏の英独バイリンガル本『ドイツ人になる方法(How to be German)』(C.H.Beck刊行)では、海外から見たクスッと笑えるドイツ人の姿がシニカルに描かれる。例えば「ドイツにおける3つのP(計画・準備・プロセスの頭文字)を身につけるため、数年先まで休暇の予約を取ろう。そのプロセスを簡素化するなら毎年マヨルカ島(ドイツ人定番の休暇先)への旅行がおすすめ」と皮肉りながらも、的を得た内容を展開。ドイツ人にもウケが良くシリーズ化されている。

フランス日仏の「笑い」の感覚の違いが明らかに

ブラック・ジョークを好むフランス人だが、日本人には到底理解できない事柄もある。例えば風刺人形劇でニュースを伝える「レ・ギニョール・ド・ランフォ」が2011年の東日本大震災の後に放送したニュースでは、震災で被害を受けた仙台の町並みと第二次世界大戦後の広島の写真と比べて「日本は60年間も復興に向けた努力をしていない」とコメント。さらに福島第一原発の周辺の現場で復旧作業に当たる作業員をスーパーマリオに見立てるなどし、在フランス日本大使館が抗議をする事態に発展した。

フランス「笑い」が襲撃事件に発展 シャルリー・エブド

過激な風刺画のイラストを多用する「シャルリー・エブド」紙がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことが悲劇を引き起こした。2015年1月7日、武装したテロリストが同社に侵入し乱射、12人を射殺。フランスでは各新聞で政治や社会的問題を風刺画で表現する風習があるが、同紙の絵が「笑い」の限度を超えているかどうかも含めて意見が飛び交った。同社は以前から複数のイスラム系団体から訴えを起こされていたが、政教分離の国、フランスの裁判所は無罪を言い渡していた。

最終更新 Freitag, 04 Januar 2019 14:46
 

ドイツの医療現場に笑いを届けるコメディアン、エッカート・フォン・ヒルシュハウゼン

新春特集 - 2019年を楽しむために

ユーモアと健康の関係を探り続け
ドイツの医療現場に笑いを届ける
医療コメディアン Dr. med.
Eckart von Hirschhausen
エッカート・フォン・ヒルシュハウゼン

「笑うことは最高の薬」と話すのは、ドイツ各地の病院にたくさんの赤鼻ピエロを派遣してきた「ユーモア・ヒルフト・ハイレン(HUMOR HILFT HEILEN)」創設者のエッカート・フォン・ヒルシュハウゼンさん。笑いが健康に良いことが科学的にも立証されつつある今日、どのようにして医療の現場にユーモアを持ち込めるかを長年試行錯誤してきた。2018年に創立から10周年を迎えた団体の取り組みに加え、ドイツの笑いについて詳しくお話を聞いた。

Dr. med. 
Eckart von Hirschhausen 
エッカート・フォン・ヒルシュハウゼン

エッカート・フォン・ヒルシュハウゼン 1967年フランクフルト生まれ、西ベルリン育ち。1995年まで小児神経科の医師を務めた後、医療コメディアンとしてテレビなどにも出演してきた。2008年にユーモア・医療財団「HUMOR HILFT HEILEN」を設立した。ドイツ語の著書多数。ロリオーの大ファン。

笑いで奇跡を起こした赤鼻ピエロ

即興音楽や寸劇で小児病棟の子どもたちを笑わせる赤い鼻のピエロ。彼らはユーモア・ヒルフト・ハイレン(以下HHH)でトレーニングを受けた「ホスピタル・クラウン」(Klinikclown)だ。HHH創設者のヒルシュハウゼンさんは、病気の子どもたちにとって笑うことがいかに重要であるかを身をもって体験したと話す。

「もう何年も前のことです。とある体育館で医師としてマジック・ショーをしたとき、心身症専門の小児科医がショーの間に起きたことを話してくれました。当時彼が担当していた場面かん黙症*で人前で話せない男の子が、なんと周りの子どもたちと一緒に笑ったり、驚いたりしていたと言うのです。そのときから、私はユーモアや音楽、芸術は治療の役目を果たすのではないかと考えるようになり、それがHHH誕生のきっかけになりました」。

*家庭では話せるが、学校や職場など特定の場所で全く話せなくなる精神的な症状

ドイツ医療業界で広がるユーモアの輪

その後、ヒルシュハウゼンさんは財団を立ち上げ、何年もかけてドイツ各地に自身のプロジェクトを広めていった。現在では、HHHのホスピタル・クラウンは小児科を訪れるだけではなく、高齢者施設などでの緩和ケアも行っている。

「ホスピタル・クラウンの派遣は、私たちの活動の一部に過ぎません。優秀なユーモア・トレーナーとユーモア・セラピストと協力し、より専門性のあるホスピタル・クラウンの養成に努めています。また、看護師や看護学校での教育のために特別なモジュールを開発し、すでに全国で1万人以上の看護師が実践しました。現在は、より多くの人がこのモジュールを実践できるよう、アプリの開発も進めています」。

また一方で、HHHは健康とユーモアの関係性を研究する機関でもある。これまで、笑いが病気の治療に有効であることを科学的にも立証してきた。

「ポジティブな感情が心身にもたらす効果については、すでにいくつかの研究がされています。例えば、小児科の手術室にホスピタル・クラウンが患者に同行するという検証では、信頼性を強めるホルモン『オキシトシン』の分泌が増えることが確認されました」。

ユーモアのないドイツ人……はウソ

笑いを専門的に研究するヒルシュハウゼンさんだが、世間で語られる「ドイツ人はユーモアがない」ことについて尋ねてみると、それはただの固定観念でしかない、と答えた。

「ドイツ人にユーモアがないと言われる所以の一つに、『仕事が第一』という炭鉱夫の精神が考えられます。鉱山には全くと言っていいほど、楽しみというものがなかったのです。しかしながら、今日はもちろんそんなことはありません。むしろ、笑いは健康的なことで科学であるということの方が、現代のドイツ人の間では知られていると思います。

