ジャパンダイジェスト

ドイツの年金問題と日独社会保障協定

少子高齢化が進行中の先進国において、年金の財源確保は、頭の痛い問題である。殊にドイツのような現役世代の保険料で年金を支える制度においては、社会の高齢化は直接保険料率の上昇に結びつく。ドイツの保険料率は現在19.9%。若い世代や企業からこれ以上の保険料を徴収できない域にまで達したともいえる。このような状況下で、ドイツでも公的年金の支給条件の厳格化が徐々に進んでいる。年金をめぐる最近の動きと、日独の2国間協定もふまえて、在独日本人として知っておきたい近年の制度変更内容とその影響を探ってみた。

年金支給開始が67歳に


楽隠居は夢の夢。死ぬまで現役?
今年3月に連邦議会で、ドイツの年金支給開始年齢が現在の65歳から段階的に67歳に引き上げられることが決議された。引き上げ開始は2012年。最初の12年間は開始年齢が毎年1カ月ずつ、その後は2カ月ずつ引き上げられ、2029年に67歳となる。つまり、1947年生まれの人の支給開始は65歳と1カ月、48年生まれは65歳2カ月に延び、63年以後に生まれた人は一律67歳となる。ドイツも日本同様に、「賦課方式」と呼ばれる現役世代が高齢者の年金財政を支える方式をとっているため、高齢化社会にあって保険料率上昇を抑えるためには、支給開始年齢の引き上げは遅かれ早かれやむを得ない決断、と一般に受けとめられている。現在は現役世代3人で1人の年金生活者を支えている、といわれており、2030年にはこれが2人で1人になると試算される。

年金支給額が3年ぶりに微増

他方、同時期にちょっとした朗報も聞かれた。年金支給額が今年7月から0.54%ほど引き上げられる。ドイツの年金のスライド調整は物価ではなく、賃金上昇率を基準に算出される。ドイツでは失業率がここ何年も10%超の高水準を維持。最近は事業拠点の国外移転などを背景に、賃金も伸び悩んでいた。2005年から年金受給者と保険料支払い者の人数比も考慮されることになったという要因もあり、過去3年間支給額が据え置かれていた。0.54%というと、標準的支給月額の1100ユーロの場合で5.94ユーロしか増えない。それでも年金受給者の団体は「これで満足とは言えないが・・・」と前置きをつけながらも、歓迎の意を表している。

年金水準は低下

年金支給開始年齢は引き上げられ、年金支給額は停滞気味。その結果として、年金水準(Rentenniveau→用語解説)が年々落ち込んでいる。2006年に年金支給開始年齢に達した人の年金水準は52.2%。2019年には46.3%になると06年政府年金保険報告書は伝えている。またシュピーゲル誌オンライン版(08.03.2006)によると、2030年には43%以下まで落ちる可能性も示唆されている。

少し前まで、ドイツといえば豊かな年金生活が送れる福祉国家、というイメージがあった。実際1990年代などは手取りの年金水準が70%を超えていた時期もあり、公的年金さえあれば老後は安泰、と国民は大きな信頼を寄せていた。

しかし公的年金だけに頼りきりの現況のままでは、年金水準の低下する将来、高齢者の貧困化が懸念される。打開策として連邦政府は、確定拠出型の個人年金である「リースター年金(Riesterrente→用語解説)」の助成策をはじめ、企業年金の強化策も推進している。

先頃はシュタインブリュック財相が「休暇旅行よりも老後の蓄えを」と呼びかけて一部から批判を浴びるという一幕もあったが、その一方で豊かな余生を送るためには自助努力が欠かせないとの意識が国民の間に徐々に広がりつつある。


用語解説
Rentenniveau (年金水準)
現役世代の手取りまたは額面収入に対する、加入期間45年の年金生活者の手取りまたは額面年金収入の割合。文中にて特に表記がない場合、社会保障費差し引き後、税引き前の額から算出した年金水準を指している。
Riesterrente (リースター年金)
2002年にリースター労働相(当時)の下で導入された確定拠出型の任意の個人年金。政府の認定を受けている民間年金保険および積立預金、ファンド積立プランから商品を選び、加入。リスクの高いファンド系の商品であっても元金は保証される。原則サラリーマンをはじめとする公的年金強制加入者と、その配偶者が対象。加入者は国から補助金が受けられる。

