Hanacell

ハンブルクの実験

ドイツ北部で、この国の政治史上、例のない試みが行われている。州と同格のハンブルク市で、保守党であるキリスト教民主同盟(CDU)と緑の党を代表するグリュン・アルタナティーヴェ・リステ(GAL)が、初めて連立政権を作ったのである。

国内各地のGALのほとんどは、かつてシュレーダー政権に参加した緑の党・連合90には属していないが、ハンブルクのGALだけは緑の党の州支部(Landesverband)である。GALは1982年の州議会選挙で7.7%の得票率を確保し、初めて州議会入りするなど、ハンブルクに確固たる支持層を持つ。一見、黒(CDU)と緑(GAL)というコンビは、火と水のように異質な物の組み合わせのように思える。それだけにこの連立政権は、これまでの政界の常識を破るものだ。

確かに、政策の方向を示す連立条約を見ると、CDUがGALに様々な譲歩をしたことがわかる。たとえば今、多くの国民にとって大きな関心事である教育問題では、GALの要求が大幅に取り入れられた。小学校への通学期間を伸ばしたり、託児所や全日制の学校を増やし、両親が安心して働ける環境を整えたりするというのはGALの主張である。エルベ川の改修工事についても、連立条約は環境保護に大きく配慮することを明記した。

だが今後、両党の対立につながる火種も残っている。たとえばエネルギー問題は、CDUと緑の党の主張が大きく食い違うテーマである。緑の党は、モーアブルクに電力会社ヴァッテンファルが建設している石炭火力発電所に、あくまでも反対の姿勢を崩していない。CDUはむしろエネルギーの安定供給を重視し、電力会社側の立場を代表することが多い。連立条約も、この問題については姿勢を明確にしていない。

大きく譲歩したように見えても、この連立で得をするのはCDUである。現在、ドイツ社会では、所得格差が広がっているために左派政党が勢いを増しつつある。その中で、CDUが環境政党と手を組むことは、保守政党に「進歩的」なイメージを与えるかもしれない。メルケル首相(CDU)も、黒・緑連立には前向きな姿勢を示していた。バーデン=ヴュルテンベルグ州のエッティンガー首相が「黒・緑連立は中央政界でもありうる」と発言したのも、同じ文脈の中にある。

一方、イメージ面で損をするのは緑の党かもしれない。左派政党にとって保守派と組むことは、政策が現実的なものになるという利点はあるが、「リベラル政党」としての特徴がぼやけて、個性がなくなる危険をはらんでいる。緑の党でも左派に属する党員の中には、CDUとの連立に落胆した人もいるに違いない。

さらに、CDUが緑の党と組んだ背景には、CDUにとって、急速に左派傾向を強めつつある社会民主党(SPD)との連立が難しくなったこともある。SPDのベック党首が、ヘッセン州で左派政党リンクスパルタイとの連立を認めたからである。SPDにとって、旧東ドイツの政権党SEDを母体とする党と組んだことは、重大な一線を越えてしまったことになる。このことは、来年の連邦議会選挙にも大きく影を落とすに違いない。

2 Mai 2008 Nr. 712

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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