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ドイツの少子化対策

少子化は先進国共通の悩みだが、中でもドイツと日本は少子化の指標である出生率が際立って低い。ドイツでは女性の社会進出などで1970年代前半には既に合計特殊出生率が人口減への分岐点である2.1を切り、現在は1.36まで落ち込んでいる(連邦家庭省調べ)。この数字は、同じ欧州でもフランスや北欧などが出生率を持ち直す中、世界で最も低い部類に属する。このため、連邦政府は人口減に歯止めをかけようと、今年から少子化対策として、従来の「Erziehungsgeld(養育手当)」に代わって新たな子育て支援制度「Elterngeld」(親手当)を導入した。一方、日本も合計特殊出生率でドイツを更に下回る1.29で、社会の高齢化が進む中、少子化対策は喫緊の課題だ。両国に共通する少子化問題を分析してみた。

親手当と養育手当

親手当は、生後間もない子供の世話のために休職する親の収入損失を補うものだ。原則的には産休前の手取り所得の67%が補償される。(手取り月額が2000ユーロならば休職中の給付額は月1340ユーロ)従来の養育手当が、手取り年間所得が両親合わせて3万ユーロ以下の比較的低所得の人を対象とし、額も一律月300ユーロだったのに比べて、新制度は高所得者にも受給資格を与える上、高所得者ほど金額が高くなるという、公的年金や失業手当と似た仕組みであるのが大きな特徴だ。

①高学歴の女性ほど子供を生まない傾向がある②将来専門能力をもつ人材の不足が懸念される-という現状があり、新制度導入によって、特に高学歴高収入の女性の出産育児を促すのがねらいだ。親手当は週30時間労働までは受給可で、就労を奨励する。さらに母親の職場復帰を父親にもサポートしてもらうため、パートナーが休職または時短勤務をする場合は2カ月間受給期間が延長されるというインセンティブも用意されている。

ドイツの子育て支援策

この他にもドイツでは児童手当や産休手当、各種税控除、産休、育児休暇、社会保険における育児期間の優遇措置など様々なサポート策を打ち出している。

現金給付と休暇に関して大まかに日本と比較すると、産休期間はほぼ同じ。産休中の所得保障はドイツが100%、日本は60%。児童手当はドイツが子供1人月額154ユーロに対し、日本は5000円。給付期間は、ドイツは原則学業修了までで、最長25歳。日本は小学校修了までで、高所得者は対象外だ。育児休暇は日本が原則1年、ドイツは3年まで。この間、日本では育児休業給付金が休業前賃金の40%、ドイツでは上記のように67%が支給される。さらにドイツでは昨年、年間1人4000ユーロを上限に託児費用の税控除制度が導入された。

実質所得や社会事情が異なるので単純比較はできないものの、ドイツの子育て支援は日本と比べてかなり手厚い。それでも合計特殊出生率の日独差は0.07%とわずかに留まっている理由はなぜだろうか。

用語解説
Elterngeld (=親手当て)
2007年1月1日以降に生まれた子供に適用される。親が育児のために休職する場合、または週30時間以内のパートタイム勤務をする場合、産後一年間にわたり所得に応じた金額を受給できる。受給額は月1800ユーロを上限に育児休職前の手取り所得の67%。パートナーが追加的に2カ月休職または週30時間以内の時短勤務をする場合、また片親しかいない場合は、支給期間が14カ月に延長される。失業者や無収入者には300ユーロの定額支給。(Harenburg Aktuell 2007を要約)

働くママたちの最大の悩み

子育て支援策は一般に、①現金給付や税控除など金銭的援助②雇用と育児時間の同時保障③保育園など託児インフラ整備-の3本柱からなる。OECD(経済協力開発機構)の研究では、金銭的援助より託児サービスの充実度が出生率に与える影響力が強い、という結果がでている。

グラフ2、3の直線は回帰線と呼ばれ、簡単にいえば、国の金銭的援助および託児サービスの充実度と出生率の間に完璧な相関関係があれば、全ての点がこの線上に位置するだろう、ということを意味する。金銭的援助と出生率に関する表は、各点が回帰線とは無関係に分散していて、相関関係が弱いことを示唆する。一方託児サービス充実度の方は各点が回帰線の近くに位置し、出生率との相関関係が強いことが読みとれる。また僅差ながらも、託児サービス充実度に関しては日本よりドイツが低い値を示していることもわかる。

(グラフを表示)

仕事をしながら、1歳になる双子を育てるドイツ人女性は、「手頃な料金で子供を預かってくれる所を探すだけで半年かかった。公立保育所はたくさんの人が待機していて、民間の保育所からは席が空いたと連絡を受けたものの、月謝は1人900ユーロと言われた」と体験を語る。労働局のウェブサイトに求人広告を出し、月1000ユーロで有資格のベビーシッターに来てもらっているという彼女は「子育て最大の障害は、手頃な託児施設がほとんどないこと。周りを見回すと、仕事との両立は子どもを預かってくれる祖父母が身近にいるかにかかっている」と分析する。

一方企業は、とりわけ専門職の女性が育児で職場を離れることになると、その補充要員の雇用に伴うコストの高さと、めまぐるしく変化する企業環境の中で、専門知識をフォローアップできず、遅れを取り戻せなくなる危険性を指摘する。企業にとっても復帰したい本人にとっても、休職期間は短いほどよいということがいえるだろう。

望まれる両立支援

北欧4カ国は合計特殊出生率1.7以上と欧州で最も高いレベルにある。マックスプランク人口研究所の調査報告書(04年)によると、北欧の共通点は、託児および育児インフラが充実していること、仕事と育児の両立を援助する政策方針がとられていることだ。この両立援助は父親も対象としている。結果的にどの国も女性の就労率が約80%(20、30代)と高い。例えばデンマークでは1~3歳児の親の8割が保育所を利用しており、育児か仕事かの二者択一の必要がない環境にあることがうかがわれる。

このためドイツ経営者連合は、託児施設の整備を優先するべきでは、と親手当の効果に疑問を投げ掛けている。前述した双子の母親も産後約半年で職場に戻ったが、「親手当による収入補償があったら職場復帰を遅らせただろう」と、育児と就労の両立を促進したい国の期待とは逆の行動を予想した。金銭援助に偏らない託児環境の充実策が、ドイツにとっては少子化と専門労働力 不足を防ぐ鍵といえるかもしれない。

● 参考文献
Bundesministerium für Familie, Senioren, Frauen und Jugend. 2006. Das neue Elterngeld. Umsetzung in der betrieblichen Praxis. Berlin.
Neyer, Gerda. 2004. Kinderfreundlich und Flexibel. Familienpolitik in den nordischen Ländern basiert auf Gleichheitsprinzip. Demografische Forschung aus Erster Hand. Nr.4. 2004 Max-Planck-Institut für demografische Forschung
Joelle E. Sleebos. 2003. Low Fertility Rates in OECD Countries: Facts and Policy Responses. OECD Social, Employment and Migration Working Paper 2003. Paris
Viering, J.: Her mit dem Kind. Die Zeit. 14.06.2006

筆者:よしだけいこ
社会科学修士。通訳、ライター。調査記事ほか日本の新聞雑誌にも記事を寄稿
 
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