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地下鉄駅の「魔笛」

ベルリンの地下空間で上演するモーツァルトのオペラ「魔笛」が、いま大きな話題を呼んでいる。仕掛け人は指揮者・演出家のクリストフ・ハーゲル。これまでも元変電所、サーカス小屋、ボーデ博物館といった一風変わった場所でモーツァルト作品を演出してきた人物だが、その彼がこのたび、10年前から構想していたという、現在建設中の地下鉄55号線「連邦議会(Bundestag)駅」での上演を実現させた。世界で最もポピュラーなオペラと、ベルリンの未来の都市空間との出合いから、何が生まれるのだろうか?

ある日曜日の午後、コンクリートの真新しい階段を地下へと下りて行った。開演前から駅のベンチに寝そべっているパンク風の若者が、実はパパゲーノ。彼は国の失業手当で生活し、駅では物乞いもする。ベルリン交響楽団が演奏する序曲が鳴り響くと、せわしない都市生活の映像が壁に映し出される。この「魔笛」は、現代のベルリンの地下鉄が舞台なのだ。

「魔笛」
「魔笛」の舞台より。現代に生きるパパゲーノ(左)
とパパゲーナ ©Oliver Wia

やがて、メルヘンの世界から紛れ込んできた王子タミーノが、張りぼての地下鉄に追われて登場する。彼を救う3人の侍女は、最近よくストをするBVG(ベルリン交通局)の清掃員という設定。モーツァルト時代のドイツ語を話すタミーノとスラングのきつい現代っ子のパパゲーノが出会うが、話しぶりも会話内容も全くかみ合わず、おかしみを誘う。

「この地域を治めているのはどのお方であらせられますか?何、夜の女王ですと。あなたは、そのお方にまみえる幸運に預かったのですか?」(タミーノ)

「は? カーニバルの仮装から帰ってきたような格好して何を言ってるんだい。ここはベルリンの政府地区だよ。この上で治めているのはアンゲラ・メルケル。テレビでしか見たことない」(パパゲーノ)

パミーナは、無賃乗車でモノスタトスに捕まってしまう。3人の童子はスケボーに乗ってやって来る。ゴミ箱、BVGの職員と交信するインフォボックスから線路に至るまで、駅の施設がフルに使われ、時事性のあるギャグが盛り込まれる。さらにダンスシーンがあったり、合唱が思わぬ場所から聴こえてきたりと、子ども連れの観客をも飽きさせることがない。

「連邦議会駅」の構内
「連邦議会駅」の構内。開業は早くても
2009年の夏といわれている ©Oliver Wia

だが、なんといってもこの舞台の成功は、アクセル・シュルテスが設計したモニュメンタルな空間なくしては考えられなかっただろう(ちなみに、駅地上の首相官邸もシュルテスが設計)。巨大な円柱が何本も屹立し、地上からの光がもれる丸天井の地下空間はまるで神殿のようで、「魔笛」のオリジナル舞台を彷彿とさせ、非現実的なまでに美しいモーツァルトの音楽と相まって、日常と非日常、過去と現在の境界を曖昧にしてしまう。すると、登場人物の中で一人異彩を放っていたタミーノさえ、一目ぼれしたパミーナを必死に探し求める過程において、孤独で、どこかつかみどころのない都市生活を送っている現代人とだぶって見えてきた。そう、この地下鉄駅版「魔笛」は、現代のメルヘンとして確かによみがえったのだ。

5月31日まで、ほぼ毎日上演。詳細はhttp://zf-u.de にて。

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(学研プラス)など。
ブログ「ベルリン中央駅」 http://berlinhbf.com
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