ドイツで年金加入義務のある日本人と、免除される日本人

さて、これらドイツの年金事情は、ドイツに住む日本人にはどのような影響があるのだろうか。

ドイツと日本の間には「日独社会保障協定」というものがある。これは、各外国で一定期間働く日本人およびドイツ人を対象に、各外国での年金支払いおよび受給に関して規定している。同協定の目的は不要な年金二重加入の防止。これによれば、原則5年以内の短期間、期限付きでドイツに派遣されている日本人は、在独中も日本の年金制度対象者であることを証明する「適用証明書」を日本の社会保険事務所から発行してもらっていれば、年金保険料の支払いを免除される。よって短期の派遣の場合、日本の年金を払い続けている限り、ドイツの年金に加入する必要はない。

無期限で長期ドイツに派遣されたり、現地社員として採用された日本人には、ドイツで年金加入義務が発生する。そして60カ月以上の加入期間があれば、ドイツの年金支給年齢に達すると受給資格を得る。受給額は、所得と支払った期間の長さ等に応じて決まり、当然ながら長ければ長いほど多くなる。またドイツで年金を支払った期間は、日本の年金の加入期間としても認められ、逆も然りだ。受給条件は、ドイツで払った分はドイツの方式で、日本で払った分は日本の方式に従って決まる。ドイツの支給開始年齢の引き上げや年金支給額の上昇率は、このようにして在独日本人にも影響してくる。

ちなみにドイツ年金の受給手続きは日本で行えるが、その際には社会保険番号(Sozialversicherungsnummer)が必要になる。同番号が記載されている社会保険カー ドなどをしっかりと保存しておくことをお勧めする。

ドイツで掛けた年金保険料が戻ってくる?

ドイツでの年金加入期間が60カ月に満たない場合は、支払った保険料を後日還付してもらうこともできる。保険料率(現19.9%)の高さと年金水準の低下を考えると、払い戻しを受けて自分で運用する、という選択肢も魅力的に映ってくる。

ここで注意したいのが、ドイツも年金保険料は労使折半であることから、戻ってくるのは給料から源泉徴収されている被雇用者負担分のみ、ということだ。受給額の方は、雇用主負担分と合わせた倍額の保険料が反映される。連邦ドイツ年金保険組合の担当者はまた「還付をうけてしまうとドイツで年金保険料を支払った事実が帳消しになります。将来再びドイツで仕事をする可能性がある場合は、還付を受けずにドイツの年金の加入期間を増やした方がよいケースもあるので、よく考えて」と助言をする。将来の受給予想額は、各都市にある連邦ドイツ年金保険組合(DRV)の事務所で教えてもらえる。

日本の年金加入期間自体は、日本の社会保険庁によれば「20~60歳の日本国籍の方であれば、海外滞在期間はカラ期間として合算対象期間になります」とのこと。よって年金受給額が増えはしないが、ドイツの年金保険料の還付により日本で年金加入年数が減じる、という心配はない。

ちなみに還付の申請は、2年の待機期間を待って行うのが原則だそうで、すなわち日本に戻ってから、ということになる。連邦ドイツ年金保険によると、日本の社会保険庁などで相談を受けながら日本からも申請でき、「わざわざドイツに戻る必要はありません」。還付額も日本の銀行口座に振り込まれる。

日本人といえども、ドイツで仕事をしていれば、原則的にはドイツの年金へ加入することなる。受給資格が発生し、退職後長い年月にわたり収入に影響してくる。支給条件は厳しくなる一方であると考えられることから、うっかりしていると後で取り返しのつかないことになる可能性もある。日独両国の重要な制度変更にはしっかりと目を光らせ、対策を打っていきたいものである。

代替率日独比・独年金水準の推移

● 参考文献
Bundesversicherungsanstalt für Angestellte. 2002. 43 Zwischenstaatliche Regelungen mit Japan. 3. Aufl. Berlin
Deutsche Rentenversicherung Bund. 2006. Altersvorsorge - heute die Zukunft planen. Berlin.
Whitehouse, Edward. 2005. Pensions Panorama. Retirement-Income Systems in 53 Countries. Washington, D.C.. The World Bank.
Die Zeit.04/2006, 11/2007.

● 情報提供
社会保険庁運営部企画課国際事業室
Deutsche Rentenversicherung Bund

よしだけいこ
社会科学修士。通訳、ライター。調査記事ほか日本の新聞雑誌にも記事を寄稿
 
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