2017年に、健康科学と心理学の研究におけるアプローチ方法に大きな変化が起こりました。それまでは、何が人間を病気にするのかということだけが研究されていたのが、何が人間を健康にするのか、何が人間を精神的ストレスから守るのかということも注目されるようになったのです。ユーモアの強みは、まさに人間をストレスから守ることです。ドイツ人の国民病でもある、うつ病や肥満なども気分の変化と大きく関係していることが分かっており、心理療法の分野でも研究が進んでいます」。

今後はより多くの医療関係者にユーモアが持つ力について知ってほしい、と話すヒルシュハウゼンさん。最後はこんなジョークで締めくくった。「病院に持ち込むべきたった一つの『病原体』は、ずばり感染力の高い『笑い』です! 」。

最終更新 Montag, 07 Januar 2019 14:45
 

ドクターマーチンの歴史 - 第二次世界大戦後のドイツで誕生

第二次世界大戦後のドイツで誕生
ユース・カルチャー発展の立役者

ドクターマーチンの
歴史

おしゃれな英国ファッション・アイテムとして有名な靴ブランド「ドクターマーチン」。その生みの親は、実はドイツ人だった。ドイツから英国に渡り、今や世界的に知名度の高いブランドへと成長したが、その栄光を手にするまでには長い道のりがあった。第二次世界大戦後の少ない物資のなか、考案者たちの情熱によって誕生。やがて英国経済を土台から支える労働者と、 人生を謳歌する若者たちを鼓舞し続ける存在になった、ドクターマーチンの光と影に迫る。(文: ニュースダイジェスト編集部)

ドクターマーチンを履いた若者 1979年、ロンドンのショップ「ボーイ」の前に立つパンクたち

誕生のきっかけは足首の負傷だった

英国ブランドとして世間に知られているドクターマーチンだが、実は1945年にドイツで生まれ、立ち位置も現在のようなファッション・アイテムとは異なるものだった。考案者は独軍医のクラウス・マルテンス。スキー中に足首を負傷したマルテンスは、それまで履いていたミリタリー・ブーツが痛めた足には硬すぎたため、歩行の際の衝撃を和らげ、足が疲れないソール(靴底)を作ることにした。材料は、戦後の混乱に乗じて手に入れた廃材や皮革などを利用したという。こうして第二次世界大戦直後のミュンヘンで生まれた「エア・クッション・ソール」は、ドクターマーチン誕生の大きな一歩となった。ブランドの始まりは、意外にもマルテンスに起きた個人的な出来事だったわけだが、これが後に英国へ進出するキーポイントとなる。

マルテンスは若いときに靴の修理工として働いた経験があったものの、製作にはより精密な技術や専門的な知識が必要となったため、大学時代の旧友で、機械工学の知識を持つヘルベルト・フンクを訪ね、2人で協力して商品化を目指した。そして2年後の1947年、エア・クッション・ソールを搭載した靴の販売を開始。それまでミリタリー・ブーツしか履くものがなかった労働者階級の男性や主婦たちに大ヒットし、2人の靴は瞬く間に知名度を上げ、業績はうなぎ上りだった。

転機が訪れたのは1959年。2人はもっと大きな市場での流通を目指し、海外へ視野を向ける。早速、英国の靴業界専門誌に広告を出した。これに目をつけたのが、英中部ウォラストンで家族経営の製靴業を営んでいたグリッグス家のビル・グリッグス。同家は1901年の創業以来、丈夫なワーク・ブーツを作る老舗として知られており、ビル・グリッグスはこの革新的なソールに興味をそそられた。2人の新たなスタートには最高のパートナーだったと言えるだろう。

クラウス・マルテンス、ヘルベルト・フンク、ビル・グリッグス 左)スキーを楽しむクラウス・マルテンス(写真右)とヘルベルト・フンク(同左) 
右)ドクターマーチンを英国にもたらしたビル・グリッグス

エア・クッション・ソールのプロトタイプエア・クッション・ソールのプロトタイプ

1930年代のコブスレーン工場1930年代に撮影されたグリッグス家のコブスレーン工場

アイコンとなった「1460」

グリッグスは、マルテンスとフンクが開発したエア・クッション・ソールの製造特許を獲得し、製作に取り掛かる。エア・クッション・ソールの考案者、マルテンスを英語読みにした「ドクターマーチン」は、8つのレース・ホールを持ち、濃い赤色のオックスブラッドのブーツとして、1960年4月1日から正式に生産をスタート。日付にちなみ、このモデルは「1460」と名付けられた。商品化にあたり、ソールに改良を加えたほか、丸みを帯びたフォルム、靴の周りを一周する黄色のステッチ、履き口に取り付けられた黒と黄色がポイントのヒール・ループ、ツートンの溝付きソール・エッジなどのアレンジを加え、特徴となるソールを「エアウェアAirwair」と呼び、キャッチ・フレーズ「ウィズ・バウンシング・ソールズWith Bouncing Soles (弾む履き心地のソール)」とともに、世に送り出した。

発売後の数年間は、「頑丈で、そこまで高額ではない靴」として、ドイツと同じく労働者階級の男性を中心に飛ぶように売れ、特に警察官、工場従事者、郵便局員たちの間にいち早く浸透していった。また、発売額が2ポンド(現在の約40ポンド)と手ごろだったのも売り上げを後押した要因だった。ちなみに、当初はロンドン東部の魚市場で働く人へ向けて、靴をオイル仕上げにして販売する予定だったが、加工なしでも耐久性に差がなく、またマットでラフな感じが逆にアピール・ポイントになったため、結局その過程は省略されたという。

やがて「ドクDocs」「DMs」などの愛称で幅広く親しまれていったこの靴が、ただのワーキング・ブーツの枠から飛び出すのにそう時間はかからなかった。労働者階級の便利な靴が、次第に英国のカルチャー・シーンに必要不可欠なアイテムになっていくのである。

