Hanacell

Nr. 3 お店にクレームを持ちこむ

仲良く付き合うドイツ人は、自分でも「ドイツはサービス地獄」といって嘆くことがありますが、日本的な感覚では絶対に信じられない光景に遭遇するのが、例えば百貨店などのクレームに対する顧客窓口でしょう。最近ではドイツ企業も必死に窓口担当者に「サービス精神」を叩き込もうと、社員セミナーに巨額のコストを注ぎ込んでいるようですが、長年培われてきた「ドイツ人の常識感覚」は、そう簡単には変わらないようで、小売店などでいやな思いをすることはよくあるものです。

「これ、家に持ち帰ってから気が付いたんですけど、ちょっと傷がついていたので交換してくれませんか?」「できません。私の責任ではありません」─。先日もカメラ屋で、2日前に買ったデジタルカメラを持ってきたアメリカ人が、けんもほろろに冷たくあしらわれている場面を目撃してしまいました。一体どうなってるの!長くドイツに住んでいても何度でも憤慨してしまうのですが、ドイツの店員たちの常識観のからくりを知っていると、意外な親切に出逢うこともあり得るのです。

まず、ドイツ人の店員がこのような行動をとる背景には、個人というよりも、組織上の問題があります。ドイツでは職業が徹底的に専門化されていますが、この「専門性」と表裏一体になった「専門以外は自分の仕事ではない」という考えが、ドイツ人店員の姿勢の根底に流れています。

ドイツの雇用関係は、その人が専門とする「職業」をベースにして結ばれます。そこで求人広告でも日本のように「販売経験のある人優遇」ではなく、「くつの販売員求む」「肉の販売員募集」といったように、各分野の職業教育を受けていることが応募の必須条件となっています。スーパーの店員であっても「肉売り場の販売員(Fleischverkäufer/in)」の試験に合格して「資格」を取っており、肉の部位やその名称、どのような保存・調理方法があるのか、法律上の衛生基準はどうか、などを熟知しています。これらの知識は「職業学校」で学ぶため、その水準は全国的に保証されており、どんなに小さな町のお肉屋さんでも格安スーパーの肉売り場でも、客の立場としては安心して利用できる利点があります。これは「クツ売り場の販売員(Schuhverkäufer/in)」「チーズ売り場の販売員(Kaeseverkäufer/in)」などについても同じです。

さて、その代償と言っては語弊がありますが、一方でドイツ人店員には「自分には専門以外の分野については知識も資格もない」という自覚があります。だから、ヒマにしている肉売り場の隣にチーズ売り場があって、そちらに長蛇の列ができていても、店主など責任者の指示がない限り肉売り場の店員は動こうとしません。日本人からも見ると怠慢以外の何ものにも映りませんが、かれらにしてみれば、「資格もない自分がしゃしゃり出て、畑の違う同僚販売員の仕事を横取りしてはいけない」と思ってしまうわけです。

さらにここにもう一つの社会的要素が加わります。ドイツでは、店員がミスを犯した場合、雇用主(社長や店主)が連帯責任を問われることはほとんどありません。「業務不行き届き」でクビになるとしたら、それは「販売員の資格」を売り物に雇われたのに、雇用主に対して契約で約束したはずの「質」を保証できなかった 店員本人になるという厳しい契約社会の現実があります。店員たちはそのため、「専門外のことをやってはいけない」という意識を強く持っています。

さて実際にクレームを持ち込む場合、「ドイツ人は気が強いから、こちらもきつく言わなければ、いうことをきかないだろう」と肩に力を入れる方も多いようですが、「こんなものを売りつけて!なんて会社だ」と怒鳴りつけると、店員は「私の責任ではありません」の一点張りでその場は硬直、さらには店員が反撃に出るなんてことにもなりかねません。こういう時は視点を変え、店員が「お客と雇用主の板ばさみ」の状況にあるかも知れない、ということを念頭に入れて相談すると、話が思ったよりもうまく進むことがよくあります。

「あなたの責任ではないことはわかってるけど、こんなものを家に持ち帰って、とてもがっかりしました。見てください。ほら、これじゃあダメでしょう」。同じ目線に立って交渉してみてください。ドイツの店員さんは質素な節約生活をしている人も多いので、「こんなにたくさんのお金を出したのに、本当に困って泣きそうな気持ち」を伝えると、わかってくれる人もけっこういるのです。

  ひとこと“Ich weiß, es ist nicht Ihre Schuld, aber…”.
クレーム窓口の係員の落ち度ではなく、製造元または第3者のミスであることをはっきりとさせます。「あなたの責任ではないことはよくわかっていますが・・」と前置きすると、相手は安心して問題解決に協力してくれることでしょう。また「大変なお仕事ですね」と理解を示してあげると、“Das geht auf meine Kappe!”(私個人の責任でやってあげましょう)と 都合をつけてくれるかもしれません。
 
 
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古川まり 東京生まれ。1979年よりドイツ在住、翻訳者、ライター。主な訳書に、アネッテ・カーン著「赤ちゃんがすやすやネンネする魔法の習慣」など。ドイツ公営ラジオ放送局SWRにてエッセイを発表
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