Hanacell

EU50年と改革条約

24 August 2007 Nr. 677

経済・政治の統合を目指して発展してきた欧州連合(EU)が今年3月25日、50年を迎えた。EUの基盤となったローマ条約が調印されたのが1957年。発足当初はベルギー、ドイツ、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダのわずか6カ国で成立していたが、今では中・東欧諸国も加盟し、全27カ国、総人口5億人を抱える「大欧州」にまで拡大した。

しかしそれに伴い、域内の経済格差が広がったほか、欧州圏にもキリスト教圏にも属さないトルコとの加盟交渉が難航するなど、EUの抱える問題も大きくなっている。EUはこのような状態で、今後も拡大していく連合を、どのようにまとめていこうとしているのか。

様々な課題を抱えながらも、前進を目指すEUのこれからを、その鍵となる「改革条約(→用語説明1)」に焦点を当てながら、展望してみたい。

用語解説 1
Reformvertrag (改革条約)
フランスとオランダで相次いで批准が拒否された「欧州憲法(Vertrag über eine Verfassung für Europa)」を「改革」し、「超国家」的性格を想起させる「憲法」という言葉を一切排除した新たなEUの基盤。同条約は“憲法”ではなく、これまでどおり、EUの“方針”“規則”として位置づけられる。

EUの誕生と発展

ローマ条約で設立した欧州経済共同体(EEC)が、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)と欧州原子力共同体(EURATOM)と統合し、1967年、欧州共同体(EC)が誕生した。そして経済だけでなく、政治の統合を目指 して1993年に生まれ変わってできたのが、EUである。

EUは、シェンゲン協定により、これまでにほとんどの加盟国内の国境検問所を廃し、基本的に旅券の提示なしで国家間を往来することを可能にさせたほか、米国に対抗する国際通貨として、単一通貨ユーロの導入を実現させるなど、様々な成果をあげてきた。

ユーロ

EUの拡大とEU憲法の必要性

EUはそもそも、第1次、2次世界大戦で荒廃した欧州を建て直し、米国、ソ連という大国に対抗する目的で誕生したが、冷戦が終結すると、旧共産圏に属していた国々も一気にEUに加盟。EUにとっては初のイスラム国となるトルコの加盟交渉もスタートし、今や域内の文化や言葉、歴史、宗教、人種などは多様化の一途を辿っている。これまでの基本条約では対応しきれなくなったEUには、連合の方向性を再確認するため、そして運営を効率的にさせるため、新たな基本条約が必要となってきたのだ。

そこで、2004年に採択、調印されたのが「欧州憲法(正式名称:欧州のための憲法を制定する条約)だ。名称からもわかるように、「連邦国家(→用語説明2)」の設立を視野に入れ、欧州の憲法制定を目指したものだが、その翌年5月にはフランスで、同6月にはオランダで行われた国民投票で批准が否決。発効の見通しが立たないまま、凍結状態となった。

用語解説 2
Bundesstaat (連邦国家)
複数の国または州などが、一つの主権の下に統合される形態。一方で、それぞれの国が主権を持った形で連合する形は「国家連合(Staatenbund)」という。現在のEUも国家連合とされるが、これには反対意見もある模様。EUは憲法の制定で、「連邦国家」(アメリカ合衆国になぞらえ、「欧州合衆国」という表現もある)の誕生を目指していたが、憲法を排除したことから、この野望も遠のいた。

EU憲法あらため改革条約

「欧州憲法」の批准が否決された理由はたくさんあるが、中でもEU加盟国の国民に分かりにくかったこと、そして「連邦国家」の誕生で、自国の権限が脅かされるとする懸念があったことが特筆できる。

EU誕生50周年の今年上半期、EUの議長国となったドイツは、欧州憲法を推してきた代表国の1つ。メルケル首相は首都ベルリンで行われた50周年記念式典で、「社会的、民主的、世界的に通用する、国民にわかりやすい新たな欧州の条約を定め、09年の欧州議会選挙までに加盟国すべてで批准されることを目指す」と宣言した。その後急ピッチで話し合いを進め、6月に開催されたEU首脳会議では決裂も懸念されたが、ねばり強い交渉の末、「欧州憲法」にかわる「改革条約」を制定することで合意にこぎ着けた。


EU加盟国:オーストリア、ベルギー、キプロス、チェコ、デンマーク、エストニア、ドイツ、ギリシャ、フィンランド、フランス、ブルガリア、ハンガリー、アイルランド、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、ルクセンブルク、マルタ、ポーランド、ポルトガル、スロバキア、スロベニア、スペイン、スウェーデン、オランダ、英国 総人口:4億9467万4800人(ユーロスタット調べ=07年1月1日付)(*参考写真:http://europa.eu/から)

