Hanacell

Nr. 9 DuとSieの使い分け

仲良く付き合うどこの国にいっても敬語や丁寧語の類は使い方が難しいものですが、ドイツではDuとSieの使いわけに気を遣われる方もいるでしょう。いろいろな本には、日本語で「ですます調」以上の敬語を使う相手ならばSie、それよりも親しい間柄であればDu、とありますが、実際の生活ではいったいどうやって使えばよいのでしょうか。ドイツでも、最近は英米や北欧諸国の影響で、次第にDuとSieの使い分けのルールがあいまいになってきていますが、基本的にはまだまだいろいろな決まりがあります。

基本的な使い方については、まず一世代くらい昔の常識に遡って考えるといいかもしれません。昔は大人同士であれば、家族、親族、親友、恋人を除き、すべてSieで話すことが常識、とされていました。Sieで話すことはsiezen、Duで話すことはduzenという動詞で表現し、どんな間柄か人に説明するときには、“Wir siezen uns”あるいは“Wir duzen uns”と言えば、大体の感覚がつかめたものです。

日本語の敬語とちょっと違うのは、SieとDuは、上下関係を示すものではなく、2人の人の距離を示すものである点です。ですから、昔は主人が召使いに、大学教授が学生に対して何か話すようなときでも、相手が大人である限りは必ずSieを使ったものでした。

最近ではルールがずいぶんとゆるくなってきて、ご近所や会社の同僚同士でDuを使う場面も増えていますが、おおもとのルールはこんなものなので、当然面識のない大人同士が公式場面で話すときは必ずSieです。

お店や役所などの公の場で人と話す場合は、当然Sieと言うべき、言われるべきであり、もしここで相手がDuで話しかけてきたら、“Seit wann duzen wir uns?”(いつからDuの関係でしたっけ?)と聞き返して、本来Sieの関係であることをはっきりさせるべきでしょう。もちろん日本人でも、相手が外国人の場合、特に仲が良いわけでもないのに、相手をファーストネームで呼んでしまう人が多いと思いますが、相手に必ずしも悪意はなくても、なれなれしい関係を望んでいないのなら、ひとまず一線を引いたほうがいいと思います。

何しろドイツ人同士では、相手が明らかに小さな子どもでない場合は、今でもDuへの移行は相手の了解が必要なことだからです。その場合、「Duにしましょうよ(lassen Sie uns doch duzen)」というのは同性であれば年上、異性同士であれば女性のほう、会社では同性異性に関係なく上司、ということになっています。このことを「Das Du anbieten」 といいます。Duにしましょう、と持ちかけられて、承諾したい場合は、「Ja gerne, ich heiße ○○」といって自分のファーストネームを紹介し、握手のために手を差し出すのがクラシックな手順。たいていの場合は、相手もそこでファーストネームを教えてくれます。もちろん遠慮したい場合は、「Ich bleibe doch lieber beim Sie」(そうですね、でもやっぱりSieのほうがいいです)と言って断ることもできます。

Duに切り替えることを記念して、一緒に飲みに行くべきだ、と考えている人もいて、「Da sollten wir darauf anstoßen!(杯を交わそう)」と誘われることもあるでしょう。それだけ、SieからDuへ移行することは「友情を確認する」という意味で重大だ、と考えている人もいる、ということです。Duは、あくまでも本人どうしの取り決めですので、ご主人あるいは奥さんのどちらかとduzenするようになっても、必ずしも夫婦ぐるみでduzenする関係にはならない、という点も気をつけなくてはなりません。やはり機会をみて、duzenするように話をもっていかなくてはならないでしょう。

ご近所やPTA、クラブ活動などでは、Duを持ちかけられたら、自分もDuに切り替えることがおつきあいの輪を広げるよい機会ですが、難しいのが職場での対応。これはドイツ国内でも賛否両論あって、ビジネス雑誌などでもよく取り上げられているテーマです。

SieとDuの関係の違いは、Duであれば、互いに心情的なこと、個人的な意見をぶつけ合ってもよい、という感覚がある点です。互いにある程度甘えた、無理を頼んでもいい関係になる、という感覚をもっている人もいます。給与交渉とか、職場でのトラブルを話し合う場合、上司と部下がDuの関係にあると、かえって事態が複雑化する、という印象をもっている人が多いのはそのためです。支持派は、Duの方がSieよりも互いに言いにくいことも言えるからオープンでいいし、経営の透明性を促進する、と言いますが、これは本当に人それぞれの判断、好み、性格によるでしょう。英米系の会社では、ドイツ子会社においても上司が自分をファーストネームで呼ばせるように奨励しているところも多いようですが、ファーストネームで呼び合った上で、社員同士Sieを使っているところも多いようです。仕事上の案件を話し合おうと思ったのに、相手の個人的な悩みを打ち明けられてしまい、強いことが言えなくなってしまった、という事態はduzenしてしまった人がよく訴える悩みです。

面白いのが学校での対応です。学校では、低学年は先生にduzenされ、子どもは大人である先生に対してSieを使うのが普通ですが、16歳頃から、先生が生徒に対して公式にSieに切り替えるのです。これはそれまで相手をduzenしていたのは、特に個人的な親しさを表していたものではなく相手が子どもであったからで、これからは相手を大人扱いすることになり、教師と生徒の関係は公式の関係である、ということを確認する行為なのです。

ですが、duzenできる友達を身近にもっていると、siezenしている場合とは違った仲間としての情報も教えてもらえるようになることは確か。相手が外国人に対してDuを持ちかけてもよいか遠慮しているような気配が見えたら、「Wir können uns ruhig duzen, ich heiße ○○」といって、こちらから積極的にDuを提案してみてはいかがでしょう。

ひとこと

Seit wann duzen wir uns?

見知らぬ相手がなれなれしくDuで話しかけてきて不快感があった場合、突き放すときに使われるせりふです。職場でDuを持ちかけられ、距離をおきたい場合は、にこにこしながらIch bleibe doch lieber beim Sieといえば、失礼になりません。
 
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古川まり 東京生まれ。1979年よりドイツ在住、翻訳者、ライター。主な訳書に、アネッテ・カーン著「赤ちゃんがすやすやネンネする魔法の習慣」など。ドイツ公営ラジオ放送局SWRにてエッセイを発表
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