Hanacell

Nr.8 行き違い

「Guten Morgen!」―「おはようございます」。ケルン日本文化会館の受付で、毎朝のように繰り返される挨拶です。なんの変哲もないようですが、ドイツ語の挨拶は私、日本語で返してくるのはドイツ人のR君。考えてみると奇妙な状況です。

私は1980年代に日本語を教えるドイツの公立機関で働き、一昨年までは日独政府が均等に予算を出し合うベルリンの学術交流機関、そして今は純然たる日本の機関で仕事をしていますから、日独間の機関で可能な組み合わせは一通り経験しています。いずれの場合にも、日本式でもドイツ式でもないその中間を両方から探って仕事をするわけですが、どこにも安定した中間点はなく揺れ動きます。この不安定な状況が、どこか本当の「居場所」でない気がする原因でしょう。ドイツで暮らす日本人の誰もが、多かれ少なかれ似たような感覚を持っているのではないでしょうか。

©Sae Esashi

簡単にいえば、どちら側も間合いを計りかねているのです。日常的に接していると、日本人は丁寧でめったに嫌な顔をしないから真意が分からない、だから注意を要する、と思うドイツ人がいます。他方には、ドイツ人は直接的な物言いをするから遠まわしに言っても通じないとばかり、キツク言い過ぎる日本人がいます。誰もがいい関係を築きたいと思っているのでしょうが、行き違いも少なくありません。職場では一緒に行動する必要に迫られるので目立ちませんが、それでも細かくみると双方の「好意」で成り立っている面もあります。ここで何度か嫌な経験をすると「安全ゾーン」が消えて、猜疑心が勝ったギスギスした関係になりかねません。

現代日本を代表する劇作家の一人、平田オリザ氏は、これまで日本人は内向きの言葉しか発展させてこなかったため、「仲間」でない人とのコミュニケーションがぎこちなく、「外」に向けて発信する言葉を持っていない、と指摘しています。それで必要な場合には、公式的な(決まり文句に身を隠した)言葉しか使えないというのです。それほど極端でなくても、「他者」と話をする訓練が足りないという点は納得できます。ひょっとすると、日本人は外国語が苦手なのではなく、それ以前に「仲間」でない人との対話が苦手なのかなとも思います。

もっとも、ドイツ人も負けてはいません。よく経験するのですが、こちらがドイツ語で話しているのに、一貫して英語で答えるドイツ人がいます。もしかすると、この日本人の話す「英語」は分かりやすいくらいに思っているかもしれません。これって、どういうことでしょうねえ……。

 
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Koji Ueda ケルン日本文化会館館長
早稲田大学、筑波大学でドイツ文化および異文化交流を担当。NHKのテレビ、ラジオ「ドイツ語講座」元講師。留学や客員教授などを合わせた在独歴は十数年。ベルリン日独センター副事務長(日本側代表)を経て、2007年3月より現職。
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