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失業者は減っているが…

ニュルンベルクの連邦労働庁が毎月発表する雇用統計は、昨年から急激に改善しつつある。今年2月の失業者数は約362万人。これは前年の同月に比べて、失業者数が63万人、約15%も減ったことを意味する。戦後最悪の数字を記録した2005年2月に比べると、失業者の数が、じつに166万人も減ったことになる。

失業率も8.6%で、過去16年間で最も低い水準だ。メルケル政権は、連邦労働庁が失業者数の減少を報告するたびに、改革路線が実を結び始めたと強調する。だが、本当に手放しで喜ぶべきなのだろうか。私は完全に楽観的にはなれない。このところ、業績が回復しているにもかかわらず、人員削減計画を発表する大企業が目立っているからだ。

たとえば昨年の暮れには、大手自動車メーカーBMWが、従業員数を約8000人減らす方針を明らかにした。同社は、2012年までに製造コストを60億ユーロ減らし、利益率の向上を目指しているからである。化学製品のメーカーであるヘンケルでは、従業員数を約3000人減らす予定。欧州最大の電機メーカー、ジーメンスも、電話関連部門で雇用している従業員の数を、全世界で7000人減らすが、その内2000人はドイツで働く人々である。またノキアのボーフム工場閉鎖によって、2000人を超える人々が路頭に迷う。

私の周辺でも、黒字を計上している企業で働いていたのに解雇されたり、近く職を失ったりする人が増えている。Xさんは、大手金融関連企業で働いていたが、最近解雇を言い渡された。二人の子どもを抱えているほか、最近家を買ったばかりなので急いで新しい仕事を見つけなくてはならず、労働局に通っている。またあるパーティーでは、中年のカップルと知り合った。女性は大手航空機メーカーに勤めていたが、解雇されて失業中。男性の方は、大手電機メーカーに20年以上勤めたが、リストラの影響でまもなく解雇される予定。なんとなく、会話もしめりがちであった。こんな話をあちこちで聞く。

つまり、グローバル企業で働いている社員たちにとって、雇用状況は決して安定していないのだ。企業が黒字を増やしつつあっても、それは従業員にとって必ずしも朗報ではない。経営者たちは、利益を出し続けるためには、社員を整理し、コストを減らすことを迫られるからだ。従って、大手企業が人員削減を発表すると、株価は上昇することが多い。投資家たちが人件費の削減を高く評価するからである。

また、サブプライム危機の影響で金融市場に暗雲が広がっていることも、ドイツ企業にとっては不安の種だ。特に、各国の中央銀行が多額の資金を投じてドルを買い支えているにもかかわらず、ドル安に歯止めがかからないことは深刻な問題である。ドイツ企業の輸出先の半分はユーロ圏だとはいえ、米国が重要な消費市場であることには変わりない。米国の景気失速が本格化した場合、これら企業の業績にも影が落ちるだろう。こう考えると、現在失業者が減っているからといって、楽観は禁物である。

28 März 2008 Nr. 707

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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