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国を持たない民族「シンティ・ロマ」

私たち日本人は、日本語を話し、日本に住むことが当たり前だと考えている。しかし、世界にはさまざまな民族で構成されている国の方が圧倒的に多い。それと同時に、定住地を持たない民族も存在する。「ジプシー」と呼ばれる人たちもその一族だ。ジプシーという呼称には差別的な意味合いが含まれており、彼らは「シンティ・ロマ」と自称している。近年、ドイツで増加傾向にあるブルガリアやルーマニアからの難民には、シンティ・ロマの人々が多く含まれているという。今回は、そんな彼らについて見ていきたい。

国と民族

日本人は、多少の違いこそあれ、極めて均質的である。均質的とはどういうことか、ほかの国と比較をすると分かりやすいだろう。例えば米国人は、米国国籍を持つ以外は、髪の色や肌の色、言語、歴史、宗教、文化が多種多様な人々の集まりである。欧州でも、このように様々な民族で構成される国が数多くあると同時に、定住地を持たない民族も存在する。現在、ドイツで生活する、移民の背景を持つ人口は約19.5%。5人に1人は他国からの移民であり、そのうちの約半数がドイツ国籍を取得している。

ロマのイメージ

ジプシー(以下、ロマ)と聞くと、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるだろう。 国から国へ渡り歩く放浪の民で、踊りや占いを生業とし、時には乞食や泥棒を働くといったイメージだろうか。これは、一部のロマやロマと思われる人のイメージが一般化したものであり、実際のロマには、定住する者、移動する者がいて、その職業も様々なのである。

ロマの登場

ロマが欧州の歴史に登場したのは15世紀に入ってからのことである。当時は、エジプトから来た民族と思われていたが、18世紀頃にはインド方面から来た放浪の民族と考えられるようになり、その出自の詳細は分かっていなかった。近年になってDNA鑑定が行われ、インド北西部から1500年前にひとときに移住し、900年前にバルカン半島付近から欧州全体に広がったことが分かった。

ロマの人口と定義

民族の定義は曖昧で一概には言えないが、ロマと思われる人々は欧州全土に600万~900万人ほどいると考えられており、その多くが、東欧ではルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、西欧ではスペインに住んでいる。

民族の定義の基本として、言語が基準にされることが多い。ロマの多くは、身内や仲間内ではサンスクリット語を起源とするロマニ語という言葉の各種方言を話し、外では彼らが滞在する国の公用語を使う。一部はロマ二語を話さないという。また、ロマ二語には固有の文字がないため、筆記には住んでいる国の言語文字にロマ二語の発音を示す特殊な記号を付け足して表記する。

彼らは、博労や鍛冶、行商や占いなどの職業で収入を得、地域社会の中で必要とされながらも差別を受けてきた。ルーマニアでは19世紀まで続いた奴隷制により、奴隷として扱われた。

ドイツでの迫害

ドイツ語では、ロマはツィゴイナーと言われる。ナチス・ドイツのホロコースト(大量虐殺)では、ロマはユダヤ人と共にジェノサイド(民族絶滅政策)の対象とされていたが、その事実が認められたのは、比較的最近のことである。イスラエルや、主に米国を拠点とするユダヤ人人権団体の強い圧力により、ユダヤ人に対するホロコーストは第2次世界大戦後、早い段階で解明され、補償が開始された。一方、支援する国家や団体のないロマに対する補償の問題意識は、ユダヤ人のそれに比べて遅れており、1960年代から話題に上り始めた。西ドイツが正式にロマに対するジェノサイドを認めたのは、1980年代に入ってからであった。2012年10月には、追悼慰霊碑がベルリンの連邦議会議事堂前に建立され、式典が開かれた。

海外に住んでいると、日本という国籍があることの恩恵を、当たり前のように享受していることが、いかに恵まれたものであるかを感じずにはいられない。国を持たない民族が何世紀にもわたって差別され、それが現在も「経済移民」問題の形で表れているという現実は、この問題の根の深さを物語っていると言えよう。

追悼慰霊碑の周りに集まる人々
シンティ・ロマの追悼慰霊碑

日本のパスポートの有効性

日本人が日本国籍の恩恵を感じるのは、特に海外旅行に出掛ける時ではないだろうか。ビザの申請が必要かどうかを確認する必要性は、ない場合が多いはずだ。それは、日本がビザ免除措置を実施している国が66カ国にも上るためである。

66のビザ免除措置国・地域一覧表 (2013年7月時点)

アジア 大洋州 欧州(つづき)
シンガポール オーストラリア スロバキア
タイ(15日以内) ニュージーランド スロベニア
マレーシア 中東 セルビア
ブルネイ(15日以内) イスラエル チェコ
韓国 トルコ デンマーク
台湾 アフリカ ドイツ
香港 チュニジア ノルウェー
マカオ モーリシャス ハンガリー
北米 レソト フィンランド
米国 欧州 フランス
カナダ アイスランド ブルガリア
中南米 アイルランド ベルギー
アルゼンチン アンドラ ポーランド
ウルグアイ イタリア ポルトガル
エルサルバドル エストニア マケドニア旧ユーゴスラビア
グアテマラ オーストリア マルタ
コスタリカ オランダ モナコ
スリナム キプロス ラトビア
チリ ギリシャ リトアニア
ドミニカ共和国 クロアチア リヒテンシュタイン
バハマ サンマリノ ルーマニア
バルバドス スイス ルクセンブルク
ホンジュラス スウェーデン 英国
メキシコ スペイン  
出典:厚生労働省(2009年)

タイとブルネイは15日までの滞在であればビザは不要であるが、そのほかの国については、ICカード付きパスポートを所持していれば、ほぼ90日までなら問題なくビザを取得しなくとも滞在できる。上記のリストを見れば分かるように、日本人が観光でよく訪れる国々はほとんどカバーされている。

しかし、ドイツ人と日本人が一緒に中国へ旅行する際は注意が必要だ。日本人は、滞在が15日以内で、目的が観光・商用・親族訪問・トランジットであればビザは不要であるが、ドイツ人は1日の滞在であってもビザが必要だからである。

用語解説

シンティ・ロマ Sinti, Roma

ツィゴイナー(Zigeuner)は、ロマのドイツでの呼称。ジプシーは、“エジプト人”という呼称がなまったもので、15世紀の当時、彼らがエジプトから来たと思われていたことに起因する。ツィゴイナーは、ギリシア語の占いや魔術を行った異端宗派を意味する言葉に由来すると言われる。「ジプシー」や「ツィゴイナー」という呼称には差別的な意味が含まれるとして、シンティ・ロマと呼ぶのが一般的である。

参考
■ 『ジプシー 歴史・社会・文化』水谷驍著(平凡社 2006年)
zigeuner.de "Sinti und Roma seit 600 Jahren in Deutschland" Günther Weiss (2009)
welt.de "Roma in Deutschland – ausgebeutet, illegal, kriminell" (21.02.2013) "Holocaust-Denkmal für Sinti und Roma eingeweiht" (24.10.2012)
livescience.com "Origin of the Romani People Pinned Down" (06.12.2012)

藤田さおり(ふじた・さおり) 法政大学経営学部経営学科卒業。ニュルンベルク在住。スイスの日本人向け会報誌にて、PCコラムを執筆中。日本とドイツの文化の橋渡し役を夢見て邁進中ですが、目下の目標は、ドイツの乳製品でお腹を壊さないようになること。
最終更新 Donnerstag, 09 Juli 2020 11:23  
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