Hanacell

Nr. 2 白黒・グレー

仲良く付き合う西洋人はデジタル思考をする、といわれることがありますが、確かにドイツ人と付き合っていると、日本的な感覚では簡単にイエスかノーか決められないと思うことでも、白黒はっきりした決断を迫られることがよくあります。「お茶かコーヒーか」といったレベルなら悩みませんが、一番戸惑うのは「はっきり言ってしまったら誰かが傷つくのでは」と心配されるような場合。ずいぶん昔の話ですが、ドイツ人の夫と婚約して間もない頃の失敗談をお話しましょう。

自己紹介を兼ねて初めて夫の実家に行ったときのこと。その時は折り悪く、夫が敬愛する高齢の祖母が数日前に倒れ、集中治療室で一命を取りとめた後、入院している最中でした。義母や義妹など家族全員で食卓を囲んだとき、私は聞かれたのです。「私たち、夕方にみんなで病院にお見舞いに行くけど、あなたも一緒に行きたい?」

この「行きたい?」という質問。まだ面識もない、しかも危篤状態の人のお見舞いに自分の好き嫌いで行くか行かないか決めろ、と言われても、「とっさには全く分からない」と思ったのでした。果たして、これから家族の一員になる者として同伴することが望まれているのだろうか?ためらう私に集中するみんなの視線。そんなとき、夫がしびれを切らして私をせかしたのです。「行きたいかどうか、さっさと言えば?行きたくないなら行かなくていいよ」。

あれよあれよという間に、家族の話はまとまってしまいました。「そうか、君は行きたくないんだな」。次々にかかってくる親戚からの電話にも、「今日はみんなでお見舞いに行くけど、彼女は行きたくない、といっている」─。行きたくないとは言っていない、と頼みの夫に訴えても、「だったら行きたいといえばいいじゃないか」と、こちらの気持ちなど全く汲んでくれないどころか怒り出す始末。結局、初めての大喧嘩に発展してしまったのを覚えています。

私としては、危篤の祖母を気遣う家族の見舞いに私のような他人がついて行って迷惑にならないかどうか、私が行くか行かないかは、だれかもっと事情のわかった人に責任を持って判断して欲しい、と思ったのです。でも今考えてみると、この「責任の所在」こそが日独間のギャップを生んだ最大の原因になっていたのです。日本では、新参者は勝手に行動せずに、より「事情に詳しい人」に判断を「お任せする」方がよいことがよくありますが、ドイツでは行動の責任は、小さな子どもでもない限り、各人がとるもの、ということになっているからです。

もうひとつのポイントは、2つの相反する感情が交錯している場合でも、ドイツで重視されるのは最終的に口にした結論だけ、という点です。日本ではそのふたつの感情の比重も判断の拠り所として伝えることが大事ですが、ドイツ人同士の付き合いでは、いわゆるこのグレーな部分は認識されないことが多いように思います。祖母の見舞いの話でも、最終的に気持ちの半分以上が「行きたい」のか「行きたくない」のかが問われており、「他人が押しかけるのは迷惑だから(行きたくない)」といった理由付けは求められていません。そして特に理由が求められない場合、答えはどちらでも、相手はそこに善意または悪意を見い出すことはありません。さんざん気を遣った私ですが、「行きたい」と答えたとしても、「行きたくない」と言ったとしても、「ああそう」とニュートラルに受け止められたことでしょう。

日本人同士のコミュニケーションでグレーの部分に関する情報が重要なのは、行動がお互いに調整しあった上で決定されるものだから。各自の判断で行動を決め、その結果、不都合が生じたら互いにそのことを口に出して伝えあうドイツでは、このグレーな部分は各人が胸のうちで処理すべきもので、他人にぶつけるものではないのです。祖母の見舞い関していえば、会いたいと思ったら会いに出かけ、それが不都合かどうかは、祖母の判断に任せてしまえばよかったのです。もちろんせっかく会いにいっても、「悪いけど、疲れるからもう次からは来ないで」といわれるかも知れない。でもそういわれても、「しまった!」と思う必要はなく、「あらそうだったのね」と納得して帰ればよかったん だ、と。

他人と意見を調整する段階が日本と違うドイツ。日本のようにグレー部分での調整がないと分かったら、話していても、相手が気を遣って自分の意に反することを言っているのかも知れない、と心配する必要もないはずです。もちろん、はっきり口にしなくても相手は自分の事情を察してくれる、という期待は抱かないほうが賢明です。

ひとことIch kann das nicht beurteilen.
(わたしには判断できません)
Die Entscheidung überlasse ich Ihnen.
(判断はお任せいたします)
Ich schließe mich der Mehrheit an.
(皆さんに合わせます)
ドイツ流の白黒選択が理屈ではわかっても、やはり困るときはあるでしょう。実際、ドイツ人でも即答しかねる状況はあるものです。そんなときに使われる常套句が上記の3つ。もちろん濫用すると、「意見がなく、存在感も責任感もない人」になってしまうので要注意ですが、とっさに答えられない、とあせった時は、ぜひご利用ください。
 
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古川まり 東京生まれ。1979年よりドイツ在住、翻訳者、ライター。主な訳書に、アネッテ・カーン著「赤ちゃんがすやすやネンネする魔法の習慣」など。ドイツ公営ラジオ放送局SWRにてエッセイを発表
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