ドクターマーチン1460モデル左)1460モデル。現在は柔らかいレザーを使っている 
右)1960年代に使われたドクターマーチンの広告

英国の文化、社会に与えた影響

第二次世界大戦後、英経済が軌道に乗るに従い、若者たちは給料をファッション・アイテムにつぎ込むようになり、1950年代後半から主にロンドンに住む中流階級の間で誕生した(諸説あり)「モッズ」が世間をにぎわせはじめる。モッズは細身の3つボタン・スーツにミリタリー・パーカを身にまとい、音楽をこよなく愛し、スクーターで街を移動する若者のこと。労働者階級のモッズたちは、懐に余裕があるときにスーツを購入していたようで、普段はワーキング・ブーツやミリタリー・ブーツを履き、ボタンダウン・シャツにストレートのリーバイスなど、実用的なアイテムを身に付けていることが多かったという。このスタイルは、1960年代後半から「スキンヘッド(スキンズ)」と名を変えて独自のスタイルを築いていくことになる。思想により、スキンズ内で名称は細分化するのだが、いずれにせよ、生まれたてのスキンズは、自身の階級の誇りを表すアイテムとして、ドクターマーチンを選んだ。

このように、アイデンティティーを主張する手助けとなったドクターマーチンだが、その名を世に知らしめ、また英国を代表するブランドに躍進させた最も重要な立役者は「ミュージシャン」であった。

このように、アイデンティティーを主張する手助けとなったドクターマーチンだが、その名を世に知らしめ、また英国を代表するブランドに躍進させた最も重要な立役者は「ミュージシャン」であった。

967年、英ロック・バンド、ザ・フーのピート・タウンゼントは、英北部のとあるショップで、ライブのためにドクターマーチンのブーツを購入。派手なステージ、パフォーマンスで知られるタウンゼントは、そのステージでも、ドクターマーチンを履いて自由に跳ね回った。もちろんブーツはカメラマンが捉えた印象的なシーンにことごとく写り込み、ファンの目に飛び込むのに時間はかからなかった。また、タウンゼントはブーツについて「柔らかさと、足へのなじみの良さを兼ね備えたこのタフなブーツが、自分のパフォーマンスをより高みへ導いた」と、絶賛したという。タウンゼントはドクターマーチンを早期に履いた有名アーティストの1人であるが、その後もパンク・バンド、ザ・クラッシュのジョー・ストラマー、スカ・バンドのマッドネス、ロック・バンド、ザ・スミスのボーカル、モリッシーなど、数え切れないほどのミュージシャンたちが愛用。また、ファンたちもこぞってファッションを真似することで、愛用者を着実に増やしていった。こうしてドクターマーチンは、偶然に助けられながらも、英国のユース・カルチャーを支える必須アイテムとして君臨したのである。

ピート・タウンゼントライブでドクターマーチンを履いたピート・タウンゼント

ロンドンのキングス・ロード1983年、ロンドンのキングス・ロードに集まるパンクたち

ノーザン・ソウルでダイナミックに踊る若者たちノーザン・ソウルでダイナミックに踊る若者たち

マッドネスコベント・ガーデンのショップを訪れたマッドネス

政治家も愛用した

血気盛んな若者たちに履かれていたドクターマーチン。だが、公の改まった場所にも登場したこともあった。労働党員として47年間下院議員を務めたトニー・ベン(1925-2014)は、父から受け継いだ上院議員の地位を捨て、戦後の英国の労働運動を積極的に後押しした政治家。ベンはよくドクターマーチンの靴を履いて議会に登院していたため、一般の見解としては労働者階級との団結を表現していた、と言われている。しかし、かつて「ガーディアン」紙のインタビューで、そのとき履いていた黒のドクターマーチンについて聞かれ、「1970年代ごろ、息子からこの靴のことを教えてもらい、試しに履いてみたらとても履きやすかった。以来ずっと履いています」と答えた。

トニー・ベン 英政治家のトニー・ベン

業績不振からの飛躍

さまざまな階級の人たちに受け入れられ、売り上げを伸ばしていったドクターマーチンのエアウェア社だが、2000年代に入る直前、その勢いに陰りが見えはじめる。原因は、国内ではなく「米国市場での売り上げ減少による財政難」。状況は非常に悪く、建て直すどころか倒産の危機まで迫ったため、2003年、国内の工場を1つだけ残し、生産拠点を中国とタイへ移転するという苦渋の決断を下す。結果として、1000人以上が職を失うことになった。追い込まれた同社が考えた策は、ジミー・チュウやヴィヴィアン・ウェストウッドなど名のあるファッション・ブランドとコラボレーションし、ファッション好きの若者を惹きつけること。こうして当座を凌ぎ、事業再生へのめどをつけた同社は、4年後の2007年、英中部ウォラストンにあるコブスレーン工場で、昔ながらの製法で作った「ビンテージ」コレクションの製作を開始。ブランド・イメージの名誉挽回である。使用するレザーは「キュイロンQuilon」と呼ばれる厚みのある非常に硬いもので、履きはじめはとにかく痛い。かつてのファンは、この分厚いレザーこそドクターマーチンだと復活を喜んだそう。その後も国内外で次々とショップをオープンさせ、名実ともに完全復活を遂げた。

現在は東アジアを含む海外市場での売り上げが好調で、他社とのコラボレーションも引き続き積極的に行っている。2018年には英美術館テート・ギャラリーとタッグを組み、英画家の作品をプリントするなどの斬新な挑戦も試みている。

発売当初に比べると、ブランドの持つとがった雰囲気は薄くなりつつあるが、英コメディアン兼作家のアレクセイ・セイルの歌「ドクターマーチン・ブーツ」の、「階級もイデオロギーも関係ない、(中略)履けば誰もが自由になれるんだ」という歌詞の通り、これからも多くの人を魅了し続けていくことに変わりはないだろう。

