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So. 23. Sep. 2018

さらに短くなるドイツの労働時間

ドイツは世界で労働時間が最も短い国だ。企業の社員は1日10時間を超える労働を禁止され、基本的に毎年30日の有給休暇を完全に消化している。日本のように働き過ぎによる過労死や過労自殺が大きな社会問題にはなっていない。しかもこの国の労働時間はさらに柔軟化し、短くなる方向にある。

週28時間制の部分的な導入へ

今年4月にドイツ最大の労組IGメタル(全金属産業別労組)は、経営側との交渉で歴史的な勝利を勝ち取った。ドイツの歴史で初めて、部分的に「週28時間制」の導入に成功し、労働時間の柔軟化を実現したのだ。

製造業界の所定労働時間は週35時間(旧東ドイツは38時間)だが、2019年からは、労働者が希望すれば最高2年間まで、週の労働時間を28時間に減らすことが許される。1日7時間働くとすると、これは週4日制を意味する。

IGメタルが今年の労使交渉で週28時間制の部分的な導入をテーマとしたのは、組合員に対するアンケートから「子どもが生まれた直後や、年老いた親のための介護施設を探すために、一時的に労働時間を減らしたい」という要望が強まっていたからである。

今回の妥結内容で特に革新的なのは、IGメタルが一度減らした労働時間を、増やすことを経営側に認めさせたことである。

ドイツでは、これまでも社員が企業と個別に交渉することによって、子どもの養育や親の介護などを理由に、週の労働時間を所定労働時間よりも短くすることは可能だった。ドイツの社員の28%は、このような「パートタイム社員」として働いている。たとえば私の知人のAさんは、親の介護のために去年の夏以降すでに週休3日のパートタイム社員になっていた。だがこれまでは、労働時間を一度減らして「パートタイム社員」になると、労働時間を所定労働時間に戻すことが禁止されていた。

ただし社員たちの家庭の事情は常に同じではなく、時とともに変化する。就業者たちの間では、子育てが終わったり、親の介護施設が見つかったりして家庭での忙しさが一段落した後も、元の労働時間に戻れないことについて、不満が強まっていた。パートタイム社員になると当然給料が減額されるからである。

家庭の事情にあわせて労働時間を変える

IGメタルは今回の労使交渉で 、2年間が過ぎれば、一度減らした労働時間を35時間に戻す権利を勝ち取った。つまり、労働時間の柔軟性を高めたのである。

たとえば社員が、「子どもが生まれてから最初の2年間は、会社で働く時間を減らして、なるべく家で妻子の面倒を見たい」と考える場合や、「高齢の親が入る介護施設が見つかるまで、2年間にわたって自宅で親を介護したい」と考える場合には、週休3日制に切り替えることが可能になる。2年を経れば、企業は労働時間を28時間から35時間に戻さなくてはならない。2年間は給与が一時的に減るが、労働時間を28時間から35時間に戻せば、給与も2年前の水準に戻る。パートタイム社員からフルタイム社員への復帰が可能になるのだ。

経営側は最初、組合の要求に対して強く反発した。だがIGメタルが今年1月下旬にドイツ南部の250カ所の企業で24時間ストライキを実施するなどして激しく戦ったため、経営側は圧力に屈して要求を受け入れた。ストライキにはダイムラー、BMW、ボッシュ、MAN、ZFなどの大手企業の組合員も参加した。日本同様に貿易に依存する物づくり大国でありながら、ドイツの組合の力が強大であることには、驚かされる。

ドイツの労働者が家庭の事情に合わせて労働時間を選択する時代がやってくる(筆者撮影)
ドイツの労働者が家庭の事情に合わせて労働時間を選択する時代がやってくる(筆者撮影)

「自由時間は新しい通貨」

経営側が週28時間制の部分的な導入を受け入れた背景には、ドイツの現在の景気が、絶好調だという事実がある。ドイツの国内総生産(GDP)は2010年以降拡大する一方。GDP成長率は2014年以降、日本を上回っている。

機械製造業を中心に輸出が好調であるために、2017年の経常黒字は2870億ドル(31兆5700億円・1ドル=110円換算)に達し、中国を抜いて世界最大となった。ミュンヘンのIFO経済研究所は、「2018年のドイツの経常黒字はさらに増えて2990億ドル前後に達する」という予測を発表している。

欧州連合統計局によると今年6月のドイツの失業率は3.4%と、EUで2番目に低い。EU平均失業率(6.9%)のほぼ半分であり、1990年の東西ドイツ統一以来、最も低い数字だ。特に物づくりの中心地である南部のバイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルク州の雇用市場では、大卒の高技能人材が払底した状態にあり、事実上の「完全雇用状態」となっている。

このためドイツ企業は空前の人材不足に悩んでいる。ケルンのドイツ経済研究所(IW)は、今年4月に「専門技能を持つ就業者が44万人不足している。現在の労働力不足がなければ、ドイツのGDPは今よりも300億ユーロ(3兆9000億円)増え、GDP成長率は毎年0.9ポイント高くなるだろう」という推計を発表している。つまり企業は優秀な人材を採用するには、労働条件を改善しなくてはならないのだ。

ドイツ企業の人事担当者の間では「自由時間は新しい通貨だ」という言葉が聞かれる。人材不足に出口が見えないことから、労働時間の柔軟化と短縮の傾向は今後ますます強まるに違いない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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