Hanacell

兵役義務に賛否両論

キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と自由民主党(FDP)による新政権下で、兵役義務の期間を2011年から6カ月に短縮しようとする動きが出ている。兵役義務の廃止を求めるFDPと、これに反対するCDU・CSUが折り合った結果だが、各方面で議論が白熱。今回は、短縮してでも継続を目指すドイツの兵役義務の意義とその背景についてみていこう。

兵役義務とその役割

ドイツでは第2次世界大戦後、軍備が廃止され、米、英、仏、ソ連による分割占領体制が敷かれた。しかし東西の対立が進む中、西ドイツの北大西洋条約機構(NATO)加盟に伴い、1955年にドイツ連邦軍(Bundeswehr)が編成、翌年には兵役義務(Wehrpflicht)も導入された。なお、東ドイツでは56年に再軍備、ベルリンの壁構築後の1962年5月から徴兵制がスタートした。

招集の対象は、満18歳以上のドイツ人男性。心身ともに健全であることが条件で、適性検査で不合格となった者は免除される。兵役期間は現在9カ月。この間、応急手当や武器の扱いなど、連邦軍の任務である防衛や自然災害などの救援活動に向けた訓練を受け、実践も行う。ただし国外任務には就かない。

兵役拒否者への代替役務

すべての男子国民には、良心上の理由から兵役を拒否する権利も認められている。兵役拒否者は、適切な理由を文書で提出するほか、兵役と同様に適性検査を受ける必要があり、問題がなければ病院や児童養護施設、老人ホームなどで非軍事的役務(Zivildienst)に就くことが義務付けられる。期間は、かつては兵役より長く設定されていたが、2004年10月から同期間になった。

非軍事的役務は1961年4月から開始された制度。当初、兵役拒否者は「責任逃れ」と非難されることも多かったが、今日では兵役に就く若者の方が少なく、わずか13%程度。20年前は40%だったことと比べると、徴兵者数が大幅に減少していることがよくわかる。

兵役義務廃止の声

兵役に就く若者が減少している背景には、兵役拒否者が増えていることのほかにも、それほど多くの兵士を必要としなくなった現在の情勢がある。兵役義務の期間は一時、ベルリンの壁構築後に18カ月にまで延長されたが、これを境にどんどん短縮。冷戦が終結し、軍縮が進む中、連邦軍の定員も減少しているのだ。

実際、兵役適性検査で不合格とされた者の数は、1999年にはわずか10%だったのが、今日ではほぼ半分の46%。適性検査の基準を厳しくして、わざと不合格者を増やしているとの指摘も上がっており、兵役拒否希望者の間では、「拒否する前に適性検査を受けてみるべき」「不適性となったら、代替役務にも就かなくて済む」という“奥の手”も通用しているありさまだ。

徴兵制度はそもそも、すべての男子国民に公正に兵役を課すという考えの下に導入された。しかし不合格者が半数に上る今日の状態ではその意義も失われつつあり、兵役義務を廃止して職業軍人制度に移行するよう求める声が高まっている。

廃止せず、短縮へ

しかしCDU・CSUは兵役義務廃止に反対の立場を固持。理由としては依然、「兵役の公正」を挙げているが、実際のところは、非軍事的役務の廃止を避けたいという意図が大きい。同役務は今日の社会で重要な役割を担っており、廃止された場合に人手不足が生じることが懸念されているのだ。

フォン・デア・ライエン家庭相(CDU)も、兵役義務は廃止しないと強調。しかしボランティア制度「FSJ(→用語説明)」の利用希望者が募集定員の3倍に上っていることから、人手不足は生じないとする廃止賛成派の意見にも理解を示し、FSJ制度を改善、拡大していくことも必要だとしている。

世界的な平和維持と平和構築が重要課題である今日では、新しい軍のあり方が求められている。NATO加盟国でも、徴兵制度を廃止、または廃止を計画している国は、28カ国中23カ国に上っており(4月現在=「asfrab」調べ)、兵役廃止は世界的な傾向だ。ドイツはいまだ兵役義務を維持しようとしている残り少ない国の1つだが、期間短縮案は兵役廃止につながる一過程とも考えられる。現在繰り広げられている議論は、今後の方向性を定める上で、重要になっていくだろう。

兵役義務を9カ月から6カ月に短縮する動きに対し、賛成派、反対派が激しく対立している。それぞれが主張する「賛成意見(Pro)」「反対意見(Kontra)」は?