60年代のロゴと、ニューオーダーのジャケットがプリントされたドクターマーチン英国のロック・バンド、ニュー・オーダーとコラボし、アルバム「テクニック」のジャケットをプリント

知られざるエピソード

2007年広告事件

2007年、契約していた広告代理店「サーチ・アンド・サーチ(S&S)」がとんでもない広告を作ってしまった。ニルバーナのカート・コバーン、ザ・クラッシュのジョー・ストラマー、セックス・ピストルズのシド・ビシャス、ラモーンズのジョーイ・ラモーンら今は亡きミュージシャンたちが、ドクターマーチンの靴を履いて雲の上に佇むというビジュアルで、まるで4人を神様のように見立てたものだったという。S&Sが勝手に作業を進めたのに加え、遺族の許可も取っていなかったため、広告を見た遺族たちが声明を出す事態になった。ドクターマーチンを販売するエアウェア社は、この一連の騒動について遺族に謝罪し、S&Sとの契約を打ち切ることにした。

好調なアジア市場とファンの本音

2013年、投資ファンドのペルミラと組み、さらなる市場拡大を目指したドクターマーチン。そのかいあって、日本を含む東アジア市場での売り上げが好調のようだ。また、重くてゴツい従来のブーツを3分の1に軽量化し、よりスマートな見た目へチェンジした「DM's Lite」という新ラインは、ティーンエイジャーを中心にヒット。このように近年はファッション性重視の傾向が感じられるが、昔からのファンはどう受け止めているのだろうか? 「ガーディアン」紙に寄せられた意見では、新しい開発を好意的に受け止める人がいる一方、「時代が変わって、昔のパンクやスキンズみたいに、社会に対して反逆する子どもたちはもういなくなったのだろうか」「品質が下がってから履かなくなってしまった」「私は現在60歳で、少し高かったけど、丈夫な英国産のドクターマーチンを買ったわ。私より長生きするんじゃないかしら」など、ノスタルジーに浸る人々も少なからずいるようだ。

ドクターマーチン

最終更新 Montag, 24 Dezember 2018 10:39
 

フォトコンテスト2018受賞者発表!

ニュースダイジェスト主催 フォトコンテスト2018 受賞者発表!

カメラかけがえのない旅の思い出から何気ない日常のふとした発見まで、今年も多くの力作が届いた、ニュースダイジェスト主催のフォトコンテスト2018。いよいよ栄えある受賞作品の発表です。今年は家族を被写体にした作品が数多く寄せられました。それでは、受賞者の皆さんによる思いのこもった写真を見ていきましょう!

テーマ「2017〜2018年の思い出」

王冠マチュア部門大賞

「ハイジ」
藤岡 聖陽さん 英国

「ハイジ」藤岡 聖陽さん

夏に家族でスイスへ行った際に撮影しました。マッターホルンを前に、息子が大好きなブランコで遊んでいる様子を残したくて、角度やタイミングを変えて何度もシャッターを切りました。2歳の息子が山をしっかり見ている点が特に気に入っています。まさか大賞を貰えるとは思いませんでした。応募を強く勧めてくれた妻に感謝です。

審査員コメント

遠近法を効果的に使った素晴らしい作品です。小さな子供を雄大なマッターホルンの前に配置し、しかもその山を子供が見下ろしているように撮影。青い空に子供が浮かんでいる構図も良いです。まさにタイトル通り、「ハイジ」のオープニングに出てくるようなユニークな、そしてよく考えられた写真ですね。

王冠 キッズ部門大賞

「いちごだいすきおにいちゃん」
加藤 立佳さん(6歳)英国 

「いちごだいすきおにいちゃん」加藤 立佳さん(6歳)

今年の5月に家族みんなで車に乗っていちご狩りにいきました。とっても大きないちごがいっぱい採れました。真っ赤で、甘くて、すごくおいしかったです。いつもはあんまり笑わないおにいちゃんも、いちごが大好きだから「うれしい」ってにこにこしていたので、写真を撮りました。

審査員コメント

本当にいちごが大好きな様子が男の子の表情から分かりますね。こんなにいっぱい収穫したという達成感にあふれた満足げな笑顔が、うまく切り取られています。これを撮影したのが妹さんというのも興味深いです。家族ならではのリラックスした表情と親密な時間が作品から伝わってきます。

「絆」
坂本 知美さん ドイツ 

「絆」
坂本 知美さん

この写真は、12月に訪れた北海に浮かぶノルダーナイ島で撮影しました。引き潮後、太陽の光が海と砂浜に反射してキラキラ輝くなか、犬と飼い主が楽しそうに散歩する姿は映画のワンシーンのようでした。広大な景色でも主役の存在感を写真に収められた点が気に入っています。

審査員コメント

映画のワンシーンのような、物語を感じさせる、本当に美しい 一枚です。犬を連れて散歩する人のシルエットがそこに写って いるのは奇跡のようです。全体的にモノトーンな印象のなかで、 光が瞬間的に見せてくれる美しさ、そこに現れる静かな色彩。 完成された一枚の絵を感じます。by JSTV

「初めての夏」
伊藤 優香さん ドイツ

「初めての夏」
伊藤 優香さん

息子が生まれてから写真を撮るようになりました。今年は異常気象で、北ドイツでも長い暑い夏。生まれて初めて夏を経験する息子と海やプールで遊びました。でも1番良いお顔は、お風呂上がりに遊んだ何でもない日に撮れました。これからたくさんの思い出を写真に残していきたいです。

審査員コメント

この作品に写っている赤ちゃんを見て、すぐに撮影者であるお母さんが赤ちゃんを愛おしく思う気持ちが伝わってきました。言うなれば、被写体とは鏡に映った自分を撮るようなものです。被写体から撮影した人の気持ちが伝わってくる写真は、良い写真である紛れもない証だと思います。by 佐藤製薬

