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独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第3回 これだけは知っておきたい ドイツマクロ経済の基礎知識

ユーロ導入以降、ユーロ圏が一つの経済圏として見られることが多くなり、ドイツ経済単体について日本語で丁寧に解説されているニュースや解説文をあまり見かけなくなった。今回は、今後の日独間ビジネスを展望する上で最低限知っておいてほしいドイツ経済の基礎知識を、ぐっと凝縮してご紹介する。

  • ドイツの経済規模は実質的に日本より上だが、潜在成長率は近年1%割れまで低下
  • ドイツは欧州経済のエース4番キャプテン。労働者優遇、健全財政の輸出大国
  • 最近ドイツは日本重視に転換し、日独政府間協議による協働強化を開始

日本経済の規模を実質的に超えたドイツ経済

IMF世界経済見通しのドル建て名目国内総生産(GDP)でみる経済規模では、まだ日本は世界第3位、ドイツが第4位ということになっている。しかし、市場実勢よりかなり円高の為替レート(2022年:1ドル=90.68円、1ユーロ=125.43円)でドル換算されており、ドイツのGDPが相対的に過小評価されてしまっているので注意が必要だ。2022年のドイツの名目GDP3兆8671億ユーロは、「1ユーロ=149円」(6月1日現在)という実勢レートを使って円換算すると576.2兆円となり、日本の556.6兆円を大きく上回っている。人口が1億2500万人とドイツ(8400万人)の1.5倍ある日本が、経済規模ではすでにドイツに抜かれてしまっているということである。

しかし、さすがのドイツでも最近の潜在成長率は、労働投入減少(人手不足)のため0.8%程度まで低下しており(日本は0~0.5%)、日本と同様に四半期ベースの実質GDPが頻繁に前期比マイナスに陥りやすくなっている。2022年初めから5四半期のうち、実際3回も前期比マイナスとなっている。なお、4月以降に内外主要機関(ドイツ連邦政府、欧州委員会など)から発表されたドイツ経済予測の平均値は、実質GDPが今年+0.2%、来年+1.4%、インフレが今年6.3%、来年2.8%となっている。

ドイツが経済大国といわれる理由

ドイツはGDPシェアで欧州連合(EU)27カ国の28.8%、ユーロ圏20カ国の24.5%を占め、経済面だけでなく、政治面、地理面でもその中心にある。現在のショルツ首相は戦後わずか9人目の首相であり、ドイツでは長期政権が一般的だ。政治面でも治安を含めた社会面でもドイツは非常に安定しており、将来の制度変更や政策発動が見通しやすい。職業教育を含む充実した高等教育に裏打ちされた優秀な人材が豊富で、産学連携を得意とする研究機関(フラウンホーファー、マックス・プランクなど)も強力である。

また東京一極集中が顕著な日本と異なり、ドイツでは地方分権が高度に進んでいる。ドイツの企業は全国に広く分散しており、納税や雇用創出を通じて地方活性化にも貢献。道路、鉄道、空港、港湾いずれの面でもインフラが充実し、国内および海外市場を緊密に結びつけている。ドイツ全土には25の見本市会場があり、今年は338件のメッセが開催される予定で、コロナ禍前(2019年)の351件とほぼ同レベルである。

2022年までの10年間の経常黒字はGDP比で平均7.4%もあり、ドイツの国際競争力が非常に高いことを証明している。昨年の輸出金額は名目GDPの5割(日本は22%)という輸出大国でもある。1人当たりのGDPは日本の1.4倍(IMF、2022年)と労働生産性も高い。慢性的財政赤字が当たり前になっている日本とは異なり、ドイツの財政収支は2012年から2019年まで8年連続で黒字を計上していた。コロナやエネルギー危機対策で大盤振る舞いした後でも、ドイツ政府の債務残高対GDP比はわずか66.5%(日本は261.3%、IMF、2022年)にとどまり、極めて健全な財政を誇っている。

さらに、ドイツの年労働時間は1349時間と、日本の1607時間に比べてかなり短い(OECD、2021年)。日本では「お客様は神様」という文化のもとで消費者の満足度を一番に考えるのに対し、ドイツは高賃金(本誌1192号参照)と短時間労働を享受できる労働者ファーストの国ともいえそうだ。

高まる日独協働の可能性と重要性

日独両国は、人権尊重、民主主義、法治国家、自由貿易などといった基本的価値観を共有し、国土面積、経済規模、真面目な国民性(特に時間に厳しいところ)、さらには世界最高の自動車産業、戦後経済の飛躍的復興、少子高齢化など多くの点で共通しているとよくいわれる。一方でドイツにとってアジアといえば中国であり、日本はむしろライバル視されていた。メルケル前首相は、在任期間中に12回も中国を訪問したのに対し、日本訪問はわずか6回にとどまった。しかしショルツ首相は就任後のアジア最初の訪問先として中国ではなく日本を選び、日本重視に舵を切ったのだ。コロナとウクライナ戦争をきっかけに、日本と同様に中国に対する「デリスキング」(安定的関係を維持しながら依存度を削減すること)の必要に迫られているためである。

両国間の具体的協力を推し進めるためのプラットフォームとして、今年3月には日独政府間協議がスタート。気候変動対策では、テクノロジー面(特に新興国でのエネルギー効率向上に資するもの)、ファイナンス面(世銀や民間の資金動員)、カーボンクレジット(炭素吸収・除去系クレジットの拡大や全体的な枠組み整備)などでの協働が有望とされている。さらにサプライチェーンの強靭化、食料安全保障、サイバーセキュリティー、電気通信インフラ整備なども重要項目だ。日独協働が今後大きく発展することで、両国がグローバルベースでの社会的課題解決を先導する存在となることに期待したい。

 
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