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日本で話題の「自衛権」、ドイツの現状は?

この夏、日本のニュースで「安全保障関連法案」「集団的自衛権」といった言葉を聞かない日はなかった。9月19日に安全保障関連法案が成立したことで、日本の自衛隊のあり方は歴史的転換期を迎えることになる。一方、第2次世界大戦の敗戦国として立場を同じくしたドイツは、軍備に関してどのような課題と直面しているのだろうか。この機会に考えてみよう。

第2次世界大戦後のドイツの「軍隊」

1945年5月に敗戦したドイツは、米英仏ソの連合国により、東西に分割統治されることとなった。その際、もちろん日本と同様に軍隊は解体され、再軍備が禁止された。しかし、東西冷戦時代を迎えた1950年頃から、東西ドイツを占領していた国々の状況にも変化が生じる。ソ連が東ドイツの再軍備を密かに進めていたことを受け、米英仏も西ドイツの再軍備に動き出した。東西ドイツは「自衛するため」、各々に軍隊を設置。名称は、第2次世界大戦中に使用されていた「ドイツ国防軍(Wehrmacht)」ではなく、東ドイツは「国家人民軍(Nationale Volksarmee)」、西ドイツは「ドイツ連邦軍(Bundeswehr)」と命名された。1990年、東西ドイツ再統一後は、東ドイツの国家人民軍が西ドイツのドイツ連邦軍に吸収合併された。

ドイツ連邦軍成立の直接のきっかけは、朝鮮戦争にある。1950年6月に、共産主義国である北朝鮮が、西側諸国が統治する韓国を攻撃した。このことは、西ドイツ国民に大きな衝撃と不安を与えた。なぜなら、朝鮮における南北分裂の構図は、ドイツの東西のそれと近似していたからである。

当時のアデナウアー西ドイツ首相は、東からの脅威に対抗する手段として、西ドイツが国家主家と自衛権を回復することを西側諸国に求めた。もちろん、これに対してフランスは強硬に反対。しかし、増大する共産主義の脅威の前に、集団的安全保障体制構築のための北大西洋条約機構(NATO)の枠組みの中で、条件付きの再軍備を認めることがドイツを西側に引き込み、さらには押さえ込むことに繋がることを、フランスも認めざるを得なかった。

その条件とは、①兵力の上限を12個師団、50万人とすること、②核兵器、生物兵器、化学兵器の製造はしない、③3000トン以上の軍艦、誘導ミサイル、戦略爆撃機はNATO理事会の3分の2以上の賛成と、NATO最高司令官の推奨なしには製造しないことである。これらを受け入れたドイツは、NATOへの加盟が正式に認められ、1955年11月12日、ドイツ連邦軍は創設された。

Dialog im Dunkeln

ドイツ連邦軍の任務

ドイツには1956年から徴兵制度があり、男子に対してのみ1957年から実施されてきた。徴兵制度が制定された理由は、敗戦後10年という当時、必要とされた軍人数を確保できなかったことにある。また、第2次世界大戦の反省から、各地で再軍備反対の声が上がった時代背景があった。

ここで忘れてはならないのが、NATOの存在である。ドイツはNATO加盟国であるため、「Casus Foederis(Bündnisfall)」という義務がある。これは、NATOのような国際的集団に属する国に対して不当に平和を侵害する国もしくは集団がある場合、同じ集団に属するほかの国は何らかの方法で解決を図る義務、つまり「集団的自衛権」の発動義務を負うというものである。このため、連邦憲法裁判所が定めた「防衛」の範囲は、NATO加盟国域内全体に適応されるのだ。ちなみに、ドイツ連邦軍がこれまでに派兵した案件は20件、現在派兵中の案件は16件である。

ドイツの徴兵制度

ドイツには1956年から徴兵制度があり、男子に対してのみ1957年から実施されてきた。徴兵制度が制定された理由は、敗戦後10年という当時、必要とされた軍人数を確保できなかったことにある。また、第2次世界大戦の反省から、各地で再軍備反対の声が上がった時代背景があった。

その後、東西冷戦時代には、ドイツが許される制限ぎりぎりの50万人弱の兵士がいたこともあったというが、1990年以降、その規模は半分以下にまで縮小した。それは、ドイツ連邦軍の任務の大部分が東西冷戦による防衛だったため、冷戦の終結、東西ドイツ再統一という国際紛争問題の解決に伴い、国防予算の削減という新たな目的を満たすためであった。

そういった連邦軍の機構改革の一貫として、連邦政府は2011年7月1日より徴兵制度を一時停止し、志願によって軍人を確保することにした。志願兵の場合、期間は12~23カ月であり、男女を問わず志願できることが特徴である。特筆すべきは、徴兵制度が撤廃ではなく、一時停止中ということだ。将来の国家の緊迫及び国際情勢の悪化に備えて、いつでも問題なく徴兵制が復活できるようにしてあるのだ。

この徴兵制度の一時停止による志願兵制度には、大きく2点の問題点があるとされる。1つ目は、軍人の数の確保である。安全性や自分自身のキャリアにプラスになるなどの観点から、魅力的な条件が見つからなければ、たとえ一時的にでも、青年が軍人になるという職業選択をすることはたやすいことではない。連邦軍は、職場としての魅力を十分に伝えていく努力の重要性を指摘されている。

2つ目は、元の徴兵制度で、その対象者が「良心的兵役拒否(用語解説参照)」をした場合、代替労働として行っていた社会福祉施設などで、労働に従事する人数が不足することである。実際、2009年時点では、約9万人がそれらの仕事を担っていた。これについては、連邦ボランティア役務(Bundesfreiwilligendienst)という制度を新規に作ることで不足を補うこととしているが、2014年に従事した人数は約4万2000人と、まだまだ少ない。

用語解説

良心的兵役拒否
Kriegsdienstverweigerung

戦争に参加することや義務として軍人となることを望まないこと。これは基本的人権のうち、思想・良心の自由の1つとして国際連合などでも認知されているが、歴史としては新しく、1900年にノルウェーから始まった。ドイツにおいては、この良心的兵役拒否により、兵役に代わって従事する民間業務のことを「Zivildienst(ツィヴィ)」と呼んでいた。

<参考>
■ドイツの実情(ドイツ連邦共和国外務省2003年5月版)
www.bmvg.de ドイツ国防省ウェブサイト
www.einsatz.bundeswehr.de「ドイツ連邦軍の派兵案件」
www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/ データベース「世界と日本」
■ 「ドイツ徴兵制を停止」国立国会図書館調査及び立法考査局(2011.07)

今井民子(いまい・たみこ) 気が付けば在独10年以上、日独両企業に勤務した経験を活用しながら尽きることのない好奇心を持って読者の皆さんに分かりやすく面白いニュース追跡を目指しています。日本人らしさを忘れずにドイツで生きていくことが目標です。よろしくお願いいたします。

 
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