「短い夏の過ごし方」
三塩 佑子さん ドイツ

「短い夏の過ごし方」
三塩 佑子さん

今年の猛暑で、フィンランドでも珍しく夏が長く感じられました。毎日のようにピクニックに行ったり湖に行ったりして、そんな夏のひとときを撮った一枚です。フィンランドでは冬が長い分、夏はみんな外に出て思う存分1日を満喫します。今年は私にとってベルリン移住前最後のフィンランドでの夏だったので、この一枚が入賞できたことをうれしく思います。

審査員コメント

繊細な影絵アニメーションの1コマのような、一目見た瞬間に幻想の世界に連れて行ってくれる美しい作品です。まるで、北欧の短い夏の一日が終わる前の景色と水面に足を入れたとき、その音が聞こえてきそうな静けさを切り取ったような一枚です。木の枝や葉、草、女性たちの美しい体のフォルムと湖面に映るその影、構図がとても素晴らしいです。 by Steigenberger Frankfurter Hof

キッズ部門入賞

「出発式」
林 令惟さん(2歳)ドイツ 

「出発式」
林 令惟さん(2歳)

ママから初めて大きなカメラを持たせてもらったときに撮れた写真だよ。ママと一緒にブロックで作った大好きな汽車を写してみたんだ。もうすぐ始まる幼稚園にわくわくしていた、夏休みの頃の思い出だよ。この写真を撮ったとき、「新しい旅へ、出発!」という気持ちだったんだ。

審査員コメント

お部屋の中で夢中になって遊んでいるときの、ワクワク感と楽しい気持ちがいっぱい詰まった写真です。写っているブロックの作品は、ママと一緒に作ったのでしょうか。人形がちょこんと乗ったカラフルな汽車や、それを追いかける小さな亀が、見ていて今にも動き出しそうです。by BOOKstore NIPPON

キッズ部門入賞

「明日に向かって走れ!」
加藤 大惺さん(12歳)ドイツ 

「明日に向かって走れ!」
加藤 大惺さん(12歳)

近所の公園で妹と弟のような犬が走っているところを撮りました。元々外に出るのが苦手なおじいちゃんに近い年齢の犬ですが、妹につられて公園中を元気に走り回っていたのが思い出です。偶然、太陽の光が良い感じに写ったので「、明日へ向かって走れ!」という言葉が合う気がしてタイトルにしました。

審査員コメント

広々とした芝生の上を思いっきり駆けていく、女の子とわんちゃんの元気な仲良しコンビに、大きなパワーをもらって感謝! です。躍動感あふれる写真で、見ているこちらも思わず一緒に駆け出したくなります。画面いっぱいの緑色で、写真から5月の暖かい陽気も感じられました。 by 日本航空フランクフルト

受賞者と賞品

大賞・特別賞

  • マチュア部門大賞 : 「ハイジ」藤岡聖陽さん(英国)
    Canon Europe より
    ミラーレスカメラ Canon EOS M50 / レンズ:EF-M 15-45mm / IS STM
  • キッズ部門大賞:いちごだいすきおにいちゃん」 加藤立佳さん(ドイツ)
    Canon Europe より
    コンパクトフォトプリンター Canon SELPHY CP1300

ドイツマチュア部門入賞

  • 「絆」坂本知美さん
    NHK Cosmomedia (Europe) Ltd. より
    JSTV無料視聴 €100相当
  • 「初めての夏」伊藤優香さん
    Sato Pharmaceutical Co., Ltd. Europe Office より
    ユンケル黄帝液20本&ユンケル・グリーンラベル20本
  • 「短い夏の過ごし方」三塩佑子さん
    Steigenberger Frankfurter Hof より
    THE SPAのご利用券

ドイツキッズ部門入賞

  • 「出発式」林令惟さん
    BOOKstore NIPPON より
    オススメ児童書・折り紙セット
  • 「明日に向かって走れ!」加藤大惺さん
    Japan Airlines より
    もらって嬉しいJALの福袋セット

審査員総評

今年も素晴らしい作品が勢ぞろいし、大変審査の難しいコンテストでした。マチュア部門では構図の決め方を含め、技術的に洗練されたハイレベルな作品が集まりました。キッズ部門についても大人とは異なるピュアな視点で切り取られた、勢いのある作品が多かったです。

受賞作品は日本語テレビ局JSTVで、2019年1月3週目より順次放送予定

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最終更新 Donnerstag, 06 Dezember 2018 14:12
 

ドイツのクリスマスを楽しもう!

クリスマス今年はひと味違う過ごし方を
ドイツの
クリスマスを楽しもう!

11月に入り街はクリスマス飾りでおめかしし、通りでプレゼントを抱えて歩く人を見かけたり、クリスマスもすぐそこですね。ドイツには、日本とは違うクリスマスのお楽しみが満載です。ドイツのクリスマスのことをもっと知って、いつもとひと味違うクリスマスを楽しんでみませんか?
(Text:編集部)