「兵役義務が廃止されたり、その期間が短縮されれば、それだけ早くそれぞれの道を進むことができる」

期間短縮は、福祉施設などでの人手不足を招きかねない

「そもそも、福祉施設などでの人手を確保するために非軍事的役務が導入されたのではなく、問題にはならない」

「特に福祉施設などでは、患者との信頼関係が大切。6カ月にまで短縮されると、信頼関係が築かれる前に終わってしまう。兵役においても同様、質の低下が心配」

「過去にも義務期間が短縮されるたびに、このような議論が繰り広げられてきたが、これまでに問題は生じていない」

「障害のある子どもの世話などは、短期間の役務では対応できない」

「問題が生じる特別なケースに関しては、「FSJ」のボランティア制度でカバーできる。兵役義務短縮に伴う非軍事的役務の短縮で、1万7000ユーロが削減される計算。この分をFSJにまわし、FSJを改善していけば良いのでは」

兵役給与(Wehrsold)/月

1~3カ月282.20ユーロ
4~6カ月305.40ユーロ
7~9カ月328.50ユーロ
*このほか、住居、食事、衣服、医療などにかかる費用はすべて国が負担。クリスマスボーナス(172.56ユーロ)、“退職金”(690.24ユーロ)なども支給される(非課税)。非軍事的役務にも相当額が支給されるが、食事や衣服などの現物給付がない分だけ、実際の受給額は多い。月額500~550ユーロ程度。

兵役の期間

1957年4月~12カ月
1962年4月~ 15カ月
1962年7月~ 18カ月
1973年1月~ 15カ月
1990年10月~12カ月
1996年1月~ 10カ月
2002年1月~ 9カ月

非軍事的役務の期間

1961年4月~ 15カ月
1961年7月~ 18カ月
1973年1月~ 16カ月
1984年1月~ 20カ月
1990年10月~ 15カ月
1996年1月~ 13カ月
2000年7月~ 11カ月
2002年1月~ 10カ月
2004年10月~ 9カ月
用語解説

社会奉仕年 FSJ=Freiwilliges soziales Jahr

6~18カ月にわたり、病院や老人ホーム、幼稚園などで奉仕活動にあたること。活動内容は男子のみに課される非軍事的役務と同じだが、FSJ制度は就学義務を終えた27歳未満の若者、つまり女性も利用することができる。ボランティアに基づく制度だが、“小遣い”程度の報酬も支払われ、就職前、大学進学前などの社会勉強として広く利用されている。

<参考文献>
■ 連邦国防相(Bundesministerium der Verteidigung)
■ 連邦家庭省(Bundesministerium für Familie, Senioren, Frauen und Jugend) 
■ 連邦国防軍(Bundeswehr)
■ 連邦非軍事的役務庁(Bundesamt für den Zivildienst)
■ ヴェルト紙 „Als Zivi tauglich, als Soldat aber nicht?“ (21.3.2009) „Wehrpflicht soll auf sechs Monate verkürzt werden” (23. 10. 2009) „Heftige Debatte über verkürzten Zivildienst“ (4.11.2009) ほか 
■ Die Arbeitsstelle Frieden und Abrüstung e.V (asfrab)

内田 由起子(うちだ・ゆきこ) 東京外国語大学ドイツ語学科卒業。在学中、卒業後とドイツを行ったり来たりしながら語学勉強を続けた後、英語ニュースの翻訳に携わり、ジャーナリズムの世界に入る。04年1月からハンブルク在住。渡独後は主に、ドイツニュースの発信に努めている。
 
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