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ドイツのEVシフト 補助金廃止で逆風

2月22日、記者会見に臨んだメルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEO2月22日、記者会見に臨んだメルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEO

ドイツのBEV(電池だけを使う電動車)シフトに陰りが見えてきた。一部のメーカーは、2030年以降も内燃機関の新車の販売を続ける方針を打ち出した。背景には、突然のBEV補助金廃止がある。

当面BEVと内燃機関の車を販売へ

メルセデス・ベンツのCEO(最高経営責任者)であるオラ・ケレニウス氏が2月22日に行った発言は、ドイツだけではなく世界中で注目された。同氏は「2030年以降も、BEVだけではなく、内燃機関の車も販売できるような柔軟な体制をとる。モビリティー転換の速度は、顧客と市場の条件が決める」と述べた。同社は「2030年以降は、できるだけBEVだけを売る」としていたこれまでの方針を変更したのだ。

彼はその理由を、「多くのユーザーは、まだBEVに変更する準備ができていないからだ」と説明した。同社の予測によると、2030年代の後半でもBEVとPHEV(プラグインハイブリッド車)の販売台数は、全体の50%前後にしか達しない。メルセデス・ベンツが2023年に販売した204万4000台の乗用車のうち、BEVは24万1000台(12%)にとどまった。ただし同社は「将来は完全なBEV化を目指す」という目標を堅持し、生産体制を整備していく。つまり、中長期的に商品ポートフォリオの中心をBEVにすることは間違いないが、当面は市場の様子を見ながら、内燃機関を使う車も販売するという方針を打ち出したのだ。

ドイツでは今年に入ってからBEVの売れ行きが低迷している。連邦自動車局(KBA)によると、2023年12月のBEVの新車の登録台数は5万4654台だったが、今年1月には59%も減って2万2474台に落ち込んだ。BEVの登録台数はガソリンエンジンを使う車(81万724台)に大きく水を開けられている。

購入補助金廃止の衝撃

BEVの売れ行き悪化の理由は、ショルツ政権が昨年12月に購入補助金を突然廃止したからである。引き金となったのは、連邦憲法裁判所が昨年11月にショルツ政権の過去の予算措置の一部について、違憲判決を言い渡したことだ。政府は2024年度予算の修正を迫られ、脱炭素化のための歳出の削減を余儀なくされた。白羽の矢が立ったのが、BEVだった。政府は2024年末まで購入補助金を出す予定だったが、事前の警告もなく廃止を約1年前倒しした。自動車業界からはこの措置について強い批判の声が上がった。

KBAによると、現在ドイツを走っているBEVの台数は、約145万台。同国で使われている乗用車の2.6%にすぎない。普及率が伸びない最大の理由は、価格の高さである。現在ドイツでは約150種類のBEVが売られているが、そのうち価格が3万ユーロ(480万円・1ユーロ=160円換算)未満の車は、3車種しかない。この国が深刻な景気後退に襲われている今、消費者が内燃機関の車を買うのは無理もない。

ドイツのメーカーが2万ユーロ(320万円)前後のBEVの新車を販売できるようになるのは、早くても2026年になると推定されている。BYDなど中国製のBEVメーカーは現在ドイツでの販売体制を整えている最中だ。さらに補助金の廃止で、市民の足はBEVから遠ざかる。ドイツ政府は2030年までに1500万台のBEVを普及させることを目指しているが、補助金廃止はこの目標に逆行する決定だ。

BEVの人気が低いもう一つの理由は、公共充電器の少なさだ。連邦系統規制庁によると、2023年末の時点で公共充電器は10万4236基。BEVの数が2020~2023年に4.7倍に増えたのに対し、充電器は2.6倍しか増えていない。2030年までに目標とする100万基設置を達成できるかどうかは未知数だ。

保守党が「内燃機関車の2035年禁止」撤回を要求

政治的な動きも気がかりだ。欧州連合(EU)は2035年以降、ガソリンやディーゼル・エンジンを使う新車の販売を禁止する方針だが、ドイツの野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は今年1月に採択した政策綱領の中で、この禁止措置の撤回を求めている。同党は現在支持率がトップで、来年の連邦議会選挙で勝利し、連立政権を率いると予想されている。自動車業界からは、「BEVだけで車の脱炭素化はできない。合成燃料(Eフュエル)やバイオ燃料を混焼させて、内燃機関の車を使い続けるべきだ」という声が出ている。CDU・CSUが所属する欧州議会の欧州人民党が、6月の欧州議会選挙へ向けて禁止措置の撤回を求めるかどうかが注目されている。

一方で、欧州最大の自動車メーカー・フォルクスワーゲン(VW)グループのオリバー・ブルーメCEOは3月13日、「欧州で2035年以降、内燃機関の新車を禁止する措置を覆そうという議論が行われているのは理解できない。わが社にとってBEVが未来の技術だ」と述べ、あくまでBEVシフトを貫く姿勢を強調した。また、欧州自動車工業会(ACEA)のルカ・デ・メオ会長は、1月13日付の独日刊紙で「欧州で12年以内にBEVが新車に占める比率を100%に引き上げるのは、政府の補助金なしには不可能だ」と語っている。さらにメオ会長は、「ただし世界は、BEVに向けて走り出している。もう後戻りはあり得ない」と述べた。

BEV化の速度が遅くなっても、欧州では中長期的にBEVが究極の目標であることに変わりはない。EUは2045年までにカーボンニュートラルを達成することを目指しているからだ。ただしBEVの比率が高まるまでは、当初の予想よりも長い時間がかかりそうだ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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