24 fakten zur Weihnachten in Deutschland
ドイツのクリスマスにまつわる24の事実

  • 1ドイツには「世界最古」のドレスデン、「世界一有名」なニュルンベルク、「世界最大」のシュトゥットガルトの3大クリスマスマーケットがある(編集部調べ)
  • 2毎年約370万人の来場者が訪れ、約300もの屋台が軒を連ねるドルトムントが「最も多くの人が訪れる」クリスマスマーケット(SAT.1 Gold:12 KURIOSE UND INTERESSANTE FAKTEN ÜBER WEIHNACHTEN)
  • 3世界最古となるドレスデンのクリスマスマーケットは、1434年にザクセン選帝侯フリードリヒ2世によって設立された(Geschichte des Dresdner Striezelmarkts)
  • 4クリスマスマーケットの予算は一人平均約30ユーロ(SAT.1 Gold:12 KURIOSE UND INTERESSANTE FAKTEN ÜBER WEIHNACHTEN)
  • 5出生率が最も高いのは9月。つまりクリスマスシーズンに子どもを授かる人が多い(SAT.1 Gold:12 KURIOSE UND INTERESSANTE FAKTEN ÜBER WEIHNACHTEN)
  • 6クリスマス時期の体重増加は平均でわずか約370g(SAT.1 Gold:12 KURIOSE UND INTERESSANTE FAKTEN ÜBER WEIHNACHTEN)
  • 7ドイツのアルコール消費量は12月に36%増加する (SAT.1 Gold:12 KURIOSE UND INTERESSANTE FAKTEN ÜBER WEIHNACHTEN)
  • 8世界で最も長いライベクーヘンは1052.3m (FloraQueen:10 interessante und lustige Fakten über Weihnachten)
  • 9クリスマスには約41%のドイツ人が携帯電話やMP3プレイヤーなど、電子機器を贈る (Seitenwaelzer:10 fantastische Fakten über Weihnachten)
  • 10ドイツ人の40%がクリスマスプレゼントを購入する。平均して5人にプレゼントを送る(Seitenwaelzer:10 fantastische Fakten über Weihnachten)
  • 11ドイツ全土で毎年約7690万ユーロがクリスマスギフトに費やされている(Seitenwaelzer:10 fantastische Fakten über Weihnachten)
  • 12ドイツの平均的なクリスマスツリーは164cm。クリスマスシーズンには約2800万本の針葉樹林が発売される(Seitenwaelzer:10 fantastische Fakten über Weihnachten)
  • 13男性の34.4%が電化製品類、女性の28%が香水やクーポンをクリスマスプレゼントのウィッシュリストに挙げている(FloraQueen:10 interessante und lustige Fakten über Weihnachten)
  • 14親が子どもに贈るプレゼントの予算は平均131ユーロ(myToys-Umfrage:Eltern geben pro Kind 131 Euro für Weihnachtsgeschenke aus)
  • 151535年にマルティン・ルターがクリスマスプレゼントを贈る習慣を考え出した(WE STYLE:24 Fakten Zur Weihnachtszeit)
  • 16ドイツ全土にイエスという名前の人物が約390人いる(WE STYLE:24 Fakten Zur Weihnachtszeit)
  • 1740%のドイツ人がクリスマスイブにソーセージとポテトサラダを食している(Mammheimer Morgen: Hohe Kauflaune bei großer Zuversicht)
  • 1845%の子どもたちがサンタクロースがプレゼントを運んでくると思っている(Allianz:O du fröhliche)
  • 1968%の人が店舗でプレゼントを購入することを好み、12%の人がインターネットで購入することを好んでいる(Mammheimer Morgen: Hohe Kauflaune bei großer Zuversicht
  • 20ドイツにはクリスマスポストが7つある(WE STYLE:24 Fakten Zur Weihnachtszeit)
  • 2138%のドイツ人が贈り物が気に入らない場合でも正直に言えない (Allianz:O du fröhliche)
  • 2237%のドイツ人がパートナーにクリスマスプレゼントを贈っている (Allianz:O du fröhliche)
  • 2346%の人が10~11月の間にクリスマスプレゼントを用意する (EY:Weihnachtsgeschenke 2016)
  • 24ドイツ人の81%がクリスマスを楽しみにしている (Presentationload:Infografiken zu Weihnachten)

ドイツのクリスマス、どう過ごしてる?
わが家のクリスマスの迎え方

お子さんのいるご家庭を中心にアンケートにご協力いただき、それぞれのクリスマスの過ごし方を教えてもらいました。今年のクリスマスを迎えるヒントにぜひ!

アンケートに協力してくれた人

国本隆史さん国本隆史さん
滞在都市:ブラウンシュヴァイク
ドイツ在住歴:6年
今年のプラン:ドイツのおばあちゃんと一緒に手作りクッキー食べながら、プレゼントを交換する。

MさんMさん
滞在都市:ベルリン
ドイツ在住歴:10年
今年のプラン:幼稚園だけでなく、わが家でももみの木の飾りつけをしてみたい。

クニコさんクニコさん
滞在都市:デュッセルドルフ
ドイツ在住歴:23年
今年のプラン:窓をきれいに拭いて完全清掃して、お正月のようにクリスマスを迎える。

Megumi.TさんMegumi.Tさん
滞在都市:デュッセルドルフ
ドイツ在住歴:12年
今年のプラン:子どもが少しずつ字を書けるようになってきたので、一緒にサンタさんへ手紙を書きたい。

M.K.さんM.K.さん
滞在都市:デュッセルドルフ
ドイツ在住歴:5年以上
今年のプラン:子どもを連れて、ケルンのクリスマスマーケット巡りを計画中。

デコレーション

クリスマスの飾りつけ

早いところでは、10月初旬にはクリスマス飾りが売られはじめるドイツ。部屋の中を思い思いに飾って、クリスマスを迎える準備をしましょう。

アドベント
待降節のこと。イエス=キリストの降誕にそなえる準備期間で、11月30日に最も近い日曜日からクリスマス・イブまでの期間がそれに当たる。毎日曜は第一アドベント、第二アドベント、第三アドベント、第四アドベントと呼ばれ、アドベントを迎えるごとに四つのろうそくが立てられたリース「アドベントクランツ」のろうそくに1本ずつ火を灯す習慣がある。2018 年は12月2日(日)が第一アドベント。

クニコさんアドベントクランツを手作りで

第一アドベントの前に、アドベントクランツ(写真下)を作ります。数種類のモミの葉をリースに巻き付け、乾燥オレンジやりんご、秋に集めておいた木の実や苔むした枝、ガラス玉などを飾ります。アドベントを迎えるごとに火を灯していくのは、キリスト教徒でなくても厳かで、クリスマスを楽しみにする気持ちを高揚させてくれます。(クニコさん)

アドベントクランツ

Mさんクリスマスマーケットで飾りを購入

アドベントが始まる頃になると、クリスマスマーケットで購入したちょっとしたものを部屋に飾ります。アドベントクランツは購入したり手作りするなどして、毎年欠かさず飾っています。(Mさん)