改革条約で変わること

「改革条約」は「欧州憲法」と基本的には変わらないが、欧州憲法が、現行の条約すべてを廃止し、「憲法」としてまとめようとしていた一方、改革条約は、欧州連合条約(マーストリヒト条約)と欧州共同体設立条約(ローマ条約)の2つの条約に基づきながら、それを改訂、簡素化したものだ。

また欧州憲法では共通の外交、安全保障政策に重点を置いていたが、自国の主権が制限されることを懸念した英国などに譲歩し、その概念こそは変えないものの、国家的性格を想起させる項目を排除するなど、大きく「妥協」した形となった。

排除されたのは、欧州旗(青地に12の金星)、欧州歌(ベートーベンの交響曲第9番「歓喜の歌」)というEUのシンボルに関する記載。憲法という言葉も、名称からだけでなく、内容からも一切削除された。EU大統領(欧州理事会議長)とともに、新設されることになった「EU外相」の名称も、「EU外交・安全保障上級代表」と変更された。ただし、責務は「欧州憲法」で考えられていたものと変わらず、現在の「共通外交・安全保障上級代表」と「欧州委員」の両方を担う。

ユーロ

英国はまた、EUの政治・経済・社会的権利などをまとめた欧州基本権憲章に法的拘束力を与えることについて猛反対。自国の法律を優先するため、英国を例外扱いするよう要求し、これを勝ち取った。

英国とともに、最後まで新条約の内容に反対したのがポーランドだ。ポーランドは、表決方法に、加盟国の55%以上が賛成、かつ賛成国の人口の合計がEU全体の65%以上であることが必要になる「特定多数決方式(二重多数決方式)」を採用することに不満を示した。ポーランドは人口約3820万人(2005年1月*)で、現在ドイツ(約8250万人)、フランス(約6060万人)、英国(約6000万人)、イタリア(約5850万人)の4大国が得る29票に次ぐ、27票の持ち票を受けているが、特定多数決方式になると、人口が多いドイツが有利になると指摘。第2次世界大戦でナチス・ドイツの犠牲になったポーランド人も人口の数に入れるべきだなどとして、抵抗した。ドイツはこれに折れず、最終的には特定多数決方式の採用で合意に持ち込んだが、採用開始時期を2014年に延長することで譲歩している。

加盟年 EU加盟国拡大への変遷
1957年 ベルギー、ドイツ(当時:西ドイツ)、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダ
1973年 デンマーク、アイルランド、英国
1981年 ギリシャ
1986年 ポルトガル、スペイン
1995年 オーストリア、フィンランド、スウェーデン
2004年 キプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、スロバキア、スロベニア
2007年 ブルガリア、ルーマニア
加盟候補国 マケドニア、クロアチア、トルコ

EUのこれから

ポーランドが、ドイツの過去の歴史的過ちを引っ張り出して、両国共同の条約内容に反対してきたことからも容易に推測できるように、多様化したEUの舵取りは簡単ではなく、前途は非常に厳しい。しかしグローバル化した今日の世界では、環境問題、テロ対策など、地球規模で解決していかなければならない課題が多くなっている。拡大し統合したEUは、これらの問題に結束して取り込み、答えを見つけていくことで、国際社会における発言力を増していくことだろう。そして米国と並んで、いや、それ以上の存在として、世界を率いていくことになるだろう。

こうやって進化しながら、憲法を持つ「連邦国家」となり、EU市民にそれぞれに「欧州人」であるという自覚が生まれてくる日も、近く来るかもしれない。グローバリゼーションの中、日本にも、人口13億人を擁する中国を含めた東アジア共同体の構想がある。今後のEUは、そんな日本の手本としても注目に値する。

● 参考文献
・EU公式ホームページ:http://europa.eu(*のデータ含む)
・Europa für das 21. Jahrhundert reformieren (Kommission der europäischen Gemeinschaften)
・Die Tagesschau erklärt die Welt (Rowohlt Berlin Verlag)
・Schülerduden Politik und Gesellschaft (Duden Verlag)

内田由起子(うちだゆきこ) 東京外国語大学ドイツ語学科卒業。在学中、卒業後とドイツを行ったり来たりしながら語学勉強を続けた後、英語ニュースの翻訳に携わり、ジャーナリズムの世界に入る。04年1月からハンブルク在住。渡独後は主に、ドイツニュースの発信に努めている。
 
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