Megumi.Tアドベント中もツリーを楽しむ

ドイツでは12月24日にツリーを飾り付ける家庭が多いですが、わが家のツリーはアドベント期間中もすでにデコレーション済み。年によっては日本に一時帰国するため、クリスマス当日にドイツにいなくてもその雰囲気を味わえます。日照時間が少ないので少しでも明るくピカピカさせて、気持ちを盛り上げています。(Megumi.Tさん)

Megumi.T旅のお土産もデコレーションに

欧州各地を旅行したときに、お土産で買ったミニチュアの街並み(写真下)を飾ります。毎年一つずつ購入し、日本の家族にプレゼントもしています。(Megumi.Tさん)

ミニチュアの街並み

クニコさんツリーの飾りはテーマを決めて

クリスマスの数日前にもみの木を買い、今まで集めた飾りでデコレーションします。娘と飾りのテーマを決めるのが、毎年の恒例行事。例えば、「山小屋風」なら赤い球とギンガムチェックのリボン、「お菓子の国」ならパステルカラーを基調に、布やフェルトでできたマフィンやクッキーを飾ります。(クニコさん)

国本隆史さん大切なコレクションも飾りつけ

12月の週末にわが家に友だちが集まり、大量にクッキーを焼くのですが、その日までにツリーの飾りつけをしておくのが理想です。リヤカーを持ってもみの木を買いに行きます。パートナーが子どもの頃から大事にしてきた天使や雪、星などの飾りや、子どもたちが幼稚園で作ってきたものをみんなで飾り付けます。(国本隆史さん)

アドベントカレンダーアドベントカレンダー

12月1日から毎日1から24までの数字が振られた窓を一つずつ開けていく、お馴染みのアドベントカレンダー。子どもがいる家庭では、毎日小さなプレゼントを贈ることもあります。

Megumi.Tさんお菓子なしのおもちゃカレンダー

お菓子をもらう機会が多い季節でもあるので、わが家のアドベントカレンダーは甘いものは入れず、小さなおもちゃなどで作ります。手作りできなかった年は、プラモデルやブロックのパーツがセットになったカレンダーを購入。手作りよりも、完成度の高いおもちゃのほうが喜ばれることも。子どもは手作りから愛を図ったりしないのです。(Megumi.Tさん)

国本隆史さんお菓子や実用品をバランスよく

わが家のアドベントカレンダーの内訳は次の通り。小さなチョコレートやグミが3割、絵本が3割、ヘアゴムや自転車のライトなど実用的なものが3割、あとはおもちゃです。(国本隆史さん)

M.K.さん定番のお菓子入りカレンダー

チョコレートなどの小さなお菓子が入った市販のアドベントカレンダーを用意します。スーパーやドラッグストアで売られているものでも、喜んでくれます。(M.K.さん)

クニコさん娘の成長に合わせてコスメなども

子どもが小さかった頃は、24個のポケットがついた壁掛けに文具やおもちゃ、ビーズのアクセサリーなどを入れていました。娘が少し大きくなってからは、マニキュアやリップスティックなどのコスメも。プレゼントをこっそり買い溜めるのが楽しくもあり、大変でもあり……。(クニコさん)

クリスマスのお祝い

待ちに待ったクリスマス。家族や友人など大切な人たちと集まって、おいしいもの囲み、ゲームで遊んだり……。わが家の恒例行事も聞いてみました。

クニコさんクリスマスに家族みんなの好物「手巻き寿司」

ドイツ生まれ育ちの子どもたちはクリスマスをドイツで過ごしたがるため、この時期に一時帰国することはありません。そこで、日本に帰らない友人たちと集まって、忘年会代わりに会食します。家族みんなが大好きな手巻き寿司をすることが多く、丸鶏を焼くことも。とっておきのワインを開けて、ボードゲームも全員参加です。(クニコさん)

国本隆史さんミサに出かけたらプレゼントタイム

わが家でよく食べるのは、スイスのチーズケーキであるラクレット、それから鴨ですね。クリスマスの日は、午後2時ごろ教会のミサに行き、家に帰ってきたらツリーの下に置いてあるプレゼントを開けます。あとは、アドベント期間中に大量に焼いたクッキーを食べます。(国本隆史さん)

Megumi.Tさんやっぱり食べたい生クリームのケーキ

チキンや鴨肉など、鶏がメインの料理が多いです。ドイツのクリスマスケーキと言えばシュトレンですが、やっぱり生クリームたっぷりのケーキが食べたくなるので、毎年お菓子作りが趣味の夫が用意してくれます(写真下)。(Megumi.Tさん)

生クリームのケーキ

M.K.さん「もみの木」をドイツ語で大合唱

わが家のメインディッシュはロブスターです。クリスマス当日は毎年教会へ。クリスマスの歌「もみの木(O Tannenbaum)」をドイツ語で大声で、繰り返し歌い続けたり、家族で楽しく過ごしています。(M.K.さん)

Mさん日本風に鍋を囲んでパーティー

特に決まった過ごし方はありませんが、家族や友人と鍋パーティーをする……など日本風です。別の街に旅行することも。クリスマス前に、ドイツ人の知人宅でその時期ならではのお菓子をいただいたり、ツリーの飾りつけを見せていただいたりもしています。(Mさん)

サンタわが家のサンタさん事情

ドイツには、日本式のサンタさんはやってくるのでしょうか?それぞれの家庭で苦労があるようです。

Mさんサンタさん、気づいてもらえず……

昨年初めて日本式に、枕元にサンタさんからとプレゼントを置きました。しかし、翌朝本人は全く気付かず、なんとか誘導してプレゼントに気付かせたのですが、唖然とした様子。今年はサンタさんにお願いしたいものがあるようです。(Mさん)

Megumi.Tさんわが家にサンタさんは来る? 来ない?

クリスマスの登場人物が豊富なドイツ。わが家にはニコラウスは来ない、と取捨選択するのも一苦労。日本で育った夫婦間でも見解の不一致があり、24日の夜に枕元に置くという方針に落ち着くまで、いろいろと考えを巡らせました。(Megumi.Tさん)

クニコさん努力が報われなかったサンタさん

数年前、娘が欲しがったのは勉強机用の椅子。こっそり椅子を買い、地下室へ隠し、夜中に組み立て……。翌朝、娘が目を覚まして包み紙を破く音がしたのもつかの間、「IKEAのシールが貼ってある!」の一声が。大失敗でした。(クニコさん)

ドイツのクリスマスを彩る
個性豊かなキャラクター図鑑

聖ニコラウス Saint NicholasSaint Nicholas
サンタクロースの起源 聖ニコラウス

真っ赤な衣装に恰幅の良い姿、たっぷり蓄えられた白いひげが印象的なサンタクロースは、ドイツには存在しない。ドイツではサンタクロースの起源と言われているギリシャ人司教、聖ニコラウスがその役割を果たす。3〜4世紀に生きたとされており、生前は慈悲深い司教として貧しい人々の生活を支えたことから人々に慕われていたという。家計に苦しむ3姉妹の家の煙突に金品の入った袋を投げ入れ、それがたまたま暖炉横に吊るしてあった靴下の中に入ったことで、靴下の中にプレゼントを入れるという習慣が始まったというエピソードもある。聖ニコラウスが亡くなった12月6日を「聖ニコラウスの日」として、ドイツではこの日に小さなプレゼントが渡される。各地のクリスマスマーケットでも司教の帽子を被った聖ニコラウスが練り歩くことも。クネヒト・ループレヒト(下)という従者とともにやってくる。

Knecht Ruprecht
聖ニコラウスの助手 クネヒト・ループレヒト

クネヒト・ループレヒト Knecht Ruprecht

聖ニコラウスと行動をともにするクネヒト・ループレヒトは、「黒いサンタクロース」とも呼ばれている。1年間良い行いをした子どもにはご褒美としてジンジャーブレッドなどをプレゼントするが、悪い行いをした子どもには罰としてお仕置きをして懲らしめるという役割が。欧州にはクネヒト・ループレヒト以外にもさまざまな「聖ニコラウスの同伴者」が存在し、ドイツのザールラントやバーデン=ヴュルテンベルクの周辺で知られるBelsnickelなどがいる。また、ドイツ各地でクネヒト・ループレヒトに相当する存在は、Hans RuprechtやRumpknechtなど、たくさん存在している。

Christkind
ドイツ南部のクリスマスの天使 クリストキント

クリストキント Christkind

主にドイツ南部やオーストリア、スイスなどに伝わるクリスマスの天使。ドイツにおいては、「世界で最も有名」なニュルンベルクのクリスマスマーケットのビッグイベントとして、2年に一度クリストキントを決定するコンテストが行われる。コンテストで選ばれた人物はゴールドとホワイトの衣装を身にまとい、金髪の巻き髪のかつらをつけるのが伝統として受け継がれている。名前は「幼いキリスト」だが、そのイメージは女性の姿として想像されており、この地域ではサンタクロースと同じ役割を持つとしてクリストキントが12月24日にプレゼントを持ってくると言われている。

Nussknacker
さまざまな種類に出会える くるみ割り人形

くるみ割り人形 Nussknacker

欧米で現代でも愛され続けているクリスマスを舞台にしたバレエ「くるみ割り人形」。1816年にドイツのE.T.A. ホフマンによって発表された「くるみ割り人形とねずみの王様」が原作となっており、ドイツにもゆかりがある。くるみ割り人形は文字通りくるみを割るために使う道具のことで、ドイツではアドベントの時期に民芸品としてさまざまな種類のくるみ割り人形をクリスマスマーケットやデパートなどで見ることができる。現在ではオリジナルの用途のほかにも装飾用やドイツ土産としてもニーズが。コレクションしたくなるような大小さまざまなスタイルが特徴。

Krampus
バイエルン州の「なまはげ」 クランプス

クランプス Krampus

ヤギのような風貌で二足歩行する、クランプスは、欧州中部の国で伝わる伝説の生き物。ドイツでは主に南部のバイエルン州で知られており、ミュンヘンのクリスマスマーケットでは期間中2回に渡って街を練り歩く。親の言うことを聞かない悪い子どもには、手に持っているムチで罰を与えるというのが伝統。リアリティーのあるマスクは羊の皮や角を使って製作されている。子どもの頃に見たらトラウマになること必至。アメリカではクランプスを題材にしたダークファンタジー映画があったり、日本ではクランプスジャパンという団体が主催するパレードが行われるなど、世界的な知名度を誇る。

番外編

Gingerbread man
ドイツでは人型じゃない ジンジャーブレッド

ジンジャーブレッド Gingerbread man

人型クッキーに愛らしい表情がアイシングされているジンジャーブレッドマンもクリスマスを代表するキャラクター。しかし、ドイツにおけるジンジャーブレッドは、「レープクーヘン(Lebkuchen)」と呼ばれる円盤型のお菓子(写真右)を指す。レープクーヘンが特産品となっているドイツ南部のニュルンベルクでは、エリーゼンレープクーヘンと称されている。

ヴェックマン WeckmannWeckmann
クリスマス前に登場する ヴェックマン

ドイツの菓子パン「ヴェックマン」はアドベント期間にもパン屋などで売られるため、クリスマスのキャラクターと思われがち。実はマルティン・ルターの誕生日(11月10日)から聖ニコラウスの日(12月6日)にかけて出回るだけで、クリスマスとは直接関係がない。片手にパイプを持っているのが一般的だが、表情や姿形はさまざまで、チョコやレーズン入りなどもある。


最終更新 Freitag, 02 Dezember 2022 17:52
 

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